雷鉱石

 冬場になり、空気は乾燥しつつあった。かなり冷え込んできて、服装も冬服に変わっている。

 寒いのは嫌いじゃない。なんとなく幻想的に感じられて、心が洗われる気がするからだ。

 さて、フレアの研究を保留にしているが、次にする研究は決まっている。

 電気だ。火の次に電気を選んだのは理由がある。魔法の属性には火水風土雷闇聖などがよく挙げられるが、土と水は現象ではなく物質だし、闇と聖はよくわからない。残りは火、風、雷で、火に反応したことを見ると、魔力はそれらの現象に対して反応すると考えていいと思う。

 風は大気と変わりはしないし、そこら中に吹いているし、すでに魔力が触れていることもある。

 一応、土や水にも魔力を与えたけど変化がなかった。

 そして残りは雷しかない、というわけだ。

 さてここで疑問が浮かぶと思う。うちいしで生まれる火花の正式名称は、火花放電である。つまり火花は電気であり、火属性ではなく、厳密には雷属性であるということ。だが実際、火花に魔力を与えると青いほのおが生まれる。

 ここで僕は暫定的に、一つの答えに行きついた。僕が考える科学や物理法則やらなんやら、それはこの世界と共通ではない、あるいは魔力はその法則に当てはまらないかのどちらかであるということ。

 魔力という概念が、火花放電を『火属性である』と判断しているということ。

 地球の科学知識では無茶な理論だが、この世界は異世界であり、ここは地球ではない。今までも何度も考えていたけれど、常識や当たり前にとらわれすぎると答えを見失う。そもそも魔力自体、何なのかよくわからないし。

 とにかく火花放電は、僕の考えている分類上では火属性に当たる、というわけ。まあ、燃焼も雷もプラズマだから、広義的には分類は同じだけど。

 結果、明確な電流が生じないと雷属性の魔法は使えないのではないかという考えに至ったのだ。ひょっとして魔力は火以外には反応しないのではないかという不安はある。それでは僕が望む魔法とは違ってしまうので、そんな結末は訪れないでほしいものだけど。

 とにかく、まだ実験段階だ。僕は電流に魔力を与える実験を開始することにした。

 問題はこの時代には電気がないということだ。当然だけど。

 僕が一から作るしかないわけだ。

 個人が手軽に作れる電気となれば、やはり静電気だろう。金属やガラスの棒を毛織物や絹織物、羊毛などで摩擦して帯電させることはできる。しかし、この世界で手に入りやすい鉄は導体だ。導体はアースに触れてすぐに帯電が解消されてしまうので、絶縁体が必要になる。

 すぐ思い浮かぶのはゴム。だが、ここにそんなものはない。あれ? ガラスって絶縁体だっけ。電気を通しにくいものだっけか。そもそも、棒をこすって帯電させて、一気に放電させたところで、火花が散るくらいの電荷が移動するだろうか。

 ネオン管でもあればいいけどないし、というかそんなものがあるなら、そもそも電気があるだろう。

 ひらげんないよろしく、エレキテルを作るということならばライデン瓶が必要になる。しかしその構造まではわからないし、ライデン瓶なんて作れる気がしない。

 そもそもこの世界のガラスが、僕の知っているガラスと同じなのか、それ以外の物質も同じ性質なのか、調べないとわからない。

 デンキナマズやデンキウナギのような生物がいれば、簡単ではあるんだけどな。

 全部試すという選択肢もあるけれど、それにはかなりお金がかかりそうだ。

 オーダーメイドのガラスや金属の加工は手数料がすさまじくかかるらしい。七歳の子供がねだるには、かなり高級だし、父さんたちに申し訳がたたない。

 できるだけお金がかからず、電気を発生する装置なりなんなりがあればいいけど。

 摩擦発電機なりを作った方が確実ではあるんだけど、合成繊維も合成樹脂もないから、視認できるほどの静電気を発生させるには一苦労する。

 昔の人って静電気に悩まされることはあまりなかったって聞くしなぁ。

 さてどうするか。すぐに壁にぶち当たるな、僕は。とりあえず、父さんに聞いてみよう。

 僕は部屋から出て居間へ向かった。

 今日、父さんは休日らしく、家でくつろいでいた。

「どうしたんだ、シオン。今日は魔法の研究はいいのか?」

「うん。ちょっと行き詰まってて。それで父さんに聞きたいんだけど。電気を発生する生物とか道具とかないかな?」

 父さんはあごを指でいじりながら言った。

「電気、とはなんだ?」

 それはそうか。電気なんて言葉自体ないもんね。

「えーと、雷みたいな現象のこと」

「雷を発生させる生物や道具はないな……雷そのものではいけないのか?」

「放出した魔力を接触させたいから。雷だと不規則だし、何より危険だからね。避雷針でも立てて、待ってても、いつ来るかわからないし」

「よくわからんが言いたいことはわかった。しかし電気か……雷ほどではないが、似たような現象を見たことがある、とどこかで聞いたような」

 静電気のたぐいだろうか? 視認できるのならば、それなりの電力が発生しているということだ。どんな方法で発生させているのかな。でも現象って言ったから、自然現象っぽいな。

「グラストがそんなようなことを言っていた気がするが。よし、今日はイストリアに行くか」

「うん、行きたい!」

 今日、母さんは出かけている。どこに行っているのかは知らないけど。

 マリーは剣術の鍛錬をしたいので残ると言った。あの日から、ずっと剣術の稽古をしている気がする。僕も魔法の研究をしているけど、それはたいして身体に負担はかからない。けれど剣術の稽古はかなり疲労する。それを長い間しているというのはどうなんだろうか。

 気がかりだし、時折、休むように父さんと母さんは言っているみたい。

 僕は、少しだけ険悪になって以来、剣術に関して話すことはできなくなっていた。

 普段は普通に話す。でも剣術に関して僕が話すと、マリーは明らかに嫌がっていたからだ。僕もそんなマリーを見たくなかったので、自然と剣術のことを話すことはあまりなくなっていた。

 多分、マリーは自分を追い詰めているんだろう。けれど今のところ大きな問題はないため、様子を見守ることにしている。

 僕と父さんは男同士で街へ繰り出すことにした。ローズを誘おうかともちょっと考えたけど、さすがに父さんに手間をかけさせるし、今日はたぶん家業があるだろう。村人の生活は子供でも仕事が多いし、あまり気軽には誘えないんだよなぁ。

 準備をして外に出ると、父さんは馬を用意しているようだった。

「あれ? 今日は馬車じゃないの?」

「ああ。今日は買い出しの予定はないからな。馬だけで移動した方が早い。馬車の半分の時間で到着するぞ」

 それはそうか。でも馬に乗るのは初めてだ。ちょっと怖いかも。

「ほら、乗りなさい」

 父さんが僕の身体を抱き上げて、馬の上に乗せてくれた。

 思ったより硬い。これ、かなりお尻が痛いのでは。

 父さんは僕の後ろに乗ると手綱を引いて、馬を歩かせた。

「け、結構揺れるんだね」

「慣れないうちは、お尻が痛くなるな。少しの辛抱だ。我慢しなさい。それ、走るぞ! つかまれ!」

 僕はくらにある突起物を掴みながら姿勢を低くした。

 速い。速すぎる。馬ってこんなに速いのか。走っているというより、地面を滑っているような。人が走る時とは全然違う。でも、やっぱり振動が伝わってきて、でんが痛い。

 最初はまだよかった。数分、十数分が経過すると、ヒリヒリし始める。次第に骨まで痛みが伝わり、僕は腰を僅かに上げようとした。

「姿勢を低くしていなさい」

 父さんに言われては従うしかない。

 揺れが激しいので、無理に姿勢を高くすると落下してしまう。それはわかるし、父さんは僕の身体を抱きしめながら、馬を走らせている。つまり速度的にはそれほど出ていないのだろう。それでも速いし、お尻が痛い。これ、全力で走らせたらどうなるんだろう。僕のお尻は破裂するんじゃないだろうか。

 なんとか我慢して一時間程度。数時間かかる徒歩や馬車の移動時間を考えると、かなりゆっくり走ってくれたみたいだ。だけどイストリアに到着した頃には、僕のお尻は感覚がしていたし、ろうこんぱいだった。馬車で移動した方がよかったのではないかと思ったほどだ。

「僕、馬嫌い……」

「馬に乗れないと大人になった時に困るぞ。ずっと私が馬に乗せてやるわけにもいかん」

 想像してみた。大の男が、父親の操る馬に二人乗りしている姿を。なんか嫌だった。乗馬の練習は必要なようだ。

 とにかくイストリアには着いたのだ。文句もこれくらいにしよう。

 父さんがわざわざ連れてきてくれたのに、愚痴を言うのははばかられる。

 僕たちはグラストさんの店へ向かった。雑踏を抜けて店に到着すると、中へ入る。

「いら……おう、なんだガウェインか。今日は二人だけか?」

「ああ、少し聞きたいことがあってな。今、いいか?」

 グラストさんは嘆息しながら両手を広げた。

「忙しく見えるか? 暇すぎて、店じまいしようかと思ってたくらいだ」

 まだ昼前なのに判断が早いんじゃないだろうかと思ったけど、どうやらただの冗談のようだった。

「で、なんだよ」

「以前、雷のような現象が起こる鉱物があった、という話をしていたな? 覚えてるか?」

「ああ、らいこうせきのことか。覚えてるぜ。それがどうしたんだ?」

「実は、少し興味があってな。その雷鉱石とやらを手に入れられないかと思っているんだが」

 あれ? そんな話までいってたっけ? 僕はそういう生物か道具みたいなものはあるのか、と話しただけだ。でも父さんは手に入れる気満々って感じだった。

 先回りされてしまった。あんまりお金を払ってもらうのは気が引けるんだけど。そんな僕の思いを知らずに、父さんはさっさと話を進めていく。

「雷鉱石をか? そりゃ難しいな」

「希少なのか?」

「いや、結構見かけるぜ。鉱山にもあるし、採掘も許可をもらえば問題ねぇ。けどよ、運搬が難しいんだ。雷鉱石ってのは常に雷を放っててな、触れねぇのよ。邪魔だし危険だけど、移動もさせられねぇから、放置してるんだと。発見当時は観光に使ったりしようとした動きもあったけど、危険だしずっとピカピカしてるだけだからな、すぐに廃れたとかなんとか」

 父さんは僕に視線を送った。状況を聞いて、どうするか尋ねている感じだ。

 グラストさんの話を聞く限りでは、放電現象がある鉱石のようだ。さすが異世界って感じ。

 でも放電が激しくて触れないし、近づけないし、利用方法もないから放置している、と。

 僕としては雷鉱石自体を調べたいわけじゃなく、魔力を与えてどんな反応をするか見たいだけなんだけどな。どうしようか。アイディアはあるんだけど、なんかまずい気もするなぁ。

 だって雷鉱石って、要は発電機の役割を担っているわけだし。こんな便利なものが地球にあったら、色んな方面でブレイクスルーしそうだ。この時代、電気は発見されていないし、活用するって考えも技術もないだろう。

 それにただ雷鉱石を運搬するだけだ。周りの人はせいぜい見世物にするか、あかりに使う程度だろうと思うんじゃないかな。だったら問題はないかな。多分だけど。

 さて、あるかどうかはわからないけど聞いてみるか。

「グラストさん。白い粘着質な樹液を出す木ってあります? 独特のにおいがすると思うんですが」

「いや、知らねぇな。植物学者だったら知ってるかもしれねぇけど」

 ゴムの木はないのかな。それともまだ見つけられてないのか。異世界だし、地球と同じものがあるとは限らない。とりあえずゴムは保留か。

「じゃあマイカ、いやうんかな、っていう鉱物ってあります? ちょっと特殊な鉱物で、いくつもの層になっていて、薄くがれるような構造なんですが。結晶みたいな感じだったりするはずです。やや透明、かな?」

 正確には白雲母。絶縁性のある鉱物で、現代でも広く使われている。

 この文明で作れるものと言ったら、後はガラスくらいか。最悪、絹織物を重ねて強引に運ぶとかするしかないかも。どれくらいの電力なのかわからないから、危険だけど。

 知識が豊富な人ならもっと他に手段があるんだろうけど、僕にはこれが限界だ。ちょっとした雑学と基礎知識程度しかないから我ながら曖昧な部分も多い。ネットか専門書籍が閲覧できれば、すぐに解決しそうだけど、ないものは仕方ない。

