"真実の愛" ダメ、ゼッタイ!

蒼井星空

"真実の愛" ダメ、ゼッタイ!

「ヒルデガルド•エルフリーデン。お前との婚約を解消する!お前は……」


今日もまた、世界のとある場所で真実の愛を見つけた王子様に、ヒルデガルドという辺境伯令嬢が婚約破棄を言い渡されました。

あまり独創性がないセリフですから30点ということでしょうか。


なお、ヒルデガルドは私です。


 

私はお世辞にも絶世の美女ではないものの、そこそこに整った顔、艶のある銀の長髪を持ち、スタイルもそんなに悪くないと思います。さらに、美的センスには自信がありますし、王妃予定者にすぎないはずなのにこの無能な国の外交や財政にも一部関与しています。


しかし、目の前で顔を真っ赤にしているバカ王子は私のありもしない悪巧みを自信満々にあげつらって私を国外追放を画策していました。

きっとバカ王子の後ろにいるきれいな女性に対して"真実の愛"を見出されたのでしょう。


こんな話はよくある話ですわね。



この国もあの国もその国も。

どこの国でも"真実の愛"に目覚めた王子様ばかりの世界ですから。



私は冷静にお父様に婚約破棄と国外追放を報告しました。


するとお父様はすぐに王城にあがって国王陛下にひとしきり文句を行ったあと、過去の契約を盾に王国からの離反を宣言し、顔を真っ赤にしているバカ王子を罵倒して帰ってきました。


我が辺境伯領は建国のときの多大な貢献によって身の振り方を自由に決められる唯一の貴族領ですし、それをよくよくご存じの国王陛下は我々をつなぎとめるために王子と政略結婚を組んだのに、全く理解していないバカ王子によって全て台無しになりました。


なぜバカ王子を教育しなかったのか理解できませんし、今さらチャンスを与える気もないので、お父様は隣国であるエアベルト王国と交渉し、今まで同様に辺境伯領として併合してもらいました。


なお、併合を邪魔しようとしてきたバカ王子の軍は壊滅させました。


もちろん、これだけでは終わりません。併合してもらったばかりの辺境伯領では権限が弱いので、婚約者を病気で失ったこの国の王子様に目を付け、国王陛下を新領地を加えた新たなる門出とかなんとか言いくるめて政略結婚し、今に至ります。

この国は弱小国ですので、広大な辺境伯領をそのまま保持して合流したお父様の発言を無視することはできません。



結果として、

『我がエアベルト王国では国を想い、国民を想い、未来を想う聡明な王子が決して絶世の美女ではないものの先見の明があり戦略的な大局観を持ち、"真実の愛"とやらのせいで婚約破棄及び国外追放をされてしまった辺境伯令嬢(辺境伯家およびその領地ごとエアベルト王国に併合済み)を妻としました』

という状況を作ることに成功しました。


これはそんな聡明なシオル王子がなんとなく世界制覇してしまう予定の物語なのです。



ちなみにシオル王子は小柄で可愛らしい方です。銀髪に、珍しい青い瞳のいわゆる弟キャラで、私よりも2つ年下ですが、それがいい……すみません取り乱しました。



今はチャンスなのです。

世界はバカばっかりですから。

私はこの覇気のないシオル王子に囁きます。


「世界はバカばっかりなので、手を回して手っ取り早く覇権を取っちゃいましょう。そうしないと"真実の愛"とやらに目が眩んで世界を相手に戦い始めそうなバカもいますし。これも国を守るためです」

「えっ? えぇ?」

大人しい彼は私の言葉に目が点になっていますが、大丈夫ですわ。私に任せてくれればいいのです、と言うと気楽に『任せた』と言ってくれました。


可愛いので撫で回したら真っ赤になっていましたが、可愛すぎて泥棒猫が出るとまずいので彼を剥いて(ピー)に朱のバッテンを書いておきました。


「なっ、なにこれ……」

「これで悪いお姉さんとなにかをしようとしても目立つコレの説明をしている間に我に帰れるでしょう?」

「へっ?」

浮気防止ですわ。側室にはちゃんと説明しておけばいいですし。


「そんなことしないよ〜(涙)」

覇気のない王子様はそんな気はなくても、鼻息の荒い肉食の"真実の愛"探求者たちはどんなことをしでかすかわかりません。


この朱のバッテンは鎮静の効果の魔法陣にもなっていますので、これで安心です。



「よし、恥ずかしい閨のことはこれくらいにして、次はリージュ王国に向かいますわよ」

「恥ずかしい自覚はあるんだね。でもなんでリージュ王国にって、うわっ?」

「ちゅぅうぅぅぅ」

生意気なことを言う口はとりあえず塞いでと……。

 

