第14話

「うお、なんだよ、睨むなよ」

「なんでノックしないんですか? 先生」

 スプスプのペナントの下には、ノックノックの貼り紙もしている。

 わたしの言葉にお構いなしで、入って来た学年主任の男性教師は教室をぐるっと見回してから、しゃべり出す。

「校内の見回り。なんか、お前たちは好き勝手にやってるらしいな。成績がいいからって、あんまり調子に乗るなよ。ん? 今日は何にも作っていないのか?」

「ミーティングをしています。文化祭に向けて準備をしないといけないので」

 冬夕の声が冷たい。

「あんまり学校に泥を塗るようなことは避けてくれよ。リベラルな校風を、なんでも自由にしていいことだと履き違えてもらっては困るからな」

「はい。もちろん承知しています。リベラルアーツのスローガンから外れるようなことはしていないつもりです。ですのでジェンダー・フリーの思想を体現できるような展示も目指したいと思っています」

 先生は、露骨に嫌そうな表情をする。

「あんまり、まぜっ返すなよ。高校生らしくしていればいいんだ。それと閉門は4時です。きちんと守るように」

「はい」

 ドアを閉めることもしないで、学年主任は去ってゆく。スリッパの大きな音が響いている。

「あの先生、苦手」

 わたしは、開け放しのドアを閉める。

「学校の統廃合で、よそからやってきた人だからね。ウチの学校にはめずらしいタイプかな。ま、そういうのいちいち気にしていたら文化祭どころか、そのあとの学校外での展示なんて、怖くて何もできなくなっちゃう。

 とっさにジェンダー・フリーとか言ったけれど、うん、それも考えた方がいいかもしれない。イラッとしたけれど、よい方向に転がしちゃおう」

「冬夕のそういう切り替えのよさ、なんかすごいなあ、と思うよ。わたしなんて、ファック! とかしか出てこないもんな」

「こら、雪綺。そんな言葉遣いはいけません。でも怒りはとても大事なことだと、わたし思うよ。社会を変えなくちゃいけないと思ったら、その動機に、怒りが必ずある。金持ち喧嘩せず、みたいな文化人なんて嫌い。そういう人は口を噤むか、自分の仕事に専念してほしい」

「冬夕もなかなか辛辣じゃん」

「だって、わたし、怒っているもの。もっともらしいことを言うくせに選挙に行かない大人とか、全然信用しないもの。大人の自覚がない人たちだよね。行くのがめんどくさいとか、一票を投じる意味が分からないとか、どれだけ子どもなんだよって思っちゃう。いつかわたしのこの怒りが笑い話になればいいと思うけれど。

 それに……」

 冬夕はさらに表情を険しくして続ける。

「日本の世の中がこのまま進んでゆくと、逆に投票率100パーセントの世界になっちゃう怖さがあるんだよね」

「それは怖いね」

 わたしが答え、少し考えていたことを付け加える。

「そんな世の中になる前に、わたしたちのショップに選挙割とかつけようか。投票済証明書の写真を送ってくれたら割引しますとか」

 冬夕は、うーん、と首をひねって答える。

「それはしないかな。そんなに大人を甘やかさなくていいと思うんだよね。歴史に学べ、とかは言わないけれど、投票しないことがどれだけ自分の首を絞めているかってことを確認した方がいいと思うよね。わたしたちも、来年になったら選挙権を得るわけじゃん。それをどう行使するか、もう少し、みんな学んだ方がいいと思うんだよね」

 大人を甘やかす。そんなこと考えてもいなかったわたしはびっくりした。軽い発言をした自分をごまかすために、冬夕自身に話の矛先を変える。

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