異世界生まれの転校生ですが。 本気で異世界生まれと思い込んでコスプレしてるみたいなので現実世界で一緒に青春してみた。

@kakeru_you

第1話 世界錯誤の転校生

 5月下旬。

 

 すっかり初夏といえる時期で、先月道に花びらを散らしていた桜は見る影もなくなり、あたりの木々は優しい風にあおられながら緑葉を存分に揺らしていた。

 

 俺、藍染川龍桔(あいそめがわりゅうけつ)はその並木道を通って登校している公立明瞭高等学校二年生。

 

 すげー名前してるだろ。

 俺も毎日そう思っているから安心してくれ。

 

 苗字もさることながら特に名前。

 同名の人が居たら申し訳ないが龍桔って、何から由来してつけられてるんだ?

 

 親にも一度訊いたことがあるんだが父親は「周りに舐められないためにそれっぽい名前にした」。母親からは「龍のようにどんどん上に昇ってほしいからよ」としか言わない。

 

 何で二人で意見が割れてるんだよ。


 それっぽい名前って余りにも中身が無さすぎるし、龍のようにとは言っているがそれを言ったら『桔』の方が無説明なんだが!? あとどこに昇っていけばいいんだよ……。


 名前に反して俺は中肉中背で、不良っぽい行動も特に取ったこともなく、成績も真ん中より少し上くらいだし。

 一般的な高校生として生きている。


 なので親には悪いが正直名前負けしているとしか思えない。


 いや……俺の名前についてはいい。


 そんな俺の記憶の色も薄くなってくるくらい気持ちのいい初夏の風を浴びながら登校するこの並木道は好きだ。

 

 これからの学園生活を応援しているかのように拍手みたいにざわざわと音をたててその葉は揺れ続けていた。



 

 --




 学校に着いて、下駄箱で校内靴(いわゆる上履きというやつだ)に履き替えていると「ようっ」という快活な声と共に肩にどんっと固い腕が回されてきた。


「おっはよう龍桔! 相変わらずさえない顔してんなぁ」


「うっせぇな。晴樹、お前は相変わらず朝から元気だな」


「当ったり前ぇよ! 俺から元気を取ったらうんこしか残らないからな!」


「残らなさすぎだろ」


 こいつは伊藤晴樹(いとうはるき)。


 俺の少ない友人でいつもこんな感じで明るく振舞っているクラスでのムードメーカーだ。


 ちょくちょくネガティブ思考が出てしまう俺だがいい意味で晴樹は自分のペースに巻き込んでそんな事を忘れさせてくれて正直とても助かっている。


「まぁそれはそれとして龍ちゃんよ。今日は何の日か覚えているか?」


「ん? 今日か……? 何かあったか」


「転校生だよ! 今日うちのクラスに転校生がやってくるって話が昨日折谷先生から話があっただろ?」


「あぁ」


 思い出した。

 昨日の帰りのホームルームで担任の折谷先生(女性)に明日転校生がくるから仲良くするようにとかマニュアルみたいな事言ってたっけ。


 あの先生優しいんだけど、絵に描いたような優秀な先生過ぎて時折個性がもう少し出てたらなぁと謎の目線から見てしまうことがある。


「大事なのがその転校生が女の子らしいんだよ。これはもうウキウキハピハピスクールルームだろ! 顔がすべてじゃないが場合によっては告白するぞ! 愛しの婚約者(フィアンセ)の誕生だぁ!!」


「落ち着け、色々とお前は飛ばしすぎだ。女の子という括りだとしても和気藹々とするのが苦手な独りが好きな子だったらどうする。そしたら流石にストロボみたいに明るいお前でも干渉しにくいだろ」


「結婚を申し込む!」


「順序を踏むって言葉知ってる?」

 

 まぁ冗談で言っているのだろうがこういう時少し心配にもなる。距離感がバグってるのでいい方にも悪い方にも転びやすい、それが伊藤晴樹という男だ。

 ある意味その抑止力として俺はこいつの友達として采配されているのかもしれない。


 神様。見ていますか?

