第9話 清水さんのお弁当②

「なあ、今日の清水さん、なんだかいつにも増して機嫌悪くないか?」

「お前もそう思う? なんか他校の奴とケンカして手をケガしたって噂だよ」

「そうだったんだ。清水さん髪を黒く染めたり授業サボらずに受けたりしてたから、まじめになったのかと思ってたけど相変わらずなんだな」


 クラスメイトがコソコソ私の噂話をしているがそちらを向く気力もない。それもこれも全て手作り弁当が原因だ。


(もう最悪だ)


 弁当は一応できあがった。手伝ってくれた愛からトレードマークの笑顔が消えることになったが、完成はしたのだ。問題はその出来栄えだった。


 卵焼きは醤油のせいか、はたまたこげのせいか分からない、ただ黒さを追い求めたような謎の塊になり、本堂の好きなしょうが焼きも同様に黒さが際立つ肉塊となった。


 今回は愛のサポートがあったにもかかわらず何度か包丁で指を切り、傷は浅かったものの愛には心配をかけてしまった。


 結果として完成した弁当は、とてもじゃないが人に渡せる代物ではなかった。


 私は最初自分一人でその手作り弁当を平らげようと思ったが、責任を感じた愛が半分こにしようと提案してくれた。そのおかげでなんとか食べきれ、胃がもたれる程度で済んだ。


 正直、圭の料理スキルは予想以上というか想定外だったね、と愛は死んだ目で後に語った。


「おはよう清水さん」

「おう」


 今日の朝の事件を思い出していたら、いつの間にか隣の席に本堂が座っていた。


 本堂になんの罪もないことは分かっているが、今朝の弁当の失敗もあり自然と眉間にしわが寄っている気がする。


「あの清水さん。僕、何かしたかな?」


 そんな私の顔を見たのか本堂は困ったように笑っていた。


「別に何もしてねえよ」


 実際に本堂は私を怒らせるような行動はしていない。私が怒っているように見えるのは私自身が問題だ。


「それなら困ったことでもあった? 僕でよければ話聞くよ?」

「……なんでもねえ」


 お前のために手作り弁当作ったけど失敗したから落ち込んでいる、とは口が裂けても言えない。


「そう、分かった。……あれ、清水さん手をケガしてるけど大丈夫?」


 とっさに手を隠したが遅かった。完全に油断していた。言い訳を考えねば……。


「……ちょっと色々あったんだよ。深い傷じゃねえから気にしなくていい」

「うん。でもお大事にね」


 苦しい言い訳だったが本堂は納得してくれたようだ。安心したらいつもより早く起きた反動からか睡魔が襲ってきた。


「今から寝るから起こすなよ」

「うん、先生来る少し前に起こすね」

「起こさなくていいって言っただろ……」


 いつもであればここから起こすか起こさないかで言い合いになるのだが、早朝から弁当作りをして精神的に疲れていたのか、今日は早々に意識を手放すことになった。




 昼休み、早々に昼食を食べ終えた私は、特にすることもなく机に伏していた。


隣の席からは本堂と松岡が会話する声が聞こえてくる。


「やっぱ瀬戸さんの手料理食べたかったな~」

「俊也、調理実習の時のことまだ引きずってたの?」

「あの時は割り切ったつもりだったけど、好きな女の子の手料理食べたいって男なら誰しも思うだろ?」

「ちょっと主語が大きい気がするけど確かにそうかもね。好きな女の子に作ってもらった料理を食べる機会なんてなかなかないし嬉しいと思う」


 やはり本堂も異性からの手料理に興味があるらしい。良かった、努力の方向性は間違っていないようだ。


「だよな! 瀬戸さんが手作り弁当作って俺にくれるって展開にならないかなぁ……」

「もうそこまでいくと想像というより妄想の域だけどね」


 本堂は友達だからか、たまに松岡に対しては厳しい時がある。


「空想でも妄想でもいいから後で絶対現実にしてみせる!」

「頑張ってね」

「ああ、まあ好きな人の手料理じゃなくても、人の手料理ってなんかいいよな」

「それは同感かな。自分で作るのもいいけど、誰かに作ってもらった料理は何か特別な気がするよね」


 これはいい情報だ。つまり好きな人からの料理でなくても他の人に作ってもらえること自体に喜びを感じるということなのだろう。


「そういえば前の恋バナの時にちょっと思ったけど、大輝って自分でお弁当を作ろうとは思わなかったのか?」


 松岡が本堂に唐突に疑問を投げかけた。


「考えたこともあったけど、結局朝早くに起きれなくて諦めたんだよね」

「そうなのか。じゃあ当分は購買生活だな」

「そうだね。でも前にお弁当の話をした時に少しお弁当食べてみたくなったから今度早く起きたら挑戦してみたいな」


 何気なく話を聞いていたら大変なことになってきた。私と本堂では料理スキルに天と地ほどの差がある。もし本堂が自分で弁当を作ってきたら、後からはなんとなく渡しづらい。


 私は練習を重ね弁当が満足できる出来栄えになったら渡そうと悠長なことを考えていたが、急いで弁当を完成させる必要があると分かった。

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