「マイカ? いや……名前は知らねぇな。でも、同じような特徴の鉱物はあるぜ。硬度も粘度も高くないからまったく使えないってんで、利用されてねぇけど。ペラ鉱石だろ? 待ってな。昔、採ったやつがあったはずだ」

 グラストさんは店の奥に行くと、すぐに戻ってきた。手には何かの鉱物を持っている。

 白と黄色が混じったような見た目だった。昔、図鑑とかで見ただけだから、あんまり自信はないけど、多分、白雲母で間違いない。異世界にもあるんだ。

「これか? 形は面白いし、れいな見た目だから、とっておいたんだ。まあ、珍しいもんじゃないし、観賞用だな」

「見せてもらえますか?」

「ああ、構わねぇよ」

 僕はグラストさんからマイカ、白雲母を受け取ると、よくよく観察した。見れば見るほど似ている。この鉱物が僕の知っている鉱物なのかはわからないけど。

 でも、生活用品に使われている素材は、基本的に地球と同じような名称だ。麻とか綿とか鉄とか銅とか。だったら特徴が同じものは、同一のものの可能性も高い。それでも雷鉱石のような特殊なものもあるので、注意が必要だ。

 問題は、マイカをどのように加工するか。手作業でできるマイカの加工は剥がしか集成、というかそれしか知らない。

 マイカは薄く剥がすことができるため、それを重ねて貼り合わせることで、一枚のシートにする。それを絶縁体として活用する方法が昔の地球では使われていたと思う。

 そしてマイカを砕き、紙すきの要領で一枚のシートにする、という方法がその後普及した。ただ貼り合わせるよりは、紙すきで完全に一枚にした方が強度も張力も跳ね上がる。つまり壊れにくくなるし、ある程度の変形も可能、というわけ。

 しかし貼り合わせるための接着剤の代わりになるものがあるのかもわからない。そもそもマイカって砕いて紙すきするだけで、加工できるんだろうか。原料が他に必要だったりしないかな。

 それに紙すきに必要な道具が必要になる。じゃあ、スノコがいるのか?

 そのうえ大量のマイカを、砕いて水に入れて、すくうという作業をすることになる。

 もっとマイカが必要だ。というか砕いたマイカって浮くのか?

 鉱物なのに。鉱物だから重いっていうのは先入観か。でもこの世界で、僕の知識が通用するかどうかもわからないのか。

 そもそもだ、僕の知識が正しいのかも半信半疑なんだよなぁ。学生時代の知識なんて、社会人になると忘れるし、こんな知識必要ないしなぁ。というか、これ本当にマイカなのか。

 ああ、だめだ。なんか堂々巡りになっている気がする。

 僕がうんうんうなっていると、グラストさんが父さんに言った。

「で? 何しようとしてんだ?」

「さあな。息子の考えはよくわからん」

「シオンの考えか? 子供のやることってのはよくわからねぇな」

「……それはどうかな。シオンが、その子供の考えをしているとは限らんぞ」

「それはどういうことだよ?」

「見ていればわかる。恐らくな」

 僕が思考を巡らせている間も、父さんとグラストさんは待ってくれていた。

「うん、無理して作る必要はないかな。僕の目的は別のところだし。よし! ねぇ、グラストさん。この鉱石、もっと大きいのはないですか?」

「あるぜ。こんくらいだったかな。ただ結構高い上に、ただの観賞用だから役にも立たない。確か四千リルムくらいしたな」

 手を広げて大きさを教えてくれた。

 大体、六十、七十センチくらいかな。大きいな。そんなマイカなんてあるのだろうか。異世界にだけ存在するものなのかも。しかしそれだけのサイズがあれば、問題ないか。

 高いのか。うーん、僕はお小遣いを貰ってないし、何かを買う時は父さんに頼むしかない。でも七歳の子供がねだる値段じゃないかも。どうしよう。

 四千リルムか。リルムというのは、この国の通貨単位だ。五十リルムでじゃがいも一個、という言葉がある。

 じゃがいもは不作の時でも収穫できることが多く、値段は据え置きになりやすい。そのため値段の基準にされることが多いようだ。つまりじゃがいも八十個分の値段。まあまあ高い、のかな。

「どこに売っている?」

 僕が何か言う前に、父さんはグラストさんに平然と聞いた。

「交易所だな。ずっと置いてあるから、値段は変わってねぇと思うぞ。誰も買わねぇし、観賞用としても人気があんまねぇみたいだな」

 僕は慌てて、父さんの服を引っ張る。

「と、父さん、まさか買ってくれるの?」

「当然だ。必要なのだろう?」

「そ、それはそうだけど。でも高いし」

「子供が値段を気にするな。それに、シオンは今まで物をねだったことは一度もないだろう。マリーにはそれなりに買い与えてきたし、問題ない。いいか、シオン。もう少し、父さんにわがままを言っていいんだ。ダメならダメと言うし、いいならいいと言う。何も伝えずに我慢する必要はないんだよ」

 父さんは僕の肩に手を置いて、優しい笑顔を浮かべる。

 この人が父さんでよかったと思った。僕が父親になった時、こんな風にできるとは思えない。

「…………子煩悩な父親だな」

「うるさいぞ、グラスト。私は父親なんだ。子煩悩でない方がおかしい。ではシオン、交易所に向かうか」

「あ、その前に、試したいんだ」

「試す? そういえば、この鉱石を何に使うか聞いてなかったな」

 まったく用途も聞かずに買い与えるなんて。僕は苦笑しながら、答える。

「この鉱石は絶縁体、えーと、電気を、じゃなくて……雷みたいなものを通さない、可能性があるんだ。だからこれを使って、雷鉱石を運べたらなって思って」

 雷鉱石が採掘場にあるとして、そこで魔力を与えて、研究をすることはできる。でもそれでは人目につくし、父さんとの約束を破ることになる。魔法の研究は隠れて行うようにしなければならない。僕も、別に魔法をひけらかしたりするつもりはないので、異論はない。

 僕はただ、魔法が使いたいだけだからね。

 僕の答えを聞くと、父さんとグラストさんは顔を見合わせる。

「それは本当かシオン」

「わかんない。だから試したいんだ」

「なぜそれを知ってると聞いても、意味はないんだな?」

「………………うん」

 僕は七歳の子供。人が知らない知識を持っていれば、げんに思って当然だ。子供はおかしなことを言うものだとしても、それは常識のはんちゅうのこと。僕が話している内容は明らかに異常で、普通ではない。

 それを今まで父さんが受け入れてくれていたのは、父さんが寛大だったというだけ。普通の人は、僕のことを気味悪がるだろう。もっと追及してくる方が当たり前だし、魔法の研究をやめさせるべき、と考えるだろう。

 でも父さんは、ただ何かを考えて、

「そうか、まあいいだろう。では、採掘場で試してみるか。近いんだろう?」

 と簡単に言ったのだ。

 なんとなく想像はついていたけど、僕は感謝を禁じ得ない。こんなにいい父さんの子供に転生できてよかったと心の底から思った。

 グラストさんは後頭部をいて、何やら思案顔だったけど、僕に質問することはなかった。

「ああ、徒歩でもすぐに行ける距離だ。んじゃ、行くかね」

 グラストさんは僕の頭をぽんぽんとたたき、外に出ると店の扉に鍵を閉めて、閉店のプレートを扉に下げた。

 いいのかなと思ったけど、グラストさんは何も言わなかった。

 だから僕も何も言わなかった。ただなんとなく、引っかかる。あまりにとんとん拍子に進んでいるから、少し不安なのかも。まあ、気にする必要はないかな。

 そう思い、僕は父さんたちと共に採掘場へと向かった。

 街から徒歩で十分くらいの位置に採掘場はあった。思ったよりも近い。イストリアでは採掘業が盛んなのだろうか。僕たちが入れるということは一般開放しているんだろうし、採掘場は沢山あるのかも。

 採掘員たちが鉱石を運搬しているが、それ以外にも普通に道を通る人がいた。鉱山だけど、別地域に行くために通る道でもあるらしい。そのため、旅人や商人の姿も散見された。

 採掘場には二区画あり、一つは採掘員しか入れない独占区域で、もう一方は許可さえ取れば一般人でも入れる採掘区域らしい。多少のお金を払って入れば後は自由に採掘が可能だ。

 ただ一般開放されているだけあって、あるのは安い鉱物だけだし、採掘するにはそれなりの道具や労力が必要である。そのため大抵は赤字らしい。

 目的の雷鉱石は岩盤内ではなく、普通に露出している。通りに面して存在していたりするので、近くに看板がある。そこには『雷鉱石注意』と書かれているだけだ。

 岩場のそこかしこに雷鉱石があった。グラストさんが言っていた通り、それは放電していた。青い電流をバチバチと生み出して、発光している。高電圧の線香花火を見ている感じだ。見た目はつるつるした石だけど。

 触ると危険だし、近づけないことは間違いない。雷鉱石は大小あり、大きさに比例して、電流の強弱が変わっている。

「不用意に近づくなよ。火傷やけどじゃすまねぇからな」

 グラストさんの忠告を聞き、僕は周りを観察した。

 僕の身体と同じくらいの雷鉱石は見るからに危険そうだ。でも手のひらサイズの雷鉱石はそうでもなさそうだ。それでもかなりバチバチと電気を発しているけれど。

「それで、どうする? ペラ鉱石を使って触るのか?」

「ううん、この状態のペラ鉱石で触っても、厚いから絶縁体じゃなくても電気は通らないはず。だからこうする」

 僕はマイカをむしろうとしたが、思ったよりも硬かった。僕の力だと剥がせないかも。

「貸してみな」

 グラストさんに渡すと、簡単に層を剥がした。

 何枚か剥がしてくれたので、僕は感謝を言いつつ、剥がしたペラ鉱石を何枚も重ねて、手のひら全体を覆うようにした。手の上には薄い膜が何枚も重なっているが、少々頼りない。

 僕はそのまま雷鉱石の前に座って、不意に触った。

「シ、シオン!?」

 慌てて父さんが僕の身体を持ち上げて、雷鉱石から離れた。

 その拍子に、持っていたマイカの膜が落ちてしまう。

「な、何をしてるんだ!? 怪我はないか!? 火傷は!?」

 そう言って、父さんは僕の手を何度も見ていたが、怪我はない。

 無事だとわかると、父さんはほっと胸をでおろす。

「まったく、危ないことはするなとあれほど」

「ごめんなさい、父さん……でも、ほら、何ともないよ。やっぱりあれはマイカだったみたい。絶縁体だった」

 父さんが僕から手を離す。

 僕は地面に落ちているマイカの膜を集めると、父さんに見せた。

「……焦げても焼けてもないな。絶縁体というのは、この雷、ではなく電気を通さないんだな?」

「うん。半信半疑だったけど、これで実証されたね」

 僕たちが話していると、グラストさんが言った。

「それで触れば問題ねぇってことか……貸してみな」

 グラストさんは僕の手からマイカの膜を奪い取ると、手のひらの上に重ねた。そのままちゅうちょなく、雷鉱石に触る。

「確かに、何も感じねぇな。完全に防いでやがる」

 驚きの表情のまま、グラストさんは僕を見た。

 その目に強い疑問が浮かび始めると、僕は慌てて言葉をつないだ。

「と、とにかく、これでペラ鉱石だったかな、それが絶縁体だってことはわかったし。後は大きめのペラ鉱石を購入して、雷鉱石を運べばいいだけだね!」

 僕の目的は達成できそうだ。これだけのことでかなり時間と労力を消費したけど、しょうがない。地球みたいに文明が発達しているわけでも、便利な道具があるわけでもないんだから。

 不便だけど、別に嫌じゃないかな。魔法があるし。

 グラストさんは何か考えているようだったけど、特に何も言ってこなかった。

 さすがにまずいことをしたかも。父さんや母さんはあまり気にしないでいてくれるけど、誰もがそうだとは限らない。グラストさんは良い人みたいだけど、それは何でも受け入れるということじゃない。早まったかもしれない。

