第14話
月曜日の朝、額にテーピングを貼った姿のアキラが洗面所で髪型を整えている。
ワックスを手に取り手櫛を入れたときちょっとだけ傷口に触れると、ピリッとした痛みがあって、思わず顔を顰めてしまった。
父親が「車で学校まで送って行こうか?」と尋ねてきたが、断った。体調はさほど悪く無いし、打撲の部分も大体大丈夫。昨夜風呂に入った際に背中に大きな青タンができていたのを見つけた時はびっくりした。
母に声をかけ、ノースフェイスのリュックを手に取り玄関を出る。
今日からしばらくはバス通学だ。
ハヤトとナベちゃんには連絡済み。
ナベちゃんから「バス通学ならマスクしておいた方が良い」というメッセージが来ていたので、不織布のマスクをかける。
季節の変わり目だし、風邪が流行っているのだろうか。
住宅街を抜けて大通りに出るとバス停がある。
このバス停から『金鎖山行き』のバスに乗ればいい。
坂ノ上高校まで1本で行ける。
自転車の通学ルートとほとんど変わらないが、駅の北口ロータリーを経由して少しだけ大回りしながら坂ノ上高校に到着する。
7キロ強といったところだろうか。途中停車していても20分ちょっとの乗車時間だ。
バスが来た。
乗車率は7割ほど。座席はいくつか空いているようで、問題なく座れそうだ。
目前で停車したバスの乗車口で読み取り機にICカードをタッチする。
見知った顔は無さそう。
適当に空いている席に座ってスマホを取り出す。
Bluetoothイヤホンを装着して、YouTubeのアプリをタッチした。
JOJOというアニメのMAD動画『ココロジョジョル』を再生する。
入院中にナベちゃんに教えてもらったこのアニメを配信サービスで見たところ、すっかりハマってしまいずっと見てしまった。動画の時間も20分ちょっとなので、バス通学にちょうどいい。
動画を見ていたら、北口ロータリーからアキラと同じ制服の生徒が何人も乗車してきた。
誰か乗ってこねーかなーなんて思ったが、知り合いはいないようだ。
視線をスマホに落とした。
しばらくすると、なんだか視線を感じる気がする。
途中でクラスメートでも乗ってきていたんだろうか。
それともイヤホンから音漏れしていただろうか。
ふと顔を上げて周囲を見渡したが、別に誰かが自分を見ているわけでもない。
一応イヤホンを外して音漏れを確認するが、別に大丈夫そうだ。
また、動画の続きを再生した。
やっぱり、視線を感じる。
今度はうつむき気味のまま、周囲の様子を窺ってみた。
女子のグループが小声で何か話しながらアキラの方を見ている。
なんなら、横の方の男子生徒はガン見してきている。
なんだ、コイツら。
バスが、学校の最寄りのバス停に到着した。
アキラは若干の居心地の悪さを感じつつ、他の生徒に続いてバスを降りた。
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下駄箱で上靴に履き替えたアキラは職員室に向かった。
先週、担任の松原に数日休む連絡を入れた時、休んでいる間のプリントなどをまとめておくのでを学校に来たら朝イチで顔を出すように言われていた。
職員室の引き戸をノックし、横にスライドして開ける。
「失礼しますー。2−Aの真島っす。松原先生いらっしゃいますか?」
「お、真島、来たな。こっちだ!」
職員室の真ん中あたりのデスクから松原の呼ぶ声がした。
「おはよーございます」
「ああ、おはよう!そのテーピング、結構目立つな。怪我、大丈夫か?」
「まだちょっとダメっすね。2週間は体育は見学しろって言われてます」
「そのことは親御さんから伺ったよ。聞いたぞ、通り魔を撃退したんだってな。本当は危ないことすんなって言わないといけないんだけど、よく頑張ったな」
アキラはちょっとゲンナリしてしまった。
「その話って結構広まってるんすか?」
「先生方はみんな知ってるぞ」
「マジっすか…」
「教頭先生なんて興奮しちゃってな、それこそ警察から感謝状でも出たら『我が校の誇り』とか言い出しかねないな」
「完全に悪目立ちっすよ。勘弁してください」
「そういや清心学園から連絡あったぞ。何でも通り魔に襲われていたのは清心の生徒だったそうだ。お礼を言いたいということだったが」
「断ってください」
「お前がそう言うのであれば、先方には上手く言っとくよ」
松原が笑ってプリントの束を渡してきた。
「体育の見学の話だがな、その時間に休んだ分の補講をやることになった」
「………はあ?」
「名誉の負傷ということで、学校がバックアップするってことだ。マンツーマンで教えてやるからな」
「すっげえいらねえっす」
「まあ、そう言うな。空いてる先生が調整して相手してくれる予定だから楽しみにしておけって」
「最悪っす…」
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担任以外にも数人の先生から声をかけられたので、2−Aにたどり着いたのは結構遅くなってしまった。
「うっす」
前のドアから教室に入って、軽く挨拶した。
ざわついていた教室が、静まりかえった。
みんなの視線がアキラに集まった。
なんか、怖い。
「あ、真島くん、おはよう」
ナベちゃんだけが返事を返してくれた。
その言葉をきっかけに、一気に歓声が爆発した。
「特攻野郎がきた!」「轢き逃げアタッカーだろ!」「怪我、大丈夫?」「通り魔を蹴り殺そうとしたってホント?」「E.ホンダきちゃ!」「ガイルじゃねーの?」「あたま大丈夫?」「動画、プチバズってるみたいじゃん!すげーな!」「たくさん血が出てたってC組の子が言ってたよ」「自転車ぶん投げて犯人ぶっ飛ばしたんだろ?」「ホンダらしい良い頭突きだったが一撃で仕留めないとな!パワーが足らん!」「やっぱやべー奴じゃん」
クラスメートが一気に話しかけてきたが、よく分からない。
動画?例の防犯カメラ映像か?ワイドショーでやってたくらいだから覚悟はしている。
とりあえず、桑原、お前より頭は大丈夫だ。
あとそこの
「ちょっと待ってくれ…。なんの話してんだよ、お前ら…」
助けを求めてハヤトを見たが、あの野郎、爆笑してやがる…。ヨシ、コロソウ。
殺意の波動に目覚めそうになっていると、松原が教室に入ってきた。
「何騒いでるんだ、お前ら。いいから席につけー。出欠とるぞー」
自分の席に行くと隣の席の須藤が笑っていた。
「おはー、真島。人気者じゃん」
「須藤…、どうなってんだよ…」
「は?え?何?知らないの?」
「だから何のことだよ」
須藤が真顔になった。
「あんた、いつ退院したの?」
「昨日の午後、手続きとか色々あって遅くなったから」
「…ネットとか見てないの?」
「入院中は検査とか多かったし、昨日も疲れて速攻で寝たから…」
「…あー、後で教えるから。とりあえずホームルームだし」
「なんか悪いな。頼むよ…」
松原が出欠を確認してから連絡事項を話している。
「………それと真島だが、怪我が治り切るまでしばらくかかるみたいだから、みんなサポートしてやってくれ。真島も気分悪いとかになったらすぐに先生に言えよー」
「うっす…」
とりあえず松原に返事を返したが、すでに気分は最悪だった。
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