第10話 清水さんのお弁当③

「なあ、ここ一週間くらい清水さんの機嫌がずっと悪いけど、理由ってお前は知ってるか?」

「手の傷が日に日に増えているから他校の生徒と毎日ケンカしてる説、誰かが清水さんの逆鱗にふれた説、他にも説は聞くけどどれが正解かは分からない。ただ一つ分かってるのは、絶対にあの状態の清水さんに関わっちゃいけないってこと」

「そうだな。俺も気をつけるわ」


 教室の片隅で私の噂話をしているクラスメイトがいる気がするが、反応する余力もない。


 弁当を作り始めて一週間、結果を言うと私は、満足できる出来の弁当を作れなかった。愛が毎朝どんなに丁寧に教えてくれても私の料理の腕は上達せず、数日前からは見かねた母さんも教えてくれるようになったが、結果は変わらなかった。毎日できた弁当の失敗作を食べていくうちに私も愛も心が徐々に折れていった。


(私の料理スキルがここまでひどいとは……)


 今朝に至っては誰も失敗作を食べる気力がなく、昼になんとか食べてしまおうと作った料理を弁当箱に詰めて持ってきたのだった。


 これ以上弁当作りを続けるのは私にとっても厳しいし愛にも悪い。私は今日で一旦弁当作りをやめることに決めた。




 昼休み、カバンから母さんが作った弁当と自作の弁当を取り出す。なんとか昼休みのうちにどっちも食べてしまわないと。ため息をつきたくなる。


「……はぁ」


 声の主は私ではない。声のした方を向くと本堂が頬杖をついてボーっとしていた。


「どうした。そんな辛気臭いツラして」


 本堂がため息をしている姿は普段見ないから、気になって思わず声をかけてしまった。


「ああ、ごめん清水さん」

「別にいいけど何かあったのか?」


 せっかく私の方から声をかけたのだから、ため息の理由くらいは聞いておきたい。


「いや、今日ちょっと忘れ物しちゃって」

「何を忘れたんだ?」

「財布だよ。おかげでお昼ご飯買えなくてさ。どうしようかなって思ってたんだ」


 確かに本堂の机を見ると、いつも昼休みに食べている惣菜パンの類いが見当たらない。ただそれくらいなら解決策はあるのではないか。


「金がないだけなら松岡にでも借りればいいんじゃねえか? アイツも昼飯代くらいなら貸してくれるだろ」


 こういう時なら本堂が真っ先に頼るのは松岡のはずだ。


「そうだね。俊也がいればお金貸してくれたと思うんだけど、今日に限って俊也、サッカー部のミーティングで昼休みの間いないんだよね。俊也がいなくなる前に僕が財布忘れたことに気づけたらよかったんだけど」


 そう言われて教室を見回すが確かに松岡の姿はない。


「まあ仕方ないから今日はお昼ご飯なしかな。清水さんも心配かけちゃってごめんね」

「別に心配なんてしてねえよ」

「だったらよかった」


 会話がとぎれる。高校生の男子といえば食べ盛りのはずだ。そんな本堂が昼食を抜くのはさぞ辛いことだろう、などと考えながら自分の机に目を向けると、そこには弁当箱が二つも置いてあった。そうだ。今日は弁当が二つある。全く予期していなかったがこれはある意味チャンスではないか。


「おい本堂」

「どうしたの?」


 本堂が再び私に視線を向ける。私は視線を合わせることなく本堂の机の上に弁当を一つ置いた。


「清水さんこのお弁当は?」

「……やる」

「え?」

「だからその弁当をお前にやる」


 本堂はなぜとでも言いたそうな表情をしている。


「それは嬉しいけど、そしたら清水さんの分がなくなっちゃうよ」

「私の分はある」


 自分の机の上にあるもう一つの弁当を指差す。


「あれ、ほんとだ。じゃあこれは誰の?」

「誰のでもいいだろ。……ほら、調理実習の時に世話になったからそれやる。どうせ私だけだと二つも弁当食いきれねえからお前も気にしなくていい」


 本堂の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。なぜ私が二つも弁当を持っているのか分からないのだろう。お前に渡したかった手作り弁当の失敗作を持ってきていたからだとは口が裂けても言えない。


「よく分からないけど清水さんの分があるならいいや。ありがたくいただくね」

「ああ」


 本堂は完全に納得したわけではなさそうだったが、私の分があると分かり弁当を受け取ることにしたようだ。


 そして気づく。私が本堂に渡した弁当は誰が作った弁当だ?

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