第23話 清水姉妹とゲームセンター④
「清水さんはゲームセンター普段来るの?」
「いや、あまり興味ないから来ない。そういうお前はどうなんだ?」
「輝乃がゲーム好きだからたまに付き添いで来るよ」
プリ機を出て数分、僕たちは行く当てもなくゲームセンター内をぶらぶら歩いていた。
「妹と一緒に来る時お前は何してんだ?」
「対戦ゲームの対戦相手とかだね。僕あまりゲームうまくないから、いつも輝乃にもう少し強くなってって言われるよ」
「兄貴も大変だな」
「まあ僕も楽しいからいいんだけどね」
話しながら歩いていると途中で清水さんの足が止まった。
「どうしたの清水さん?」
清水さんの視線の先を見てみると、そこには一台のクレーンゲームがあった。中にはクマのぬいぐるみが何個かある。そのクマのぬいぐるみをよく見てみると垂れ目でなんとなく眠そうな印象を受けた。
「清水さんこれが欲しいの?」
「そ、そんなわけないだろ!」
「でも清水さん、さっきこのぬいぐるみ見てなかった?」
「たまたま視界に入っただけだ、たまたま」
偶然であると清水さんは強調している。すごく気にしていたように見えたのは僕の気のせいだったのだろうか。
「まあ時間もあるし、せっかくだから一回やってみない?」
清水さんの表情がパッと明るくなったかと思えば、ハッとして頭を左右に振り元の表情に戻った。清水さんの中で何かが戦っているみたいだ。
「しょうがないな。別に興味はないが暇だし、一度くらいならやってもいい」
「ありがとう。それじゃやってみようか」
よかった、どうやらやってくれる気になったみたいだ。こうして僕と清水さんのクマさん捕獲作戦が始まった。
アームがクマのぬいぐるみを捕らえ空中に誘う。しかし固定が不十分だったためか、ぬいぐるみは元いた位置へと落ちていった。
「あぁ、なんで。もう一回!」
「清水さんまだやるの?」
作戦開始から数分後、清水さんは一人でクレーンゲームに挑戦し続けていた。最初は僕と清水さんがそれぞれ一回だけ挑戦する予定だったが、清水さんがもう一回と何度も言うため交代するタイミングをすっかり失っていた。
「さっき惜しかっただろ? 次こそ獲る」
そうだろうか。何度チャレンジしてもすぐに落下して、ぬいぐるみの位置はほぼ変わってないように見える。
「よし、いくぞ」
清水さんがまた百円玉を投入しアームを操作する。今回も前回までと変わりなくクマのぬいぐるみが上下に移動しただけだった。
「何がダメなんだ」
正直これに関しては少し残酷だが、清水さんのクレーンゲームへの適性が皆無なせいだとしか言いようがない。
「そろそろ終わりにしよう清水さん。愛さんももう待ってるんじゃないかな?」
「……でも」
清水さんは本当に悔しそうだ。よっぽどあのぬいぐるみが欲しいのだろう。
「分かった。それなら一回だけ僕に代わってくれないかな。二人であと一回ずつやってそれでダメなら愛さんのところに戻ろう」
僕もそこまでクレーンゲームの経験はないけど、さすがに清水さんに任せるよりはゲットできる可能性が高い。ただ問題は清水さんが代わってくれるかだ。
「……ああ、分かった」
よかった、清水さんは僕の提案に乗ってくれるようだ。
「じゃあ始めるね」
僕と清水さんによる最後のクマさん捕獲作戦が幕を開けた。
百円玉を入れコントローラーを手にとる。清水さんの奇跡的な技術の向上に期待することは難しいから一発で僕が獲るしかぬいぐるみを獲る道はない。ゆっくり息を吐いて正面を見る。コントローラーを慎重に操作してアームを上からゆっくりぬいぐるみに近づける。ちょうどアームがぬいぐるみの真上にきた瞬間、僕はアーム下降用のボタンを押した。
(今だ!)
