第4話

「ふたつめは雪綺の受け売りなんだけどね。犯罪は犯罪ということ。日本のとっても遅れているところだと思うんだけれど、痴漢は性犯罪でしょ。いじめは暴行罪ね。そういうの、なあなあにするのよくないと思うの。そのためにわたしは、きっと声をあげる」

 冬夕の射るような視線。わたしはすぐさまそれにこたえる。

「わたしも、いっしょに声をあげる」

「ありがとう、雪綺」

 ふっと、口元をほころばせる冬夕。

「そうして、冬夕はノーベル賞をとるんだよね?」

 半分茶化したわたしに

「うん。平和賞を狙っているの」

 真剣な瞳で冬夕が言う。

 わたしたちは見つめあった後、お互いに吹き出す。

「なんて、ね」

「でも、本気でしょ、冬夕」

「うん。そうなの。本気なの。わたし小学校の卒業文集にノーベル賞をとりたいって書いたんだよ」

「知ってる」

「雪綺は、100メートルの世界新記録ね」

「陸上は、もうやめちゃったけれど。冬夕の夢は叶えたいな」

「ううん。目標。無理なのは承知しているけれど、本当に、本気よ」

 わたしは冬夕のことをとても眩しく思う。おっとりしているのに、芯が強い女の子だっていうことをわたしは知っている。


 家庭科室を出て、わたしたちは職員室に向かう。ミシンをしまっているロッカーの鍵を伊藤先生に返しにゆくためだ。

「松下雪綺。三角冬夕。完成したのか?」

 伊藤先生は、家庭科の先生なんだけれど、なんていうか男勝りっていうか、さっぱりした感じの女性だ。いつもフルネームで生徒のことを呼ぶし、体育教師みたいな雰囲気を持っている。

「長らくお貸しいただきありがとうございました」

「ん? もう使わないような言いぶりだな」

「はい。わたしたち、これからは自分たちの家で作業することにします。ですから、手芸部は退部します」

 手に持っていたペンを口にくわえて先生が尋ねる。

「退部も何も主要なメンバーは君たちだけだけれどな。でもどうして?」

「えーと、わたしたち、ブランドを立ち上げるんで、なんていうか学校のものを私物化するのはよくないかなー、なんて思って」

「へえ! ブランド作って、オンラインで販売するとか?」

 本当に驚いたであろう先生は、くわえたペンを吹き飛ばした。

「はい。その準備をするところです」

 机の下にかがみながら先生が言う。

「いいじゃん、ミシン、学校の使いなよ。だって、医療用のブラも続けるんだろ」

「そうですけど、ほら、お金関わるし」

 ペンを拾い上げて、きっ、とわたしたちのことをにらむ。

「何、子どもがそんなこと心配するんだよ。いいんだよ、堂々と手芸部でお金を稼げばいい。もちろん、君たちのブランド名でホームページとか作ってもいい。今までだって、手芸部で作ったものは文化祭とか、地域のイベントで売ったりしてきたんだ。全然、問題ない。ふたりともミシンを持ってるわけ?」

「いちおう、家庭用ミシンはそれぞれの自宅にあります」

「でも、この学校のは職業用だから使いやすいんじゃないのか?」

 確かにそうだった。家庭用のミシンは多機能なんだけれど、そういう機能はわたしたちの制作には無用だった。

「部活でやりなよ。いいよ、作ったものフィルグラとかにあげても」

 フィルグラっていうのは、写真専門のSNSで、正式な名称はフィルムグラム。わたしたち、女子高生の間でも、とても人気のサービスだ。審査を通れば、ショッピングサイトにリンクを貼ることもできる。

「あれだろ、ブラジャーを学校で作るっていうのに引け目を感じているんだろ。だったらもっと堂々としていなさい。手芸部に入部した時のあいさつみたいに、強い意志を持って行いなさい。大丈夫。わたしに任せなさい。責任はしっかりとります」

「先生、政治家みたいなこと言ってる」

「わたしは、口先だけではありません。ふたりにはとても期待している。だから、部活動として続けなさい。ひやかしや邪魔が入る時はすぐに対処します」

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