第3話 なんでそんなにゴリ押しするの。
軽音楽部に目をつけられてから1週間が経った、少しムシムシするお昼。
勧誘のドトーの昼休みが終わった後には、ほっと一息。
それも束の間、数学の授業が始まる。
五時間目の数学なんて地獄以外の何者でもないじゃん。
「あぁぁぁ〜……」
「頑張るしかないよ。テストもうすぐだしっ!!」
隣の席の莉乃が宥めてくれる。
そう、全国学力推移調査がもうすぐあるんだよぉぉ!!
無理だって……。
でもっ……!
「頑張るぅ……!!」
「よし、がんば!!」
アホみたいなやり取りをして、数学の授業が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「終わったぁぁぁ……」
「お疲れ様! 放課後だよ!!」
今日は五時間授業。
うん、嬉しいんだけどさ……。
このあとが一番疲れる。
「胡桃ー!」
「やっほ」
「ほら、マイク持ってきたよ」
「……歌ってみて」
こうやって、無断で教室に乗り込んでくるヒゲナンフォートップ。
「ねぇ莉乃、このヒゲナンフォートップなんとかして〜」
「ヒゲナンじゃなくてイケダリだって! ヒゲナンなんかただのじじいじゃん」
「えっ、イケダリフォートップなの⁉︎」
「そうだよ!!」
勘違い発覚!
イケダリフォートップだった!!
「俺らの名前間違えんなよ〜胡桃〜」
「大丈夫か? 一週間経ったけど俺らの本名全員覚えてるか??」
陽ちゃんには口を尖らせられて、大和くんには心配(圧?)されている。
「町田大和と秋津陽太と月城翼と芦田百航でしょ! 覚えてますって!」
「それは覚えてんのか、良かった」
どこを心配してるんですか!!
「ねぇ、どーせ今日も放課後暇でしょ? 一回くらい歌ってみようよ」
結局はあのかずかずの優しさは消え、みんなと同じように「どうせ」が砕けて「どーせ」までいってしまった。
「……ストロベリーホイップフローズン奢ってやるから」
ついにつばっさーまでもが言い始めた!
っていうかストロベリーホイップフローズンってコンビニで最近出た新ショーヒンだよね⁉︎
ありえないほど美味しそうだったけど金欠すぎて買えなかったやつ!!
「はい! いきます!!」
結局はつばっさーの勧誘で行くことになってしまったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「わぁ……!」
連れていかれたのは音楽室……ではなく、その準備室。
音楽室は吹奏楽部が使ってるんだって。
それでも、音楽準備室はジューブンになっていた。
※こういうときは「十分」じゃなくて「充実」だよ!
マイクスタンドにギター。そしてベースにドラム。
たった4人で構成された部活のはずなのに、もったいないほどキラキラしていた。
「じゃあ俺らの演奏を聞いてくれ。『ストロベリーナイト』」
大和くんがそう言って、ドラムを叩く木の棒をカン、カンと当てる。
その合図と共に、音楽が始まった。
ジャーーーーン……
余韻さえ感じられる伸びやかなギター。
この音が私の心を振動させた。
ドンドンカッ! ドン
ドンドンカッ! ドン
ゆったりなリズムのドラム。
シー、シッミー……
心の表面から底まで染み込んでくる、支えるようなベース。
シーラシーレドー……
変ロ長調の下から持ち上げるような、学校全体に響きそうなキーボード。
全てが合わさったこの空間は、他とは違う空気が漂っていた。
陽ちゃんはいつもの太陽みたいな笑顔じゃなくて、丁寧に弦を押さえながら、シンチョーに右手で弾いている。
いつも柔らかい微笑みのかずかずも、陽ちゃんより少しおぼつかない指さばきで、しかめっ面でベースを弾いている。
それでも演奏は一体化していて、透き通っていて、穏やかで、美しかった。
でも……。
「君のぉぉ〜そばにぃぃぃ〜、いられ〜るのならばぁぁぁ〜」
大和くんの……ダミ声。
それだけが、この演奏を
歌詞も、演奏も、完璧なのに。
演奏に聴き入っていると、(アンド大和くんのダミ声に驚いた)いつの間にか演奏が終わっていた。
大和くんは、私にダミ声を聴かせたことが恥ずかしかったのか、木の棒を下に落として、うなだれている。
「……これでも、この四人の中で一番歌が上手いのは俺なんだ」
と大和くんが首を垂れながら、情けなさそうに言う。
「だからお願いなんだ。俺たちには胡桃が必要なんだ! 軽音楽部に入ってくれっ……!」
勧誘され始めてから、ここまで必死な大和くんは初めて見た。
でも、あの綺麗な演奏にあの声はもったいない気はぷんぷんする。
※「気」なんだから例えだとしても匂いじゃないよ!
でも私は歌が得意ってわけじゃないし、そもそも歌わないために今まで勧誘から逃げてしまったわけだし……。
「入部したら毎日ストロベリーホイップフローズン奢ってやるから」
「えぇぇぇ⁉︎⁉︎ ホントですか⁉︎」
「もっちろん」
「やります!!!」
食べ物に釣られてはいけないと分かっているのに、やってしまう私。
情けなくも思いながら、少しだけ清々しかった。
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