◇ 


潜り込ませた諜報員の話によると、このリージュ王国では第一王子がそろそろやらかすのです。

それをこの国の貴族のふりをして潜り込んだ私とシオル王子が眺めています。


「見損なったぞエメリア•ザインハート!まさか公爵令嬢という地位を利用して聖女であるユリアを貶めるとは。貴様のような女と結婚などできない!婚約破棄だ!」


うーん、40点というところですわね。セリフに独創性が乏しいですわ。


怒り狂う王子様と婚約破棄されて涙ぐんでいる公爵令嬢に、ほくそ笑む聖女。

状況的にも目新しさがないのでこのあとのやり取りは割愛しますが、どうやら公爵令嬢のエメリア様ははおとなしく檻に入りそうだったので救い出しておきました。


なお、怒ったザインハート公爵が謀反を起こしたので全力で支援して現王家を打倒し、ザインハート公爵家が王位簒奪に成功しました。

協力をとても感謝されました。


そして案の定、聖女の力は嘘でした。

お花畑な王子様は神の怒りを受けろとかなんとか叫んでいましたが公爵令嬢が処刑を実行しました。


我が国は心強い同盟国を得たので、エメリア様をシオル王子の側室としてお招きしました。


側室でいいのかって?いいのです。謀反への協力の際にしっかり私との力関係は示しておりますし、側室に納得してお輿入れされたのですから。


エメリア様とはシオル王子をどうやって攻めるかで相談し合い、実験し、報告し合う間柄ですわ。

 



次はアグレム王国です。


「シェラ•バーストン!貴様との婚約は破棄する。まさか王子である僕を騙し、家族も騙し、民すら騙していたとは!」

「違います、ハロルド王子!私は確かに力を得たのです。それが何故か……」

「えぇい黙れ!大切な僕の王位継承の儀式の日にその力が使えませんでしたでは話しにならぬのだ。僕の顔に泥を塗りやがって!衛兵!この嘘つきを捉えよ!」


何やら修羅場を迎えていますね。

うーん、少しだけ珍しい流れになったので60点です。


何らかの力を得た女の子が何やら失敗したようで王子様に怒られています。王子様の隣でケバケバしい女の人がほくそ笑んでいるのを見る限り何か仕組まれたようですわね。


「あれ可哀想だね。もし本当に何か力を持っているのなら……」

シオル王子が私の隣で様子を眺めながら呟くのを私は聞き逃しません。夜遅くなったので眠そうなのが可愛いですわ。


「ああいう娘が好みですか? ひとまず連れ帰りましょうか」

愛する人の望みならば仕方ありませんわね。


「えっ? えぇ? まぁ可愛らしいとは思うけども」

ほらやっぱり。とりあえずあの女の子を確保するように指示しておきました。


ちなみにシェラ・バーストンは真実の聖なる力を受けた聖女であり、民にも人気があるにもかかわらず高位貴族たちが魔女に依頼して一時的に力を使えなくして貶めたということでした。


私はありがたく彼女を勧誘しました。

 

無事勧誘は成功して我が国の神殿に迎え入れ、この国の高位貴族たちの所業を喧伝しておきました。


すると、民衆が反乱を起こしたので、これまた全力で支援してこの国を潰しておきました。


この国はエアベルト王国の隣国だったのでこれ幸いと大幅な領地拡大に成功しました。人気のあった聖女がこちらに全面的に協力してくれたので統治も楽でありがたかったです。

もちろん聖女にはシオル王子の側室となっていただきました。


聖女が側室だなんて、シオル王子は凄いですね。



 

続いて向かったのはバンデオン王国です。

この国ではまさかの女王様が捨てられるパターンで独創的でした。


「リオレスト女王陛下! あなたがまさか悪魔崇拝に傾倒されるとは。このルミナス・グラデールは忠臣としてあなたの愚行を正し、国を再建することを誓います。いざ、ご覚悟を!!!」

 

本来王権を持つはずの女王が王位を奪われ、婚約者でもあった高位貴族に捨てられていました。当然ながら悪魔崇拝なんというものは濡れ衣で、このルミナス・グラデールという男は幼馴染を"真実の愛"の相手としており、権力も"真実の愛"も掴むために女王との結婚直後に事をなして簒奪したのです。

