第17話 清水姉妹との遭遇③

「いやぁ、やっぱりここのチーズハンバーグは最高だね」

「この前はここの豚骨ラーメンが最高だって言ってただろ」

「最高はいくつあってもいいんだよ」

「……あっそ」


 料理を完食した後、僕たちはドリンクバーを追加で注文し、まだファミレスの中にいた。


昼食には少し早いからか店内はまだ空きがある。


「そうだ。さっきは質問途中で終わっちゃったから、また質問していいかな大輝君?」

「はい、大丈夫です」

「答えたくない質問は答えなくていいからな」

「もう圭、そんなに答えにくい質問しないよ」


 先ほどの輝乃と清水さんのどっちが可愛いかという質問は少し答えにくかったのだが、愛さん的には問題なしの判定だったらしい。


「じゃあ質問で……」

「飲み物とってくる」


 清水さんが席を立とうと腰を浮かせたところで、愛さんがその腕を掴む。


「なんだよ。質問続けてろよ」


 愛さんは清水さんをじっと見つめていたかと思うと、掴んでいる手と反対の手でコップを持った。


「私の分もお願い」

「自分でそれくらい取りに行け」

「え~、お姉ちゃんのお願い聞いてよ」


 愛さんが不満げに口をとがらせ清水さんの腕を揺らす。


「なんで私がお願いを聞かないといけないんだ」

「へぇ、そんなこと言っちゃうんだ、圭。あ、あれ、なんかばらしちゃいそう。おべ、おべ、おべなんだったかなぁ。もうここまで出てるんだけど……」


 愛さんは清水さんを掴む手を放し、代わりに人差し指を自分のこめかみに向けた。


「おべ?」


 おべから始める言葉はお弁当くらいしか僕には思いつかないけれど、お弁当に関連する何かがあったのだろうか。


「おい、ちょっと黙れ。分かった、飲み物持ってきてやる」

「ありがとう、それじゃあジンジャーエールお願い」

「……愛、家に帰ったらホント覚えてろよ」

「流石愛しの我が妹、優しくて涙が出ちゃう」

「絶対許さねえからな」


 そう言い残し清水さんはコップを二つ持ってドリンクバーの方へと歩いて行った。


「いいんですか?」

「いいの、いいの、圭はなんだかんだ優しいから許してくれるって」


 そうだろうか。最後に見せた清水さんの顔は、とても人に温情を与えてくれそうには見えなかったけど。


「それより質問の続きいいかな?」

「いいですよ」

「圭のことどう思ってる?」


 愛さんは出会ってから今までの間には見せたことがないような真剣な表情をしていた。


「清水さんをどう思っているかですか……」

「うん。短くてもうまく言えなくてもいいから、ウソとかごまかしとかなしで答えてほしいな」


 何が正解なのかは全く分からないが、一つ分かることはここで取り繕うような発言はしてはいけないということだ。愛さんが真剣に聞いているなら僕も真剣に答える必要がある。


「清水さんは優しい人だと思います」


 愛さんの方を見る。愛さんの表情からは何を考えているかは窺い知れない。


「なるほど、どうしてそう思ったの?」

「聞いてると思うんですけど、僕と清水さん、一年の時から同じクラスなんです。それで席替えで隣になってから話すようになったんですけど清水さんって聞き上手なんですよね。話していて途中で会話を遮ったりしませんし、聞き終わったらしっかり返事してくれますし」

「うんうん」


 頷く愛さんの顔は心なしか嬉しそうに見える。


「それって人の話を聞こうって思ってないとできないと思うんですよね。そういうところに清水さんの優しさとかまじめさが出てると思います」

「優しさは分かるけどまじめはどうだろう。だって少し前まで校則ガン無視してバリバリ金髪だったんだよ?」

「それは清水さんの性格からして、清水さんなりに何か理由があってのことだと思います。そういう芯のあるところも清水さんの長所じゃないかと」

「なるほどね。分かった。それじゃ、あと一つだけ聞いていいかな?」

「はい」


 一体何を聞かれるのだろうか。思わず息をのむ。


「どうして圭のそばにいるの?」

「それは……どういう意味ですか?」


 清水さんの近くに寄るなという警告かとも思ったが、愛さんの表情を見る限りそんな意味ではない気がする。


「ちょっと棘のある聞き方になっちゃったかな。圭が一年の頃からクラスで浮いちゃってるのは私も知ってるの。だから大輝君はどうして圭の近くにいてくれるのかなって思って」


 そういうことか。だったら僕の答えは簡潔でいいはずだ。


「放っておけないからです」

「それって同情ってこと?」


 愛さんが少し不安そうな目で僕を見つめてくる。どうやら言葉が不足していたらしい。


「いえ、違います。さっきも言いましたけど清水さんと話してて僕はすごく楽しいんです。だから放っておけないというのは清水さんが面白い人だからってことです。一緒に過ごしてて楽しい気持ちにさせてくれる人と一緒にいたいと思うのは当たり前じゃないですか?」


