第54話
「ここで止まってても進まない。先に進もうぜ」
アキラの言葉に2人が同意した。
●激坂レース
「まず、2人のスピードなんだけど、早すぎるんだ。最初はみんなもう高校生だからかと思ったけど、それにしても早かった。僕もすぐに追いかけたのに、追いつくのに苦労するなんて…」
「ていうか、アキラのボロチャリがなんでオレのパワーアシストタイプの電動アシストについて来れたんだ?ギーギー言ってたじゃん!」
「わからん。なんか調子良かったとしか言いようがないんだ」
「それと、だけど。あの交差点、基本東西に渡ってるストリートがメインだから、激坂とベイロードの方が青信号になってる時間はそんなに長くない。それが真島くんが通る時に都合よく青になってたなんて…」
「さっきは神様に感謝したって言ったけど…、ラッキーだった。じゃあ済まないよな」
ナベちゃんの分析に、アキラも顔を顰めた。
「まあな。それとやっぱYMBのこの動画だよな…」
「これってYMBの人が試験前に直した、なんてことはやっぱりないよね…」
「オレのクライアントだから庇うわけじゃないけど、そんな事して後からバレでもしてみなよ。炎上じゃ済まないって」
「ああ、担当の人に聞いたけど、自転車のピックアップから第三者機関にやってもらったから、自転車を発見してピックアップの立ち合いまでしかYMBは噛んでないんだとさ」
「やっぱりそうだよね。となると…」
ナベちゃんが何か考え込んでしまった。
●ベイロード入口
「アキラ、お前の後ろ姿しか見えてなかったけど、なんであの人混みを回避できたんだ?オレたちはすぐにチャリから降りて、押しながら追いかけたけどそれでも何人かぶつかったんだぞ」
「なるべく人の隙間に向かった気がするけど、火事場の馬鹿力ってヤツか?わっかんねーよ。同じことを100回やっても絶対誰かとぶつかると思う」
「…そうだね。普通は無理だったと思うよ」
「それよりも俺が不思議なのは、坂を下ってる時よりベイロードに入ってからの方がスピードが上がった気がしたんだよ」
「なんだそれ?初めて聞いたぞ」
「そうだっけか?この間2人に話した気がするんだけど…忘れてたのかなあ」
「激坂はコンクリート舗装で滑り止め加工があるし、ベイロードはタイル張りだから材質は違うけど、よくわかんないね」
●ベイロード アーケード入り口
「そうなんだよな…。なんとか人混みを抜けたら、女の子2人とその前に、ダンサーか、パフォーマーか、レスラーか、何かわからんが、でけえおっさんがいてさ。女の子の方に行くのはやべえって咄嗟にハンドル切ったらおっさんの方に突っ込んだんだよ。あとは防犯カメラ映像のままかな…」
「そうだよね…」
「そこら辺は、前聞いたのと同じ話か。…………あれ?なんか引っかかるな。もう一回話してくれ」
ハヤトが何か、違和感を感じたようだ。
「ん?ああ。女の子たちとおっさんがいて、おっさんの方にハンドルを切ったんだ」
「そうじゃねーよ。お前今、おっさんのこと、なんて言った?」
「ダンサーか、パフォーマーか、レスラーか、何かわからんが、でけえおっさん」
「え!?」
「は?ナベちゃん、なんか俺変なこと言った?前も同じこと言ったぞ」
「そうだよ!前からずっとお前は同じ事を言ってた!お前、ずっと変なこと言ってるんだよ!」
「僕らがみた犯人は白いタンクトップにハーフパンツのレスラーみたいな体格の男性だ!実際に後で防犯ビデオに映っていたのも白いタンクトップが血に染まってたけど、それだった!なんでその姿がダンサーか、パフォーマーになっちゃうんだよ!」
ハヤトとナベちゃんの言葉に、はあ?という顔をしたアキラが言った。
「何を言ってるんだよ。2人とも。おっさんはそんな格好じゃなかったろ?」
「じゃあ、どんな格好だったんだよ!」
「昔話の鬼みたいな格好だって!桃太郎とかの絵本に出てくるようなコスプレしてたろうが!」
アキラが叫んだ。
「「そんな格好してねーよ!」」
ハヤトとナベちゃんが叫び返した。
「………はあ?」
