第39話
アーケード筐体の32インチ画面の中で、ショートモヒカン・ヒゲ・胸毛・マッチョな肉体に黒いパンツ一丁姿のレスラーが、くすんだ金髪に無精髭、薄汚れたグレーの上着にレッドカラーの太めのパンツを身に纏った男と対峙している。
ストリートファイター6の名物キャラ、「赤きサイクロン」の異名を持つ巨漢のプロレスラー『ザンギエフ』と、「元・全米格闘王」「元・マスターズ財団副理事長」こと『ケン』だ。
2ラウンド先取の試合でお互いに1ラウンドずつ取っていて、最終ラウンドを迎えている。
画面上部の体力ゲージはどちらも半分くらいか。
なかなか良い勝負をしているようだ。
ザンギエフが強烈な逆水平チョップをケンに叩き込んだ。
向かい側の席でナベちゃんが「あっ」と声を漏らした。
ナベちゃんのケンが不用意に繰り出した強パンチを、アキラのザンギエフが上手く躱して
「(うし!このまま押し切る!)」
ステージの右側に弾き飛ばされたケンを『ドライブラッシュ』というダッシュ技でザンギエフが追いかけていく。
ザンギエフは鈍足キャラクターなので、ゆっくり歩いていたら折角転倒させたケンに追いつけない。ダッシュが必要だ。
簡単に説明すると、このゲームではガードをきちんとしていればダメージをさほど喰らうことはない。
また通常であれば、ガードごと吹き飛ばされてしまうようなことはない。
各キャラクターは『ドライブインパクト』と呼ばれる強烈な技を持っている。
この技は二つの効果がある。
一つは相手の攻撃を2発まで耐えながら反撃を繰り出すことができるということだ。相手の連打に耐えながらも反撃を叩き込み、そこから一気に形成逆転することもできる。
もう一つはガードさせると相手が大きく後退するという特徴だ。
ガード状態の相手を強制的に崩しそのまま後ろへ弾き飛ばすことができる。
弾き飛ばされたキャラクターは一瞬隙ができるので、上級者はそこに追撃を入れてくる。
この『ドライブインパクト』にはもう一つ効果的な使い道がある。
ステージの端でガードする相手に向かって使うと、ステージの端が壁になり相手キャラクターを叩きつけることができる。
壁に叩きつけられたキャラクターは、立ったまま一定時間無防備な状態になる。
アキラはこの『ドライブインパクト』でトドメを刺そうとしていた。
ナベちゃんケンが画面の右端で起き上がるところにタイミングを合わせて、アキラザンギエフの『ドライブインパクト』である『ダブルロシアンチョップ』を叩き込む。
ガードごと吹き飛ばされたケンは、壁にぶつかって無防備な状態になる。
その状態になったケンに、ザンギエフの最大威力の技である、
ステージ端のケンが立ち上がるところにザンギエフが追いついた。
絶好のタイミングだ。
「今だ!」
アキラが強パンチと強キックを同時に押した。
ザンギエフが赤とオレンジのエフェクトに包まれて、頭上から両手を揃えて強烈なチョップをケンに叩き込んだ。
あとは
さて、この『ドライブインパクト』だが、格闘ゲームである以上当然だが返し技がある。
『ドライブインパクト』は『ドライブインパクト』で返せるのだ。
『ドライブインパクト』を『ドライブインパクト』で返されると、反撃を受けたキャラクターは逆に一定時間操作不能になってしまう。
ナベちゃんはこれを狙っていた。
ザンギエフが『ダブルロシアンチョップ』を発動させた次の瞬間、ケンもまた赤とオレンジのエフェクトに包まれた。
「なにぃ!!!」
『甘いぜッ!』というケンの声と共に、カウンターの右フックがザンギエフに突き刺さる。
ケンの『ドライブインパクト』『焔撃ち』だ。
ザンギエフの動きが止まり、ガクッと膝を落とすようなリアクションをとった。
「ま、まずいっ!」
アキラが慌ててレバーをガチャガチャと動かしたが、もう遅い。
ナベちゃんケンの反撃の時間だ。
お互いのキャラクターの距離を調整すると、一方的なコンボが始まった。
『立ち強パンチ→前ダッシュ→立ち強パンチ→立ち中パンチ→前ダッシュ→立ち強パンチ→顎撥二連→奮迅脚→龍尾脚』と、一瞬のうちに次々と技が叩き込まれ、最後の技が発動すると、画面がケンのアップに切り替わった。
ケンの最大威力の技である、
『行くぜぇッ!燃え尽きろッ!!神龍烈破ぁッ!!!』
ケンがザンギエフに向かって昇龍拳での連撃からさらに回転を加えた強烈な昇龍拳を繰り出した。
ザンギエフの体力ゲージが見る見るうちに減少していき、画面中央に『K.O.』の文字が表示された。
続いて画面が切り替わり、ケンの勝利ポーズをバックに『KEN WINS』の文字が輝いている。
「やったっ!」
「にょわー!負けたー!」
敗北したアキラはリュックを手に、反対の席のナベちゃんのところに向かった。
「ナベちゃん、やっぱつえーよー。全然勝てねー」
「そんなことないよ!僕も何回か負けちゃったし。僕らはたくさん練習してるのに、あんまりプレイしない真島くんに結構良いようにされて悔しかったもん」
「夏に大会があるんだっけ?」
「うん。いつもはサークル内対戦かネット対戦で練習してるけど、本番はアーケード筐体でやるから、たまにはゲーセンに来ないと感覚がわかんなくなっちゃう」
「良い結果出せると良いなー」
「ありがとう。真島くんのザンギはトリッキーな動きがあって勉強になったよ!」
「…いや、アレって久々すぎてミスってただけっぽいわ」
「え!そうなの?」
「さーせん」
二人は勝っても負けてもあまり関係ないようだ。楽しそうに話を続けている。
「あ、そーだ。ナベちゃん、ちょっとお願いがあってさー」
「どうしたの?」
「この間、清心の川口さんが持ってきてくれたチーズケーキの店に案内してくれん?バイト先へ休んだお詫びのお菓子買ってきたいんよ」
「シュヴーだね。いいよ。このプレイが終わったら行こうか。新しい対戦者来ちゃったから」
「オッケー。待ってる間にちょっとトイレ行ってくるわ」
その後ゲームを終えたナベちゃんに案内され、アキラは洋菓子店へと向かった。
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