第42話

「お茶、ごちそうさまでしたー」と、二人揃ってにこやかな笑みを浮かべながら部屋から出ようとしたところで、ガッツリ捕まった。


 もう正直色々面倒くさい。

 頭が思考を放棄しようとしているのがわかる。


 焼き菓子なんてオシャレなものじゃなくて、母上様御用達の近所の煎餅屋で適当な詰め合わせをセレクトすべきだったんじゃ無いのか。


 しかも、またナベちゃんを巻き込んでしまった。

 なぜここ最近の自分は、やる事なす事面倒くさいことになってしまうんだろう。


 ただ、水川さんと吉野さんにもう一度会って話をしたかったのは事実だ。

 いつどんなタイミングで連絡したら良いか悩んでいたアキラにとってはありがたいハプニングと言える。


 あれからたった数日だが、色々考えるべきことが山積してしまった。

 自分の考えも少し変化したのは確かだ。


 まずは吉野さんときちんと話さないと。



 ぐるぐると巡る思考を無理やりまとめて、半ば聞き流していたパティシエさんたちの謝罪を遮った。


「あの、もう十分謝っていただきましたし、大丈夫ですから」

「ですが…」

「でしたら、アレンさん。先ほどお伝えした内容で焼き菓子の詰め合わせを1つ買いたいんで、オススメを一つお願いしていいっすか?」

「はい。すぐに」「私も一緒に選ぼう」

 アレン君がトシロウさんと一緒に部屋を出て行った。


「ブリジットさん、でいいっすか?」

「はい、ある程度の事情は伺いました。本当にこの子達は恩人に…」

「本当に自分は大丈夫っすから、彼女たちを怒らないでください。もうその件は直接お話ししたので、もうご勘弁を。あと、出来ればお二人と少しだけここをお借りして話をさせてもらっても良いっすか?」

「ええ、それは構いませんけれど…」

「お願いします」


 アキラが頭を下げると、ブリジットさんは席を外してくれた。





 アキラは吉野さんと川口さんに話しかけた。


「えっと、こんばんはっす。ちょっとこのお店で会うと思ってなかったので驚きました。少しだけ話をしても大丈夫っすか?」

「…ええ。大丈夫よ。私たちもあなたと話をしたかったの」

「さっきはおっきい声出してビックリさせちゃってごめんね〜」

「とりあえず、みんな座って話さない?」


 ナベちゃんの一言で椅子に座ってテーブルを囲んだ。


「吉野さん、川口さん。先週の木曜日と土曜日は、自分があなたたちのお礼の言葉を素直に受け取ることが出来なくて、それが原因でおかしな事になっちゃってすいませんでした。坂高ウチの須藤から、あのあと吉野さんと水川さんのお二人が元気が無かったと聞きました。大丈夫でしたか?」

「いえ。真島さんたちにも事情があったわけですし、こちらも無理を言った結果でしたから。…あと、私はそれほどではなかったんですが」

「ちょっとだけサキちゃんが元気なくてね〜。今日は元気になってほしくてココのお菓子を買いに来たんだ〜」

「そうっすか…。もし水川さんさえよければ、なんすけど、水川さんの都合の良い時にでも直接会ってお詫びを伝えたいんすけど…」


 今更なんだ!と、断られることも覚悟の上でアキラが申し出ると、川口さんがすぐに返事を返してくれた。

「それは良いかも!」

「風香…」

「ホント水川さんの都合の良い時でいいんで。場所とか時間もなるべく合わせますから」

「わかったわ。じゃあ、私と連絡先を交換しておきましょうか」

「あー、この間、須藤と岸田から『気軽に清心女子の連絡先なんて聞いたら、ぶっ飛ばす』って言われたんで、明日学校に行ったら須藤に仲介を頼んでみますよ。黙ってたらあとで何されるかわかったもんじゃないし」

「真島くんと須藤さんは隣の席なんだよ。普段は優しいんだけどね。たまに真島くんに厳しくなるんだよねえ」

「そりゃあアイツのナベちゃんと俺に対する態度の違いってだけだって…」

「ふふ…。良いわ。ちょっと待って。今カンナちゃんに電話しちゃうから」


 吉野さんはスマホを取り出すと、電話をかけ始めた。


「……あ、カンナちゃん?今大丈夫?…そう。…ええ、この間は色々ありがとう。…そうね。今度は私たちだけで遊びたいわ。……ううん。全然。………そんなことないわ。あのね、実はね、今シュヴーに風香といるんだけど、…そう、二人。偶然真島さんと渡辺さんにお会いしたの。………そうそう。焼き菓子セットをね。………ええ。それで今、サキの話題になって、今度は真島さんの方がサキにお詫びしたいって言われてね。……うん。そうなの。私が連絡先を交換しましょうって言ったんだけど。………ええ。そうね、断られちゃったわ。……ふふ。そう。カンナちゃんたちに怒られるって言ってたわよ。…そう。それでね、またこの間みたく仲介を頼んでも良いかしら?………ふふ、ありがとう。え?真島さん?すぐそこに居るけど…。代わるのね。ちょっと待って」


 須藤と話していた吉野さんがアキラにスマホを差し出してきたので、受け取って電話に出た。

 なるべくパネルに顔をつけないように気をつけて話す。


「もしもし?代わったけど…」

『あ、真島?おつー』

「おつー。って、詳しいことは明日説明するよ」

『まー、あたしらの言いつけを守って、無闇にマイマイの連絡先をゲットしようとしなかったことは褒めてやろー』

「あーそりゃどうも。で、それだけ?」

『誰かに何か頼み事をするときは、それ相応の頼み方ってもんがある。そーあたしは思うんだけどなー』

「わかってるって。この店の焼き菓子でもいいか?」

『おし!やったー!ラング・ド・シャが良いー!シュヴーはラング・ド・シャも美味しいのー』

「わかったよ。ラング・ド・シャな。あんま金ねーから、須藤と岸田と、お前らの友達のギャル軍団が少し摘むくらいになるけど、文句言うなよ」

『オッケー。じゃあマイマイに代わってー』


 吉野さんに礼を言ってスマホを返した。

 吉野さんは二言三言ほど話をしていたが、「うん。また連絡するね」と言って電話を切った。


 横で見ていたナベちゃんがつぶやいた。

「真島くん。須藤さんたちってなんだかんだ言って頼りになるよね」

「…ナベちゃん。俺もアイツらは良いやつだとは思うけど、財布が泣いてるんよ」



 アキラはこれから財布の中身を確認した。

 去年よりは出費が減って貯金もできるようになったとはいえ、欲しいものも結構ある。

 今月はバイトも出来なかったので気をつけないと。


 必要経費とはいえ、出費は出費。

 アキラには財布の中の諭吉さんに羽が生えて飛んでいく姿が見えた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る