田沢湖

横手さき

田沢湖

「田沢湖が凍ってる!!」

「ほんとだ・・-5℃くらいかッ・・ウェ・・・」


 男女二人が自動車内で驚いている。

 二人はとある大学に所属している。冬休みを利用し秋田県の田沢湖に観光に来ていた。

 羽田空港第二ターミナルから秋田空港に到着後、レンタカーを利用し、何故か国道7号線を南下し、道に迷いながら由利本荘を経て田沢湖にやっとのおもいで到着していた。

 慣れない雪道での車の運転。それもレンタカー屋に勧められたRX-8という車での走行。雪道での意味不明なリアタイヤが左右に大きく揺れるドリフト走行、悪く言えばただのスリップ走行で、何度も雪の壁にぶつかりそうになった。


「縁結びの神様がいるから調べてきたのに・・・。凍らないと思っていたのに。先生と一緒に水面に映る奥羽山脈と金ぴかの像をバックに写真を撮りたかったのに。」


 アルちゃんが運転席でぼやき言った。

 外は青空で快晴だ。しかし道には雪の轍が敷かれ、車は白い粉をまき散らしている。前の視界はワイパーでなんとか確保出来ているが、左右のミラーは雪がつき見えず、後ろの視界も無かった。きっと59km/hで爆走しているからだろう。

 次の瞬間、車のリアタイヤ滑り、車は進行方向を12時とすると10時の方向に車のノーズが向いた。アルちゃんはとっさに右へハンドルをきる。カウンターステアというやつだ。

 アルちゃんはあきらかに雪道走行を楽しんでいた。


「ま、まあこういうもあるよね・・オオ・・・」

 

 助手席で先生が答えた。声が震えている。というか今にも吐きそうだ。かわいそうに。

 次の瞬間、また車の挙動が乱れた。


 「フン!」


 アルちゃんはシフトダウン、アクセル踏み、そしてブレーキを同時に行った。ヒー&トゥという芸当だ。

 空港から出発し、半日という短期間でこの芸当を取得したアルちゃんは恐ろしい人である。


 だが虚しく路肩に落ちた。しかしアルちゃんはアクセルを全開にする。往生際が悪い。


「あーめんッ」


 そう言う言葉を残し、先生は2秒間気絶した。どういうことだろう気絶から2秒という短い間に蘇生した。早すぎる。きっと物理学を教えており、万物の物体の動きが、とりわけ車の動きが手に取るようにわかるからだろう、怖いと感じた瞬間だけ刹那的に冬眠した。自分の吐き気は制御できていないのに。よくわからない人である。


「もう湖の表層を滑るよ!!」


 アルちゃんがノリノリで叫ぶ。

 車が路肩から勢いよくジャンプした。もはやラリーカーの動きだ。

 ブ〇ザックの氷上性能は伊達ではない。凍っている湖の上を車はまっすぐ進んだ。


「もう行こうよ僕ら!」


 先生は覚悟を決めた。もう彼は気絶しない。

 アルちゃんのノリノリが憑依していた。


「先生!前方に黄金の像が見えるよ!!奥羽山脈も!!!」

「ああ!それらをバックにして写真を撮り道路にもどろう!」


 二人はきっとアドレナリン全開である。

 アルちゃんはブレーキを踏まず、シフトアップした。車のマフラーからバックファイアが出た。パァという音が車内に一瞬響いた。


「先生!カメラ用意して!!昨日ヨドバシで買った988,000円のやつ!!」

「いや、スマホでいい!!今使ったら壊しそうだ!!」


 パシャリパシャリパシャリッ。

 今度は高速シャッター電子音が車内に響いた。

 カメラを構えた先生の小指と、アルちゃんの左の顔、奥羽山脈、そして金ぴかのたつこ姫像が撮れた。二人は一つの写真の中に、山脈と像を背景に一緒に二人が映るというクエストを達成した。かろうじて。先生は指だけの映りであるが二人は気にしない。


「アレは!!」


 アルちゃんが前方を見ながら言った。そこにはよく農作業で使うタイヤやキャタピラを乗せて道と田んぼを行き来するための金属からなる2枚のプレートがあった。


「フフン!」


 アルちゃんが、やっるきゃないでしょ、と言うかのように唇をかんだ。彼女は怖いものがないのだろうか。

 そして車が勢いよく飛び、道路に戻った。ガコンとダンパーが鳴ったがさすがRX-8、ハンドルに乱れはない。

 アルちゃんは誰に見せるでもないがドヤ顔をする。


「・・・僕の予想した落下予想地点から50mmズレている」


 先生が悔しそうに言った。意味不明な戯言である。

 幸い周りには車も人もいない。よかった。


「このまま右周りで浮木神社に向かうよ!!」

「ああ!そこが僕たちのゴールだ」


 二人は興奮しながら言った。車はやはり59km/hで雪道を駆け抜ける。


 10分ほど走行し、二人は縁結びの神様が祭られている神社に着いた。

 ゴールである。二人は車から降りた。

 降車後、先生は後部座席からベルボン製の三脚と助手席の下に置いてあった988,000円のカメラを出した。手際よく組み立てる。

 

「やったね!!」


 アルちゃんは嬉しそうだ。


「ああ・・・来た甲斐があったな・・・」


 先生はしみじみして言った。

 そしてセルフタイマーをセットする。途中14回ほど操作を間違えた。

 15回目になんとか成功し、10秒後にシャッターがきられるようにセットした。

 先生がアルちゃんのもとへ小走りする。


 パシャリ。


 神聖な雪化粧をした神社、そして自分達が走破した田沢湖を背景に、二人仲良く笑いながら手を繋いでる写真が撮れた。

 神様もきっと祝福しているであろう。


 「いい写真も撮れたし、お守り700円のやつと、ちりめん製のえんむすび御守500円を買って帰ろうね!!」


 アルちゃんが言った。やけに値段を強調している。きっと生涯、金銭感覚は大丈夫だろう。


「ああ、2,400円は一生の宝物だ」


 こちらも値段を強調している。二人は似たもの同士だ。


 その後、二人は永遠の愛を誓い合った。

 挙式の場所は秋田県内にある山の手ホテルのチャペル。豪奢な式と宴になった。


 偶然かどうかは分からないが、二人の結婚後、田沢湖が凍ることは無くなったとさ。

 

 

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田沢湖 横手さき @zangyoudaidenai

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