第二五話 かくして、我が死神は――
第一王女にして、王位継承権・第一位。
その名をシエラ・リングヴェイドという。
現在、もっとも女王の座に近いとされる彼女は、確かに優秀な人物ではある。
自身に足らぬ要素を正確に分析し、それを受け入れる素直さ。
必要な時に必要なだけ心を無に出来る冷徹さ。
そして……圧倒的な戦闘能力。
まさに女王の器と呼ぶに相応しい彼女だが、ただ一つ、大きな欠点があった。
それは。
あまりにも強い、欲望である。
王都の只中に居を構えた屋敷の豪勢さは、まさにシエラの本質そのものだった。
女王が住まう宮殿もかくやとばかりの外観。
しかしてそれは、未だ改築の最中にある。
もっと。もっと、もっと。
シエラの欲は尽きることがなく――
ゆえにこそ。
自らの立場を脅かす者に対して、あまりにも強い感情を抱いてしまう。
「例の件について、報告をお願いします」
夜半。
自らの屋敷に配下を集め、定例会議を行う。
そんな彼女の態度は表面上、穏やかで、丁寧な物腰であったが。
「多少強引な手段を使っても構いません。おおよその問題は揉み消すことが可能ですから。彼には死んだ方がマシに思えるほどの苦痛を与えなさい。いいですね?」
会議の内容は、残酷を極めていた。
自らの脅威となる人間、あるいは将来的にそうなるであろう人間に対し、あまりにも惨い仕打ちを行う。
彼女はそうして、現在の立場を維持し続けてきたのだ。
「さて……次は、未だに片付いていない問題について、お話しましょうか」
新たに切り出された議題は、貴人学園に関するものだった。
「あの学園には邪魔者があまりにも多すぎる。クラリスについては、まぁ、本日中に決着がつくとのことですが、それ以外に関してはまるで進行を見せておりません」
ここで彼女は、円卓に就いた配下達を見回しながら、
「目下、排除すべきは……アルヴァート・ゼスフィリア。報告資料を見るに、彼は最優先で消しておきたいところですね」
そしてシエラは意見を求める。
「ゼスフィリアの嫡男、彼を潰す計画について、何かアイディアは?」
ここで配下の一人が声を上げた。
「クラリス様に対して行われたそれを、ある程度、踏襲するというのは?」
「ふむ。悪評の流布を行い、なんらかの濡れ衣を着せる……まぁ、妥当なところではありますね」
ここで。
配下の一人が、問いを投げた。
「……やはり、クラリス様に対するそれは、貴女の指図ということで間違いないのですね?」
意図がわからない。
なぜ、今、そんなことを問うのか?
シエラは怪訝を覚え、それから。
「まさか」
聡明な頭脳が現状の真実を導き出した、その瞬間。
――配下の一人として円卓に就いていた俺は、彼女に対し、己が正体を表す。
それと同時に。
配下達が皆、消失。
そう、この場には最初から、俺達しか居なかったのだ。
「……私はまんまと、騙されていたようですね」
「左様にございます。第一王女殿下」
「……要求は?」
危機に陥ってなお気丈な態度を崩さない。
なるほど、女王の器ではある。
だが。
「貴女には、心変わりをしていただきたく存じます」
「……なんですって?」
「貴女はどうにも欲が深すぎる。無論、それは為政者という立場からすれば当然のことでしょうが……しかしながら、当方の人生に対して、貴女のそれは都合が悪い」
前世にて、俺は社会の頂点に君臨するような者達と幾度も顔を合わせたことがあった。
彼等は例外なく、同じ目をしている。
現世に在りながら、餓鬼道に落ちたかのような、おぞましい目だ。
シエラの目も、彼等とまったく同じものだった。
まぁ、とはいえ。
別にそれを嫌悪しているというわけではない。
問題なのは。
「当方に関わらぬ限り、貴女が何を成そうとも、こちらとしては知ったことではない。だが、貴女はその真逆を行こうとしている」
俺の人生に悪影響を及ぼすばかりか。
友の人生すらも、破壊せんとしている。