「じゃあ街に戻って、ペラ鉱石を購入して、戻ってくるか」

 そう言い放った父さんは気にした様子はなく、グラストさんをいちべつしただけだった。

 父さんも僕と同じように考えたのだろうか。でもそれが事前にわかっていたら父さんなら止めたと思うけど。そこまで深く考えなかった、って感じなのかな。僕もそうだし。

 とにかく、目的を達成できそうだし、早いところ、雷鉱石を持って帰ろう。

 色々と気になることはあったけど、僕は新たな魔法研究の材料を見つけたことで高揚していた。

 今度はフレアよりももっと魔法らしい魔法が使えるといいなと思いながら、街へと帰った。


   ●○●○


 ペラ鉱石の膜で包まれた状態で風呂敷に包み、雷鉱石を家に持って帰った。

 大きさは二十センチ程度のもの。あまり重いと運べないし、危険でもある。そのためこれくらいが限度だ、と父さんに言われたのだ。僕としては、丁度いい大きさだったので不満は一切なかった。

 それと余ったペラ鉱石は、グラストさんに譲った。半額出してくれたので、別に問題はない。良い人だ。

 結構高いのに、おいみたいなもんだからなと笑いながら言ってくれた。

 父さんとグラストさんの厚意を無駄にしないように、魔法の研究を頑張ろう。

 ちなみに雷鉱石を持ち出す時、受付の人はものすごい顔をしていた。

 さて僕は今、中庭にいる。

 雷鉱石は常にバチバチ、ピカピカするので、部屋に置いておけないのだ。それに家に燃え移ったら大変だから。ということで中庭の端っこにある、岩場に置いておくことになった。

 雷鉱石は断続的に電流を発生させる鉱物。エネルギー源が何なのかとか色々と疑問はあるけど、僕は科学者でも鉱物学者でもない。魔法が使えれば他は別にどうでもいいし、調査が必要ならするだけだ。

 離れた場所から父さんと母さんが見守っている。

 父さんは目をキラキラ輝かせて、母さんは笑顔のまま、僕の姿を見守ってくれている。

 マリーは、外出しているようだった。ちょっと気がかりだけど、今は目の前のことに集中しよう。

 外出して帰ってきたばかりだから、ローズはいない。魔法の研究を一緒にしたいとは思うけど、タイミングが合わない時は仕方ないかな。

 僕は雷鉱石の前に立ち、手をかざした。

 さて始めよう。雷魔法の実験開始だ。

 僕は右手に魔力を集める。集魔状態から、体外放出へ移行。手のひら大の魔力の玉が放出され、雷鉱石へと向かう。

 触れたその瞬間、青白い電流が一瞬だけ赤白く変色した。そしてほんの少しだけまばゆく光った。

「おお!?」

 父さんが拳を握りつつ、興奮したように声を上げた、が。

「……おお?」

 声に疑問の色がにじみ始める。

 雷鉱石は放電し続けている。通常通り。青白い電流だ。つまり、一瞬で通常の現象に戻った。

 魔力を与えたことで変化したのは、色と光量だけ。それ以外に一切の変化がなかった。

 しかも光の量がほんの少し増えただけで、たいして意味はなかった。

 さらに、火に対して魔力を与えた場合は、放出した魔力はそのまま移動をし、離れて消えていたが、雷鉱石に向けた魔力は一瞬にして消えた。

「失敗したのかしらぁ?」

「そう、みたいだな」

 それぞれの反応を見せる、僕の家族。

 落胆していることは間違いなかった。背後で戸惑いの気配がした。

 僕がその場から動かなかったからだろう。二人は僕のもとへ近づいてきた。

「ま、まあ、失敗するのは当たり前だ。今までだっていっぱい失敗して、やっと火の魔法が使えたわけだしな。気にするなシオン」

 父さんは僕の肩をポンと叩いて、慰めてくれた。その隣で、母さんが首をかしげつつ言う。

「あら? シオンちゃん、もしかして……」

 僕は肩を震わせた。それは悲しみから生まれたものではない。僕は笑っていたのだ。

「うへ、うへへっへ、へへへっ!」

「ど、どうした!? シオン! 成功してないのに、その顔になるとは……ま、まさか、何か悪いものでも食べたのか!?」

「あらあら、シオンちゃん、とっても素敵な顔になってるわねぇ。うふふ、幸せそうねぇ。お母さんもうれしくなっちゃうわ」

 僕は父さんに身体を揺さぶられた。

「死ぬな、シオン! 傷は浅いぞ!」

 仮に脳に何かしらのダメージがある場合、そんなことをしたら本当に死んじゃうからやめようね。なんてことも、今の僕にはどうでもよかった。

「うへへ、成功したぁ。やったよぉ」

「どういうことだ? どう見ても、失敗だったぞ? いや、まさか色が変わったし、光は発生していたから、成功なのか? しかし火魔法に比べるとただ色が変わっただけのような気がするが」

 僕は笑顔を我慢しつつ、説明を始めることにする。

「へへ……あ、あのね、火打石から出る火花は厳密には放電で、この電流と同じ現象なんだ。それで、魔力に触れさせると青い炎が生まれる、ってことはもう知ってるよね? この時点で、僕は二つの仮説を立てていたんだ。魔力は可燃性物質で、それ以外の特性はないということ。もう一つは、魔力は可燃性物質にもなるけど、それ以外の特性があるっていうこと。あくまで可燃性物質というのは暫定的で、それは一つの特性でしかないかもしれないけど。とにかく可燃性物質としての特性しかないなら、雷鉱石に魔力を接触させれば燃焼を起こすはずなんだ。でもそれはなかった。電流の色が変わって、光量が増えた。つまり、魔力は可燃性物質としての特性以外にも特性があるってこと。僕が想像している色々な魔法を使えるという可能性が高くなったってことなんだ」

 火、この場合は火花だけど、それに接触した場合、魔力は炎をまとう。しかし電流に接触させると変色し、発光した。つまりまったく別の現象が起こると証明されたのだ。

 科学に基づいて考察することは難しい。僕は理系じゃないし、詳しいわけでもない。僕がやっているのは色々な条件で魔力を触れさせ、その結果を見て、理論を積み重ねることだけだ。今回の実験では、魔力の性質を知ることができたというわけだ。

 あくまで一部だけど、それでもこの収穫は大きい。だって、火魔法以外にも使える可能性があるってわかったから。まだどうやって雷魔法として活用するかはわからないけど。光明は見えたのだ。だから僕は笑った。

 劇的な結果は求めてなかったんだ。僕はただ、燃えないでくれと願いながら魔力を放っただけ。それがかなった。だから僕は嬉しくてしょうがなかったのだ。

「ふむ、つまり雷魔法が使える可能性が高くなったということか?」

「うん。でも今の状態じゃ、使えないね。ただ体外に魔力を放出して接触させても、電流の性質に変化を与えただけって感じだった」

「どういう結果が出れば、成功したって言えるんだ?」

「うーん、手のひらから目標目がけて電撃を放つって感じになれば、かな」

「だが、そうなると魔法を使う方にも被害が出そうだが」

 父さんの心配は当然だ。僕も同じように考えた。

「手のひらから直接、魔力を放出させた状態で電撃を放った場合はそうなるだろうね。火魔法も同じだけど、まずは自分が怪我をしないように考えないといけない。その前に、いくつか試さないとだけど……」

「なるほどな。私としてももう少し研究に付き合いたいところだが、今日はやめておきなさい。帰ってきて、すぐに実験を始めたからな」

 父さんの言う通りだろう。

 朝出発して、採掘場に行ったり、市場で買い物をしたり、他にもついでに買い物もした。そのおかげで帰ってきたのは夕方前だったのだ。さすがにずっと魔法の研究をするわけにもいかないだろう。本当は、色々と試したいけど。

 今日は沢山わがままを言ったし、父さんには迷惑をかけた。ペラ鉱石も買ってもらったし、採掘場の採掘代も払ってもらったし。結構な額になったはずだ。ちょっと打算的だけど貴族の子供でよかったって心の底から思った。

 父さんに言われて、僕たちは家の中に戻った。

 空は赤く染まり始めている。その中で、雷鉱石が断続的に放電していた。

 僕は思った。

 夜は目立つだろうなと。

 早めに、囲いか何かを作っておいた方がよさそうだ。そんなことを思いながら、僕は家の中に入った。


   ●○●○


 雷鉱石を入手して一ヶ月が経過していた。

 最近はかなり気温が下がり、乾燥している。雪が降る日もあるくらいに、完全な冬季に突入したみたいだ。

 さて、この一ヶ月の出来事を説明しようと思う。まず毎年のことだけど、冬場は基本的に食料の保管と燃料の確保が重要になる。日本のように、どこにでも生活用品や食料がある環境ではないからだ。僕やマリーもすでに労働力として数えられているため、村に準備の手伝いに行ったり、買い出しに同行したりする日が増えた。そのため魔法の研究に割く時間はあまりとれなかった。

 それでも時間をできるだけ確保して、多少は魔法を研究することはできた。

 雷鉱石を手に入れた当日の研究結果を改めて簡単に説明しよう。

 雷鉱石に対して魔力を与えた場合、電流の色が赤くなり、一瞬だけ光量が増した、という結果が出た。なぜこのような反応が出たのか、という点に関してはひとずおいておくことにする。

 何度も試したけど、魔力を与えると同じ現象が起きた。火魔法との大きな違いは一瞬で魔力が消失するということだ。

 火魔法の場合は、火に魔力を接触させると青く変化し、魔力に火が移る。そして燃え続けた状態で移動し、放出魔力がなくなると消える、という感じだ。でも雷魔法に関しては、一瞬だけしか変化がない。これはどういうことか。

 僕は、魔力は可燃性物質ではないが、それに類する性質のある何かしらのエネルギーだと思っていた。そして魔力は、何かしらの現象を継続させる性質を持っているのではないかとも思っていた。

 燃えるには点火源と酸素と可燃物質の三要素が必要で、可燃物質の役割を魔力が担っていたと思ったからだ。でも、雷魔法の実験でそれは違うとわかった。

 火と雷の違いを考える。共にプラズマ。でも、特徴は違う。

 火は三要素があれば、燃える。何かしら燃えるものがあれば燃え続けるわけだ。つまり自然に継続する現象。

 雷、この場合は電流だけど、こっちはどうだろう。電流は電荷の移動だ。放電されればそれで終わりで、続けるにはまた電荷を移動させる必要があり、それはいわばタメが必要な現象でもある。

 雷を見ればわかるが、落雷は継続的に地上に流れ続けない。電気を流し続ける自然現象は存在しない、と思う。雷鉱石もあくまで断続的に電流を発生している。

 つまり、火と違って断続的な自然現象である、と言えるだろう。

 もちろんアーク放電のように近距離で発生する高電圧の放電のようなものであれば、継続的に現象は起こるけど。今回はあくまで一時的な放電の話だ。

 二つの違いは、継続的か断続的か。そして自然現象として継続するか、しないかという違い。

 火は魔力を与えれば燃え続ける。雷は魔力を与えれば一時的に変化し、消える。

 つまり、こういうことだ。『魔力は現象自体を増幅し、その現象を独立して起こすことができる』ような物質であるということ。

 火魔法に関しては、すでに点火しており周囲に酸素もある。だから魔力を与えることで『疑似的に燃え続ける現象を起こし続けることができる』のではないだろうか。

 雷は発生源が鉱石であり、雷を発生させるには電荷の移動が必要で、魔力はその現象を手助けしない。だから『雷魔法は一時的な変化しかしない』のではないだろうか。

 この結果から導き出される魔力の性質は、現象をそのまま増幅させるということ。つまり火に触れれば魔力が燃えるのではなく、魔力自体が火になるということ。恐らくは色の変化も、魔力が現象に変化した現れなのだろう。そして燃焼は継続し、電気は一瞬で放電されるというわけだ。

 電流に関して、光の量が増すのは、広義的な意味でのスパークをしている状態なんだと思う。

 つまり魔力内に──この場合は放出魔力の形状が球の形をしているので、その内部において──一瞬にして電流が流れ、電圧が増した、ということかも。

 これが、魔力が現象を増幅させるという考えの理由だ。

 現時点で、魔力には『触れた現象を疑似的に模倣し、現象を自ら起こす性質』と『触れた現象を模倣した後、その効果を増幅させる性質』が存在するということ。

 魔力が可燃物質でないという裏付けにもなるはずだ。

 ただこれは暫定的な考えであって、結論ではない。まだまだ研究は必要だし、改良も実用性を高めるための試行錯誤も必要だ。

 さて、ここまで判明した時点で、今に至っているわけだけど。問題は電流をどうやって魔法に変換するかだ。

 火は燃え続けるため、魔力を与えるだけで魔法に変換が可能だ。火打石で発火して魔力を与えることで、鬼火のような形を作り出すわけだ。

 だけど雷鉱石に関しては、魔力を接触させた時点で魔力は霧散する。魔力によって増幅された電流は、一瞬にして大気中に放電されるわけだ。

 電気は一瞬で流れていく。それを止めるのは難しい。

 僕は頭をひねっていた。自室のベッドの上。もはや、僕の定位置になっている場所だ。そこで僕はずっと唸っていた。

「うーん、どうしたらいいのかな……」

 放出した魔力を触れさせた時点ではじけるのならば、打つ手はないような気がする。ただ魔力による反応が生まれることを目的とするならば、これで目的は達成している。でも僕はもっと自由な魔法が使いたい。

