如何物料理人~宮廷料理人を辞めて、昆虫食の店を開きます~

三椏香津

プロローグ ある給仕が聞いた噂

「ったく。

 どれだけ高級な食材を取り揃えていたところで、来るたびに食べてたら舌も慣れてきてしまいますなぁ…。」

「いや、料理人の腕が落ちたんじゃないか?

 私はしばらく領地の視察に出ていて、王宮でいただくのは半年ぶりになるが、

その時のほうが旨かった気がするよ。」

「半年前って、そんな前に食べた料理のことなんて覚えてるんですか?」

「覚えてるわけないだろ。」


 腹の出た貴族の男二人が、食堂で下品な笑い声を響かせた。それを聞いて周囲の貴族たちがクスクスと愛想笑いをした。


 片方がグラスのワインを一気に飲み干すと、背後の壁で待機していた俺においと声をかけた。

「なんでもいいから、注いでくれ。」

「かしこまりました。」

グラスを持って引っ込む際、男の隣にいた女が俺の顔をじっと見た。

「あら、あんな給仕なんてお城にいたかしら?」

「知らん、この半年の間に来た新顔だろう。」

いや、あんたらが半年前に来た時も俺は後ろに立ってたよ。その時もあんたの奥さんに同じこと言われたよ。

まぁ下働きの黒服なんて貴族から見ればみんな同じだろうと思いながら、厨房のソムリエにワインのお代わりを頼んだ。


 これとは違う黒服に身を包み仕事をしていたころは、俺が食堂で働くなんて少しも思わなかった。仕事中に目を悪くして家業を続けられなくなったのもあるが、ここで働けば昔世話になった恩人と再会できるかもしれないと思ったからだ。


 厨房を見渡すと顔が痩せこけ、目の下に青いクマを作った料理人たちが必死に鍋をかき混ぜたり、オーブンに鶏を丸ごと放り込んだりしていた。


 王宮で料理を作り、それが王族や上級貴族の口に入るという、料理人みんなが憧れる名誉職と言われている”宮廷料理人”に就いている彼ら。実際その料理を口にしている奴らは、その料理を作ったのがどんな人物なのか考えていない。それでも彼らは食べきってもらえるかわからない料理を、毎朝休むことなく作り続けていた。


 恩人の男も元はここの宮廷料理人だったが、俺が給仕になる前に辞めてしまっていた。料理長の髭おやじに彼はどこに行ったのか尋ねたが、知らぬ存ぜぬだった。何か隠してるのかもと思ったが、本当に何も知らないようだった。


「お待たせいたしました。」

 皿の側にグラスを置かれた男の貴族は、声をかけられたことにも気づかずに会話を続けていた。

 元の職業柄気配が薄い俺にとって、この職業はまさかの転職だった。貴族の会話の妨害は下手をすれば侮辱に値し、死罪になりかねないからだ。


「(…あぁ。あの人が作った料理を運んでみたかったなぁ。あの人は今頃どこで何をしているのだろうか、まだ料理自体は続けているに違いない。あんなにおいしい料理を作れる人なのに、噂一つないなんて…。)」


「いやいやっ!道端で売ってる食べ物なんて、臭くて食えたものじゃないだろう?」

「いやそれが、中々いけるんですよ!一度召使いから服を借りて行ってみてください。食べ方も面白くて、カトラリー無しにその場で素手で食べるんですよ!」

 …恐ろしい奴らだ。広いテーブルに並べられたオードブルに手を伸ばしながら、食べ物の話をしている。腹が出ているのも納得だ。


「ーそれでその時に食べた何かの肉の串焼きを出している店主から聞いた話なんですけどね、変わった料理の露店を出す亜人がいるとか。」


…ー!!

その話題にたまらず聞き耳を立てた。待機している壁から貴族たちが囲むテーブルまでは結構な距離があったが、俺は耳がいいので問題なかった。


「亜人に料理ができる奴なんているのか?」

「それが元々はここの宮廷料理人をしていたそうなんです。」

「なにっ、亜人が宮廷料理人!?それだったら働いてるときに話題になっているはずだろう?」

「宮廷料理人だったというのも驚きなんですが、もっと驚くべきは作る料理なんですよ。」

「そんなにうまいのか?」

「いえそうじゃなくて、売られている料理がどれもゲテモノぞろいらしくて…。」

「なんだゲテモノって、牛や豚の内臓か?それとも海にいる八足の墨吐き魚か?」

「それがね、”虫”らしいんですよ。」

話を聞いていた男がなにっ!?と声を上げた。隣に座っていた女も両手を口に運びまぁっと驚いた様子だった。


「虫を料理なんて、そもそも虫は食うもんじゃねえだろっ。」

「いや私もそう思ったんですよ、でも店主がそこの料理を食べたことがあるらしく、美味だったというんですよ。」

「その店主もだが、そこで串焼きを食べたお前の味覚もおかしいんじゃないのか?」

男は爆笑してながら、手元に置かれていたグラスに今頃気づいたらしく、そいつをまた一気に飲み干した。

「おいっ、おかわり。」

「かしこまりました。」

空のグラスと皿を何枚か運びながら、それでも俺の耳は男たちの会話に向いていた。


「…まぁでも面白い店だな、何て名前の店なんだ?」

「私も気になって訪ねてみたんですが、今はそのお店ないらしいです。なんでもレシピ開発のために旅に出てるだとか。」

「レシピ開発って、虫料理のか。」

「変わっているでしょう?商人たちの間では結構有名らしくて、こう呼ばれているんです”如何物料理人”って。」


 …虫を扱って料理をしている。間違いない、あの人だ。給仕になって半年、やっと彼に関する有力な情報を得ることが出来たぞ。



 ーこの給仕の男が”如何物料理人”のもとへ行く為に給仕をやめるのは、もう数年先のお話…。

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如何物料理人~宮廷料理人を辞めて、昆虫食の店を開きます~ 三椏香津 @k_mitsumata

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