第22話 清水姉妹とゲームセンター③
愛さんが清水さんを連れ去ってから十分経った。一向に清水姉妹が戻ってくる気配はない。手持ち無沙汰でどうしようか悩んでいると、聞き覚えのある声が後方から聞こえた。
「お~い。大輝君待った?」
「いいえ、大丈夫で……愛さんその服は一体?」
声のした方向を振り向く。そこにはいわゆるメイドさんの姿をした清水姉妹が立っていた。
「驚いたでしょ。ここではなんとプリ機で撮る用の衣装が借りられるんだよ」
「そうだったんですか。知りませんでした」
「前から圭と一緒にコスプレしてプリ撮ってみたかったんだよね」
愛さんはワクワクしているのがその表情からよく分かる。
「メイドさんだよ! ふっふっふ、麗しいでしょ!」
愛さんが腕を腰に当て胸を張って僕にコスチュームを見せてきた。無意識だろうが、その豊満な胸部を強調するポーズになっていて目のやり場に少し困る。
「はい、いいと思います」
そのメイド服は黒をベースカラーにしていて、その服の上から白いエプロンを着ている。頭にはホワイトプリムと呼ばれるフリル付きのカチューシャがついていて、スカートの丈は長く、お屋敷で働いているメイドさんが着ていそうなデザインに見える。
「メイド喫茶にいるメイドさんが着てそうな可愛いミニスカートのメイド服もあったんだけど、圭がミニスカは嫌だって言うから泣く泣く譲歩してこれになりました。圭のワンピ姿を撮れなかったけれど、同じ清楚系列のこのメイド服もありと言えばありですね」
愛さんがスカートを持って軽くお辞儀をしてくれる。普段から行っている所作のように様になっていて感心してしまった。
「本当は大輝君もメイドさんにしたかったんだけどね。大輝君にはあまり命令しないって圭と約束しちゃったし、ここには男の子用の衣装はないから」
「え?」
なんか笑顔でとんでもなく恐ろしいことを言われた気がする。
「大輝君の顔って中性的で可愛いし、体の線が細いから女装もいけると思うんだよね」
「あ、ありがとうございます?」
顔に関しては自分ではもう少し男らしくなりたいと思っているから、可愛いと言われるのは正直複雑な気持ちだ。
「おい、正直に嫌だって言っておかないといつか愛に女装させられるぞ」
横で見ていた清水さんが僕にとってとても重要な警告をしてくれた。
「あの愛さん、僕そっちの方面には興味がないので……」
「そんな! もったいない。大輝君、磨けば光るダイヤの原石なのに……」
愛さんは心の底から残念がっているように見える。できればその原石は一生磨かないでいてほしい。
「しょうがない。大輝君の気持ちが変わるのをゆっくり待ちますか。それはそれとして圭のメイド姿どう、大輝君?」
視線を清水さんに移す。未だ一年の頃の金髪で制服を着崩している清水さんのイメージが僕の中に残っているからか、黒髪ロングの品のあるメイドさんという感じの今の清水さんにはすごくギャップを感じる。
「な、なんだよ。そんな真剣に見んな……」
清水さんが睨んでくるが、メイドさんの格好をしているからかいつもより威圧感がない。見ないでほしいと言われたけど、愛さんに感想を求められているからその姿をじっと見る。
「愛さんの方は活発なメイドさんという感じがして、清水さんの方は落ち着いた雰囲気のクールで綺麗なメイドさんって感じがしました。どちらも似合ってると思います」
「なっ……」
「同時に女の子二人とも褒めるなんて大輝君やりますな。私の幼馴染みも見習ってほしいよ。それにしてもクールで綺麗なメイドさんだって。よかったね」
「う、うるさい」
清水さんはそっぽを向いてしまい、その表情は窺えない。
「素直じゃありませんなぁ。まあ大輝君からの感想もいただいたことだし早速プリ撮りに行きますか!」
「……本当にこの姿で撮らないとダメか?」
