第13話 清水姉妹による恋バナ②

「……本堂」

「圭の照れ顔キタコレ! え、うちの妹可愛すぎでは? 下の名前はなんて言うの?」


 いつもの六割増しでやかましい。こうなると分かっていたから話したくなかったのだ。


「……大輝」

「なるほど本堂大輝君、事前に聞いていた子の名前と一致しますね。それでは次の質問です。彼、本堂大輝君との出会いを教えてください」

「中学三年の時だ」

「えっ、同じ中学校だったの! それで一体どんな風に出会ったのかな? 詳しく教えて」


 質問には簡潔に答えていくつもりだったが、愛は詳細に言わないと満足しそうもない。私は説明を始める前から少し気が重くなっていた。


「さっきも言ったが、最初に本堂に会ったのは中学三年の時、場所は校舎裏だ」

「うちの中学の校舎裏といえば告白の名所ですが、もしかして!」

「ああ、確かにアイツに会ったのは放課後に告白されてた時だ」

「やっぱり! 最初から告白スタートですか! あれ、でも圭は知らない人からいきなり告白されるのは苦手だったんじゃ……」


 鋭い指摘だ。愛と陽介が時間をかけ少しずつ恋に落ちていく様子を近くで見てきた私には、相手の内面を知ろうともせずに告白してくる奴らの考えは理解できなかった。


「私に告白してきたのは本堂じゃねえ」

「えっ、どういうこと?」

「他の奴に告白されてた時にアイツが現れたんだ」

「ええ! どういう状況? なんで大輝君、そんな場面で現れたの?」


 愛が疑問を覚えるのも当然だ。面倒だがここは丁寧に説明しなければならないだろう。


「そもそも私は放課後、校舎裏に知らん奴に呼び出され告白された。ここまではいいか?」

「うん。圭も中学の頃は結構モテてたもんね」

「私よりもモテてたお前に言われたくないけどそうだ。その日も一目惚れだとかなんとか言ってきたからいつもと同じように断った」

「まあ圭ならそうだろうね」

「ここまではよかったんだが、問題はここからだ。私に告白を断られたことがお気に召さなかったソイツは、断り方が気に食わないだの言ってキレ始めた」

「それ、大丈夫だったの」


 愛はさっきまでと打って変わり真剣な顔になる。中学の頃の出来事なのにさっきあったことのようにハラハラしている。愛は私のことになると少し心配性になる傾向がある。


「大丈夫じゃなかったら、さすがにその時に言ってる」

「だよね。良かった~」


 愛は表情が分かりやすく和らいだ。


「それにしてもどうやってそのピンチを脱したの?」

「今から話す。その告白してきたやつがキレて私に近づいてきた時に、待ってと声をかけてきた奴が本堂だった」

「おお! ここでさっきの話と繋がるんだね」


 なんか伏線回収したみたいな盛り上がりだが説明が単純に前後してしまっただけだ。


「そうだ。本堂はキレてた奴と私の中間に割って入ってきて自己紹介を始めた」

「えっ、そのタイミングで? 大輝君ってちょっと天然?」

「結構マイペースなんだよアイツは。それで自己紹介を終えた後に私に告白してきた奴に、私とどんな関係なのか聞かれて困った表情をしてた」

「知り合いどころか初対面だもんね」


 あそこまで困った顔をした本堂は後にも先にも見たことがない。


「それで本堂が今日初めて会った人だって正直に話したら、男がなんで告白の邪魔したんだとまた怒って」

「その子の言うこともその前に圭に対してキレてなかったら一理あったかもね」

「本堂も苦笑いして謝ってたな。でもその後に急に真剣な表情になって、何事もなく告白が終わっていたら去るつもりだったけど私に手を出そうとしてたのを見て止めにきたって、男に向かって言い放ってた」

