合成魔法とボルトと雷火

 イストリアから帰ってきた翌日。

 二つの商品が完成した時、グラストさんには僕のお願いを伝えておいた。グラストさんがもしもその願いをかなえてくれたとしたら、間違いなく僕の『魔法』は劇的に変わるだろう。

 とりあえずグラストさんからの連絡はしばらく来ないだろうことを見越して、再び研究を始めることにした。気になっていることが一つあったのだ。

 僕はいくつかの道具を持って中庭に向かった。

「あら? シオン、今日は何をするの?」

「魔法の研究は行き詰まっているという話ではなかったんですの?」

 剣の素振りをしていたマリーとローズはうっすらと汗をかいていた。

 たまにこうして二人で一緒に素振りをしたり、父さんの立ち会いのもと、試合をしたりしているようだった。

 二人は汗をぬぐいつつ、僕のもとへ来ると手元に視線を移した。

「コップとろうそく? 何するの?」

「またおかしな実験をしようとしてるみたいですわね」

 明らかに何かを期待している様子だった。

 そんな反応をされたらちょっと得意げになってしまう。

「まあ、見ててよ」

 僕は中庭にある平らな岩の上に蝋燭を置いた。

 火はフレアではなく普通にから頂いている。風はあまりないので火は揺らめくだけで消えはしない。

 僕は蝋燭の上からコップをかぶせた。すぐにコップを上げると火は消えている。

「火は酸素がないと燃えない。だからこうやって密閉空間にすると消える。それは二人とも知ってるよね?」

「え、ええ! し、知ってるわよ!」

 マリーは上ずった声で答えた。これは間違いなく知らなかったな。

「マリー。カンテラを消す時の原理と同じですわよ。あなたも消したことがあるでしょう」

 ローズが呆れたように言うと僕も同意した。マリーは誤魔化すように視線を泳がせている。

 何かを覆い被せたりして火を消すなんてことはこの世界でも比較的知られている。だけど暖炉の火は水で消すか、そのままで自然消火させることが多いため、案外知らないものかもしれない。

「そ、それで、それがどうかしたの?」

「うん。普通の火はこうやって消えるけど、魔法の火はどうなのかなって思ってね。ちょっと試しにやってみようかと思うんだ。さて、どうなるでしょう?」

「消えないわ! 多分!」

「消える、と思いますけれど」

 確かに普通に考えればローズの言葉通りになるだろう。普通であれば。

 僕は右手をかざして蝋燭にフレアで火をつけた。

 即座に青い炎を宿した蝋燭にコップを被せた。そしてすぐにコップを開けてみる。火は……消えていなかった。

「あら、消えてないじゃない。ローズの予想は外れたわね! ふふん!」

「はいはい。わたくしの負けですわよ」

 なぜか偉そうにするマリーに対して、ローズは適当にあしらっていたけどちょっと悔しそうだ。実は結構負けず嫌いなんだよな、ローズも。マリーほどじゃないだろうけど。

 さて話を戻そう。酸素がないはずなのに、なぜ火は消えていないのか。

 まず普通の火は点火源、酸素、可燃物質が必要だ。

 以前、火魔法は魔力を可燃物質としているんじゃないかと考えたこともあった。だが、魔力を可燃物質としていても、酸素は普通に供給されていると考えていた。しかしそれは間違いだった。火魔法では酸素は必要なかったのだ。

 では魔力は可燃物質と酸素の特性を持っているということなのか。いな、そうではない。

 そもそも雷魔法に関して、魔力を接触させた場合、電流を走らせるという結果が出た。そのことから魔力は可変性の何かしらのエネルギーで、触れる現象によって反応が違う、いわば増幅、あるいは現象状態を保持したまま現象を起こすような特性を持つもの、だと僕は認識している。

 それに加えて酸素は必要ないとわかった。これは魔力がその現象の必要な要素すべてを補っているということだ。酸素や可燃物質がなくとも、火という現象に接触させたことで、同条件下でなくとも、魔法は維持されるということ。

 つまり魔力は、どんな状況でもその現象自体を増幅させ続けることができるということだ。理論上では火魔法は宇宙でも発生するということになる。

 しかし水をかけると火魔法は消えた。これについてはやや疑問は残るけど、もしかしたら火の魔法だから、なのかもしれない。つまり火の魔法であるが故に、水が苦手。反対属性のものだから、相殺されたということか?