清水さんからそんな弱気な言葉が出るなんてよっぽど嫌なのだろう。
「可愛いところ見せてきて私の心を揺さぶってもダメ! 圭と一緒にプリを撮るためなら今の私は鬼にでもなりますよ!」
そう言うと活発なメイドさんは僕と清水さんをそれぞれ手でがっしり掴み、プリ機の方へと進んでいった。
「夢だった姉妹でのコスプレ、しかもメイドさん姿でなんて幸せすぎる。もしかして私幸せすぎて今日で死んでしまうのでは?」
「消えてしまいたい……」
プリを撮り終え元の服に着替え終えた清水姉妹は真逆のテンションになっていた。
「なんでそんなキヨミズダイブしそうな顔してるのさ。あんなに楽しかったのに」
「楽しんでたのはお前だけだろ! 散々恥ずかしいポーズさせやがって!」
「そんなぁ……。大輝君は楽しかったよね?」
「はは……」
思わず乾いた笑いが出てしまった。今回に関しては清水さんの気持ちも少し分かる。片目でウインクしながら両手でハートマークを作るポーズは僕も少し恥ずかしかった。
「だ、大輝君まで……。しょうがない、それならもう一度リベンジじゃい!」
「もしかして……まだプリ撮るのか?」
清水さんが恐る恐る愛さんに尋ねる。
「オフコース! ただもうコスプレはしません! 純粋にプリを撮ることだけが目的だよ」
「……ならいいか」
清水さんの精神は摩耗しているようで、今はコスプレでなければなんでもいいかくらいに思っていそうだ。
「大輝君もいい?」
「はい、大丈夫です」
ここまで来たら最後まで付き合おう。僕はショッピングモールに来た目的を半ば忘れてプリ機へと歩みを進めた。
「よし、プリ撮るぞ!」
愛さんは中に入るや否や素早くお金を入れプリ機の設定を始めた。
「あの愛さん、僕の分のお金……」
「お金はいいよ。今回はお姉さんのおごりだから。そんなことよりどんなポーズしようか!」
「適当でいいだろ」
清水さんは愛さんほど熱意がないみたいだ。愛さんに熱意がありすぎるとも言えるけど。
「ダメだよ! せっかく今日という日の記念として残すんだよ。どうせなら面白いポーズしたくない?」
「あんまり変なポーズなら、私しないからな」
「大丈夫、お姉ちゃんを信じなさいって」
「信じられないからいちいち釘を刺してるんだよ」
姉妹の言い合いが続く中、突然前方についている画面から機械的な音声が聞こえた。
「撮影を始めます。一回目の撮影まであと……」
「あ、そろそろ一回目撮るって! みんな並ぶよ」
そう言うと愛さんは後ろにいた僕と清水さんを少し前に寄せ、愛さん自身は更に前に移動して中腰になった。
「なんで今回は私と本堂が隣なんだ」
「さっきまでは私と圭がお揃いの衣装着てたから私、圭の隣がよかったけど、今は私が二人より少し身長低いからこの並びが一番いい気がするんだよね」
「なるほど」
この並びにそんな意図があったのか。前にある画面には僕たち三人が映っている。画面をよく見てみると、僕と清水さんの距離が少し離れているように見える。
「清水さんもう少し近くに行っていい?」
「な、なんで急に……」
「僕と清水さん少し距離が離れてるから。ダメかな?」
「別にダメってわけじゃ……」
「時間ないよ! 最初は王道のピースサインにしよう! カウントダウン三、二……」
僕は片手でピースを作り一歩分だけ清水さんの方に近づいた。パシャッという音がしてフラッシュが焚かれたのはその直後だった。
「どれどれ、おお! 結構いい感じに撮れたんじゃない?」
画面に映った画像は三人がそれぞれピースしている姿を写していた。よく見ると、画像の清水さんは今よりも半歩ほど僕の方に近づいているような気がした。
「さて、次はどんな風に撮ります?」
「もう各々好きなポーズでいいんじゃねえか?」
「もう、圭は投げやりなんだから。お姉ちゃん悲しいわ。大輝君は何かしたいポーズある?」
「僕も特にはないですね」