「大輝君って自分の思ってることをしっかり言える子なんだね」


 私もあの時は正直驚いた。男か女か分からないような顔をしてのほほんとしているから、人にあまり意見できないタイプだと勝手に思っていたからだ。


「本堂は意外とそういう奴なんだよ。それで男は私の断り方が悪かったとか本堂に話してたけど、それでも手を出したらダメだって諭されて言葉に詰まってた」

「うんうん。それで?」

「最終的には男も本堂と話して少し頭が冷えたみたいで私に謝ってきた」

「男の子も反省できたんだね。圭はそれに対してどうしたの?」

「私も少し言いすぎたのかもしれないと思って謝った」

「話を聞く限りだと男の子の方に非がある気がするけど。それでもごめんなさいできるのは偉いね。ナデナデしてあげる!」

「やめろ! 本当になでようとするな!」


 愛の手をかわす。愛は高校生になってもまだ私のことを子供扱いしてくる。いつになれば私は愛から大人として扱われるのだろうか。


「あ~、まだなでてないのに~。まあ今はいいや、話はそれでおしまい?」

「ほとんどな。それからアイツは私たちが校舎に戻るのを見届けてから去っていったよ」

「なるほどね。中学の頃はそれから大輝君に会ったの?」

「ちらほら廊下で姿を見たことはあったけど、話したのはあと一回だけだな」

「そうなんだ。何を話したの?」

「お前があの日あの場所にいたのは偶然じゃないだろって」

「え?」


 どうやら私と本堂の話した内容は愛の予想から外れたようだ。その証拠に愛はあっけにとられたような表情をしている。


「どういうこと? 説明プリーズ」

「別にあの告白が仕組まれてたとかそういうことじゃない。ただおかしいと思わなかったか? 同じ中学通ってたなら分かるだろ? 校舎裏は用もなくいるところじゃねえって」

「確かに言われてみれば。あまり人が来ないから告白するにはいい場所になるわけで」


 私もはじめに本堂に会った時はその違和感に気づかなかった。後から何度かその出来事を思い出してようやく疑問に感じたのだ。


「それで後から本堂にそのことについて聞いてみたんだ。そしたらいたずらが見つかった子供みたいに困った顔してさ」

「それで?」

「本堂が言うには、最初は校舎の中にいて窓から私と男が校舎裏に歩いていく姿が見えたらしい。それで男が少しキレやすいことで有名だから、一緒にいた私のことを心配して校舎裏まで追いかけてきたらしい」

「大輝君って心配性だね」


 愛の私への対応もその時の本堂と同じくらい過保護な気はするが。


「それは私も少し思った。それで本堂に言ったんだ。友達でも知り合いでもない私のために、なんでそこまでしたんだって」

「大輝君はなんて?」

「自分が後悔したくないからだって。見て見ぬふりして私がケガとかしたら自分が嫌いになりそうだから行動しただけだって言ってた」


 その時の本堂は少しだけ寂しそうに見えた。


「あくまで自分のためにしたってことね。それで愛はどう返したの?」

「……お前いつもこんなことしてるのか。気をつけないとお前も危ないぞって……」

「圭さん? そこは助けてくれてありがとうって言って顔を赤く染める場面では?」

「誰が染めるか! 私だって礼はちゃんと言わないといけないって思ったけど、言葉が出てこなかったんだよ……」


 自分で自分が嫌になる。どうしてあの時に感謝の言葉一つアイツに言えなかったのか。


「圭はちょっと不器用なところあるからね。まあそこが可愛くもあるんだけど。それで中学の頃のお話はおしまいかな?」

「ああ、それからは中学の間アイツとは話してねえ」

「なるほどね。まあ大体の話は分かったよ。危機的な状況にさっそうと現れた一人の男の子。その子に救われて圭は恋に落ちる。いいね、グッドな恋愛してるんじゃないですか!」

「やかましい。別にこの時に惚れたんじゃねえよ」

「えっ、違うの?」

「この時はちょっと変わったお人好しがいるなって思っただけだ」

「そうなんだ。それならいつ圭は大輝君にときめいちゃったの?」


 愛の目は今朝と打って変わってキラキラしている。妹の恋愛事情に興味津々だ。


「もう十分話したから今日は終わりでいいだろ」

「そんな殺生な! いい感じに盛り上がってきたのに、それはあんまりですぜ」


 愛が私の両肩を掴み前に後ろに揺らす。私は少しイラッとしながら愛の手を払いのけた。


「うっとうしいな。さっきの話で弁当の分くらいは返しただろ」

「それはそうかもしれませんが……。そうだ、惚れた理由を私に教えてくれたら、圭の恋路を陰ながらサポートするよ!」

「いらねえ」

「即答!」

「自分の恋もままならねえ奴に任せられるか」

「ぐはっ」


 愛とその想い人の陽介はお互いに好き合っているにもかかわらず恋人にはなっていない。これは単にお互いに想いを告白していないからだ。陽介は愛が他の奴の告白を全て断っていることから尻込みし、愛は陽介から告白してほしいと宣っている。そのため愛と陽介は幼馴染み以上恋人未満の関係を現在進行形で続けている。


「はぁ、はぁ、圭もなかなか言ってくれるじゃない」


 愛はなんとか精神的ダメージから立ち直ったようだ。


「事実を述べたまでだ」

「我が妹ながら見事なジャブだぜ。まあ待ってよ。恋愛についてのアドバイスは少し難しいかもだけど、私にはまだできることが残ってる」

「なんだよ」


 まともな案ではないと思いつつも一応耳を傾ける。


「生徒会副会長権限で大輝君を呼び出して、圭のことどう思ってるか聞いてあげるよ!」

「ぶちのめすぞ」


生徒会副会長の地位を生かすタイミングは絶対に今ではない。


「ええ、パーフェクトアンサーだと思ったんだけどなぁ」

「どこがだ。職権乱用もいいとこだろ。それにそんなことしてよく思われてなかったらどうするつもりだ」

「ちょっと心配しすぎじゃない? 圭はスーパープリティガールなんだから大丈夫だよ。

きっといい感じの言葉を大輝君がくれるって」

「誰がスーパープリティガールだ! とにかく却下だ却下!」

「厳しいなぁ。まあさっきの話は半分冗談としても、圭の恋を応援してくれる人が同じ学校にいるだけでも結構心強いと思うんだけどな」


 確かに私の本堂への気持ちを知る人物は今のところ愛だけだ。協力者がいるのといないのとでは大分違う気がする。愛の提案は私にとっても悪い話ではないかもしれない。


「……分かった。だけどくれぐれも邪魔だけはするなよ」

「おおっ! 話に乗ってくれたということは、大輝君にときめいた時のエピソードも教えてくれるということですね!」

「ときめいてないけどな」

「我が妹ながら素直じゃありませんなぁ。じゃあ大輝君のこと気になったきっかけとでも言えばいいかな」

「まあそれなら話す。あれは高一の頃……」

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