 愛さんが大きく目を見開く。会話が止まり周りの人たちが話す声が鮮明に聞こえる。沈黙を破ったのは愛さんだった。


「ありがとう、真剣に答えてくれて。それが今の君の答えなんだね」

「はい」


 僕の返事を聞くと愛さんはふにゃっとした笑顔になった。


「あ~、まじめモード疲れる。やっぱまじめなお姉さんぶるもんじゃないね」

「あの……さっきまでの質問は?」


 話しやすい雰囲気になったところで、先ほどの質問の意図について聞いてみることにした。


「ああ、そりゃ気になるよね。中学生の圭って結構モテてたんだよ。それで様々な人が圭に言い寄ってきたけど、その中の誰もが圭の内面までは見てくれようとしなかった。」


 中学の頃の清水さんがモテていたとは少し驚いたけど考えてみれば清水さんは優しいし面白いし綺麗だから無理もない。愛さんが話を続ける。


「圭から大輝君の話を聞いて君は圭の内面をちゃんと見てくれているのか気になってさ。それであんな質問をしたわけ。ごめんね意地悪して」

「いえ、大丈夫です」


 つまり先ほどまでの質問は清水さんのことを心配してのものだったということだろう。


「ありがとう、それで悪いんだけど最後に一つ頼まれてくれないかな」


 愛さんが再び真剣な表情になる。


「なんですか?」

「黒髪に戻してから圭のことをいいなっていう声を聞くんだよね。圭が中学生の頃は、私が卒業するまでそういう人たちを牽制してたんだけど、今は生徒会の仕事があって手が回らないんだ。圭を気にしている人の中にはあまりいい噂を聞かない人もいて心配でさ」


 なるほど話が分かってきた。愛さんは清水さんに危ない目に遭ってほしくないのだろう。


「じゃあ僕は清水さんのボディーガードみたいなことをすればいいんですか?」

「いや、それだと大輝君がケガしちゃうかもしれないでしょ。それは私も圭も望んでないよ。だから大輝君はずっとじゃなくていいから、圭のそばにいてあげてほしいの」

「近くにいるだけでいいんですか」


 確かにケンカとかに発展した場合、帰宅部で普段あまり運動していない僕が清水さんを守り抜けるかは怪しいけれど。


「気になる異性の近くに他の同性がいるだけでも結構な抑止力になると思うんだよね」

「なるほど」


 僕は経験がないから分からないけど、そういうものなのだろうか。


「受けてくれるかな?」

「そのことなんですけど、断ってもいいですか?」

「えっ」


 愛さんは心底驚いているように見える。また少し言葉が足りなかったのかもしれない。


「いや、違くて。僕、清水さんとの会話が好きなんですよね。だから頼み事されたから近くにいると思われるのはなんとなく嫌というか……。だから愛さんからの頼み事はなかったことにしませんか? 頼み事がなくても僕、清水さんが嫌と言わなければきっと近くにいると思うので」


 愛さんが僕の話を聞きホッとした表情になる。


「あ~、そういうことね。良かった~。私が意地悪したせいで圭を嫌いになっちゃったのかと思って焦ったよ」

「心配させてすみません。そういうことで頼み事はなかったことにしていいですか?」

「うん。それなら全然オッケーだよ」

「何がオッケーなんだ」


 聞こえた声の方を向くと、そこにはコップを二つ持った清水さんが立っていた。


「それは……。私と大輝君のひ・み・つ」


 愛さんが清水さんにウインクする。


 清水さんは顔をしかめながらコップを自分と愛さんの前に置いて座った。


「……まあいい、ジンジャーエールだったよな?」

「うん、ありがとう。それにしても少し遅かったね」

「ドリンクバーに思ったより人が多くて並んでたんだよ」

「そうだったんだ。大変だったね」

「そう思うなら次から自分の分は自分でやれ。それで何を話してたんだ?」

「そりゃ圭の可愛いところ談義に決まってるじゃありませんか」


 愛さんが堂々とウソをつく。どうやら先ほどの二人での会話は清水さんには内緒にするつもりらしい。


「なっ」

「小さい頃は、お母さんに大好きな甘いもの、いつもおねだりしてたとか、小学生の頃ホラー映画見て怖くなって私の部屋に来たりとか、他には……」

「もういい、それ以上言うな」

「今更私を止めても無駄だよ。圭の可愛い過去はもう大輝君に隅から隅まで知られてしまったのだから」

「おい、本堂、さっき聞いたこと今すぐ全部忘れろ」

「ど、努力します……」


 そもそも愛さんのウソだから、清水さんの可愛い過去は全然聞けていないのだけど。


「絶対忘れろよ。それに今はホラー見たって平気だからな」


 清水さんがテーブル越しに顔を近づけ謎の弁明をする。


「清水さん、ちょっと顔が近い……」


言われて気づいたのか、素早く清水さんが僕から距離を取る。


「おお! 攻めるねえ圭」


 愛さんがニヤニヤしながら清水さんの方を見る。


「わざとやったみたいに言うな」

「またまた圭さん、私は分かってますよ」


 愛さんが清水さんの肩をポンポンと叩く。


「何分かったようなツラしてんだ!」


 清水さんの叫びがファミレス中に響いた。

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