「こっちが、はあ?だ!この馬鹿野郎!あんだけ動画もニュースもやってただろうが!」
「知るか!動画なんてお前らが見せてきた時と、お前が事務所の人とウチにきた時くらいしか見てねーよ!なんで自分がいじられてる動画やニュースを好き好んで見なきゃならねーんだ!テレビでその話題になったらソッコーでチャンネル変えてやったわ!」
「……この阿呆が」
「なんなんだよ!」
アキラとハヤトがヒートアップしている。
と、その横でナベちゃんが机の上のラップトップで何かを検索し始めた。
どうやらどこかの神社のwebサイトのようだ。
見覚えのある立派な本殿と綺麗な境内を撮影した動画が画面いっぱいに映し出されている。
いくつかのページを経由して、やがて一つのページに辿り着いた。
『当神社のご本尊 毘沙門天王像』というタイトルだ。
そこには、甲冑を身につけ、矛と宝塔を持ち、二匹の邪鬼を踏みつけている姿の毘沙門天様の立像が映し出されていた。
その下には説明文が書き込まれている。
『毘沙門天王は七福神のなかでも福徳随一とされ、古来より家内安全・商売繁盛・開運長久・心願成就などを願い、信仰されてきました。
毘沙門天王は、この世に存在する諸々の悪魔を退散させて、あらゆる願いを叶えてやろうという誓いをたてて、私たちをお護りくださっています。』
ナベちゃんはその像の足元にカーソルを合わせて拡大した。
「…真島くん。もしかして、例の通り魔ってこれに似てなかった?」
アキラが画像を見つめて呆然としている。
「アキラ、だ、大丈夫、か?」
ハヤトが恐る恐る声をかけた。
「わ、わかんねえ…。でも、似ている気がするわ…」
アキラがそのまま畳に倒れ込んだ。
どうやら力尽きたらしい。
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「結局さあ…、どういうことなんだろうな…」
アキラが倒れ込んだまま呟いた。
「さあな。わかんねーよ」
ハヤトが吐き捨てた。
「…僕のラノベとファンタジーに染まった脳みそから出てきた、笑える突拍子もない妄想話、聞いてくれる?」
ナベちゃんが少し躊躇しながら話し始めた。
「いーと思いまーす」
「オレもいーと思いまーす」
どうやら良いようだ。
「真島くんは、神社の神様に操られてた説」
「は?」
「え?」
「ここに書いてあるけど、『毘沙門天様は諸々の悪魔を退散させて、あらゆる願いを叶えてやろう』としてる神様らしいよ。だから、自分の神社のお膝元の商店街で殺人鬼が暴れることを知って、なんとかしようと思った。そんな時、たまたま神社に来た3人組を見つけた」
アキラが起き上がった。
「でも、だったら俺じゃなくてハヤトでも良いじゃん」
「宮木くんは使えなかったんだ。だってオーディションを頑張るから見守ってくださいってお願いしてるんだもん」
「じゃあナベちゃんは?」
「僕は激坂レースは頼まれてもゴメンだよ」
ハヤトも真剣な顔をしている。
「…アキラが一番操りやすかったってことか」
「で、見事殺人鬼を退治したお礼に、真島くんには自転車やケーキなんかがプレゼントされた。僕もケーキをたくさん貰った。宮木くんは…」
「いや、オレも金一封もらっているのと、オーディションも三次選考まで進んでる」
「俺を使ったお詫び代わりに、欲しがってた自転車を、ね。やり方が随分荒っぽ過ぎねーか?」
アキラがまたパタリ。と倒れた。
「まあ、毘沙門天様は武神みたいだからね…。あっ、ふふふ。恋愛運は弁財天様の担当みたいだ。毘沙門天様は担当外らしいからダメっぽいねえ」
「マジ?…と、とりあえず、恋愛感情を強制的にどうこうされるより良かったじゃん」
PCを見ていたナベちゃんとハヤトがクスクス笑い出し、やがて爆笑した。
「お前ら、笑いすぎだ!うるせーよ!!!」
アキラは思った。
なんでこの世界は俺にこんなに厳しいんだ!
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