第40話

 ベイロードの中ほど、カラオケ館とサイゼリヤの間の路地を入って50mほど進んだ所にその店はあった。


 くすみカラーのグレーの壁面に『cheveux afro』の店名が白く抜かれている。

 モノトーンな色合いのおしゃれでスタイリッシュな外観。

 きれいに磨かれた大きな窓からはおいしそうなお菓子のディスプレイと落ち着いた雰囲気の店内がよく見える。

 高級感があるものの窓から中の様子が一目でわかるので、だれでも気軽に入りやすい雰囲気だ。


 『OPEN』の札が掛かった扉を開けて中に入ると、最初に感じたのは広さだった。

 天井をかなり高くしているようで、空間にゆとりがあって落ち着きを感じた。

 店内の調度品も外観と同様のモノトーンでまとめられている。


 扉の正面には大きくて綺麗な冷蔵ショーケースがあり、その中に色とりどりなフルーツをふんだんに使ったカラフルなケーキが並んでいる。

 右手を見るとクッキーなどの焼き菓子の詰め合わせや、イチゴや桃、キウイ、ブルーベリー、プラム、りんご、オレンジなどを使ったコンフィチュールが並んでいる。

 左手には喫茶スペースがあるようで、結構な数のお客さんが入っているようだ。この場所からも談笑する声が漏れ聞こえてきた。


「ちょっとケーキを見ているね」というナベちゃんと別れ、アキラは焼き菓子コーナーに向かった。


 定番のクッキーからマカロンやフィナンシェ、マドレーヌにダコワーズ、ゴーフルなどなど多様なラインアップが揃っている。

 一応、今日の予算は三千円。

 安く抑えられればそれに越したことはないが、店の外観を見た時に感じた高級感からすれば、思ったよりも価格帯は高くない。


 予算内に抑えられそうなことに安堵しつつ、改めてそれぞれの詰め合わせを見直した。


 バイト先の本屋のスタッフはシフトがそれぞれ違うので、気軽に手に取ってもらえるよう個別包装の物がいい。クッキーならば一人1枚ではちょっと寂しいので、2〜3枚選べるか、1袋に2〜3枚入ったものがないだろうか。


「何かお探しですか?」

 どれにしようか迷っているとスタッフさんから声を掛けられた。

 振り返ると明るい髪色で、青い綺麗な瞳をした男性スタッフだった。


 白いシャツに黒いパンツ、それにソムリエエプロンと呼ばれる丈が長めの黒い腰エプロンを身に着けている。ケーキのショーケースの向こうにいるスタッフさんが白いコックコートを着ているところを見ると、ホールスタッフの制服なのだろう。

 アキラより少し年上だろうか。オリエンタルな雰囲気の整った顔立ちをしている。


「あ、はい。ちょっとバイト先に差し入れを持っていきたくて。こちらのお店の焼き菓子が美味しいと聞いたんすけど、何かオススメってありますかね?」

 アキラはせっかくなので、このスタッフさんに聞いてみることにした。


「そうですね。何かご要望などはありますか?」

「えっと、バイト先のスタッフは大体15人くらいかな。みんなシフト違うんで、箱を開けても湿気らないように個別包装がいいっス。一人1枚とか1個だとちょっと寂しいんで2〜3枚くらい摘めればありがたいっすね」

「わかりました。ご予算は?」

「大体3000円〜4000円くらいっす」

「それでしたら、こちらの……」

「あーーーーっ!!!」

 アキラとスタッフさんが焼き菓子コーナーで話し込んでいると、突然後ろから大きな声がした。


 びっくりして振り返ると、店の入り口のドアの横に川口さんと吉野さんがいた。





 ==========





 何事かあったのかと少しだけ店内が騒然としたものの、先ほどアキラの応対をしてくれた男性スタッフさんだけでなく、大きなコック帽を被り白いシェフコートを着たパティシエらしき男性も出てきて騒ぎを鎮めてくれた。



「風香ちゃん、これはどういうことかな?」

「トシロウおじさん、ゴメンナサイ」

 パティシエさんに川口さんが平謝りしている。


「マイもいたのなら風香を止めて欲しかったな…」

「アレンくん。ちょっと私もびっくりしちゃって…、ごめんね」

 その横で先ほどのスタッフさんと吉野さんが話している。



 どうしたら良いものかわからなかったアキラが所在なく立っていると、先ほどのスタッフさんから声を掛けられた。


「お客様、大変失礼しました。この者たちは当店の関係者のような者でして…、いえ、関係ありませんね。せっかくご来店いただいたのに、ご不快な思いをさせてしまうなど……」

「あ、いえ。ぜ、全然気にしないでください。あの、川口さんと吉野さんとはつい先日顔見知りになって、まさかここで会うと思っていなかったので。自分もびっくりしましたし、彼女達も驚いてしまったんだと思います。あの、それなので、自分のせいだったということで、彼女達を許してあげてもらえませんか?」

「いえ、お客様のお言葉ではありますが、こう言ったことは…」

 スタッフさんと話していると、パティシエさんもこちらに来た。

 その後ろで、川口さんと吉野さんが小さくなっている。


「あ、あの、スティックチーズケーキを作っているパティシエさんっすよね。先週は自分たちのために川口さんが色々配慮してくれて、パティシエさんにも無理をしていただいたと聞きました。チーズケーキはみんなでいただきました。とても美味しかったっす。ごちそうさまでした」

 このままでは宜しくないと感じたアキラは強引に話をズラした。


「おお!ということは君が例の通り魔事件のヒーロー君か!いやあ、あの時はウチの姪っ子やその友達を助けてくれたんだって?本当にありがとう!」

 話題転換に成功したものの、これはこれでマズい。

 そこまで話が通っているとは思わなかった。


 パティシエの大きな手で握手をされたアキラが、どうこの場から離脱したら良いか必死で思考を巡らせていると、握手から解放された次の瞬間に先ほどのスタッフさんから急にガバッと抱き締められた。


「………はあ?」

「君がを助けてくれたんだね!ありがとう!君がいなければが………」


 よくわからないことを喋り続けるスタッフさんに抱きつかれたまま、川口さんと吉野さんの方を見ると、吉野さんが真っ赤な顔を両手で覆っていた。

 その横で川口さんがニヤニヤしている。



 ナベちゃんはこの時、別のスタッフさんからケーク・エコセという商品の説明を聞いていて、何が起こったのかわからなかったらしい。


 ちなみに、後から聞いた話では、フランスのアルザス地方やドイツで親しまれている二層のアーモンドケーキで、フランス語でエコセとは、スコットランド風やタータンチェックのことを意味し、2色の生地の色合いがスコットランド伝統のタータンチェクに由来しているらしい。


 この店のケーク・エコセは、清心学園の制服のタータンチェックカラーを模して作ったそうだ。




 知らんがな。




 バイト先への差し入れを買いに来ただけなのに、なんなんだ。




 誰も止めるものがいない、先ほどとはまた違う騒然とした店内で、よくわからんイケメンに抱きつかれたままの状態のアキラは、『誰でもいいから、なんとかしてくれ』と、ただそれだけを祈った。

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