呆れるほどのクズっぷりですわね。


この女王陛下は当然ながら復讐を誓っていましたが、もう二度と王にはなりたくないという方だったので当然ながら支援して元婚約者ルミナスを倒し、復讐完了後には王国をエアベルト王国に禅譲してもらいました。


元女王陛下は逞しい方がお好みということでシオル王子には合わなかったので、別の方を紹介しておきました。

今では仲睦まじく夫婦で我が国の将軍をしています。




次はなんとグレージュ帝国です。

 

この国は周辺国の中で最大の武力を保持する強国ですが、次期皇帝が"真実の愛"に目が眩んで世界を相手に戦いそうなバカです。

 

なんと政略結婚の相手である属国の姫君を堂々とないがしろにして愛人を囲いまくっています。その愛人の一人に入れこんでいて、彼女が世界を私にとか言っちゃうバカで、次期皇帝はそれを聞いてしまうバカだったのです。


次期皇帝は好色な男で、目にした女は全て抱くようなバカなので私が愛人になろうと思ったのですが、シオル王子に止められました。

目をウルウルさせながら何も言わずに私の服の袖を掴む様子はとても保護欲を掻き立てられました。

とても可愛かったですごちそうさま。


しかし、愛人になる方法は採れなくなったので、素直に次期皇帝を恨む連中を焚き付け、属国には蔑ろにされている事実を暴露しました。また聖女シェラにお願いして神敵と宣言してみました。


それでも行動を変えない次期皇帝はなんと無理やり愛人にした女に切られました。

……私、ここで何もしていないですね……ラッキーでいいでしょうか?


次期皇帝の強大さに集まってきていた者たちは、次期皇帝が弱みを見せるとさ~っと波が引くようにいなくなりました。しかも一部は火事場泥棒の様にいろんなことをやらかしてくれました。財産や権利を盗むもの、醜聞を流布するもの、しれっと離婚を勝ち取って離反するもの……。


私はエアベルト王国にとって都合の良い状況を生み出すために、きっちりと次期皇帝と世界をねだったバカ愛人を拘束して老齢の皇帝にお渡しして、処刑まで見守りました。



「さすが次期皇帝と目されるだけはあって、あそこまで醜聞を振りまいた状況から強引に状況をひっくり返そうとしたのには驚いたよね」

配下だけを引き連れて皇帝暗殺を狙った次期皇帝の強引さに草食系のシオル王子はドン引きでした。

たまにはあれくらいの強引さを発揮してもらっても楽しそうなのですが、そんな日は来そうにありませんねと、エメリア様とお茶をしながらため息を吐いてしまったのは内緒です。


なお、グレージュ帝国は次期皇帝が強大すぎて争えるようなものを軒並み処刑してしまっていたため、現在進行形で後継者争いを繰り広げてくださっています。

なるべく長く争って余力をなくしてほしい一方で、民への影響は抑えたいので、水面下で難易度の高いミッションを遂行しています。

リオレスト将軍が……。




こんなふうに周囲の国々で起こる婚約解消のすべてのざまぁに協力し、私はエアベルト王国の強化に邁進しました。

 

側室エメリア様、聖女シェラ様、将軍リオレスト様……なんとも心強い味方を得たものです。

リージュ王国改めザインハート王国との同盟、元アグレム王国領、元パンデオン王国領……エアベルト王国の領土は拡大し、同盟のおかげで世界的な地位も高まりました。


 

他にもゼタ王国、ハイード公国、ベルメスト王国、ランディス王国、スーザール公国、イスト王国……。

軒並み失墜されて行きました。

我がエアベルト王国は人財を確保し、領土を確保し、新たに興った国との同盟を結んできました。

 


気づけばエアベルト王国はグレージュ帝国を凌ぐ大国となりました。

 

全ては"真実の愛"の暴走のおかげですね。

愛は思い通りにならないといいますが、ここまでバカばっかりだと逆に面白く思います。



いまではシオルが国王です。

側室も増え……いや、側室たちは私と一緒にシオル陛下で遊んでいるだけですね……。

まぁいいですわ。


シオル陛下は可愛いですから。

この前5人で遊んだら干からびてましたが。


もう私達に逆らえる国はありません。

我が国の王族や貴族たちには口を酸っぱくして私利私欲を優先せず、"真実の愛"には目覚めるなと言っています。

どうかこのまま明るい未来が続きますように。


私の子供にも、孫にも言って聞かせないといけないですね。



"真実の愛" ダメ、ゼッタイ……ですわ。

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