であれば、捨て置くことは出来ない。
「ご安心ください、殿下。何も命を取ろうという話ではありません。ただ、心を改めていただくというだけのことです」
スッと席を立った瞬間。
シエラは叫んだ。
「セシルッ!」
主人に応ずる形で、彼女がその姿を顕現させる。
そうして自らの眼前に立ったセシルへ、シエラは命を下した。
「彼を処分なさい」
果たして、セシルは。
「――お断りします」
普段通りの微笑を浮かべながら、キッパリと断言する。
「なっ!?」
「今までお世話になりました。さようなら、マスター」
一方的に言い捨ててから、セシルはシエラの頭部を掴み――
こちらからコピーした異能、《幻覚催眠》を発動する。
「ぅ、あっ……」
人格の書き換えによる心身の負荷は、それなりのものだったのだろう。
白目を剥いて倒れ込むシエラ。
……これにて、一件落着。
連続怪死事件。セシルの苦悩。
いずれも、解決へと導かれ……
そして。
俺の苦悩すらも、これで完璧な決着を見せるだろう。
セシルは今や最強を超えた無敵の存在である。
それはつまり。
俺の立場を譲渡するに相応しい、完璧な相手であるということだ。
すぐにそうすることは難しいかもしれない。
だがいずれ確実に、セシルはナンバー・ワンの座を――
「アルヴァート君」
思索の最中。
セシルがこちらに跪いて。
俺の靴へ。
それも、左の方へ。
キスをした。
その行為は、絶対服従の誓約であると同時に……こちらへの求愛を意味している。
「セ、セシル君?」
「ははっ。わかってるさ、アルヴァート君。君には既にエリーゼが居るのだから。でも、気持ちだけは伝えておきたくて、ね」
嘘だ。
諦観など、微塵も抱いてはいないのだろう。
……それだけなら、まぁ、問題はないのだが。
なんだ? この、嫌な予感は?
「さて、と。じゃあもう一つ。ボクなりのケジメってやつを付けさせてもらおうかな」
ヤバい。
なんか知らんが、ヤバい。
「セシル君? いったい、何を――」
「我、セシル・イミテーションはここに誓う」
あっ。
マズい。
これはなんとしても妨害せねば。
しかし。
セシルは最強を超えた、無敵の存在である。
ゆえに、適応の力で以て彼女の行動を無力化することは叶わず、
「――アルヴァート・ゼスフィリアを主人とし、忠義に背いた際には命を以て贖う。その身に対して刃を向けることは、未来永劫、ない」
や。
や。
やられたぁぁぁぁぁ……!
「……ふふっ。今日このときを以て、ボクは君のモノだよ、アルヴァート君♪」
最悪だ。
もう、本当に、最悪だ。
誓約の魔法は破棄出来ない。
もし誓いに反したなら、その時点で命を落としてしまう。
セシルが述べた内容からして……
俺達はもう、いかなる対戦も、出来なくなってしまったと思われる。
これでは立場の譲渡など、出来ないじゃないか……!
「いやぁ~清々しい気分だよ。……まさか、生まれてきてよかったと思えるような瞬間を迎えられるだなんて、思ってもみなかったなぁ」
なんか感慨を噛み締めているが、どうでもいい。
せっかく、最強を超えた無敵の存在が、誕生したというのに。
せっかく、死神が鎌を捨ててくれたというのに。
俺の気分は、暗黒へと叩き落とされていた。
「ところでアルヴァート君。君の部屋ってさ、スペースは十分だよね?」
「…………」
「立場上、ボクは君の傍に居続けるべきだと思うんだよ。だから、さ」
「…………」
「今後は一緒の部屋で寝泊まりしたいなぁ~って。何せボクは」
満面に華やかな笑顔を宿しながら、彼女はこう言った。
「君の友であり、従者なのだから」
かくして。
我が死神は。
我が救世主は。
ある意味で消滅し、そして。
また新たな存在として、転生を果たすのであった。
――どうしてこうなった?
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