 うーん、この部分はまだ曖昧だな。水で消えたという部分に関しては保留にしておこう。

 フレアの火は、物質に特殊な影響を及ぼす。らいこうせきの特性をなくさないように加工もできたし。ただの火ではない、ということはわかった。

「でもそれがわかったからって、何かあるの?」

「まだ何とも。ただ普通の火とは違うってことはわかった。これは雷魔法の方も同じだろうね」

 と、その瞬間、ひらめいた。

 僕は勢いよく立ち上がり、中庭の中心に移動した。

「ちょっとやりたいことがあるんだ。二人とも魔力の体外放出はできるでしょ?」

「ええ、できるわよ。魔力放出量が少ないけれど」

「わたくしもできますが、安定してませんわね。マリーの方が上手ですわよ」

 マリーもローズもフレアは使える。

 ただし僕の魔力放出量よりもかなり少ないためか、火の維持があまりできない。

 そのため体外放出してからすぐに消えてしまうため、まともに扱えていない。

 僕の放出量が六十とすると、二人は二十から三十程度だと思う。

 魔力のコントロールは僕よりも二人の方がいと思う。マリーに至っては手のひらの上で魔力の光を複雑に動かしたりもしてるし。僕はまだできない。

「じゃあ、僕がそこにフレアを撃って、空中で止めておくから、姉さんはそこに魔力の塊をぶつけてくれる? 一応、離れて撃ってね」

「それは構わないけど」

「ローズは念のためにおけに水を入れて待機しておいてくれる?」

「ええ。わかりましたわ。何が起こるのか気になりますわね」

 ローズは僕をうかがうように言った。

「それは見てのお楽しみということで。じゃあ始めようか」

 フレアには酸素も可燃物質も必要ない。そしてフレアは魔力を燃料にその姿を保っている。だったらフレアが発現している状態で、魔力を与えればどうなるか。

 火魔法はその存在自体が魔力の消費をしているもので、フレア自体が燃焼に必要なすべての要素を兼ね備えている。だったら、もしかしたらフレアに魔力をぶつければ、さらに強力なフレアになるのではないか。僕はそう考えた。

 僕は空中にフレアを放つ。虚空で停止したフレアに向けて、マリーが魔力を放った。

 さてどうなる。一気に燃え上がるか。それとも火力が上がるか。または特殊な、色の変化が起きたりして。

 僕は期待を胸に、結果を待った。

 接触。そして──ドカンというけたたましい音。

 衝撃と豪風が僕たちを襲う。熱と光が発生し、僕の視界を埋めた。それは一瞬の出来事。青い炎がはじけ、空中で爆炎を放った。間違いなく、それは『爆発』だった。

「きゃっ!」

 マリーの悲鳴が聞こえた。

 慌ててそちらを見ると、どうやらしりもちをついただけのようだった。

 僕がほっと胸をでおろした瞬間、炎は跡形もなく消え去った。空中での現象だったために、周辺に被害は残っていなかった。

「な、何が起きたんですの!?」

 ローズは水の入った桶を手にしたままろうばいしている。

 そしてマリーは目を白黒させたまま、地面に座り込んでいた。

 僕も動揺している。まさか、あんなことになるなんて思わなかった。

 どうして? ただ魔力を供給しただけなのに。なぜ、爆発なんてしたんだ?

