第44話 デートの誘い

「何故俺はあのとき……」


 家に帰って来た俺は何故自分が倒れたのか、何故自分はあのとき高校生の自分を見ていたのかを考える人のポーズを取りながらも頭を雑巾のように絞りながらも残影のことを思い出していた。


 今まで予兆がなかった訳ではない。

 與那城と一緒に沖縄から東京に戻る為の空路を使う為空港に来ていたとき、俺はあれと同じようものを目の当たりにしていた。あのときは本当に一瞬だった為、まるで俺は見てはいけないもの、幽霊の類かとなっていたがあれも間違いなく俺自身であった。


「そして今まで聞こえていた幻聴の類……」


 あれが今までなんだったのかは俺には分からなかった。

 あれが聞こえ出したのは高校生三年生のとき、俺が刺されて千里の声が失ってからのことだった。一つ違うことがあるとすれば、それは俺が幼い頃のような声はあの頃は聞こえていなかったという点だ。


 どちらかと言えば……。


『お前が受かる訳ないだろ』


 面接を受けに行ったあの日、俺を止めようとするあの声は今まで聞こえて来ていた声に近しいものだったような気がする。果たして俺が聞こえて来ていたあの声達はなんなんだろうか。まるで俺の心の内を知っているような声もあったからこそ俺は気になって仕方なかったのだ。


「亜都沙……」


 俺が幻聴のことを気になっていると携帯に通知音が鳴り響く……。

 俺が倒れたとき、恵梨の他に亜都沙も駆けつけてくれたと恵梨から聞いていた。亜都沙からの連絡が来ており内容は「お礼なんかええよ、今度はちゃんと秋葉案内してくれたらええで」と送って来ていたのだ。


 俺が起きたと聞いて安心したようで帰ってしまったみたいだが俺はお礼を言いたくて先ほど連絡していたのである。ありがとうな、亜都沙……俺は亜都沙に心の中でお礼を言いながら椅子に座りパソコンと向き合い始める。





『どうしたの?今日は千里に会いに行くんじゃなかったの?』


 パソコンと向き合い始め、動画の編集でもしようとしたとき幻聴が聞こえ始める。


「……!?」


 幻聴であるはずの声がはっきりと聞こえて来て俺は吃驚していた。


 この俺の幼き頃のような声、間違いない……。

 こいつは俺自身だ……。何故今話しかけてきたのは分からない。そもそもどういうときに俺に話しかけてくるのかなんて分かっていない。なんとなくではあるがもう一人の方の俺の声は俺が落ち込んでいるときに聞こえているときが多い気がする。

 まるで悪魔の囁きのように……。


 だけど……こいつは……こいつはいったいなんなんだ。

 初めて声が聞こえて来たときは俺のことを励ますようなことを言っていたが悪い奴じゃないのかもしれないが先日のこともあって俺はどうにも疑い深かった。


「誰なんだ、いったい何者なんだ……?」


『……僕達のことなんかより早く千里に電話した方がいいんじゃない?』


「俺はこの声の主が誰なのかを知りたい、教えてくれ」


『……僕"達"はキミだよ』


 ある程度は予想していたが俺と言う人間だということは当たっていたか。幻覚で出て来た男も俺だと名乗っていた。それは分かって来たつもりだがどうにも分からないことがある。


 何故俺にはこんな声が聞こえているのかを……。


「教えろ、二人で何を考えている?」


『……そっか、キミにはまだ”二人”としか認識してないんだね、それじゃあね』


「待て……!!どういう意味だ……!!」


 声の主は聞こえなくなっていた。

 二人としか認識していない……?いったい、どういうことだ?まさかこの声とあの怒り狂ったような声の主以外にまだ声が居るというのか……。


「くそっ……ダメだ。意味が分からねえ……」


 これ以上声のことを考えていても仕方がない。

 あの声が言っていたように今日は千里と電話する予定がある。




『……樫川君、君はもしかしたら精神な問題があるかもしれない』


 あのとき、医者は俺に精神的な問題があると言っていた。

 自分で言うのもなんだが俺は確かに精神的な問題があるのは自分でも気づいている。この二年間、かなり無理をしていたというのも分かっている。俺のせいで千里を傷つけた、あのとき俺だけが苦しんでいればと何度も何度も思うことがあった。


 旅館のとき、俺は初めてこれ以上自分のことを否定しなくていいと教えてくれた。あれが本当に心の底から救いだった。自分のことを追いつめ続けていた自分がようやく俺自身のことを許すことが出来たのだ。


『一度診て貰った方がいいかもしれないね』


 先生……。

 確かに俺の心には問題があるのかもしれない。千里が居れば仲間がいてくれればきっと俺はなんとかなりそうな気がするんだ……。ようやく俺は自分の中で幸福というものを見つけられそうなのだから。


