第19話 個性豊かな客引きと、不穏な空気

「行って来まーす!!」


 大きなリュックを背負い家を飛び出す、午前7時。

 そのまま隣の家に行ってピンポンだ。

 結構前に、この演奏会で他の部活からの『弱小軽音楽部』の名前を撤回してもらうって言ってた気がする。それは、私の歌声にもかかっているのかもしれない。


「は~い」


 中から、まだ眠そうな声。


「行くよ!!」

「え、俺もこの時間に行かないといけないの?」

「お客さんの呼び込みっ! しかも智紀は吹奏楽で出るでしょ。早い方がいい!」

「ハイハイ」


 智紀は土日はいつも10時くらいに起きてるんだよね。今日はめっちゃ早く起きて、って言ったからもう起きてたらしいけど、金曜日と土曜日は21時に寝るらしいから、12時間以上も寝てる。

 その分ね、平日はほぼ毎日2時間睡眠らしいよ!


「ん~、おはよ……起こさないと12時まで寝てる胡桃にしては、すごいな……」

「ふっふーん。今日私、5時に起きたんだよっ。すごくない?」

「それは純粋にすごいと思う」

「やったー!」

「もとがへこたれてるから」

「えっ⁉」

「ふわぁ……」


 まだ眠気が残ってる智紀には言われたくないねっ。

 私、すごいんだから!! フンッ!!


「先輩たちもこの時間に集まるん?」

「あの人たちどころか彩里たちもだよっ」

「まっじぃ?」

「まじぃ!」


 二人だけの通学路。

 そろそろ夏至に到達するらしい6月は、日の時間が長いんだって!

 だから、朝って言っても結構暑いんだよ。


 ※『夏至』ってワードは国語の教科書のコラムからとってきたんだよね。胡桃ちゃんにしては覚えてるのすごいと思うよ。


「あっ、あと5分だ! 智紀っ、走るよー!」

「はぁ⁉ こっちは眠いんだよー!」


 ぶつぶつ言う智紀の手を引いて、校門まで走っていったのであった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「野球部のみなさ~ん!! 本日っ、体育館で音楽部の演奏会があります~! 吹奏楽部、合唱部、軽音楽部による3時間にわたりますっ。すっこしでもいいので、とにかく軽音楽部、聴きに来て下さ~い!!」


 ここはグラウンド。

 声がよく通る彩里と、そんなに声が大きくないつばっさーと大和くん。

 あ、イケダリフォートップの二人は顔で客引きね?


「お~~~い!」


 バタバタバタッ


「演奏会があああああああ」


 タタタタッ


「体育館でええええええ」


 ダダダッ


「あるよおおおおお!!!!」


 走り回って叫びまくってる陽ちゃんの近くには、七羽がいるらしい。

 今校舎に戻ってる最中なんだけど、陽ちゃんの声がデカすぎてこっちまで聞こえてくるよ……。


 土日でも教室で宿題をやっている人もいっぱいいるから、その人たちの客引きをしているらしい。


「体育館で本日っ、演奏会があります! 時間がある方は、3分だけでもぜひ、来て下さ~い!」


 校門の方から聴こえてくるのは、外で客引きをしている莉乃だ。

 莉乃は智紀とかずかずと一緒に行動している。

 で、私はというと……。


 カチャ


 マイクスタンドにマイクをはめる。ここは音楽準備室だ。

 校舎に戻ったのは、これをするため。

 私は、一人で歌の練習だ。


 指を動かして慣れされるのは外でもできる。

 でも私みたいなボーカルは、一人で自分の声を聴いて調子を整えるのがいいらしい。


「あー、あー、あー」


 少し、こわばっている声な気がする。


「♪strawberry night ねえ、いつか甘い恋をしよう?

 んー……」


 なんとなく……声が、出しづらい?

 まぁ、客引き行けば声出るでしょっ!

 そう思って外に出ようとしたら、


 ガチャ……


 とドアが開いた。


「練習、お疲れ様」


 え……? 誰?

 腰までの長い髪をツインテールにしている。

 麦わら帽子を頭からとり、その女の人は言った。


「桜庭、胡桃さんでしょ?」

「なんで……私の名前を?」

「あら、私のことは大和から聞いてないのかしら?」

「やまと、って大和くんのことですか……?」

「もちろん」


 この女の人は、大和くんの知り合いなのだろうか。


「私は大和のクラスメートで幼馴染の、星宮ほしみや玲奈れなよ」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 どうやらうちの軽音楽部に用があると言う玲奈先輩。

 あ、なんか下の名前で呼んでって言われたんだよね。


 すでにぼーだーで他の4人にはメッセージを送っているらしい。

 だから、もう体育倉庫に全員集まってるんだって。


 玲奈先輩に連れられてきた体育倉庫。

 少しほこりっぽいけど、今日のステージの備品もこの中に入っていたから、お世話になっている。


 ガラガラガラッ


 体育倉庫のシャッターを開ける。

 大和くんは跳び箱、陽ちゃんはグラウンドに白い線をひくやつの上、つばっさーは平均台の上に座っていて、かずかずはマットにもたれかかっていた。

 でも、私たちが入ってきた瞬間にそれぞれ身を起こし、立ち上がる。


「ごめんなさいね。胡桃さんのボーダーを持っていなかったがために直接、音楽準備室から連れ出してきてしまったわ」

「全然大丈夫。で、話って?」

「あ、そうでした。5人に話さなければならないことがあったのよ」


 そんな大事な話をされるの? 演奏会まであと2時間しかないのに……?


「本日、演奏会に、北原学園の方々が来られるわ。私が通っていた小学校で転校してしまった友達が北原学園に通っているため、ぜひ聴きに来ないかと誘ったら、もちろん、と言われたのよ」


 そうなんだ。玲奈先輩のお友達なんだ!

 ちょっと嬉しいかも。観客さんが増えるからっ。

 そうやって喜んでいたけど、イケダリフォートップは目を見開いて黙りこくるばかり。


「なんで驚いてるの?」

「胡桃、知らない?」

「え?」


 こっちに目を向けた4人は、全員拳を握りしめている。


「北原学園は……全国小中高軽音楽コンテストで2連覇を達成している、軽音楽部の名門校だ」

「に、にれんぱ⁉」


 し、知らなかった。学園の名前さえも知らなかった。そういうの調べて知らないとダメだね……。


「玲奈、ありがとう。北原学園の皆様に、少しでも成長したことを理解して頂けるよう、演奏頑張るよ」


 大和くんが代表して玲奈先輩にお礼を言う。

 そんな名門校が聴きに来てくれるって超ラッキー!!

 そう思っていたんだけど。


「ふふ……胡桃さん」

「は、はいっ」

「せいぜい、今のうちに喜んでおくことよ」


 そう言って玲奈先輩は、体育倉庫から出て行ったのだった――

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