 火魔法もそうだけど、雷魔法も実践に使える程度には昇華させたい。今のままだとまきに火をつけたり、敵に火傷を負わせるくらいしかできない。

 敵に魔力があればゴブリンを倒した時のように、魔力反応を使えるかもしれない。でもあの現象もまだ不確かだし、相手が魔力を持っていない場合は効果がない。

「雷魔法……雷魔法……雷……うーん……何か根本的に間違ってるような」

 何かが引っかかる。とてつもない間違いをしているような気がする。なんだろう。何がいけないのかな。

 僕はなんとなく集魔状態になり、手のひらから魔力を放出した。球体の発光した魔力が天井へ浮かび上がると徐々に消えていく。その様子を見て、僕はあんぐりと口を開けた。

「……トラウトと同じ現象にこだわりすぎてた?」

 トラウトの現象から魔力の存在に気づいたため、僕はトラウトの行う魔力関連の出来事に固執してしまっていた。でもそうじゃなかったんだ。そうだ。簡単なことだった。

 まさか『魔力が球体である必要はない』なんてことに気づかないなんて。

「そうか! そうだよ! 放出魔力の形が球体である必要はないんだ!」

 トラウトのこともあったけど、なんとなく魔力のイメージが球体だった。

 色々な創作物で魔力とか気とかの不思議エネルギーの形が、なぜか円状が多いからかも。

 僕は試しに『右手に集まった魔力が四角形で放出される』という意思を抱いた。すでに何千回と行ってきた集魔状態からの放出だったためか、円滑に魔力は放出される。手のひらから現れた魔力は、四角形だった。

「うお! 本当に出た!?」

 その四角形の魔力は天井に向かうと消えた。

 その後も、何度も別の形を試してみた。すると思い通りの形の魔力が放出された。固定概念は足かせにしかならないことが証明されたのだ。

 もっと柔軟に考えないといけないな。なるほど、僕は魔法を使うことに執着しすぎていたらしい。もっと魔力に関して知るべきだし、もっと試すべきだったんだ。

 形だけじゃない。今は、ただ放出させているだけだ。もっと他の命令を与えることで、複雑な動きをしたりもできるだろう。色々と試さないといけない。

「へへ……これから、これから」

 僕はほおを緩めて、魔力の放出を続ける。

 最初に比べて、一日に四十回近くまで魔力の発動が可能になっている。当然、体内へ魔力を巡らせられる一度あたりの量には限界がある。総魔力量はもう少し増えそうだけど、一度の魔力放出量は限界かも。

 今のところ、放出魔力が足りないと思うことはないから問題ないけどね。

 それじゃあ体外放出魔力への命令を色々と試してみよう。

 その日の僕は魔力へどんな命令ができるのか実験を繰り返した。その結果、夢中になってしまい、魔力が枯渇して身体が動かなくなり、家族にあきれられました。なんだがちょっとずつ家族が慣れていってる気がして、怖い。


   ●○●○


 目を覚ますと身体がだるかった。ここ最近、魔法の研究ばかりしているためか、寝覚めが悪い。ちょっと根を詰めすぎかもしれない。色々とわかってきたこともあるし、少しずつ進んでいるから、やめられないんだよね。面白いゲームのやめ時がわからないみたいな。

 とにかく、少しは自重した方がいいかもしれないな。まあ今日も研究はするけど。

 一階に下りて母さんと食事をしている最中、僕はふと窓から中庭を見る。マリーは今日も一人で剣の鍛錬をしているようだった。

 剣を振り続けている姉を見ると、何とも言えない気持ちになった。

 彼女の表情は真剣そのもので、近寄りがたい雰囲気が遠目でも感じられた。朝から晩近くまで、ずっと稽古をしている。それが毎日続いているのだ。

 しばらくすれば収まるだろうと思っていたけれど、その気配はなかった。僕も人のことを言えないけれど、マリーは少し頑張りすぎだと思う。

 母さんも心配しているようで、ちらちらと外を見ていた。

「ごちそうさま」

「おそまつさまでした」

 食事を終えると母さんは何も言わず、優しい笑顔を浮かべて食器を片づけてくれた。

 多分、母さんはマリーをとがめたりしないだろう。もちろん心配はしてるから、無理はしないでとかは言っているし、休憩するように言っているはずだ。でもよっぽどのことがない限りやめろとまでは言わない。僕の時もそうだったし。

 それを寛容と見るか、放任と取るかは人によると思うけど、僕は信頼だと思っている。

 だって父さんも母さんも僕たちを愛してくれているし、いつも気遣ってくれているから。

 でも今のマリーはさすがに放っておけない。

 触れるのが怖くて、素知らぬ振りを続けていたけど、そろそろ言った方がいいかもしれない。

 嫌われるかもしれない。怒られるかもしれない。でも、多分それは僕の役目なんだと思う。ずっとそばにいてくれた姉に対して、同じ立場だった僕だから言えることがあるはずだ。

 僕は意を決して中庭に出た。

「ふっ! ふっ! ふっ!」

 マリーが剣を振っていた。縦、斜め、突き。踏み込みながら、あるいはその場で、その型を続けていた。真剣で、僕の存在に気づいてもいない。

 彼女は九歳だ。そんな子供が一心不乱に剣を振るっている。それが強く僕の胸を打ち、締め付けた。マリーはまっすぐすぎる。周りが心配していることに気づいていても止まれないんだろう。

 僕は庭の端に移動して、じっと稽古を眺めた。

 僕が魔法の研究をしていた時、マリーは今の僕と同じように、見守ってくれていた。今度は僕がそうしようと思った。

 それから二時間程度、マリーは素振りを続け、今度は走り始めた。昼時までかなりの速度で走り続け、汗だくになり息を弾ませていた。

「はあ、はあ、はあっ!」

 鬼気迫っていると言っていい。彼女の醸し出す空気は子供のそれではない。自分を追い込む人間のそれだった。

 僕はそんなマリーの姿を見て、なんともいえない気持ちになった。強くなるには鍛錬が必要だ。そして厳しい訓練であればあるほど、成長は早いし、より高みへ行けるだろう。

 だけど今のマリーは痛々しかった。見ていられない。それでも僕は目を背けない。僕はいつでもマリーの味方で、マリーの力になりたいと思っているからだ。

 けれど、今のマリーの味方になることは、マリーのためにはならないだろう。マリーのことを思うなら、止めるべきだ。そう思って僕は口を開いた。

「姉さ──」

 話しかけようとした時、マリーが振り向いた。その目は僕を見据え、射抜いた。あまりに澄んだ瞳に僕は言葉を失い、その場に立ち尽くしてしまった。

「……何?」

 マリーは不機嫌さを隠そうともしない。いつもはもっと優しい。でも剣術の稽古中は、いや剣術のことを話すとこんな風になってしまう。

 一度、稽古をやめた方がいいと話したことがあった。あの日以来、僕とマリーの間には微妙な隔たりができている。

 険悪ではない。よく話すし、仲は良い。でも、今までみたいに仲むつまじい感じじゃない。何か引っかかりがあり、距離を置いている気がした。それが嫌だった。

 僕はマリーのことが好きで、一緒にいたいし、味方でいたかった。そしてマリーのことが大切だからこそ、剣術の稽古を休んでほしいと思ったんだ。

 だから……だから? だから僕はマリーに稽古をやめた方がいい、なんて言ったのか。

 僕が? マリーの味方であるはずの僕が『マリーの考えを否定した』のか。

「……姉さん」

「だから、何よ?」

「ごめん」

 僕はすぐに謝った。こうべを垂れて、マリーに許しを請う。

「……何について謝ってるのよ」

「僕は、姉さんの考えを否定してしまった。だからごめん。姉さんの気持ちも考えず偉そうに助言なんかしたつもりになって……僕は姉さんの味方でいなかった」

 今まで、マリーは僕の味方でいてくれた。

 魔法なんて怪しげなものに執心していることを止めもせず、助けてくれて、味方でいてくれたのに、僕は……マリーの行動や考えを否定した。ずっと味方でいてくれた彼女のことをいさめた。

 大人ぶって、上から目線で彼女のことを勝手に判断して。僕は何様なんだ。

 やりすぎは身体に毒だ。それはわかっている。時として周りが止めることは大事だ。でも僕がすべきことはそんなことじゃなかった。

 僕は大人じゃない。親でもない。マリーの弟で絶対的な味方だ。

 たとえマリーが間違っていたとしても、安全圏から高説を垂れるなんてことをしてはいけない。僕はマリーと共に歩くべきだったんだ。

 つらい時は共に辛い目にあう。悲しい時はずっと傍にいる。周りから否定される時は一緒に否定され、一緒に行動する。マリーはそうしてくれた。

 魔法なんて、存在するかもわからないのに、否定せず、受け入れて、その上で僕のことを考えて行動してくれた。その彼女に、僕はなんてことを言ったのか。

 僕の言葉は今までの彼女の優しさをすべて否定してしまっていた。そんなことに気づかず、僕は何をしていたんだ。

 自分の愚かさにいらちを覚えた。見放されてもしょうがない。そう思った。

「違うわ。そんなこと気にしてない」

 マリーの言葉を受けて、僕は即座に顔を上げた。

「でも、いつも姉さんは僕の味方でいてくれたのに、僕は……」

「確かにちょっとは思ったわよ。なんで味方になってくれないのって。でも、シオンが言っていることは間違いじゃないとも思ったし、それはいいの。いいのよ」

 よくない。よくないけれど、マリーが気にしているのはそこじゃないらしい。いや気にしているけれど、飲み込んでくれたということか。やはり気にしてはいたんだ。自省はしないといけない。

「じゃあ、その、どうして……」

 その先を、なんて言えばいいのかわからなかった。怒っているのか、という言葉は妥当ではないような気がした。別に、マリーは常に怒っているわけでもないし、僕との距離をとっているわけでもない。なんとなく、近づきがたくなっているだけで、それは態度が違っているということではないのだ。普段はまったく今まで通りだったのだから。

 僕の戸惑いを受けて、マリーは嘆息した。

「シオンが悪いんじゃないわ。あたしが勝手に……嫉妬してるだけ」

「嫉妬?」

「あたしはシオンのお姉ちゃんだから、ずっと守ってあげなきゃって思ってた。だから、ずっとシオンの味方だったし、ずっと剣の訓練をしてた。自信、少しはあったのよ。魔物相手でも戦えるはずって。何かあったら守るんだって。でもできなかった。怖かった。足が震えて、力が入らなくて何もできなかった。それで……お母様があんなことになって……あ、あたしは……」

 マリーは自分を抱きしめた。

 トラウマになっても仕方がない。怖くて、何もしたくなくなってもおかしくない。普段通りに振る舞えるマリーは強い人だと思う。けれど、そんな彼女でもあの恐怖を忘れることはできないだろう。あの醜悪な存在と対面し、平気でいられる人間はいない。

「死ぬと思った。でもお母様が助けてくれて、何が何だかわからなくなって。あたしは、ただ叫んでただけ。シオンが助けてくれなかったらみんな死んでた。生きてることが嬉しかったけれど、お母様のことを考えると素直に喜べなかった。何より……何もできなかった自分に腹が立った。そして、守る存在だと思っていたシオンに守られたことが……許せなかった」

「僕が、嫌いになったの……?」

 マリーは慌てて首を横に振って、僕に近づいてきた。

「そ、そんなことは絶対にないわ! シオンはあたしの弟だもん! 今までも、これからも大好きなまま! 許せなかったのは自分自身。今もシオンの強さに嫉妬してる、あたし自身の弱さよ。大好きなのに、シオンに嫉妬してる自分が嫌で、強くなろうって。そしたらきっと自信が持てるし、もっと堂々とできるって」