 急激な魔力供給によって暴発した、と考えるのは難しかった。

 なぜなら僕の魔力放出量の半分以下の魔力を供給した程度で、フレアの威力が著しく上がるとは思えなかったからだ。

 あの爆発は明らかに、かなりのエネルギーを内包していた。魔力をぶつけただけという理由であれほどの威力が発揮できるだろうか。

 僕は立ち上がり、マリーの手を引き、起こしてあげた。

「大丈夫、二人とも?」

「う、うん。ちょっとびっくりしたけど……怪我はないわ」

「シオンはこうなるってわかっていたんですの?」

「ううん、僕もこんな結果になるとは思わなかったよ。火力が上がるくらいだろうなって思ってた」

「そ、そう。どうしてあんな風になったのかしら。魔力が触れただけなのに」

「威力が明らかに魔力量に比例していませんわね」

 そう、魔力が触れただけであれほどの効果が出るのはおかしい。触れただけで爆発したのだ。まるで爆薬に火がついたみたいに。魔力が爆薬だということか? そんなまさか。

 いや、待てよ。魔力は可変性物質だと僕は考えている。それは多分間違ってないと思う。でも、そもそも何か引っかかる。魔力は火に触れると燃えた。魔力は電気に触れると放電した。

 火、燃える、酸素、可燃物質。電気、流れる、放電、雷。電流……電流?

 僕ははたと気づき、すぐに庭の隅にある雷鉱石に近づいた。

 マリーとローズが急いで僕の後を追ってくる。

 僕はすぐに魔力を生み出し、雷鉱石に触れさせた。電気が魔力を伝う。電流の形は『いばら』のようだった。雷の印象そのまま。しかしなぜ電流がこのような形になるのか、その理由を考えれば疑問は氷解した。

 魔力の中を走る電流は、なぜか『大気を走る雷と同じ形をしている』のだ。

 僕は魔力を手のひらの上に生み出す。淡く光るそれは、魔力。

 魔力であるが──そうではなかったのだ。

「そ、そうか! そうだったんだ! これは魔力じゃない! 魔力じゃないんだ!」

「で、ですが、それが魔力だとシオンがおっしゃいましたわよね?」

「うん! そうだよ、これは魔力! でも魔力じゃない! これは『魔力に反応している空気』だったんだ!」

 僕は確信と共に、魔力を眺める。

 魔力は体外放出、帯魔状態では光を放っている。それはつまり大気と反応しているということだったのではないだろうか。

 光の増幅は紫外線? 日光に反応してるとすれば、熱が発生していることにも合点がいく。

 その時点では魔力が空気に反応しているとは判断できない。

 だけど、雷魔法の発動には明らかに空気抵抗があった。フレアには酸素は必要なく、魔力だけで燃焼している。

 そして雷魔法は空気抵抗がある状態。これはつまり魔力が空気の役割を担っているということのほかに、現象の増幅をしているという意味合いもあったのでは。

 これだけではその事実はわからない。だがフレアは確かに酸素なしで燃えたし、フレアに対して酸素に反応した魔力を与えると爆発した。

 魔力が物質に反応し、その対象の特性を増幅するとするのならば、体外放出した魔力は酸素を多分に含み、その特性を増幅させたものがフレア、つまり火に接触した場合どうなるか。過剰な酸素供給によって、あるいはそれに類する何かの反応によって、爆発が起きる。

 そうなると一つ疑問が浮かぶ。

 なぜ空気干渉した魔力が普通の火に接触した場合は爆発しないのか。これは普通の火と魔法の火であるフレアの特性が違うということだろう。

 そして魔力は魔力同士で干渉し、反応する。それはゴブリンとの戦いで魔力に接触すると反応があることも知っているので、間違いではない。つまり増幅した魔法を、空気に触れた魔力で増幅させたことで、魔法が爆発的な威力を生み出した。