 だから……きっと大丈夫なはずです……。





「悪い千里、電話遅れて……」


「大丈夫」


 スマホの時間を見れば電話すると言っていた時間から既に10分程度遅れていたようだ。

 俺が自分らしき人物と話している間にも千里は俺から電話を来るのを待ってくれていたと考えると、申し訳ない気持ちになりながらも俺達は久狼としての話を始めた。


 前回俺達は雑談コラボである程度仲の良さを見せれたがこれではまだ足りないだろう。

 千里と電話している間にこれからのことをお互い話し合うと千里からある提案をされる。


「ベストカップリング……?」


 企画の題名からして凄い嫌な予感しかしない。

 一応千里からとあるVが開催するベストカップリングと呼ばれるものの内容について教えてもらう。どうやら内容的に提示されたお題に対して男性側が女性側の思っていたことについて書いていくような感じの内容らしい。その逆もあるとのことだ。


 この企画、悪くはないが……。


「これ俺達無双すると思うけど大丈夫か?」


「寧ろそれぐらいやった方がインパクトあるんじゃない?」


 多少やり過ぎになっても知らないぞと思って千里に確認を取るが「大丈夫じゃない?」的なことを言ってくる。印象に残らないより印象に残るやり方の方がいいってことか。


 それは一理あるな……。


「分かった、その企画の件参加できるように取り付けておいてくれないか?」


「うん、任せて」


「ああ、頼む」


 俺は千里と今後のことについて話し合いが終わり、電話を切ろうとしていたがあることをどうするか自分でまだ結論が出ていなかった。


『恋愛弱者でも分かる恋愛本』


 机の上に置かれてある本を俺はチラ見しながらも俺はデートのことをどうしようかと頭を悩ませていた。前にも言ったが香織が言っていたことなんて無視するのは簡単だが俺も千里もそういう関係になったのだからデートの一つや二つはすべきなのだろう。


「当たって砕けろとも言うが……」


 砕けたら本当はダメに決まっているが此処で臆していたら俺は一生千里をデートに誘う気なんてならないだろう。先伸ばしてして何事もなかったようにいつも通りのつもりに決まっている。香織だって俺が千里との間に溝があるからと思って提案してくれたのはずだ。突拍子も無さ過ぎてあのときはビビったが……。


 だったら此処は答えは一つだ。

 この本にも書いてあった通り、恋愛は逃げていちゃダメだ。ここぞと言うときに決めなければ……。


「千里、あのさ……今度暇なときでいいからさ……映画でも見に行かないか?」


「え?いいけど……どうしたの?」


「あーいや、ちょっと見たい映画があってさ……一人で見に行くのもいいけど偶には二人で見に行って感想を共有したりしてみたいからさ……駄目か?」


 デートとは直接言わずに不自然ではなく自然な感じであくまで誘う。

 あの本には大胆に書いていたが此処は慎重かつ少しは大胆に攻めてみることにしてみた。


「いいよ」


「……!?じゃあ、三日後の9時集合とかでもいいか?大学とかで忙しいなら全然別の日でも……」


「大丈夫、その日アタシは空いてるから」


「そ、そうか!!分かった……!!じゃあ三日後な……!!」


 こんなにも上手く行くなんて思いもしなかった。

 俺は嬉しさのあまり椅子から立ち上がり、「よっしゃああ!!」と叫びながら高く飛び上がるとパソコンが置かれている机に思いっきり足の親指をぶつけてしまい……。


「ってえええええ!!」


 と大きな声で叫んでしまうのであった。

 と、とりあえずこれで千里のことを自然な流れでデートに誘うことが出来た。香織見たか、俺はちゃんとデートに誘えたぞ。俺は勢いよく家を飛び出して與那城の部屋に入る。

 自慢するかの如く、報告すると與那城は途中まで話を聞いてくれていたが……。


「惚気話すんなら帰ってくれよ竜弥……」


 最初は「ノリノリでマジで良かったじゃん!?」と祝福してくれたのか、俺のテンションが気持ち悪いと感じたのか最終的に追い出されてしまった。


 ……こればっかは俺が悪いか。









「悪い、千里……待ったか?」


「ううん、アタシも今来たところだよ」


 三日後、俺は千里と待ち合わせにしていた場所である池袋に来ていた。此処は色んな通りがあるから待ち合わせる場所としては中々人を探すのにはかなり厳しいがこういう人が多い場所というのは案外嫌いじゃない。


 その人がどういう目的でこの街に来たのだろうかと、どんな話をしているのだろうかと気になるからな。こんなこと考えてるの俺ぐらいだろうけど……。


「それじゃあ行こっか」


「だな」


 こうして俺と千里のデートは始まろうとしていた。

 これから始まるであろう楽しいデートを前に少し俺は今日はどんなデートになるんだろうかと少し浮かれた気分になりながらも今日と言う日を噛み締めようとしていた。





 だが……ただ一つ……俺はあることに気づいていなかった。







 それは……。









『どうして……?キミは笑って居られるの……?』





 声が聞こえていることを俺はこのときまだ気づいていなかった。


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