第14話 清水姉妹による恋バナ③

高校一年のある日の放課後、私は忘れ物を取りに教室へ戻っていた。


忘れ物に気づいたのが学校から出てしばらく経ってからだったから、教室前に着く頃には教室内に人はほとんどいないだろうと考えていた。


「そういえば俊也、今日は時間大丈夫なの?」


 聞きなれた声がしたのでドアを開ける手を止め思わず身をかがめる。


「ああ、今日は部活休みだから問題ない」

「ならよかった」


(なんでよりによってあの二人が残ってるんだ。教室入りづらいな)


中から聞こえてくる声から、どうやら教室内にまだ残っているのは本堂と松岡の二人だけらしかった。二人は教室の前にいる私に気づいていないようだ。


 高校に進学し私は本堂と同じクラスになった。あの時以来本堂と話す機会は中学ではなかったから、同じ高校に入学していたことも入学式の時に初めて知った。


最初は席が離れていて交流はなかったが、何度目かの席替えで偶然本堂と隣の席になった。話して分かったのは、本堂が私に高校で初めて会ったと思っていることだ。


中学の時の一件を忘れてしまったのか、それとも髪を染めた私を別人だと思っているのか。なんとなく悔しかった私は、自分から中学の頃に会ったことがあるとは言わなかった。


だが本堂はそんな私に毎日のように話しかけてきた。クラスメイトから怖がられ距離を取られている私に対してだ。本堂は私のことを一体どう思っているのだろうか。


「ずっと気になってたんだけど、大輝って清水さんのこと怖くないのか?」

「清水さんが怖い? なんでさ」

「だって染髪は校則で禁止されてるのに金色だし、うっかり目が合うと睨んできて怖いし。それによくないことしてるんじゃないかって噂も結構聞くぞ」


(松岡め私がいないからって本堂に好き放題言いやがって)


 前半二つは事実なのでそこは反論のしようがないが。


 松岡に好き勝手言われるのはまだいいが、本堂から同じような発言を聞きたくなかった私は帰るため教室のドアに背を向けた。


「僕は清水さんのこと怖いとは思わないけどな」


 本堂のその言葉が私の歩みを止めた。


「なんでそう思うんだ?」

「清水さんって少し分かりにくいけど優しい人だと思うんだよね」

「そうか?」


 松岡は心の底から疑問に思ってそうだ。


「うん。声をかけたら清水さんはいつも返事してくれるし。見た目は少し派手だけど話してみたらいい人だよ」

「それは大輝が誰でもいい人だと思うからじゃないか?」


松岡は今の本堂の発言だけでは私への警戒を解いていないようだ。


「そんなことないよ。俊也は知らないと思うけど、清水さん掃除の時とかはいつも一緒にやってくれるんだ。清水さんは清水さんで他の人のことを考えてくれてると思うんだよね」

「ふむ、なるほどな」

「よくない噂が独り歩きしているだけで、話してみれば清水さんはみんなが思ってるよりずっと優しくて面白い人だよ」


 本堂が私のことをそんな風に思ってくれていたなんて知らなかった。表では笑顔で話しかけてくるが、裏では他のクラスメイトのように私を恐れているのだろうと思っていた。


 でもそれは違っていて本堂は私を見た目や雰囲気だけで判断せず内面まで見ようとしてくれていた。


「大輝がそこまで言うならそうなのかもな。さすがに面白いまでは同意できないけど」

「俊也も清水さんとちゃんと話してみれば分かるって。それに清水さんは……」


 顔が急激に熱くなる。心臓の鼓動が早くなっているのが自分でも分かってしまう。ここにこのまま留まっていてはいけない気がする。私はここまで戻ってきた理由も忘れて廊下を駆け出した。






「……とこれが本堂が気になるようになった理由だ」


 黙って聞いていた愛が急に手を叩き始めた。人形が突然動き出したみたいで不気味だ。


「ブラボー、よかった、実に素晴らしかったよ。容姿だけで判断せず中身までちゃんと見てくれる。まさに真実の愛! これは全米が涙しましたわ」

「適当なこと言うな」

「ごめん、ごめん。でも大輝君いい子だって思ったのは本当。正直、前までの金髪圭ちゃんが他の人からすればちょっとだけ近づきにくかったのは事実だからさ。そんな圭に真剣に向き合ってくれてた人がいたっていうのは、お姉ちゃんとしてかなり嬉しいよ」

「急にまじめになるな」

「理不尽!」


 自分でもそう思ったが、いつもちゃらんぽらんな姉がまともなことを言うと調子が狂う。


「とりあえず本堂については結構話したから満足しただろ」

「はい。圭の青春赤裸々恋愛トーク聞いて心が若返りました」

「それはよかった。なら帰れ」

「ええ! なんか急に冷たくない? 冷たすぎて風邪引いちゃいそう。クシュン」

「うるせえな。もう目的は達成しただろ」


 そもそも愛は本堂について聞くために私の部屋まで来たはずだ。目的を達成した今、もうここにいる必要はないだろう。時計の針は十一時を回りいい頃合いだ。


「それはそうだけどさ。まだ最近大輝君のこんなところにドキッとしたとか、大輝君が別の女の子と話してて少しモヤッとしたとか、そんな甘酸っぱいお話が聞きたいわけですよ」

「勝手にドキッとさせたりモヤッとさせたりするな。帰れ」

「ヤダヤダ。お姉ちゃん部屋に戻りたくない~。もっと圭のお話を聞きたいな。大輝君とのこれまでの思い出とかさ。圭とまだまだ恋バナしたい~」


 愛は十七歳にもなってまだイヤイヤ期であるらしい。しょうがない、伝家の宝刀を抜く時がきたようだ。


「恋バナっていうのはどちらか一方だけがするもんじゃねえよな? 私も聞きてえな、陽介とどこまで進展したとか、陽介のどこが好きだとか、陽介をいつ異性として意識したとか。お前もちゃんと教えてくれるんだよなぁ?」


 愛は視線があっちこっちをさまよっている。


「おっと、そういえば明日までに終わらせないといけない課題があったのを忘れていたぜ」

「明日は土曜日だぞ」

「……おっと、まずい。急に眠気が襲ってきたぜ。本当に残念だが恋バナはまたの機会にするとしよう」

「逃げる気か」

「逃げるなんて人聞きの悪い、これは戦略的撤退だよ。当初の目的は果たしたわけだしね。それではアデュー」


 そう言うと愛は自分の部屋へと戻っていった。


「いつもホントに嵐のように去っていきやがって」


 静かになった部屋で私は誰に言うでもなくそう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る