 それが先ほどの爆発なのではないか。

「ああ、ああ! こ、これは、かなりの進展になっているかも! きたきた! きたよ。これは! うへっ!」

 僕は興奮し始めていた。

 大きなきっかけが目の前に訪れた。これは間違いない。ブレイクスルーの機会が訪れたのだ。

「あーあ、また変な顔してる」

「ふふ、けれどとてもうれしそうですわね」

「あはは、まっ、あんまり人様に見せられる顔じゃないけれどね」

「いいじゃありませんか。それがシオンのいいところということで。あんなに嬉しそうにしている姿を見ていると、こっちも嬉しくなってきますもの」

 二人の会話など耳に入っていない僕は、興奮のままにマリーに話しかけた。

「姉さん! 姉さん! ちょっとこっち! 手伝って!」

「はいはい、どうすればいいの?」

「僕が雷魔法を使うから、そこに魔力をぶつけて」

「……また爆発するんじゃないの?」

「僕の見立て通りならしないよ! でも、少し離れてね!」

 テンションが上がりすぎてしまっているため、自分の言動がよくわからない。でも止まれそうになかった。

 僕は如意棒型の魔力を生み出すと、マリーに合図をして、棒の先端部分に魔力を当ててもらう。

 次に魔力の中央付近を雷鉱石に触れさせると、電流はマリーの魔力が触れたあたりには流れず、僕の手元には流れた。

「あ、あら? 今、奥の方の電気は流れなかった……?」

「そのように見えましたわね。どうしてでしょう。フレアは爆発しましたのに」

「空気抵抗があるからね。大気に触れている魔力が、電流を阻害したんだと思う。つまり、これで間違いない! この魔力は大気に触れて、空気や酸素を他の現象と同じように増幅してる!」

「空気抵抗? 阻害ですの……?」

「……全然わかんない」

 マリーもローズも頭の上に疑問符を浮かべている。当然だ。むしろわかったらおかしい。

「僕もよくわかんない! でも、わかるかもしれないってことはわかった!」

 僕は喜びを隠そうともせず、浮き足立っていた。

 そんな僕の様子を二人は嬉しそうに眺めてくれていた。

 ああ、これだ。この瞬間が僕はたまらなく好きだ。

 魔法の研究では、行き詰まったり、上手くいかなかったり、失敗したりもする。でも時々、こうやって進展がある。これがすごく嬉しいし、楽しい。

 研究とかをしている人は、こういう快感を得ているから、やめられないのかもしれない。今日からまた新たな境地に足を踏み入れるだろう。

 僕は今回発見したこの魔法を『合成魔法』と名付けることにした。


   ●○●○


 合成魔法を使うには、魔法に魔力を接触させる必要がある。マリーと二人でやればいいけど、一人でできる方がいい。

 そこで僕は考えた。右手から魔力放出をする際、別の部位から魔力を放出できないか、と。

 右手の放出は六十。残り四十は体内に残っている。これを別の場所から放出できるかもしれないと思ったのだ。

 結果を言うと、少しはできた。右手と左手、両方に意識を集中させるのはとても難しかったけど、少しずつ、できるようにはなっている。

 他にも色々と考えていることはあるし、合成魔法には可能性が詰まっている。ただ、今はこの同時魔力放出ができるようにしたいと思う。合成魔法の実験はそれからだ。

 ちなみにしばらくしてグラストさんがやってきて、らいこうとうはつらいせきが完売したと知らせてくれた。驚いたけど、再生産するために手伝うことになった。バイトみたいなものだ。

 魔法の鍛錬をし、数日後にまたグラストさんの店に行き、合間に鍛錬。

 その生活をしばらく続け、気づけば僕は八歳になっていた。

 今、僕は自室で魔力の操作鍛錬をしている最中だ。右手から魔力を放出し、同時に左手から魔力を放出する。

「ふぅ……なんとかできてきたな」

 右手の魔力はサッカーボール程度。こっちは魔力が六十。左手の魔力は野球のボール程度。こっちは魔力が二十から三十程度。マリーの放出魔力と同じくらい。ほぼ同時に魔力は放出できた。

「ふふっ、これで合成魔法の実験をさらに進めることができるぞ。うふふ、うへへっ」

 嬉しさのあまり口角が上がる。おっと、いけないいけない。まだ喜ぶには早い。これから色々と試さないといけないんだから。

 さて、じゃあ外に出て、実験をしようかな。

 そう思った時、外が騒がしいことに気づいた。ひづめの音。誰か来たのかな?

 僕は部屋を出て居間へ向かった。すると玄関から入ってきたのは、グラストさんだった。最近はよく会うし、だいぶ親しくなっている。

 父さんと話していたグラストさんと目が合うと、僕は頭を下げて、グラストさんは手を上げた。

「こんにちは、グラストさん。今日は精錬日じゃないはずですけど」

「よう、シオン。ああ、今日の用事はそっちじゃねぇんだ」

 グラストさんはニッと笑うと手に持っていたかばんを掲げた。そこから何かを取り出し、僕に差し出してきた。

「ほら、約束の品だ。受け取りな」

 来た。ついに来た! 僕が注文していた品が!

