009.神宮寺家

 人々が集まる繁華街。

 そこからさらに中心部に向かって足を伸ばした先。

 役場をはじめとする、商業より行政に特化したエリアからさほど離れていないところに、零士をはじめとする一行はたどり着いた。


 人どころか横に広い車ですら悠々と通り抜けられそうな大きな門、角から角まで歩くだけでも数分掛かりそうなほど長く伸びた長い塀。

 何かの施設かと思えるような門の前で、足を止めた零士はポツリと呟く。


「この広さで一家庭の家って……ウソだろ…………」


 花から受けた今回の依頼。その調査のため彼らがたどり着いたのは、依頼対象となった人物の家、花の自宅だった。

 パッと見だけでサッカーなど余裕でできそうな広さ。一般感覚からはあまりにかけ離れた大きさに呆然とする零士を見て、隣の来実は苦笑いを浮かべる。


「やっぱり、そういう反応しますよね……。私も初めてお邪魔した時開いた口が塞がりませんでした」

「そう?普通の大きさだと思うけどなぁ」

「そんな訳……あまりに大きすぎるだろ。どっかの偉人が遺した武家屋敷とかかと思ったわ」


 街のド真ん中にある巨大な家。

 零士も建物の存在自体は知っていた。役所に来る時度々目にしてきたから。

 平屋かつ門に囲まれた門が前からしてどこかの偉人の資料館的な何かかと思っていた。それがまさか現在まで使われている一般家庭の自宅だと知った驚きに開かれた門すらくぐれずにいる。


「コレが普通の家だったら日本の土地が足りなくなっちゃうよ花……。マスター、この子の名字、神宮寺って知ってますか?」

「は〜いっ!神宮寺っていいま〜す!神宮寺花で〜す!」

「神宮寺って……有名な地主じゃないか!!俺が店開く時も噛んできた家だぞ!まさかそこの……」

「多分そう?なんか本家?とかいうのの一人娘みたいですし?」

「………まじかよ」


 いくら世論に疎くぐうたらな零士でもさすがにその名は知っていた。

 神宮寺家。店を開くにあたって土地関係で出てきた名前。元々ここら一体の大地主、今も事業をやっていて相当の影響力を持つ家だと理解している。

 そんな家の前で恐れおののき、未だ入れない零士を見た来実はそっと背中に手を触れる。


「大丈夫ですよ。私も何度かお邪魔してますが良くしてもらってますし、変なことにはならないかと」

「そ、そうか?だといいんだが……」

「そうだよ〜!普通の家と変わんないってばぁ。……まぁ最近はおじいちゃんが鬼籍に入ったせいでピリピリしてるけどねぇ」

「………前段での安心が一気に吹っ飛んだんだが?」


 来実の口添えにより一安心…………したと思った零士だったが、直後に付け加えられた事実に急転直下。一気に不安の沼へ浸かってしまう。

 今すぐ回れ右して店に帰りたい。変に目をつけられて店が閉店まで追い込まれたらどうしよう。そんな想いがグルグル頭の中を駆け巡るが、今日来た理由を思い出して気合で一歩を強く踏み出した。


「……お邪魔するのに抵抗感が出てきたんだが、なにかあったら助けてくれるよな?」

「それ一回り離れた年下JKに言う事です〜?……ま、もちろん助けますよ。なんてったって親友の大事な人ですもんね!」

「ちょっと花!それは違うって――――!!」

「あはは!冗談冗談!さ、行きましょ。中に私が体調崩した原因があるかもなんですもんね!」


 一人はモチベーション激低、もう一人は抗議の視線を向けながらも、先導する花に渋々とついていく。


 一介の喫茶店店長が入るには外観からして恐れ多い敷地。一つ門をくぐったあとも様相は圧巻の一言だった。

 街中にも関わらずドカンと構えられた広大な敷地。そこに鎮座する立派な平屋。昔ながらの武家屋敷が最も近いかもしれない。現代まで残っているこれが一家庭に収めるにはあまりに惜しい。公金を入れて適切に管理されてもおかしくない、まさに豪邸である。

 そんな厳かな家を様々な人がパタパタと忙しなく駆けている。身なりからしてハウスキーパーに類する方々だろう。こちら……主に花に挨拶をする面々に返事をしながら縁側を進んでいく。


