第16話

 わたしたちは、それからようやくミシンを取り出して、ブラジャーの制作をはじめる。集中していたから、あっという間に時間が過ぎてしまう。

「やば、冬夕。閉門の時間になる」

「あー。絶対、待ち構えているよね。なんか出し抜きたい気分」

「じゃあ、わたしと勝負しようよ。どっちが早く校門を抜けられるか」

「手芸部員が元陸上部員に勝てるわけないでしょ」

「でも、嫌味言われるの嫌じゃない?」

 冬夕は上目遣いをして、わたしを見る。そんな時も瞳はアーモンドの形を崩さず、とびきりにかわいい。

「オーケー。でも、ハンデをちょうだい」

「いいよ」

 はい、と言って、冬夕の大きなトートバッグを手渡される。

「なにこれ! めちゃ重いじゃん!」

「ハンデ戦っていったでしょ。レディ、ゴー!」

 いきなり走り出す冬夕。わたしは慌てて追いかける。ていうか鍵返さなくちゃいけないじゃんか。

「ヘイ、カモーン!」

 しっかり職員室の方に向かっている冬夕。伊藤先生に慌てて鍵を返す。

「お疲れ。松下雪綺。三角冬夕。ってなんだ、もう行くのか?」

「魔法が解けちゃうんです」

「鐘がなっているんです」

「気をつけて帰りなさい!」

 背中にかかる声に

「はーい!」

 わたしたちはそろって答えると、そこからまた校門目指してダッシュをする。案の定、学年主任が校門で待ち構えている。

 わたしたちは、さらにスピードをあげる。

「さよならあ!」

 呆気にとられる先生を横目に、わたしたちは大きな口を開けて、ぎゃははは、と笑う。

「さっすが雪綺。ハンデをものともしませんね」

「冬夕こそ、結構走れんじゃん」

 すると突然、冬夕はしゃがみこみ、たはは、と力なく笑う。

「どうした?」

「めっちゃ、こぼれた」

 何が? と思ったけれど、経血か!

「大丈夫? 冬夕、明日無理しない方がいいのじゃない」

「うん、そうかも」

 わたしたちは、そのあとはそろそろと炎天下の中を歩いた。少し日は傾いているのに容赦ない湿度と熱風。


 その夜、わたしのスマートフォンに届いたのは、ぐったり寝込んでいるロップイヤーのイラストのスタンプ。冬夕のお気に入りのキャラクターだ。

 わたしは、眉の太いクマが花束を抱えているスタンプを送る。

 結局、生地の買い出しに行けたのは、それから三日後のことだった。


「調子よくなった? 冬夕」

「おかげさまで、一番重い日はやり過ごすことができたよ。ごめんね、雪綺」

「そういうの謝らない。わたしたちもブランドやるからには、きちんと生理休暇も入れましょう」

「うん。そうだね。生理休暇って労働基準法に明記されているんだもんね」

「あ、そうなの?」

「そうらしいよ。わたしもちょっとずつ法律の勉強しているんだ」

「冬夕は、えらいね」

「えらくない。でも、スマートさがスタンダードの世の中になってほしい。反知性主義って必要なこともあるらしいけれど、そっちがスタンダードじゃ困ると思うの。

 スマートさはありつつ、でも、多様性も担保して各々が満足している社会。必ずしもみんなが完璧な幸福の中にいないかもしれないけれど、少しずつ他人の痛みを引き受けられる社会。

 そういう意味でのスマートな社会になって欲しいし、そういう活動をわたしはしたいんだ」

 わたしは、そういう宣言をする冬夕のことをまぶしく見つめる。こういう女の子がわたしの親友であることを誇らしく思う。

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