 僕は品を受け取る。思ったよりも軽いそれは、小手だった。

 滑らかな手触りの革に、手の甲と関節部分、指先と手のひら部分には金属がはめ込まれている。非常に頑強な印象が強い。

「おまえの指示通り、絶縁性の高いマイカと頑丈で耐火性の高い革を縫い合わせてる。手のひら部分にはてつらいを埋め込んで、つなぎには銅銀を使い、放電を阻害しないようになってる。甲部分の金属は純度の高いはがねだ。念のため防御もできるようになっている。そして指先には高品質のうちいし。摩擦でも着火するタイプで、比較的頑丈な上に数年はもつ。これが最初の『魔導具』だ」

 グラストさんはしたり顔でそう説明した。

 それも納得がいく。これだけの出来だ。自信を持って当然だろう。

 グラストさんの後ろでは父さんが諦めの表情を浮かべている。

 この魔導具の作成依頼をしていることはすでに父さんたちにも話している。何かあった時のためと、今後の実験のためという名目だ。しかも僕の行動の対価として要求しているので誰にも迷惑はかけていない。完璧である。ただ成長したら新調しないといけないというデメリットはあるけれど。

 僕はこの小手を『らい』と名付けた。

 雷火を装着すると、動かしてみた。思った以上に動かしやすいし、む。これは素晴らしい出来だ。装飾もあり、こだわりと技術力の高さが感じ取れる。

「すごいよ、これ……こんなにすごいものができるとは思わなかった」

「へっ! 褒められるのは悪くねぇけど、それは実際に使ってからにしてくれ」

「うん。じゃあ、中庭で」

「おう。俺も雷魔法とやらを見たかったからな。楽しみだ」

 まだ合成魔法は父さんにも母さんにも見せていない。

 それに同時魔力放出も今日ようやく完成に至ったので、マリーも見ていない。

 左手からの魔力放出の鍛錬には一ヶ月以上が必要だったので、うずうずしていた。その間、どんな方法で魔法を使うか、色々と考えていた。今日はようやくその実験ができる。

 楽しみだ。ああ、高揚しすぎて、スキップしちゃうぞ。

「……これはまずいな。シオンが『うへへモード』になっている」

「あらあらぁ、何が起こるのか不安だわぁ」

「だ、大丈夫! 多分大丈夫よ!」

 なんて家族たちの不安の声が聞こえるが、僕は気にしない。

「あら? 今日はみなさんおそろいですのね?」

 玄関の扉を開くと、扉をたたこうとしているローズと合流した。今日は家業を手伝う必要はないみたいだ。

「うん! 今から新しい実験というか魔法のお披露目会をするんだ! よかったらローズも一緒に!」

「ふふ、そういうことでしたらご一緒しましょうか」

 合流したローズと共に中庭の中央に移動した。

 僕は庭先に向けて、手をかざした。

 まずは簡単なところから。僕は右手に魔力を集める。そして中指と親指を重ねてこする。つまり指を鳴らした。

 カンという小気味いい音と共に火花が散り、魔力に着火する。青い炎が『手のひらに触れた状態で生まれる』。まるで手のひらから炎を生み出したかのようだ。

 雷火は火にも電気にも強い。長い時間、触れていると問題があるが短時間なら問題ない。

 つまり接近した対象へ魔法を使うことも、身体に触れた状態で魔法を発動することもできるということだ。

 背後から「おお!」という感嘆の声が聞こえた。みんな感心した様子だった。家族やローズはずっと魔法の実験に付き合ってくれていたし、グラストさんにも概要は伝えてある。

 手のひらに触れる距離でフレアを生み出すことは大きな進歩と言える。

 僕は手に触れているフレアを正面に放った。これはいつも通りなので、特に感慨はない。しかし即座に、左手から魔力を生み出し、離れたフレアに接触させた。

 爆発。爆風と共に衝撃が生まれ、周辺を炎で包む。小規模爆発で、中型までの生物ならば一部が吹き飛ぶくらいの威力はある。

「うおっ!? なんだありゃあああっ!?」

 グラストさんがいいリアクションを見せてくれた。

 僕は思わず笑みを浮かべてしまう。

「今のは……? フレアとは違うようだが」

「えーとあれは魔力を──」

 父さんにマリーが説明をしてくれているようだった。が、ちょっと怒られていた。