 近くで見ると彼女の手は赤く染まっている。どれほどの時間、剣を握っていたのか。激しく痛むだろうに、それを表に出さない。

「だから、稽古を続けてたんだね……」

「ええ。でもね、わかってるのよ。こんな風にやっても身体を壊すし、みんなに心配をかけるって。けれど、じっとしていると落ち着かなくて、あの日のことを思い出して。シオンの顔を見るとどうしても嫉妬してしまって。その思いを振り切りたくて」

「姉さん……」

 子供も大人と同じように悩み、そして真剣に生きている。それを僕は忘れていた。

 僕が子供の頃、こんな風に真剣に生きてはいなかった。けれどそれでも悩みはあったし、辛い思いもした。

 マリーはまだ九歳だ。それなのに色々な思いを積み重ね、必死に現実と戦おうとしてる。その勇敢さと清廉さに僕は胸を打たれた。だからか、僕は自然とマリーを抱きしめていた。あふれる思いのままに、僕は力を込めて、マリーの身体を引き寄せた。

「シ、シオン……?」

「気づけなくてごめん。姉さんが悩んでいることはわかっていたのに、僕は姉さんに嫌われるのが怖くて何もできなかった。ごめん、ごめんね、姉さん。僕は姉さんの味方のはずなのに、味方で居続けられなくてごめん」

 身長はまだマリーの方が高い。しかし、以前ほどの身長差はなくなっている。

 僕はマリーをぎゅっと抱きしめた。するとマリーも僕の背中に手を回してきた。すがるように力を込めてきた。同時に思いが伝わってきた気がした。

「あたしの方こそごめんね……シオン。嫌な態度、とっちゃったわね。ごめんなさい……」

「いいんだ。何かあったら僕にぶつけてくれていいんだ。僕は全部受け止めるから」

 マリーは何も言わず、ただ僕を抱きしめた。

 子供も大人も関係ない。誰もが必死で生きている。それが転生して気づいたことの一つだった。

 マリーの顔は見えない。でも時折聞こえる嗚咽おえつが、彼女の感情を表していた。

 僕は無言のままだった。マリーも無言のままだった。ただ互いに体温を求めるように、抱きしめあった。縋るように。互いの感情をなだめあうように時間を過ごした。

 翌日からマリーは無茶な稽古をしなくなった。


   ●○●○


 朝。中庭の雷鉱石前。

 断続的に電流を走らせている鉱石の前に僕とマリー、そしてローズが立っている。

 今日は父さんがいない。今までは父さんがいない時は実験をするな、と言われていたんだけど。マリーがいるなら、簡単な実験ならばしていいと言われた。

 それと常に近くには水をんだバケツなりを用意しておけとも。実験イコール水が必要みたいな方程式が父さんの中でできてしまったらしい。

 ちなみに終始、ローズから視線を送られている。

 その目が言っている。何してるんだ、こいつらはと。

 僕は耐えきれなくてマリーに向き直った。

「あ、あのね、姉さん」

「ん───? なあに?」

 どうしたものかと考えながら隣を一瞥した。


 近い。滅茶苦茶近い。

 マリーは僕と腕を組んで離れようとしない。頬をすりすりと腕にこすり付けてくる。

 お互いの思いを打ち明け、仲直りしてからこの調子だ。マリーは以前にも増して僕の傍にいるようになったし、密着度が増した。

 猫みたいで可愛かわいいが、姉と弟というよりは恋人のようだ。嫌じゃないけど、あんまりべたべたするとまた父さんに怒られる。

 それに何というか、このままの距離感は今後を考えるとまずいような気もする。子供のうちはいいけど。とりあえずそれは置いておいて、今は近くにいられると困る。ローズの視線も痛いし。

「ごめん、少し離れてほしいんだけど」

「どして?」

「今から、ほら、魔法の実験するからさ。近いと危ないし、ね?」

「……あたし、邪魔なの?」

 悲しそうに目を伏せてしまった。

 なんだこれ。はたから見ればイチャイチャしてるようにしか見えないような気がする。

 日本にいた時は、こういう恋人たちを見かけたら、内心でじゅを吐いていたものだ。まさか自分がその立場になるとは。姉弟きょうだいだけど。

「邪魔じゃないよ! でも、ほら、離れてくれた方が、魔法の研究がしやすいし」

 唇をとがらせて、マリーは僕から離れる。名残惜しそうに僕の右腕を見ていた。そんなに腕が好きなのかな。

「むぅ、わかったわよ」

 マリーはぷっくりと頬を膨らませつつ、不満そうにしながらも、僕から距離をとった。庭の端っこで座り、膝を抱えている。マリーはわがままな部分があるけど、説明すれば理解してくれる。しかし、さすがにローズの手前、少しは自重してほしかった。もう遅いけど。

 普段は冷静で理性的なローズだったけど、姉弟のイチャイチャを見ては大人ではいられなかったようで、ジト目を送ってきている。それはもう見事なさげすむような責めるような視線だった。彼女がここまで感情的になったのはゴブリンがやってきた時以来だと思う。後で言い訳しておこう。

 僕は小さく嘆息して、気を取り直した。さて今日の研究を始めよう。

 まずは復習だ。今日に至るまで僕はいくつかの鍛錬と実験を続けていた。それは魔力の形状を変化させるというもの。

 体外放出した魔力の形は今までは綺麗な球体だった。それは恐らく、何も命令せずに放出した場合、魔力はその形に落ち着くからだと、今は暫定的に結論を出している。だから形状を変えるという発想に至るまで時間がかかってしまったわけだけど。

 それはそれとして、魔力の形状変化においていくつかわかったことがあった。

 一つ。体外放出した時点の魔力の質量以上に魔力を増加させることが可能。

 何も考えずに体外放出した場合、直径二十センチほどの綺麗な球体の魔力が生まれる。

 しかし意思を伝えれば、魔力そのものを薄く延ばすことも可能だ。体外放出した魔力量と体積をそれぞれ六十としよう。それは固定ではなく、反比例する。つまり体積を増やした場合、魔力量は減少する。

 体積が八十ならば、魔力量は四十という風に変動するというわけだ。ただしこれは合計値が固定されている、というわけではない。この例では合計数値は百二十で固定だが、実際はかなり違う、という意味だ。

 割合の厳密な計算をするつもりは今のところはないけれど、間違いない。まあ、それは当然なんだけど。体外放出した魔力のエネルギーは変動しないわけだし。

 エネルギーは消費すれば減る。そして存在するだけでも徐々に減少していくものだから。

 この事実がわかった時点で、僕の中でいくつかの疑問点が浮かんだ。どこまで膨張させることができ、どこまで収縮できるのかだ。

 前者は、薄く延ばせばおおよそ直径三十メートルくらいまで可能だ。ただ魔力が薄すぎると魔法に昇華できない。

 着火しないし、電気も流さなくなってしまう。

 つまり、魔法として使うにはある程度の魔力量が必要になるということだ。

 ちなみに、五メートルほどの円であれば電気はほんの少しだけ通すが電流はほぼ見えない。三メートルなら一瞬だけ光り、電流はほんの一瞬だけ見える。一メートルならまばゆく光り、同時に明確に電気が目視できる。

 魔力量によって反応は違い、明らかに威力にも違いがあった。五メートル規模で電気を通してもあまり意味はないだろう。ちょっとビリッとするくらいだと思う。

 フレアに関しては、デフォルトの綺麗な球体に近い魔力でなければ着火しなかった。薄く延ばしても火はつかず、意味はなかったわけだ。

 さて、では通常の綺麗な球体よりも体積を小さくした魔力、つまり魔力を凝縮した場合はどうだろうか。電気の方は小さく光るだけで終わった。多分、体積量が少なすぎたのだろう。凝縮した分、威力はあるかもしれないが、今のところは使い物にはならない。

 フレアはどうか。こちらは少し予想外の反応を見せた。普通の火ではなく、バーナーのような火が生まれた。ガスに火がついたような反応だ。

 今までのフレアは鬼火、つまり普通の火の形だったが、濃密な魔力に火をつけると、火力という観点でみると、明らかに向上している。

 試しに、木の板に向かって双方を放ってみた。今までのフレアは普通に火が燃え移るだけ。その上、触れてから燃え移るまで時間がかかる。

 後者のフレア、暫定的に『ガスフレア』としておこう。ガスフレアを使用した場合、木の板の表面は一瞬にして焦げ、着火した。火の広がり具合は、フレアと大差はなかったが、板の表面には黒い跡を残していた。ガスフレアの方が確実に威力は上だ。

 ただしフレアの方が長持ちする。フレアの持続時間は五秒。ガスフレアの持続時間は三秒くらい。

 持続時間が違うのならば必然的に、体外放出して対象に向かって放った場合、移動距離はフレアの方が長くなるということでもある。

 フレアは十メートル程度で、ガスフレアは五メートルほどだ。これが一つ目の気づき。

 そして二つ目は、魔力の形状変化はおおざっだということ。

 三角形、四角形、五角形程度ならばできるが、それ以上になると、ぼんやりと丸くなったりする。精密な形を作るのは難しかった。

 練習不足なのかもしれないので、この部分は要検証といった感じだ。

 次に単純な形以外、例えばクモの巣とか、無数の糸のような複雑な形に関して。先に答えを言うと、それも可能だ。だが非常に難しく、思った通りの形にするのはより難しい。

 魔力の形状変化は魔力の体外放出や、おおまかな命令、つまり放出し、対象へ向かうといったようなものと比べると、非常に繊細だ。明確なイメージが必要ということ。

 人間の思考というのは複雑で不明瞭で、色々なものが混在している。イメージしても、雑念が混じってしまう。どれほど精神を落ち着かせても、よほどの精神鍛錬を積み重ねた人でない限りは、完全なイメージをすることはできないと思う。

 これも継続して鍛錬する必要があるだろう。今のところは、明確なイメージが必要な魔力形状変化はないからいいけれど。今後を考えれば、魔力を操作する訓練をしておいて損はないと思う。

 そして三つ目。魔力を体外放出させながら形状変化をする、という方法もできるということ。

 基本的に、僕は魔力放出の際、手のひらから魔力を生み出す。

 魔力放出時に接触面が大きく、イメージがしやすいためだ。

 例えば細長い円柱型の魔力を生み出す場合、僕の手のひらからまっすぐ魔力が伸びる、という方法で魔力が生まれる。綺麗な球体や四角形のような、手のひらから瞬時に生み出すことができるような形状以外は、このような方式で魔力が放出されるのだ。

 つまり西遊記のそんくうが持っている如意棒が、手のひらから伸びるような感じだ。

 一メートル程度の長さならば瞬時に放出できるけど、それ以上になると一瞬では作り出せない。

 当然だけど、伸ばせば伸ばすほど魔力量は少なくなり、体積は増える。

 もちろん、手のひらに直接魔力が触れていると電気や火が身体に触れるため、手のひらから放出するという命令も加えている。

 さて、現時点でわかっている魔力の形状変化に関しては以上だ。これを踏まえて、僕は雷鉱石の前に立っている。

 僕は右手から魔力を生み出す。如意棒型の魔力が伸びる感じだ。それが僕の手から離れて雷鉱石に触れると電流が走った。

 奥ではなく手前に。

 僕の目の前まで赤い電気が走ったのだ。バチッという恐ろしい音を鳴らしつつ赤いいばらは流れた。まばゆいばかりの光が中庭を照らし、そして消えた。

 僕は反射的に手のひらを後ろに引いてしまった。魔力は手から放していたので、手を伸ばしていても怪我はしなかっただろうけど。心臓が一瞬にしてうるさくなる。

「だ、大丈夫、シオン!?」

「怪我はありませんこと!?」

 マリーとローズが慌てて、僕の近くに駆け寄る。

 怪我はない。ただ怖かっただけだ。ちょっと予想はしていたけど、これはやはりそうなるか。

「だ、大丈夫。なんともないよ」

「そ、そう? だったらいいけど……でも、さっきの、どういうこと?」

「電気が手前に来ていましたわね。私はてっきり前方へ電気が向かうと思っていたのですが」

「フレアの時も思ったけど、魔力を消費して、魔法は生まれているんだ。だから、魔力がある方に流れてくるのは、おかしなことじゃないんだよ。魔力が雷鉱石に触れた時点で、魔力が伸びている僕の方向に流れてくるのは当然の帰結だと思う」

