003.作戦と克服

「何とかしてみせるって言ったけど……どうすっかなぁ…………」


 燦々と太陽が照りつける青空の下。繁華街を歩きながら零士は困ったように一人呟く。


「どうするって、何をそんなに困る事があるのですか?」


 そんな呟きに反応したのは隣を歩く女子高生、来実だった。


 今日は土曜日。休日もあってか街中は人で溢れかえりそこかしこからざわめきが聞こえてくる。

 彼女も同様に休みのようで、黒のレギンスパンツとダスティピンクのブラウスという涼し気な組み合わせ。ウエストポーチを肩にかけながら後ろ手に零士を見上げてくる。


「久保さんは名前と住所、顔だってわかってるのですから、直接会って伝えればいいだけだと思うのですが」

「それが一番単純で簡単な方法だと思う。でも考えてみて。突然見知らぬ人が突然目の前に現れて『実は~』って言われても不審者扱いされて下手すれば通報ものだぞ」

「確かに……」


 容易に想像できる悲しい結末に来実は指を下唇に当てて考え込む。

 まずは自分たちが怪しくない者という証明、その後久保さんの知り合いないし関係者であることを示してようやく本題に入ることができる。

 死者の想いを伝えるというのは存外大変なのだ。本人がこの世に居ないのだから中々証明が難しい。


 片思いだったから良かったものの、恋人同士とかになってくると浮気を疑われてグサー!なんてことも想像できるのだから幽霊の恋愛問題なんて厭だと零士は人知れずため息を吐く。


「久保さん……何か……いい方法はないのでしょうか……?」


 さっきまでの平常運転から一転、おっかなびっくりといった様子で来実は零士の更に向こう側へ声を掛ける。

 あれだけ啖呵切った割にまだ恐怖心が抜けていないらしい。それでも決して依頼を断ることはない様子に久保も理解を示しつつ刺激しないように零士を挟む形で会話を続ける。


『いい方法……。残念ながら私もそこまでは考えが至っておらず、ただ普通に相対して代弁してもらえればいいと……』

「そうだったんですね……。ちなみにお相手は会社の方なのでしょうか?」

『いえ、別の会社に就職した幼なじみです。学生時代はずっと一緒だったのですが卒業まで想いを伝えることができず、25で最期となった今もずっと……』

「…………」


 久保の言葉に気まずくなったのか二人の間から交わす言葉が無くなり、互いに無言の時が続く。

 なんとなくそんな雰囲気を読み取った零士は何かしらの糸口はないかと来実に変わって質問を続ける。


「幼なじみ相手に告白は近すぎて難しいだろうね」

『はい……』

「ちなみに告白するとしたらどうやって?やっぱり今の時代、対面じゃなくスマホのメッセージ?」

『いえ、対面……が理想でした。ですがやはりそういった話は全然できず、手紙に書いて送ろうかと』


 今の時代はもっぱら告白にしても何にしてもスマホ頼りだ。そう思っていたところ思いもよらぬ単語が聞こえてきてピクリと零士の眉が動く。


「……手紙?」

『はい。高校時代に文通がちょっとだけ流行ったんです。それから私は手紙を好きでい続けて……いわゆるラブレターでしょうか?古臭いですよね。沢山……書いたのに送れずじまいで……』


 アハハ……と誤魔化すように笑う久保だったが、不意に2人にあわせて動かしていた足が止まる。

 どうしたのだろうと零士も立ち止まって振り返れば、いつの間に回り込んだのか来実が久保と正面を向き合うように立っていた。


「いえっ!決して古臭くなんかありません!」

『えっ……?』

「手紙で想いを伝えるだなんてとっても素晴らしいと思います!!こんなことになってしまったのはとても残念ですが、決して古くも悪くもありません!!」

『――――』


 これまで幽霊という存在自体に怯えていた来実の、突然の相対。そして胸を突くような言葉にしばらく面食らっていた久保だったが、次第にその表情が柔らかいものに変わっていきゆっくりと彼女に近づいていく。


「だから……その……私は死が阻んでも二人の恋が成就することを願って……」

『ありがとうございます。来実ちゃん』

「…………えっ?」

『私を励ましてくれているのですよね。応援してくれてるのですよね』

「……はい」

『すっごく嬉しい。ありがとうございます』


 そっと、来実に近寄った久保は彼女を優しく抱きしめた。

 きっと触れられている感覚は無いのだろう。しかし心が抱きしめていると感じったのか来実の怯えていた表情が段々と穏やかなものになっていく。


「私こそ……ありがとうございます。久保さんのお陰で幽霊でも、段々と怖くなくなってきました」

『ふふっ、よかったです。……ねぇ、あなたのこと来実ちゃんって呼んでいいですか?』

「もう呼んでたじゃないですか。もちろん構いませんよ。それと、私のほうが年下なのですから敬語はいらないです」

『えぇ。うん、わかったわ来実ちゃん。それなら私のことも未来みらいって呼んで』

「はい。未来さん」


 そっと離れて向かい合った両者は互いにクスリと笑い合う。


 そんな様子を温かい目で見つめながら、零士はとある作戦を思いついた。

 手紙。先程出たキーワード。それはきっと、もしかしたら今回の突破口となりうるかもしれないもの。


「ところで未来さん、幼なじみに想いを伝える方法ですが、一つ思いついた方法があるんです」

『えっ、本当!?』

「はいっ!先程の話で一つ思いついたんです!マスターも、聞いていただけますか。」


 どうやら来実も同じ考えに至ったようだと零士は心の内で驚いた。

 さっきまで目も合わせられないほど怯えていたのに冷静に物事を判断できている。


 チラリと伺うような視線を受けた零士は同意するように大きく頷いた。

 ちゃんと意図は伝わったのだろう。。零士に差し出された手を見て譲られていると判断した来実は自信たっぷりに腰に手を添え言い放つ。


「それこそ、想いを伝える方法は送りそこねた手紙を渡すのです!名付けて【幽霊郵便作戦】っ!!」


 グッと力強く告げたその作戦は零士が思いついたのと同じもの。

 彼は同じ結論に至ったことに安堵しつつ、もうちょっと作戦名はどうにかならなかったのかと笑顔の裏で一筋の汗を垂らすのであった。

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