 まあ、さすがにあれだけの威力だし、危ないと思うのは当然だろう。後で僕も謝ろう。

 次に、僕は右手にフレア、左手にもフレアを生み出す。右手のフレアを放ち、左手のフレアを少し離れた場所で接触させた。結果は……何も変化なし。

 魔力がフレアとして確立された状態では、シナジー効果を生み出さないらしい。互いに形を維持したまま、揺らめき、そのまま消えてしまった。

「今のはどういう意味なんだ?」

 グラストさんの疑問はもっともだ。何も変化はなかったし。

「……わかんない」

 答えられないマリーに代わって、ローズがりゅうちょうに返答する。

「恐らくですが魔法同士を重ねた場合どのような効果があるのか試したのですわ。結果、何も起こらなかったということでしょうね」

「なるほどねぇ。よくわかったな。ってお嬢ちゃんとは初対面だよな。すまねぇ、挨拶が遅れたな」

「いえ、わたくしこそ申し訳ありません。わたくしは──」

 なぜか後方でローズとグラストさんが自己紹介を始めたけど、気にしなくていいだろう。

 二人の隣ではマリーが不服そうにしていた。

 父さんは母さんに魔法の説明をしてくれている。

 それはそれとして、同じ魔法は重ねても意味はないとわかった。では次だ。

 僕は右手と左手で魔力を編んだ。使魔力同士を重ねる。すると見事に合体させることができた。なるほど。魔力の状態──この場合は、大気を含んだという意味だけど──であれば合成は可能らしい。大気魔力は結合する、ということか。

 僕はその状態で、魔力を放出しつつ、指を鳴らして着火する。

 普段のフレアの二倍程度の火が放たれた。それが数メートル離れた場所で停止し、こうこうともり続ける。十秒程度つと消えた。

 やはり魔力量が増えると魔法の威力も上がり、持続時間も長くなるらしい。

 ただのフレアでは威力が低く、触れてもたいして威力はないが、合成魔法フレアの場合は暖炉の焚き火くらいの火力はある。触れたらすぐに消火しなければおお火傷やけどを負うだろう。

 これはかなり有効な魔法だと思う。

「──ってことは、今のは魔力同士を重ねたフレア、つまり魔力の時に合体させたってことか?」

「恐らくはそうですわね。ガウェイン様はどう思われますか?」

「うむ、私もそう思うぞ。しかし、さすがはシオンだ。様々な状態で試し、結果を精査しているようだ。見ろ、あの真剣な横顔、思案顔を。我が息子ながらせいかんな顔つきを!」

「だらしなくほおを緩めてるようにしか見えねぇけど。ちょっと気味悪いぞ、あれ」

「お父様も最初は、グラストおじさんと同じようなこと言っていたのよね……」

「誰しも通る道、ということですわね……」

「わたしは最初から素敵な顔だと思っていたわよぉ?」

 後ろの会話を放置して、僕はたぎる興奮に打ち震えていた。色々と思った以上の結果が出て、もう興奮の限界だったのだ。嬉しくて、えへえへと笑ってしまうのもしょうがない。

 長い間欲しかったものが手に入った時、子供でも大人でも嬉しくて興奮して跳ねまわって、笑顔を振りまくよね。それと同じだ。多分、同じだ。

 実験を続ける。火魔法に関しては、魔力濃度を高くした状態、つまりガスフレアでも試した。

 結果、フレアと同じく、ガスフレア同士は変化なく、片方が魔力であれば小規模の爆発を起こし、魔力同士を重ねて発動すると、高火力のガスフレアが生まれた。

 多分、バーナーのような感じだ。もしかしたら鉄にも穴を開けたりできるかもしれない。さて、フレアに関してはこれくらいでいいだろう。

 本題だ。僕が雷火を作ってもらったのは、雷魔法のためである。火魔法はおまけのようなものだ。

 通常、魔力放出に電気を接触させても、対象に向かって走らせることは非常に面倒だった。自分から魔力を放出し、雷鉱石に触れさせると、雷鉱石から自分の方向へ電流が走る。

 そのため相手に向かって電気を流すには、相手までの距離分、如意棒型の魔力を伸ばした後、如意棒型の魔力の中央あたりに雷鉱石を触れさせ、自分と相手へ同時に電流を走らせるというよくわからないことをしなければならなかった。