 マリーはよくわからないと首を傾げていた。ローズは難しい顔をして何かを理解したように目を見開いていたけど、完全にはわかっていないと思う。

 説明するのもなかなか難しい。この世界には、電気という概念は浸透していないからだ。雷はあるから、なんとなくの説明はできるけど。

 さて、先ほどの現象の検証に移ろう。

 当たり前の話。僕は離れた場所から如意棒型の魔力を生み出し、先端を雷鉱石に触れさせた。すると電気は触れた部分から魔力を伝っていく。つまり僕の手元に向かうわけだ。

 これは予想できた。思ったよりも怖かっただけだ。

 ただこの場合、フレアと違って、電気は触れた時点で放電してしまうため、対象に向けて放つことが困難だ。雷鉱石に触れた時点で、魔力の如意棒が十分に伸びきっている必要があるし、先端は対象に触れている必要がある。

 つまり、僕、雷鉱石、対象、という立ち位置になり、僕は対象まで魔力を伸ばした状態で、如意棒魔力の中心あたりを雷鉱石に触れさせなければならないということ。

 かなり非効率だし、そのためにはかなりの命令が必要で、魔力量の消費が激しい。

 体外放出し、魔力を伸ばし、そのままで固定し、中心部分を雷鉱石に接触させる、ということだ。これだけでかなり無駄な命令が多い。

 まっすぐ魔力を伸ばし、任意のタイミングで電気を流すことができればいいんだけど。ただそれは無理だ。雷鉱石は断続的に放電しているし、手に持つのは不可能。マイカ、じゃなくてペラ鉱石のような絶縁体があれば別だろうけど。そもそも魔法を使いたい時に、都合よく雷鉱石があるわけもない。

 うーん、今のままだとフレアみたいに手軽には使えそうにないかな。

 僕は心配する二人、特にマリーを宥めて実験に戻った。

 今度は放出した魔力を比較的、薄めて延ばした状態で雷鉱石に触れさせる。

 これは先ほど述べたように、直径三メートルほどの厚みのない円であれば一瞬だけ光り、電気が一瞬だけ走る。触れる時までに形状を作り上げておかなければならない。

 雷魔法はなかなかに癖があって使い方が難しい。触れた時点で、電気は魔力をらうために暴れ回る。火もそうだけど、火は持続力がある。雷は一瞬にして魔力を消費してしまうため猶予があまりないのだ。

 火魔法のフレアとは違い、雷魔法には問題が山積みだ。どうしたものか。

 色々と活用できそうな可能性は感じているんだけどな。しばらく実験をしては脳内で検証、それを繰り返していると夕方になっていた。二人も色々と意見は言ってくれたけど、結局進展はないまま、その日は終わってしまう。

 僕は、行き詰まっている現状に気づき始めていた。

 何かが足りない。このままだと多分、雷魔法はまともに使えない気がした。まだ形にもなっていないのに。そしてその打開策が僕には浮かばなかった。


   ●○●○


 自室。いつも通りの風景だけど、だからこそ落ち着く空間だ。

 僕はベッドに座りながら、じっと床を眺めていた。

 現状、魔法の研究は暗礁に乗り上げている。完全な行き止まりではなく、何か掴めそうで掴めないという感じだ。

 魔力には無限の可能性があるように思える。けれど僕は無知で、発想力も乏しい。もっと色々とやりようがあるような気もするけれど、今の状態が数日続いている。

 世の発明家は、きっとこんなおうのうを何度もしていたのだろう。彼らは努力をしている上に才能溢れる人間で、僕のような一般人とは違う。僕は才能がないのだから、才能ある人間より苦悩して当然だ。

 むしろこれまでとんとん拍子すぎた。あまりに事がく進みすぎていた。世界が僕に魔法を開発させようとしているのかと錯覚するほどに。でも、最近は遅々として進んでいない。

「問題は……雷魔法……か」

 雷鉱石に魔力を接触させる形で発生させても、実用性がない。フレアは携帯火打石があれば使えるけど、雷魔法を使用するには色々と条件が必要だ。それに思い通りの結果も得られない。今のやり方だと厳しいかもしれない。

 着眼点を変えよう。魔力をどうこうするのではなく、道具の方をどうにかした方がいいかもしれない。雷鉱石を火打石のように思い通りに使えればいいのでは。

 雷鉱石は断続的に電気を発生させており、僕が意図するタイミングで電気を発生するわけじゃない。もしも意図的に電気を発生させられるような道具ができれば、悩みはすべて解消するんだけど。でも、さすがに道具を作る技術はない。そんなことをここ数日、考えている。

 コンコンと扉が叩かれた。

 ノックするということは父さんだろうか。扉を開けると、そこにいたのは予想とは違う人だった。

「よう、シオン」

 グラストさんだ。イストリアで武器防具屋を営んでいる師。父さんの旧友で、マリーの剣を作ってくれた人だ。

 僕は一瞬だけ驚いたけど、すぐに表情を繕った。

「グラストさん、こんにちは」

「ああ、こんにちは。悪いけど居間に来てくれるか? 話があんだ」

「話、ですか? わかりました」

 雷鉱石を手に入れた時以来、グラストさんとは会っていない。僕は雷魔法の研究にかかりっきりだから、父さんが街に行く時も、同行しなかった。マリーと母さんが一緒に行くことはあったけど、僕は留守番していたのだ。

 そういうことから、グラストさんが僕に用事があるとは思えなかった。まあ、別に後ろめたいことはないし、気にする必要はないと思うけれど。

 僕はグラストさんに続いて、居間へ向かった。そこには父さん、母さん、マリーの全員が集合していた。椅子に座って、談笑している。

 空気はいつも通りなので、やはり問題のある話をするわけではないらしい。ただ、なぜかグラストさんに向けられている父さんの視線は、呆れが混じっていた。

 グラストさんは顔をらし、素知らぬふりをすると椅子に座った。

 僕とマリーが隣り合わせ、対面に母さんと父さん、その隣にグラストさんが座っている。

 僕はマリーを一瞥した。表情に、何の話なのか、という疑問を含ませる。マリーはそれを察知してくれたのか、首を軽く横に振った。マリーもわからないらしい。

「あー、それで話なんだけどよ……」

 グラストさんは横目で父さんを見る。するとこれみよがしに嘆息を漏らし、父さんが話し始めた。

「シオン。雷鉱石を採取したことは覚えているな?」

「うん。覚えてるよ」

「うむ。実はな……あの後、このバカはシオンの知識を利用し、雷鉱石を採取したらしい。今まで、雷鉱石を運搬することはほぼできなかったからな。持ち帰り、商売にしようとしたらしい」

 グラストさんは天井を仰ぎ、誤魔化そうとしていた。ただまったく誤魔化せていないけど。

「ということでな……おい、グラスト。言うことがあるだろう」

 呆れと苛立ちをグラストさんに向ける父さん。

 そこまで言われては反応しないわけにはいかなかったのか、グラストさんは気まずそうに僕を見ると、鼻の頭を掻きながら口を開く。

「あー、なんだ。その、すまんかった。おまえの知識を利用した。許可も得ず勝手に、雷鉱石を運んでもうけようとした。悪かった」

 父さんは何度もうなずきながらその言葉を聞き、母さんは困ったように首を傾げていた。

 グラストさんは視線を泳がせ、居心地が悪そうだった。

 隣のマリーを見ると、難しい顔をしていた。

 僕は考える。考えてはみたが、よくわからない。結局、思った通りの返答をするしかないらしい。

「別に問題ないと思うんですけど」

 そう言うと、グラストさんはあんぐりと口を開け、父さんは一瞬だけ驚き、小さく嘆息した。

「い、いや、おまえの考えを利用したんだぞ、俺は」

「まあ、そうなるんですかね? でも別にいいのでは」

「しかしだな、誰も考えもつかなかった方法をおまえは思いついた。それを俺はおまえに何も言わずに利用したんだ。文句の一つや二つあって当然だし、金をよこせって要求も当然の権利だぜ?」

 言われてみればそうなのだろうか。確かに、商売のアイディアを渡したということになるのかもしれない。でも、僕は別に雷鉱石でお金儲けがしたいわけじゃないしなぁ。

 それよりも気になったのは別のことだった。

「儲かったんですか?」

 グラストさんは苦虫をつぶしたような顔をしてしまった。あまりかんばしくなかったみたいだ。

「小遣い程度にはなったな……ただ、労力と現状を考えると、割に合わなかったぜ。雷鉱石は灯りに使うには不便だし、危険だ。最初は物珍しさに買う人間もいたけどよ、すぐに客足が途絶えちまって……」

 あらら、いつものグラストさんと違い、しゅんとしてしまっている。

 乾いた笑いを浮かべて、テーブルを眺めている。目に光がない。

 もしかして、あの日から今まで、雷鉱石で商売するために、時間と労力を割いたのだろうか。

「じゃあ、僕は別に何もいりません。ものすごく儲かったのなら別ですけど。あまり、その……好調だったようには見えないですし」

 これでグラストさんの話は終わりのはずだ。僕は謝罪を受けて、別に構わないと返答したのだから。けれど複雑な空気は変わらず、グラストさんの態度も変わらない。

 一体どうしたのかと父さんを見ると、再びの嘆息を漏らし、口火を切った。

「実はな、問題はそれだけではない。先ほども言ったが、こいつは雷鉱石を運搬した。あの日から今まで、雷鉱石の運搬と商売に時間を費やしたらしくてな。大量に在庫が余っているらしい」

「在庫が余ってる、ということは雷鉱石を倉庫かどこかに保管してるってことですか?」

「あ、ああ。最初は数個だけだったんだけどよ、それなりに売れ行きがよくてよ。それなら一気に運搬した方が効率がいいってんで、ある時にまとめて運んだんだ。倉庫を借りて、そこに置いてるんだ。結局、ほぼ全部売れなかったけどよ……」

「いくつです?」

「小さめのが百個くらいだな」

 採掘場では僕の身体と同じくらいの大きさの雷鉱石があったのは覚えている。さすがにあれくらい大きいのは運搬していないと思うけど。

 地球であればエネルギーとして扱えるし、需要の多様性もあるだろうから、かなり儲けることができそうではある。ただ、それは電力を活用できる科学力があっての話だ。

 中世、江戸時代あたりで電気があっても、それを扱えるような道具なんてないわけで。そうなるとただピカピカ光る置物にしかならない。

 もちろん僕には電気を使った何かを作る技術も知識もない。そんな置物をグラストさんは百個も抱えてしまっているというわけで。

 妙にしょうすいしているが、なんとなく察してしまった。結構なお金を使ってしまったのだろう。倉庫代も馬鹿にならないだろうし。鉱山から雷鉱石を運搬する際のお金も積み重なればそれなりの額になる。それがすべて無駄となれば、むしろ邪魔でしかない状態ならば、こうなっても仕方ないか。

 事情はわかった。けれど、どうして僕に話すのだろう。グラストさんはまるで、僕の心情を汲み取ったかのように話を始めた。

「そこで、おまえに頼みがあるんだ。雷鉱石をどうにか売る方法を考えてくれねぇか? 雷鉱石の運搬をするための発想と知識がおまえにはあった。だから、おまえならなんとかできるかもしれねぇと……思った……んだけどよ……」

 あー、自分の情けなさに自虐的な思考に陥っているなこれは。段々しゅくして、視線が落ちていっている。普段は気の強い性格の人って、案外打たれ弱かったりするし。それに子供に頼みごとをして、プライドが傷ついたのだろうか。

 わからないでもない。大人が子供に、頼みごとをするのは難しい。自分でできることを頼むならいいけど、本当に困っているから助けてほしいと言うのはかなり厳しい。大人にはプライドがあるからね。

 それがわかる分、何ともいえない気持ちになった。そしてそこまで追い詰められているのだろうということもわかってしまった。ここまで足を延ばしたんだ、相当困っているんだろう。

 父さんも母さんもどうしたものかと顔をしかめている。

 グラストさんが、雷鉱石の運搬を手伝ってくれたのは事実だ。それに父さんの友人だし、放ってはおけない。

 心情的には手伝いたいけど、安易に受けるのもどうだろうか。引き受けて、結局何もできませんでした、ではグラストさんに悪い。何か算段があってのことであればまだしも。少なくとも今の段階では何も案は浮かんでいない……けれど。

「わかりました。僕にできることなら、やってみます」

「い、いいのか? こんな勝手な話なのによ」

「ええ。でも、何か案があるわけじゃないので、あまり期待はしないでください。できるだけのことはしますけど、内容が内容ですし、簡単ではないので」

「あ、ああ、それでいい。ありがたい、本当に助かる!」

 グラストさんは光明を得た、とばかりに笑顔を見せた。

 そこまで期待されても困るけど。僕は子供だ。さすがに全幅の信頼を置かれているわけでもないだろう。多分、どん詰まりでどうしようもない状態だったので、わらにも縋る思いで訪ねてきたんだと思う。少しの希望があれば、多少は心が前向きになれるものだ。

 結果がどうなるにしろ、こんな状態の人をさすがに放っておけない。それにちょっと考えていることもある。ああ、商売のことじゃない。魔法の研究のこと。僕の目的と重なる部分もあるかもしれない。

 親切心と打算と妥協から、僕はグラストさんの力になると約束することにした。

「いいか、グラスト。あくまでシオンは手伝いだ。それにこれはおまえが勝手にしたことに対して、シオンが手を貸すだけ。わかっていると思うが、もし結果が思い通りでなかったとしても、シオンを責めるなよ」

「ああ、わかってるさ。当然だ。引き受けてくれただけでもありがたいと思ってんだ。悪いなシオン。面倒事を背負わせちまってよ。おまえなら、って考えちまって……なんせおまえは──」

「グラスト!」

 グラストさんが何か言おうとした時、父さんが突然、大声を張り上げた。

 居間の空気が張り詰める。何が起こったのかわからず、僕とマリーはただただ言葉を失っていた。

「い、いや、すまん、なんでもねぇ。忘れてくれ」

 今、グラストさんは何を言おうとしたんだ?