勢いよくアームが下がりぬいぐるみを掴む。そのままぬいぐるみは落下することもなく上まで引き上げられた。ふと横を見ると清水さんが祈るようにぬいぐるみを見つめていた。祈りが通じたのかぬいぐるみは最後まで安定を保ち、やがてアームから解放され取り出し口まで落ちてきた。
「獲れたよ清水さん」
取り出し口からクマのぬいぐるみを出し清水さんに見せる。
「ああ! ……よ、よかったな」
清水さんは一瞬子供のように目を輝かせた後、ハッとしてすぐに落ち着きを取り戻した。ただぬいぐるみを見る目にはまだ熱が籠っている気がする。
「清水さん一つお願い聞いてくれない?」
「なんだよ」
「このぬいぐるみ貰ってくれないかな?」
「は? なんで私に……。妹にでもやればいいだろ」
「輝乃は物の扱いが少し雑だから、ぬいぐるみがかわいそうなんだよね」
これはウソではなく輝乃の部屋はいつ訪れても物が散乱している。そのためこのクマのぬいぐるみをあげても数日後には座椅子代わりになっている気がしてしまう。
「だから清水さん、代わりにこのぬいぐるみを大切にしてあげてくれない?」
清水さんにぬいぐるみを差し出す。清水さんは一度手を伸ばし途中で引っこめ、それから少し悩んだ後に再び手を伸ばし僕からぬいぐるみを受け取ってくれた。
「……それなら貰う。返さないからな」
ぬいぐるみを抱きしめた清水さんはどこか先ほどより嬉しそうに見えた。
「ふふっ」
「な、なんだよ、急に笑って」
「いや、清水さん、クマのぬいぐるみが好きなのは意外だったから」
「それは……このクマが……」
清水さんが口元にぬいぐるみを近づけたせいか声のボリュームが小さくなり周りの音にかき消されてうまく聞き取れない。一応意外だと言ったことについて説明しておいた方がいいかもしれない。
「意外って言ったけど別に悪い意味じゃないよ。単純に可愛いなって思っただけだから」
「なっ……」
「清水さん?」
「きゅ、急に可愛いとか言うな! ほら、愛が待ってるだろうから行くぞ」
「うん。それじゃあ愛さんのところに行こうか」
「ああ」
クマ捕獲作戦はなんとか無事に成功し、僕と清水さんは愛さんが待つプリ機の密集エリアへと歩き始めた。
「圭に大輝君、待ちくたびれたよ。何をしてたの……ってそのクマのぬいぐるみ可愛い! それどうしたの?」
戻ると愛さんは既に盛りを終えてプリ機の前で僕たちを待っていてくれた。
「クレーンゲームで獲った」
「あれ、圭ってクレーンゲーム絶望的に下手じゃなかった?」
「私がとは言ってないだろ!」
確かに言ってないけどそんな口ぶりだったような気はする。
「圭が獲ってないのに圭が持ってるってことは……。ははーん」
愛さんが口元を抑えている。笑みを隠していますよとアピールしているように見える。
「な、なんだよ」
「いや、想定外のプレゼント貰ってよかったねと思ってさ」
「なっ」
「私からもそんな二人にプレゼント」
愛さんはそう言うと何かの厚い紙のようなものを僕らに手渡してくれた。
「さっき撮ったプリだよ。私がスペシャル盛りしておいたから大切にしてね」
「おい、二枚目の私の顔、黒すぎるだろ」
二枚目にとったプリを見ると、確かにそこには褐色肌になった清水さんと僕が写っていた。
「いやあ、私が肌白く見えるにはどうすればいいかなって考えたら、逆に周りを黒くすればいいじゃんって思いついてさ」
考え方が悪魔的だった。貰ったプリを見ていると、最後に撮った僕と清水さんだけのプリだけ何も加工されていないことに気づいた。
「あの愛さん」
「どうしたの?」
「なんで最後に撮った僕と清水さんのプリは盛らなかったんですか?」
「ああ、それはね」
僕が聞くと愛さんは楽しそうに笑った。
「馬に蹴られたくなかったからかな」
「え?」
「今はまだ分からなくていいよ。まあそのプリは失くさないで大切にしてね」
「は、はい」
いつになったらその意味が分かるのだろうか、今の僕には見当がつかなかった。
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