第16話 清水姉妹との遭遇②

「あまり混んでなくてよかったね」


 僕と清水姉妹はショッピングモール内にあるファミリーレストランに来ていた。まだ昼まで時間があるためか並ぶことなく席に座ることができた。


清水さんと愛さんが隣り合って座り、清水さんと僕が向かい合うような形で座っている。


 僕は最終的に清水姉妹の買い物に同行することにした。愛さんが年上だからというのもあるし、清水さんならきっと許してくれると思ったからだ。


「せっかくだから少し早いけどお昼にしようか。私、チーズハンバーグにしよっと」

「私は明太子パスタ」

「あれ? 圭、いつものパンケーキじゃなくていいの?」

「黙ってろ」


 清水さんはファミレスでいつもパンケーキを頼んでいるのか。それは少しだけ意外かもしれないなどと思っていると、清水さんと目が合った。ギロリと睨まれる。


「何か言いたいことでもあるのか」

「そんなことないよ。パンケーキおいしいよね」

「そうそう、いいよねパンケーキ。圭、本当に明太子パスタでいいの?」

「……パンケーキにする」

「オッケー、パンケーキね。大輝君は何にする?」


 そうだった。すっかり自分の分を忘れていた。急いでメニューを眺める。


「それじゃあ僕はカルボナーラにします」

「分かった。了解です」


 愛さんが店員さんを呼び三人分の注文をしてくれた。料理が来るのを待つ間に愛さんの僕への質問タイムが始まった。


「大輝君って何人兄弟?」

「僕と妹の二人ですね」

「さっき妹ちゃんいるって言ってたね。妹ちゃんはなんて名前?」

「輝くに乃木坂の乃って書いて輝乃って言います」

「いい名前だね。輝乃ちゃん可愛い?」

「家族なのでひいき目ありですけど可愛いと思います」

「なるほど、圭とどっちが可愛い?」

「おい」


清水さんが反射的に口を挟む。愛さんは人を困らせることが好きなのかもしれない。どう答えたらいいのだろうか。


「えっと、清水さんは僕の中だと可愛いというより綺麗っていうイメージですね」


 正確には質問の答えになっていないが、嘘ではない範囲で答えるならこう答えるしかない。


何気なく清水さんの方を見るが、そっぽを向いており表情は窺えない。


「圭! 大輝君、圭のこと綺麗だと思ってるってさ。良かったね!」

愛さんが隣に座る清水さんの髪をわしゃわしゃとなでる。

「うっとうしい、髪に触んな、崩れる。困ったからそう答えただけだろ」


 清水さんが愛さんの手を強引に引き離す。


「そんなことないよね大輝君。全く照れちゃって可愛いやつだぜ」

「ははは……」

「それじゃ次の質問いくね。休日は何をしてますか?」

「基本的に家にいますね。漫画読んだり妹と遊んだり、時間が合えば友達ともオンラインでゲームしたりもします」

「インドア派なんだね」

「あまり体を動かすのが得意じゃないので」

「そうなんだ。体を動かすのも楽しいからたまにはやってみてもいいかもよ? 次、味覚の許容範囲は広い方ですか?」

「味覚の許容範囲?」


 聞いたことがない言い回しだ。嫌いな食べ物がないかどうかということだろうか。


「僕の理解が正しいか分かりませんが、好き嫌いしないで食べるとは、家族とか友人によく言われますね」

「だからあの暗黒物質も食べられたのか」

「おい」

「暗黒物質とは?」


 清水さんが再び口を挟む。暗黒物質とは何を指しているのか。


「なんでもない、こっちの話。次……こっちばっかり聞きすぎるのもあれだから大輝君から質問したいことないかな?」

「質問ですか?」


 急に聞かれるとパッと質問は出てこない。


「そんなに悩まなくてもいいよ。好きな食べ物はとか、好きな教科はとか、そんなのでも全然オッケーだから。質問じゃなくても言いたいことでもいいし」


 難しく考えすぎていたかもしれない。僕は思ったことをそのまま口にすることにした。


「質問ではないですけど、姉妹で買い物に来るなんて仲がいいんですね」


 僕がそう言うと愛さんの口元が少し緩んだ。


「やっぱり大輝君にもそう見えちゃうか。私たち最強ラブラブシスターズだから!」


 愛さんが清水さんに勢いよく抱き着く。清水さんは面倒くさそうに引き剝がそうとする。


「誰が最強ラブラブシスターズだ! とっとと離れろ。暑苦しいんだよ!」

「圭のいけず~。私にだってもう少し素直になってくれてもいいんだぞ」

「十分に素直だ。早く離れろ、なんつう吸引力してんだ」


 結局、清水さんが愛さんを元の位置まで戻すのに数十秒を要した。


「もう圭ったらつれないなぁ」

「やかましいわ。人がいる前で抱き着いてくるな」

「二人きりの空間でイチャイチャしたいってこと? もう圭はいくつになっても甘えん坊さんですなぁ」

「ああもう、ああ言えばこう言いやがる」