 疑問を口にする寸前で、僕は飲み込んだ。父さんの横顔が、今まで見たことがないほどに険しかったからだ。だから何も言えなかった。

 パンという乾いた音が鼓膜に届く。

「ささっ、話はまとまったみたいだし、昼食にしましょうねぇ。今日は海鮮シチューですよぉ」

 母さんが手をならし、間延びしたいつもの声を聞かせてくれた。それだけで空気がかんする。母さんがとことこと台所へ向かっていく。

 今さらながらに気づいたけど、しそうなニオイが漂っていた。料理をしている最中だったようだ。不穏な雰囲気にされて、そんなことにも気づいていなかったらしい。

 父さんとグラストさんは少しだけ気まずそうにしながらも、姿勢を正した。

「ではまずは昼食にしよう。シオン、その後はどうすればいい? 考えがあるのならば、聞かせてくれるか?」

 厳粛ながらも優しい声音が聞こえた。いつもの父さんだ。

 隣のグラストさんはまだ居心地が悪そうにしているけど、時間が解決してくれるだろう。

 グラストさんは僕に関して何かを言おうとしていたみたいだった。何の話だったのか気にはなる。もしかして僕の出自と関係があるんだろうか。僕は父さんたちの子供じゃない。それが関係しているのか。あるいは別の話をしようとしたのか。

 疑問は次々に浮かんできたけど口にはしなかった。聞けるような雰囲気じゃない。

 僕は強い疑念と好奇心にふたをして、いつも通りの顔を見せた。きっとそれが最良の対応だ。

 僕は気を取り直して、父さんの問いに答える。

「まずはイストリアに行って、現状を把握したいかな。その後のことは、その時に言うよ」

 正直に言うと、あまり考えはない。けれど少しずつ、ぼんやりと方向は見えつつあった。

 父さんはおうように頷くと、小さく笑みを見せた。

 食事をし、談笑をすると次第にグラストさんも元気を取り戻していく。お腹を満たして、休憩し、家を出たのはそれから一時間後のことだった。


   ●○●○


「──うわぁ……」

 僕は思わず声を漏らしてしまった。それも仕方ないと自分で思う。

 かなり広い倉庫は、雷鉱石で占められており、ビカビカと断続的にまばゆく光っていたからだ。

 数十センチの間隔を空けて雷鉱石が並べられている様子は圧巻だった。積み重ねることも、何かに接触させることもできないためか、床に整然と並んでいる。見た目は綺麗と言えなくもないが、電流が何かに触れて火がつけば、火事になることは間違いない。危険と隣り合わせの状況だった。

 僕は頬を引きつらせて、後ろを振り返った。

 父さんは頭を抱えて、マリーは僕の腕にくっついたまま、ぼーっと雷鉱石を見ている。

 母さんは困ったようにしていて、グラストさんは引きつった笑みを見せた。

 どうすんのこれ。話には聞いていたけど、実際に見るとこれは何というかヤバい。もう、ヤバいとしか言えない。力がなくなるくらいにヤバい状況だ。

「一晩中光るだけならまだいいんだけどよ、バチバチっていう音がうるさいって、苦情があってよ。騒音をどうにかしないと倉庫を貸さないって言われてんだ。三日後の夜までにどうにかしねぇと、この倉庫も借りられなくなっちまう。他にいい感じの倉庫はねぇし」

「期限は三日ってことですか」

「ああ、まあ、できなきゃできねぇで、鉱石を鉱山に返せばいいだけだ。まあ、鉱山に鉱石を入れるにもまた金がかかるけどよ。それに全部無駄になって、相当な赤字になっちまう。雷鉱石にかかりきりで、最近はあんまり店も開けてねぇし」

 別に期限はいい。期限内にできなければ不利益をこうむるということはないし。ただ思っていた以上に、状況はまずいということは理解した。

 百個って聞くとそれほど多くないように思えるけど、実際に見るとかなり多い。ただ、一番大きい雷鉱石でも、僕が持てるサイズだったのは不幸中の幸いだった。

 僕は倉庫内の状況を観察する。どんなことが解決の糸口になるかわからない。できるだけ状況を正確に記憶すべきだろう。

 そんな中、僕は少しだけ疑問を持った。

「どうして、雷鉱石同士の間隔を空けてるんですか?」

「それなんだが、実は近づけると特殊な状況になっちまってな」

 グラストさんは壁にぶら下げてあった布らしきものを手にする。

 見た感じ、マイカを縫い合わせたような見た目をしている。あれからグラストさんなりに改良したのだろう。

 グラストさんはマイカの布で接触面を覆い、近場の雷鉱石を押して、別の雷鉱石に近づけた。すると双方の雷鉱石が、突如として著しく電流を発生させた。互いに反応し、継続して電気を流し合っている。電流という名のひもが互いに結びついている感じだ。

「こうなっちまうと、かなり激しく電気が流れ始めて、危険だろ? だからそれぞれ離して配置してるってわけだ」

 電気反応か。個々での現象ではなく、きちんと相互に反応しているようだ。

 個別で発生している電気は断続的だけど、相互に反応している状態では比較的安定している。見た目は完全にアーク放電だ。電圧はあそこまで高くはないだろうけど、触れたら火傷じゃ済まないだろう。

「雷鉱石の精錬は試してみましたか?」

「あ、ああ。まあ、一応は抽出して鍛造までした。融点も低いし、ウチにある精錬窯で十分だったから、たいして難しくはなかったんだけどよ。問題があってな……一度、俺の店に戻るか」

 何やらまだあるらしい。

 僕たちはグラストさんに続いて店に向かった。しばらく店は休日にしているらしい。薄暗い店内に入り、そのまま扉を通って、奥の部屋に入った。

 そこはどうやら鍛冶場らしく、大きな窯と鍛冶道具、壁にはハンマーややすりなどが立てかけてあり、部屋の隅にはれんが積まれていた。道具はかなり使い込まれていることがわかる。

 グラストさんはテーブルに置いてある金属を手に取ると、僕に渡してきた。

 受け取ると、見た目よりも軽い印象を受けた。鉄ではないみたいだ。見た目は少し青いように見える。

「雷鉱石を精錬して、鍛造した金属だ」

 その割には、普通の金属に見える。ちょっと青い鉄、みたいな感じだ。純度はそれなりらしく、表面は滑らかで、比較的上手く精錬しているといえるだろう。

 でも、雷鉱石の特徴がなくなってしまっている。電気の発生はじんもない。

「電気反応というか、さっきみたいな、接触させたら電気が発生したりはしませんか?」

 グラストさんがもう一つを渡してきた。

「試してみな」

 この反応をするということは、すでにグラストさんも試してみたのだろう。

 僕は二つの金属を触れ合わせてみた。反応は、やはりなかった。

「うーん、あの、雷鉱石のきんって、どんな工程でやるんです?」

「あ、ああ。まず雷鉱石をハンマーで砕いて、粗目状態にしてから、精錬窯に入れて、特殊な素材をいくつか入れて、木炭で燃焼してから、不純物を取り出す。そんで凝固する前に鋳型に入れる。その時点だとかなり粗悪品だったから鍛造として、ハンマーで叩いておいた。結果的に強度は上がったけど、普通の金属には劣るな」

「電気発生がなくなった段階はどの時ですか?」

「砕いた時点では、ほんの少しは電気反応があったぜ。燃焼して融点に達した後になくなったのかもしれねぇな。そこからはある程度、工程がひとつなぎだからよ。詳細はわかんねぇ。燃焼させたからか、単純に抽出したからか……それとも単純に投入した素材が悪いのか」

 聞くに、せんてつの作り方に近いような気がする。

 もっと突き詰めれば鍛造方法も変わるだろうし、抽出工程も違う。煉瓦があるということは製鉄の際にはかいてつを使うのかもしれない。高炉のような水車を使う大規模なものは一個人の鍛冶師が持つことは難しいだろうし。

 砕いた時点ではまだ電気反応はあったとなると、その後のどこかで特性を失ってしまったと考えられる。普通に考えると燃焼、加熱により固体から液体になったことで、特性を失ったんじゃないだろうか。

 しかし金属を加工するには一度溶かすなり、熱すなりするのが一般的だと思う。詳しくはないのでわからないが、この世界ではそれ以外の金属加工技術はあまりないように思える。

 となれば、燃やすということを前提で何か考えるべきだろうか。

 燃やす。燃やすか。僕にとって燃やすといえば、フレアだ。フレアは火打石の小さな火花放電で、着火した火魔法だ。青い火という珍しい現象ではあるけど、普通の火と変わらないんだよな。

 ……普通の火? 普通の火、なんだろうか。火は火でも、魔法の火。見た目は青いし、魔力で燃えている。もちろん、着火時には魔力を使っているが、可燃物質に火がついてからは魔力を投入していない。それでも燃え続けるわけだけど。

 物は試しだ。やってみてもいいかもしれない。ただのひらめきだけど。

「父さん、いいかな?」

 僕は懐から携帯火打石を取り出すと、父さんに見せた。これだけで僕の意図が伝わったのか、少しの間を空けて父さんは頷いた。

「ああ、いいだろう」

 特に迷いはないのか。まあいいか。考えてもわかることじゃなさそうだし、あまり興味もないし。僕はグラストさんに振り返ると、口を開く。

「ちょっと試したいことがあるんです。精錬準備をしてくれますか?」

「まあそれは構わねぇけどよ。何をするんだ?」

「見てのお楽しみということで」

 怪訝な顔をしたが、グラストさんは特に質問をせずに、せっせと精錬準備を始めた。

 窯には砕いた木炭が入っている。僕はその前に立った。

「できたぜ。で、どうすんだ?」

「これから、僕が火をつけます。後は今まで通り、精錬をしてください」

「それだけか?」

「ええ。あまり意味がないかもしれませんが、あるかもしれません」

 これは問題解決のための試行錯誤であり、僕の魔法実験でもある。

 僕は魔力を右手に集めて、火打石を叩く。放たれた魔力が木炭に着火し、青い火が揺らめいた。

「うお!? な、ななな、なんだこりゃ!?」

「では、このまま作業を」

「いやいやいや! ま、ま、待て! 何もなかったかのように振る舞うな! い、今のなんだ!? 手から火が生まれたぞ!?」

「魔法です」

「……ま、魔法?」

 僕はちらっと父さんを見た。

 父さんは小さく頷く。

「ええ。魔法とは──」

 父さんはあまり魔法のことを広めるのはよくないと話していたけど、グラストさんは長年の友人だから問題ないと判断したのだろう。

 一通り魔法に関して説明すると、グラストさんはまだ動揺したままだった。

「こ、こんなもんがあるなんて、信じられねぇ……ガウェインたちは知ってたんだな」

「ああ。まあな」

 グラストさんと父さんが視線を交わす。二人の間に、どんな無言のやりとりがあったのかはそれだけではわからなかった。ただ、グラストさんはなぜか諦めたように嘆息して、苦笑を浮かべた。

