猟奇少年と純愛少女
猫背
二人
第1話 二人:1
理科の授業で鮒の解剖を行うことになった。男女二人ずつ計四人のグループをつくり、一つのグループにつき鮒一匹。グループで協力し鮒を解剖した後、配られていたプリントへ臓器の位置を書き写す。要は、自分たちで鮒の腹をかっさばいて内臓の位置を把握する、というものだった。
黒板の前でハゲが解剖について長々と説明した後、学生番号の順に倣ってグループを振り分ける。俺を含めた全ての生徒は各々の決められた席にだらだらと着いた。机の上に置かれた道具と鮒を、生徒達は物珍しそうに眺める。それらは俺達が部屋に入った時には既に用意されていた。
「グループで協力して取り組んで、正確に切ること。いいかー?プリントに書き込むのも忘れるなよー。
あっ、もうこんな時間か。いかんいかん、しゃべりすぎた。
では、ケガのないように!」
ハゲのその言葉をきっかけに、部屋にざわめきが広がった。数人の生徒が恐る恐る鮒や道具に手を伸ばす。俺のグループも生徒同士が目を合わせ、誰がやろうかという空気に包まれた。
普段から同級生とは必要最低限のコミュニケーションで凌いでいたし、本音を言うと必要最低限にすら苦痛に近いものを感じており、特にこういった「協力」が必要な物事は非常に勘弁してほしいわけである。
プリントに書き写すというのも単純にやる気が起きないのでやらないことにする。未提出ということで成績は下がるだろうが、俺にとって成績なんてものは心底どうでもいいものだった。
……――だが、解剖だけは別だ。
解剖は俺にやらせてほしい。出来るだけ、全ての事を。腹を切り開いて内臓に指を突っ込み引きずり出すなどの全ての工程を、俺がやりたかった。
不意に、隣りに座っている男子生徒が「パス。めんど」とふん反り返った。それに続き向いに座っている女子二人も顔を見合わせ「私も無理かな……怖いし」と苦笑いを浮かべる。
「めんど」って……。こんくらいの事も面倒くさく感じるのか。そうやって髪の毛や携帯を弄くるのは面倒じゃないのに魚一匹解剖するのは面倒だなんて。
この女二人も、……「無理」?は?中学二年生にもなって魚もさばけないのだろうか。魚の一匹くらい、本当はどうって事無いんだろ。怖がってる自分に酔ってんのか。
苛立ちを覚えつつ、これは俺にとっては好都合なのだと思い直すことにした。逆に、こいつらが同じグループで良かったとまで言える。
「ふーん。
じゃあ、俺が全部やるね」
俺はハサミの赤い柄に指を通し、鮒を握った。机に敷いてあった黒ずんだ薄汚い雑巾の上に鮒を置き、潰れないように軽く上から押さえ付ける。そしてハサミの片方の刃を鮒の肛門へ半ば強引に刺し入れた。
「え、マジ?やった、任せたわ」
「榊原君凄い!よく出来るね」
「誰かがやらないと進まないじゃん」
もっともらしいことを呟きながら躊躇無くザクザクと腹を切っていく。
今話しかけるな馬鹿。集中出来ないだろ。
切り込みが広くなるにつれ、少量だが雑巾の上に赤い液体が染み渡っていく。
俺はそれを見て鼓動が早くなるのを感じた。息が乱れる。身体が火照る。
ここは学校。これは授業。人もいる。だから駄目だ。気を散らせ。
俺はバレないように呼吸を浅く整えながらハサミを進めていく。不意に頬を赤くした一人の女子生徒が上目遣いで
「榊原君かっこいい。
私こういうのほんと無理だから……。頼もしいよ」
と言い出した。
それに対し苛立ちが表に出ぬよう、無表情で「別に……。あんたが頼りないだけだろ」と返す。
だから、話しかけてくるなって。
エラまで到達したのでハサミを引き抜くと、その刃は水分と少量の血、そして名前のわからない体液でぬらぬらと光っていた。俺が食い入るように見つめていると「危ないからハサミは置きなさい」とハゲの声。
渋々ハサミを雑巾の上に置くと、隣りの男子が幼子がはしゃぐ様に俺の肩を叩きながら「な、榊原、早く開いてみてよ」と急かし出した。女子二人も口には出さないが、早く中が見てみたいらしい。
自分で開けばいいだろ、と口には出さず鮒の皮をめくる。露になる臓器。
俺を除いたメンバー全員が「うわぁ……」と声を漏らした。先程話し掛けてきた向かいに座る女子は本当にこういうのが駄目なのか、頬を引きつらせている。他のグループも開き終わったようで、理科室にはどよめきが広がった。
それを確認したハゲが「プリントに写せよー。気分が悪くなったら俺んとこに来ーい」と手を叩きながら声を張り上げる。
そんな部屋の中のどよめきやハゲの声でさえ、俺は気にならなかった。
脈が早くなり呼吸が乱れる。全身が火照りだしズボンが張るのがわかった。魚の臓器を見て、俺は興奮していた。性的に。
周囲にバレないよう前屈みになり、深呼吸をして興奮を抑えてからもう一度臓器を見た。
ツヤツヤと光る臓器。この臓器を露にしたのは俺なのだと考えると、抑えたはずの興奮がまた蘇ってきた。
向いの女子が口を両手で覆いながら、
「榊原君、よくそんな冷静に見ていられるね」
と目を丸くした。
俺がこんな状態になっているとも知らないで……、と思いつつも「うん、まぁ」と返しておく。
そういえば、やけにこいつ話しかけてくるな。クラスが一緒になったのは初めて、だとは思うが。どこかで会ったのだろうか。何かで一度、話しただろうか。
記憶を探るために彼女の身なりに視線を移す。
彼女の肌は光を反射するかのように白く、それも相まって華奢い印象を受ける。実際の背丈も俺と比べて小さいようで、155……、まず160センチはないだろう。
髪色は全体的に茶色がかっており、毛先にいくにつれ更に明るい色になっていた。だがそれは染めあげて作られたような色ではなく、ただ単に彼女自身の色素が元々薄いだけなのだろう。大きく丸い瞳が、誰がどう見てもそう連想させるように茶色く透き通っていた。
鎖骨まで伸びている茶髪を左右耳の下で縛っていたり、前髪の左側二割ほどを寄せ、二本の細い髪留めですくい留めている。
セーラー服のスカートの丈を弄っていなさそうなところを見ると、校則を安易に破り、それを得意げとするような人間ではないことがわかった。
胸元に付けられた名札を見てみると「北村」と書いてある。
……北村……。
……やっぱ知らない。
誰だ、こいつ。
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