「ふふ」


 清水姉妹の息の合った掛け合いに思わず笑ってしまった。


「何笑ってんだ」

「大輝君は私たち美人姉妹の微笑ましい関係性を見て、つい笑みが零れてしまったんだよ」

「さり気なく自分で美人って言うな」

「私たちが美人でないなら誰が美人さんって話ですよ! 大輝君、君もそう思うよね?」

「は、はい」


 圧に負けて思わず反射的に頷いてしまった。二人とも美人なのは事実だけど。


「無理やり言わせてんじゃねえか」

「そんなことないよ。本心だって。いけない、話が脱線しちゃった。大輝君は他に私たちに聞きたいことないかな?」


 そうだった。姉妹漫才を聞いていて忘れていたけど、そういえばそんな話をしていた。


「うーん。聞きたいことですか……」

「まあ急に言われても思いつかないよね。じゃあ、また私から質問するね。次は何を聞こうかな……」


 愛さん、人差し指を額に当て考えるポーズをとる。


「閃いた! でもさすがにこれは攻めすぎかな……」

「僕が答えられる範囲であればなんでも答えますよ」

「そう? なら聞いちゃおうかな。まずはジャブから。大輝君はどんな子がタイプですか?」

「好みの女の子ですか……」


 頭を一瞬俊也の顔がよぎる。世の高校生というのは、僕が思っていたより恋バナに興味がある生き物なのだろうか。


「そう! 大輝君も年頃の男の子だし、女の子のこんなところ好きとかあるんじゃないかと思いまして」

「な、なるほど」

「それでどう? 思いつかないなら考える時間とるよ?」

「大丈夫です。少し前に友人と似たような話をしたので」

「そう? それじゃあ改めて聞くけど、どんな子が大輝君は好みかな?」

「僕は清楚な女の子が好きです」


 愛さんは清水さんに一瞬だけ視線を移しニヤリとした後で僕に視線を戻した。


「ほうほう、大輝君は清楚な女の子がタイプと……。なるほどなるほど」


 愛さんがまた清水さんの方を意味ありげに見つめる。


「な、なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」

「いや、何も? 強いて言うなら健気な妹さんだなと思っただけだよ」

「お前、後で覚えとけよ」


 清水さんが拳を握りしめている。


「はいはい。それでは次の質問です。一応言っておくけど次の質問は答えにくいと思ったら答えなくていいからね?」

「わ、分かりました」


 愛さんがそこまで念押しするとは、一体どんな質問をするつもりなのだろうか。


「ずばり、今までに恋人がいたことはありますか!」


 全く想定していなかった質問が来た。確かに愛さんが先に言った通り結構攻めた質問だ。人によっては答えにくいかもしれない。どういう風に答えるか考えていると、ふと清水さんと目が合った。


「なんだよ」


 清水さんが僕をキッと睨みつける。


「いや、清水さんからしたら、今の時間少し退屈なんじゃないかなと思ってさ」


 先ほどからずっと僕が愛さんの質問に答え続けている状態だ。愛さんはなぜか僕に興味があるみたいだけど、清水さんからしたら僕のことなど興味がなく暇なだけなのではないか。


「え~。そんなことないよね圭。クールに取り繕ってるけど、内心は大輝君の知らなかった話を聞けて心臓ドキドキで張り裂けそうな勢いでしょ?」

「勝手に人の心を代弁するな」

「それじゃあホントはどうなの?」

「ぐっ。……別に退屈じゃない」


 清水さんはなぜか僕と視線を合わせてくれないけど、ウソは言っていないように見える。


「ほら大輝君の話に興味津々だってさ」

「そこまでは言ってねえだろ!」

「お姉ちゃんアイではそう言っているように見えたんだけどなぁ」

「お前の目、節穴すぎだろ。それで本堂、さっきの質問の答えはどうなんだよ」

「質問?」

「もう忘れたのか? お、お前に彼女いたことあるのかって話だよ」


 確かにその話をしていた記憶がある。なぜだろう、今日は話がすぐに逸れてしまう。また話を忘れてしまう前に答えてしまわないと。


「僕は今まで誰とも付き合ったことはないよ」

「そ、そうか……」


 清水さんは口元を手で隠していて表情は読み取れないが、声からはなぜか安堵したように感じられた。


「それなら圭も誰かと付き合った経験ないから一緒だね」

「おい、勝手にばらすんじゃねえ」


 清水さんが愛さんを睨む。清水さんは綺麗で一緒にいて楽しいから今まで付き合った経験がないというのは正直驚きだ。


「人の秘密を教えてもらったなら自分の秘密も教えないとね」

「お前はそんなことしてなかっただろ」


 そんな話をしているうちに僕たちの頼んだ料理が順番に運ばれてきた。

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