俳優Aとヤッフーでクレイジーな奴ら

アングル

(※勝手な偏見で悲しんでいます)

 


 きっかけはある日の朝のニュース、人気俳優Aの熱愛報道にあった。

 それはそこまで大それた話ではない。なんちゃら砲というやつの実績の一つだ。


 その日までの僕はAについて詳しくは知らず、「ドラマでたまに見る人」という程度の認識で、特別好きでも嫌いでもなかった。


 ただ、人気なことが納得できる確かな演技力の持ち主だとは思っていた。当然麗しさもあるが、何人でもいるような人ではない。実力のある人という評価。主演でも助演でも中々いい働きをする感じ。



 Aには報道の少し前から噂があったらしいけど、僕はそれをその朝初めて聞いた程度の興味だった。つまるところ薄い尊敬はあれど、深くプライベートまで知りたいと思うような相手ではなかった。

 しかしながら、ネットニュースでも何度も取り上げられ、テレビでも連日その話題が上がったことから、僕の深い興味もない暇つぶし程度の観測でも、事についてよく知ることができた。そしてあるネット記事についたコメントについても。



 ファン(という名も持つまた別の存在)が残したのであろうコメント群には、醜さを見事にコーティングするそれらしい批判の文章があった。


 ファンのことを思えばこんな時期には~とか、

 ○○役としての自覚が~とか、

 Aと同じ年頃には○○さんは~だとか、


 そこにはもっともらしく包まれた意味のない言葉たちが、敵意をむき出しにしていた。

 熱愛報道なので不倫やらの不祥事とは一線を画すもののはずだが、果たして何故か、そこに巣食っている人々は一様に怒りの声を上げていた。

 僕に見えるその光景は、上っ面で隠し切れない腐臭を放っていた。

 


 少しの考察がある。

 恐らくはみな、かつてAが落とした影から思い思いのAを復元しただけなのだ。

 等身大の人ひとりを形作るには余りにも少ない情報源と、歪んだレンズが組み合わさってしまっただけの事故なのだ。


 いや、もしくは、その人達にとってのAは自分たち自身の歪んだ影を映したものだったのかもしれない。


 完成したそれぞれのA像を見て、誰もが満足していたはずなのに、その形が何かを失って溶けてしまったのだ。

 魔法が解けた、とか綺麗に表現してもいいかもしれない。実態はそんな澄んだものではないだろうけど。

 

 コメントの主たちが気づいた時。

 自分たちは無数の双眸の中の一組、Aが受ける無数の視線の一つにすぎない。と思った時。どのように感じたのだろう。

 どす黒い感情が湧いたり、体が沸々と滾ったり、心がバラバラに切り裂かれたり、だろうか。


 では果たしてそれらの目には、Aは俳優Aとして見られていたのだろうか。




 そのしばらく後、当然ながらあの熱愛報道がAの人生に波風をたてることもなく、Aの出演した朝ドラが受賞。続けて、Aも栄えある数々の賞を手にした。

 そして、程なく結婚が報道され、Aはこれからも幸せを願われるのだろう。第一子誕生なんて話もでるのだろう。




 月が雲に隠れた夜、僕はなんとなくあの記事を思い出して、コメント欄を開いた。


 Aの羽ばたきは止まらずに続いて、その跡には、呪詛じみた呟きをする影達だけが記録の中に沈んでいる。今もまだ、視線を感じてならない。

 あの朝出たのが、もっとなにか、Aを失墜させるようなものだったら、それらは救われたのだろうか?


 僕の心の中には、かすかな悲しみがあった。



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