 もちろん魔力を放出し、雷鉱石と対象を繋ぐような形で魔力を配置させることもできる。しかしそれにはいったん魔力を編み、双方へ接触するように如意棒型の魔力を移動させなければならない。面倒な上に、有用性は低いというわけだ。

 しかし雷火があればそんな悩みは解決する。結果はすぐわかるはずだ。

 僕は両手のひらを向かい合わせ、腰を横にひねると、両手を腰付近にとどめる。腰を正面に戻しながら両手を突き出して、左右の手に込めた魔力を重ね合わせると共に如意棒型へと変化させる。そして如意棒型の魔力を正面に伸ばしきり、左右の手首をくっつけた。さらに手首を返し、両手のひらを対象へ向けて開く。つまりかめ〇め波のような構えだ。

 その状態になると雷火の手のひら部分から放電される。鉄雷同士が相互反応して、電気を流しあっているのだ。伸びた魔力に触れ、一気に電流が前方へと走る。瞬間的に伸ばした魔力の道に電気が我先にと流れた。

 赤いせんこうと同時に電流の音が生まれる。小さい雷が正面に流れた。十メートルほどの距離まで走りきると、赤い稲妻は消えていく。そして僕は手を震わせて、大きく息を吐いた。

 これだ! これだよ! 僕はこれを夢見ていたんだ!

「で、できた。できたああああああ! ついにできたぞおおおおおっ! 雷魔法……いや『ボルト』の完成だあああっ!」

 僕は歓喜に打ち震え、叫んだ。ついにできた。

 長い間、中途半端な結果にしかならず、思い悩み、どうしたものかと考え続けた。そして今日、ようやくその努力と苦労が実を結んだのだ。

 最初の魔導具『雷火』と雷魔法『ボルト』の完成。そして合成魔法の発見と、その実験結果。すべては上手くいった。これまで遅々として進んでいなかった魔法研究が一気に進んだのだ。

「す、すさまじいな、これが雷魔法か。思った以上の結果だったな」

「今まで見た中で一番すごかったわ……ねえ、シオン。シオン?」

「シオン! 大丈夫ですの? もしかして怪我でも……」

 マリーとローズが近づいてきて声をかけてくる。

 僕が反応できずにいるとマリーは僕の肩に触れた。

「シオン!? どうしたのよ!?」

「な、泣いてますの!?」

「うえぇ、やったよぉ、僕やったよぉ……」

 泣いてしまった。嬉しかったのだ。

 だってずっと魔法に憧れを抱いて、色々と悩んで、苦しんで、それが実を結んだのだ。魔法なんて現実には存在しないと否定されていたのに、それが現実になったのだ。

 フレアが完成した時も嬉しかった。でも、一気に色んなことがわかり、色んなことができるようになって。何というか嬉しいことの連続で、たまらなくなってしまったのだ。

 馬鹿らしいと思う人もいるだろう。でも魔法が使えるなんて、普通はありえないのだ。こんなことは現実ではありえなかったのだ。それが自分の力で実現できた。それが嬉しくてしょうがなかった。

「もう、ほんと、シオンは泣き虫なんだから」

 マリーが優しく僕を抱きしめてくれた。僕は抵抗なくマリーの抱擁を受け入れる。

 父さんや母さん、グラストさんもやってきて、ローズは隣で僕の背中を優しく撫でてくれていた。

 魔法も家族もこの世界で授かった。僕はこの世界に来るためにあっちの世界で生まれて、魔法に憧れを抱くように育ったのではないかと思うほどに、この世界での生活は幸せであふれていた。

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