あまりプリを撮る機会がないのでポーズが思いつかない。
「むぅ、最近の若者、私にちょっと冷たくない? まあいいでしょう。次はフリースタイル。それぞれのセンスに任せます! どんな面白プリになるか二人とも期待してるよ!」
「無駄にハードル上げるな」
「撮影を始めます。二回目の撮影まであと……」
再び機械的な音声がカウントダウンを告げ始めた。
「ほらほら、始まっちゃうよ。二人ともポーズは決まったかな?」
全然決まっていない。悩んだ末に僕はせめてさっきと被らないようにとファイティングポーズをすることにした。再びフラッシュが焚かれる。
「今度はどうかな……って圭、せめて何かポーズしてよ!」
画像の中にいる清水さんは、愛さんの言う通り何もポージングをしておらず棒立ちだった。ただよく見ると先ほどプリを撮った時よりもさらに半歩だけ僕の方に寄っている。
「ポーズが思いつかなかったんだよ」
「それならそうと早く言ってくれれば、私直伝の激おもろポーズを伝授してあげたのに」
「それするくらいならポーズしない方がましだ」
二枚目の愛さんのポーズはなんとも独特で表現しがたかった。清水さんが拒否した理由も分からなくもない。
「まあもう一回あるからいいか。最後はどんなポーズにしようか……」
突然コール音が鳴る。僕の着信音とは違う音だから清水姉妹のどちらかのスマホが音源だろう。愛さんが慌ててスマホをバッグから取り出す。
「もしもし私だけど……うん、ちょっと待ってもらっていい?」
愛さんが僕たちの方を振り向く。
「ごめん。電話するから出るね。すぐ戻るけど最後のプリは間に合わないと思うから二人で一緒に撮ってね」
それだけ言うと愛さんはプリ機の外に出ていった。
「どうしようか」
「どうしようも何も撮ればいいんじゃないか」
「清水さんはいいの?」
清水さんは愛さんと違ってプリを撮ることにそこまで積極的じゃなかったはずだ。
「これから何枚も撮れって言われたら断るけど、一枚くらいならいい。それに……」
「それに?」
「……なんでもない。いいから撮るぞ。ポーズはめんどくさいから私はしない」
「撮影を始めます。三回目の撮影まであと……」
最後のカウントダウンが始まる。僕だけポーズをとるのも変な気がしたので、最後は僕も自然体で写ることにした。カウントダウンが一桁になりカメラの方に視線を向けていると何かが僕の肩に触れた感触があった。その感触に驚く暇もなくフラッシュが焚かれる。
「急に出て行っちゃってごめん。最後の一枚うまく撮れた?」
愛さんが申し訳なさそうな顔をしてプリ機の中に入ってきた。
「まあな……」
「最後のプリはどんな感じかなっと……お?」
僕も愛さんの後ろから覗き込む形で画像を確認する。そこには肩を寄せ合うような形になった僕と清水さんが写っていた。
「おやおや、圭ったら大胆になったね」
「違う! これは……ちょっと足がもつれただけだ!」
僕も直接見ていないので分からなかったが、清水さん足がもつれていたのか。転んでケガをしなくてよかった。
「ふーん。まあそういうことにしときますかね」
「しとくじゃなくてそうなんだよ。それで撮ったプリ加工するのか?」
「加工って言わないで。盛るの! 二人も盛りたい?」
意味合い的にはそこまで変わらない気もするが、愛さん的にはこだわりがあるみたいだ。
「私はいい」
「僕も遠慮しときます」
「ええ? みんなで盛るのすごく楽しいのに! まあ無理強いは良くないね。それじゃあ私は今から全力でプリ盛るから二人は十分くらい近くでちょっと暇つぶしてて」
「分かりました」
「いいけど時間かけすぎるなよ」
愛さんがプリを盛っている間、僕と清水さんは二人で暇つぶしをすることになっ
た。
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