 俺はあなたの駒として充分な仕事をしているでしょうか。


 そんなしょうもないことを頭の中で繰り広げていると晴樹がスマホを見て声を漏らした。


「やべっ。朝のホームルームに遅れちまう。急ぐぞ龍桔! 俺の未来の花嫁に恥かかせるなよ!」


「はいはい」


 俺と晴樹は怒られない程度に走って教室を目指した。


 それから教室について暫く席で各々過ごしていると担任の折谷先生が教室に入ってきて教壇へとあがる。


 自然体を重視してるのか化粧も程よく服も着飾っていない。

 

 先ほど個性がないと言ったけど誰にでも好かれるいい先生には違いない。


「みんなお早うございます。朝礼をする前に昨日言っていた通り、転校生を紹介します」


 その一声にクラスは定石に従うようにざわざわと浮きだった。

 この手の話のときはやっぱりみんな盛り上がるものなんだな。


 すると折谷先生が少しだけ喉がつっかえたような微妙な笑顔を配らせてから言葉を発する。


「その前に! 転校生の子はちょっとだけ変わった子なの。でもみんな優しく出迎えてあげてね……」


 思わせぶりなその言葉に疑問の声が流れるクラスの空気に、晴樹ががたっと音を立てて立ち上がり、片腕を大きく空へ向けた。


「先生、大丈夫です! 僕ら2年Ⅾ組の生徒は誰とでも友情を育むことを重んじる結束感溢れるチームです! どんな子だとしてもすぐ輪に入れるよう全力を尽くします! そうだろ!? みんな!」


 晴樹のその一声に少し静かになっていた周りのみんなが「そうだな!」「元気よく出迎えてやろうぜ!」「女の子ならあたしたちも絶対仲良くできるわ!」と躍起になる。


 さすが晴樹。鶴の一声とはこの事だ。

 

 場を纏めることが出来るお前のその能力には頭が下がるぞ。かくいう俺もそこまで転校生に対して心配していない。


 どんな変わった子だろうと同じ人間だ。

 たとえ引っ込み思案な陰キャだったとしても、距離を置きたいコワモテなギャルだったとしても俺たちならやっていける。


 そんな確信はあった。


 クラスの結託する様子に折谷先生は少しばかり涙を拭って「無駄な心配してしまったようね」と呟いてからキッと俺らの顔を見渡す。


「あなたたちのその純粋さ。担任としてとても誇りに思ってるわ、ありがとう」


 生徒たちはお互いに顔を合わせて照れくさそうにしている。


「じゃあ、あまり待たせてしまうと悪いから早速紹介するわね。……さぁ、入ってらっしゃい」


 教室の外で待っていたのだろう、声をかけられたその転校生は扉をゆっくり開けて足をその中に踏み入れた。


 さて、どのような子なのだろう。


 クラスの一員として仲良くしよう。おっ、結構美少女じゃ……。


 

 ………………。


 

 ………………。


 

 ………………。


 

 ………………。


 

 ………………。



 え?


 

 先ほどの騒ぎは無かったかのように場は静まり返った。何故なのか、それは眼前に居る転校生を見れば一目瞭然。


 現れた転校生はやたらツバの大きな帽子を被り、彩色が様々なひらひらの服装をしていて、片手には不思議な形をした杖を持っている。

 

 いや、もっと分かりやすい表現で言おう。


 異世界アニメによくいる魔術師の格好をしていた。


 晴樹に目を遣ると、苦笑をし硬直を続けている。輪に入れるよう全力を尽くすといった先ほどの台詞はどこへやらといった様子で他の生徒も同じように硬まって彼女を見据えていると転校生は口を開いた。



 

「お初にお目にかかる。わたしは、こことは違う異世界からやって参った『クルト・エルダーフォール・アルベルタ』だ。よろしく」



 

 コ、コスプレ……?



 

 そんな空気がみんなの中で流れているのが分かる。

 

 これは、予想していなかった方向の変わった転校生だ……。俺は心の中で頭を抱えながらどう対応するべきか脳内を巡らせる。

 これから今までとは違う青春を過ごす予感がする中、転校生は外聞も恥じらいもなく当たり前のように自己紹介を続けてた。

 

 

「こちらの世界では名目上『小鳥遊(たかなし)あかり』と名乗らせてもらう。以後、お見知りおきを」



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