「本当に私の家に体調不良の原因があるんですか?いまいち信じられないのですけど……」

「あぁ、話を聞く限りな」

「でもその原因は教えられないと」

「……あぁ。すまんな」


 先導する花についていきながら背中越しに問われる質問を零二が答えていく。

 おそらく原因は霊。しかし家にお邪魔するにあたって零士はその詳細を口にしなかった。

 霊が原因だとわかると怖がって動けなくなるだろうという来実の配慮。来る時も来実が口八丁でなんとかお邪魔することができた。


「そうえば花、今は発作みたいなの起きてないけど体調は大丈夫?」

「うん!ぜんっぜん!むしろ体調がいいくらい?あの飲み物飲んでからかなぁ?……ねねっ、マスターさんは私に何飲ませたの?」

「何って、ただのハーブティーだが」


 縁側の先に見える美しい日本庭園。

 水面に落ちる葉によって生まれる波紋を横目に後ろ歩きをする花へ答えると、『えぇ!?』と驚きの声が上がる。


「アレがただのハーブティー!?ウソ!絶対不思議な粉とか入れてますよ!」

「不思議な粉ってなんだよ……」

「何って……麻薬とか?」

「ストレートに犯罪行為じゃないか!!」

「だって!あんなに効果がある紅茶はそうじゃないと考えられませんって!!」


 そんな物入れるわけないと零士は憤慨する。

 事実花に飲ませたのはただのハーブティー。特別なものなんて一つたりとも入っていない。しかしあの効き目はおかしいと首を傾げる花に『ハァ……』と心を落ち着かせて話を続ける。


「神宮寺さん、"病は気から"って言葉は知ってるだろ?」

「えっ?うん。もちろん。それがどうしたの?」

「俺は医者じゃないが今回の件はちょっと詳しくてな。何もやる気が起きない、無気力、怠さは全般的に気の持ちようで程度が変わるんだよ。おじいさんが不幸に遭われて辛いところにつけ込まれたんだろうな。あとは繰り返される症状と原因不明という負のスパイラルで病んでいったってわけだ」


 驚くほどに出た紅茶の効き目。今考えられる予測を並び立てると来実も大きく頷いてアシストしてくれる。


「じゃあ……ただのハーブティーっていうのは本当に?」

「ずっと学校休んで独りだったのもあったんだろうな。井上さんと会って、ハーブティー飲んで、解決の糸口を提示されて心が楽になった。前向きになったことで症状も改善されたってところだ」


 「はえ~」と、花から感嘆の声があがる。その隣でまるで自分事のように腕を組んで頷くのが一人。


「マスターはそうやって私のことも助けてくれたんですよねっ」

「……まぁ、そういうこともあったな」


 嬉しそうに頬を緩ませる来実を見て零士は頬を掻く。脳裏に浮かぶのは昔のこと。まだあまり経っていないのに随分と昔のことのようだ。懐かしいなと思いながら庭へと目を向けていると、感嘆の声を上げていた少女から今度は驚愕の声が上がる。


「えっ!?お二人はただの雇用関係じゃないんですか!?やっぱり何かいかがわしい過去が!?」

「ばかいえ。依頼主からの仕事を受けた関係ってだけだ。それ以上でも以下でもない」

「またまた〜。そんなこと言って。依頼主をバイトに雇うってどんだけです?」

「それはまぁ、色々あるんだよ」


 ニシシと笑う花にフイッと顔を背ける零士。

 ならば今度はと来実に目を送った花だったが彼女は無言で困ったような笑みを浮かべるだけで、二人ともこれ以上は何も話す気がないということを察する。


「――――それよりマスター、なんだかこの家の方々みんな……」

「……あぁ、井上さんも気づいてたか」

「…………?」


 家の中心に近づいたからだろうか。一人また一人とすれ違う人が増えていくと来実が端を発するようにポツリと真剣な口調で問いかけ、零士も分かっていたかのように頷く。

 一方で頭に疑問符を浮かべた花を見た二人は、この家に住むだれもが"そのこと"に気づいていないと察し頷き合った。


 二人が気付いたもの。それは目に入る者全員が大なり小なり黒いモヤを纏っていたこと。

 喫茶店で見た花ほどではないにしても、全員僅かではあるが花と同じものを背中に宿していた。


「なぁ神宮寺さん、ここの人たちっていつもこう忙しいのか?」

「えっ?いえ、最近はなんだか病欠の方が多いらしくって。変わり変わり休むから人員も足りず、こうして仕事に追われてるって聞いたことが」

「やっぱりか……」

「マスターさん、何か分かったことでも――――」


 突如飛び込んできた零士の問いを素直に答えた花だったが、一人分かったように頷く姿に更に疑問符が浮かぶ。

 一体何がわかったのだろう。イザ勇気を出してそれを問おうと口を開いたところで、ポンと来実に肩を叩かれて言葉が途切れてしまった。


「どうしたの?来実ちゃん」

「ねぇ花……なんていうかすっごく聞きづらいんだけど、変なこと聞くけど正直に答えてね?」

「変なこと……?」

「うん。花は…………幽霊って信じてる?」


「――――――――はえ?」


 真剣な表情から放たれる真剣な問い。

 それを真摯に受け止めて答えようと心の居住まいを正した花だったがその内容はあまりに突拍子が無く、ついつい目を丸くして呆けた声を発してしまうのであった。

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