「そうか。まあ、実際に見ちまったんだから、信じるしかねぇ。とにかく、魔法っての? それの火で精錬すれば、結果が違うってことか?」

「どうでしょう。わからないです」

「わ、わかんねぇのかよ!?」

「ええ。僕もまだ研究中で、まったくもって魔法のことはわかりません。ですので、これはあくまで試しということで。ダメなら加工せずに鉱石を活用する方法を考えるしかないですね。現状だと、かなり難しい気がしますけど」

 例えば、小粒の雷鉱石を使って、何かしらの便利な道具を作ることは困難だろう。なぜなら小さくなればなるほど放電量は減っているため、活用するのが難しくなる。電力をある程度確保するには、手のひら大くらいの質量は必要だと思う。

 少しは案があるけど、できれば比較的純度の高い状態で、小型軽量化してほしいところだ。小さく利便性が高いものがどの時代でも有用だし。

「そ、そうか。まあいい。とりあえずやってみることにする。小一時間はかかるから、外をぶらついてきていいぜ」

「いえ、僕はどうなるか興味があるので、見学してます」

「シオンがいるならあたしも残るわ」

 僕が言うと、マリーは即答した。僕の腕にしがみついたまま離れない。

 何というか、嫌じゃないけど、ちょっと動きにくい。というかグラストさんの視線がなんとも複雑そうで、こっちも複雑な気分だ。

「私とエマは少し用事があるから、すまんが二人のことを頼むぞ」

「ああ、任せとけ」

「シオンちゃん、マリーちゃん、また後でねぇ」

 ひらひらと手を振る母さんに向かって、僕たちも手を振り返す。

 父さんと母さんは鍛冶場から出ていった。

 精錬窯の前にたたずんでいるグラストさんの背中を眺める。子供から見る大人は色々な意味で大きい。

 僕も大人だったはずなのに、大人だったということを忘れてしまう時がある。二度目の人生を歩むというのは何というか、変な感覚だ。

 火がこうこうとゆらめく。室温が上昇し、肌が汗ばんだ。しかしマリーは離れない。

「言い忘れてたんだけどよ。終わった後、何かしらの礼はするつもりだ。何か考えておいてくれ」

 僕たちに背を向けた状態で、グラストさんは話した。

「それならいくつか考えていることがあります」

「い、いくつか、か。あんまり高いものとかは勘弁してくれよな」

「どっちもお金は必要ないので、大丈夫ですよ」

「そうかい。それなら安心だ。で、なんだ?」

「その前に一つ質問があるんですが。グラストさんは昔、父さんと旅をしていたんですよね? 父さんは剣術が扱えますし、グラストさんも戦えるんですか?」

「ああ、まあな。武器を扱う鍛冶師の大半は、武器を使って戦える。俺もご多分に漏れず、それなりに強いぜ。ガウェインには負けるけどよ」

「そうですか。だったら大丈夫です。それとお願いは成功した時だけでいいです。ですから、今は話さないでおきます」

「遠慮するこたぁねぇぞ。子供が気を使う必要もねぇ。って、頼んでいる立場の俺が、子供扱いするのはちょっと情けねぇな」

「いえ、遠慮というより、僕の感情的なものといいますか。先に言うと、失敗してもグラストさんは引き受けようとする気がするので」

 グラストさんは手を止めて、肩越しに振り返る。

「……ガキの頃から思慮深いと疲れるぜ」

「これが地なので。思慮深いとも思いませんし」

「なるほど。こりゃ、ガウェインもあんな風に言うわけだ」

 僕とマリーは顔を見合わせる。

「父さんが何か言ったんですか?」

「ああ、シオンがしっかりしすぎて、手がかからない。もっとわがままを言ってほしい。もっと構いたいと言っていたぜ。最近はあんまり聞かなくなってきたけどよ」

 思い当たる節があり、僕は頬をひくつかせた。

「最近は魔法の実験に付き合わせてるものね。でも、お父様も嬉しそうだし、いいんじゃない?」

「そ、そうなのかな」

 僕としてはあまり人に迷惑をかけたくないんだけど。でも親の立場からしたら、子供に頼られた方が嬉しいのだろうか。思えば、父さんは僕と実験をしている時は生き生きしてるような気が。そんなことを考えながら、僕はグラストさんの作業風景を眺めた。

 マリーはさすがに暑くなったらしく、僕から少しだけ離れて、椅子に座りながらほおづえをつく。

 それから一時間後に父さんと母さんが帰ってきて、さらにしばらくして。

「できたぜ!」

 雷鉱石の精錬が終わると、グラストさんはテーブルの上に二つのインゴットをのせた。砂と粘土でできた鋳型に入れて冷やしたものを、先ほど取り出したばかりだ。

 見た目は……少し違っている。ただの火で精錬したものは青かったが、今度はほんのり赤い。明らかに何らかの変化は生じている。

 期待と不安を胸に、僕はグラストさんを見た。グラストさんは頷くと、マイカの布を手にして、二つの金属を近づける。

 するとバチッという鋭い音が生まれ、部屋が一瞬だけ照らされた。

「うおっ!?」

 グラストさんは驚いてのけ反ったが、金属は落とさない。

 茨の道が一瞬だけ見えた。しかしその威力自体はたいしたものではなかった。鉱物同士の反応に比べれば。

 ただし、原材料の鉱物は相当な重量と質量であり、今グラストさんが持っている金属は小判程度の大きさで圧倒的に小さい。小型の状態で、電気発生があるのならば十分だ。

「で、電気反応が起きたぞ!?」

 マリーと父さんと母さんが一斉に拍手をしてくれた。

 なんだかよくわからないけど、僕とグラストさんは照れながら、後頭部を掻いた。

「で? これが何になるんだ?」

 グラストさんの疑問はもっともだけど、喜んだ本人がその疑問を口にするのかとも思った。

 僕は苦笑して、テーブルに近づく。

「ちょっとその布貸してもらえます?」

 マイカの布を借りて、金属に触れる。近くで観察すると、どうやら個体の電気反応はないらしい。つまり相互反応はあるが、個体で断続的に電気を発することはないということだ。

 僕はマイカを置いて、金属に直接触れてみた。

 一瞬、家族たちが何か言おうとしたのがわかったけど、僕は構わず金属を握る。やはり反応はない。一個体では触れても電気が流れることはないらしい。いや、微妙に髪がもわもわする。ああ、静電気が起こっている時みたいな感じか。まったく電気反応がないわけではないのか。静電気のように電荷の移動が行われてはいるということだ。つまり常に帯電している状態、ということかな。

 マイカで金属を持ち、鉄に近づけてみた。何も発生しない。これはつまり、同金属以外には反応しないということらしい。しかし人体には影響があると。

 かなり特殊な結果になったな。でも、これはこれで思った以上の成果が出たと言えるだろう。

「お、おい。何してんだ?」

「色々と試してみました。うん、なるほど、わかりました」

 今まで静観していた父さんが口を開く。

「一体、何がわかったんだ、シオン」

「とりあえず、この金属で多少は商売になりそうってこと。他にも必要なものがあるけど、多分、結構売れるんじゃないかな」

 父さんとグラストさんが首を傾げて、顔を見合わせる。この二人仲がいいな、ほんと。

「ただ、時間がないので、かなり根を詰めて作業をしないと厳しいかもしれないですけど」

「あ、ああ、三日くらいなら寝ずに作業しても問題ねぇ。何をすりゃいい?」

「……あの、今さらですけど、いいんですか? 僕みたいな子供の話を信じて」

「正直、半信半疑な部分もあったけどよ、ここまで色んなものを見せられちゃな。それに、俺なりに試行錯誤して行き詰まってたからよ、今さら子供も大人もねぇさ」

 グラストさんはニカッと笑い、僕の頭をガシガシとでた。

 言葉遣いは荒いけど、寛大な人だ。こういう人が、あらゆる分野で成功するのかもしれない。

 僕は大きく頷き、説明を始めた。

「とりあえず、この金属……えーと、とりあえず、てつらいという名前にしましょう。この鉄雷を作ってもらいます。雷鉱石をすべて精錬することになるので、これでかなり時間がかかります。そして、二種類の鉄雷を作ってほしいんです。一つは小粒の鉄雷。形状は球体がいいでしょう。もう一つは長方形の鉄雷。先ほど作った程度の大きさでいいかと思います。それを──」

 僕が説明をしている間、全員が真剣な表情で聞いてくれた。

「──以上です。できそうですか?」

「多分な。まあ、三日で全部加工するのはできるか微妙だけどよ。試作品くらいならすぐにできると思うぜ」

「じゃあ、それで。頑張りましょう」

 僕がグッと拳を握ると、グラストさんも拳を見せてくれた。互いに拳をぶつけ合うと、頷き合う。

「それでは僕は鉱石を砕いて持ってきますので」

「は? いや、て、手伝うつもりか?」

「え? はい。そのつもりですが」

 ぽかんと口を開いて、グラストさんはあきれた様子だった。

「俺はおまえにアイディアを出すことだけを頼んだ。これ以上は、さすがにわりぃ」

「ですが、一人でするのは難しいと思います。それにですね、途中で問題が生じた場合、どうするんです? 一人で解決できない場合、もしかしたら僕のアイディアが必要になるかもしれない。だったら、一緒に最後まで作業するのが当然じゃないですか?」

 隣でマリーが何度も頷いてくれていた。なぜかちょっと興奮した様子で、鼻息が荒かったけど。

 後ろからは二つのため息が聞こえ、正面からは動揺の色が見えた。

「シオンは言い始めたら聞かない。それにシオンの考えは正しい。私たちも三日間、付き合うとしよう。村人には留守をするかもしれないと事前に話をしてある。嫌な予感は的中したというわけだ」

「あらあら、イストリアに宿泊するのなんて久しぶりだわぁ。なんだかわくわくするわねぇ。うふふ」

「あたし、いっぱいお手伝いするから! グラストおじさん、何でも言ってね!」

「……すまねぇ、じゃあ頼む。ああ、あんまり無理はしないでいい。少し手伝ってくれるだけでありがたいからよ」

「ええ、大丈夫。無理をするつもりはないですから」

 グラストさんは呆れたように、そして嬉しそうに笑う。

 その日から、僕たちの戦いは始まった。


   ●○●○


 担当区分は明確だった。まず、父さんは雷鉱石を砕く役。かなりの力仕事なので、子供の僕やマリーでは時間がかかりすぎるからだ。

 そして砕いた雷鉱石は僕とマリーでグラストさんの店まで運んだ。なかなか距離があり大変だった。砕くよりも運搬の方が時間がかかるため、鉱石を砕き終えた父さんも、運搬の手伝いをしてくれた。

 グラストさんは集めた雷鉱石の精製をひたすらに続けた。一番時間がかかり、根気も技術も必要だ。精錬窯はあまり大きくないため、一回の精錬では雷鉱石数個分しかできない。しかも相当な火力のある窯の近くにいないといけないため、かなり体力を奪われる。さらに、木炭や素材を十数回に分けて投入する必要がある。

 それをひたすらグラストさんは続けた。辛いだろうに、何も言わず、何というか男の背中を見せてくれた。

 ちなみに母さんはというと。それは三日目にわかるだろう。

 作業を始めて三日。僕たちはすべての雷鉱石の加工を終えた。

「お、終わったぜ……」

 地面に倒れるグラストさんと僕、マリー。

 父さんと母さんもかなり疲労しているらしく、顔に生気がない。

 それもそのはずだ。特にグラストさんは三日三晩寝ていないから一番疲れているだろう。

 雷鉱石の運搬やらに思った以上に時間がかかり、結局、僕たちもかなりの作業時間を費やした。きちんと睡眠はとっているけど、やはり子供の身体では体力がない。

 家族の中では父さんが一番働いたと思う。僕たちの分までやってくれた。それでもかなりギリギリだったので、後半は相当急いだ。

「さすがに眠りてぇ……けど、まずは完成品の状態を確かめるか」

 グラストさんは強引に身体を起こして、背中を伸ばした。

「そうですね。動作は問題ないでしょうけど、一応確認しましょう」

 試作品を何回か作り、動作確認はしている。ただ、念には念を入れよう。

 僕たちは鍛冶場を出て店の裏庭にある倉庫へ向かった。雷鉱石を保管していた大規模な倉庫と違ってこぢんまりしているが、それでも倉庫は倉庫。それにここには僕たちの苦労の結晶たちが眠っている。

 八畳くらいの倉庫の扉を開けると、木箱が無数に積まれている。僕たちは一つ一つを外に出して、中身を取り出す。

 完成品は二種類。

 一つは『らいこうとう』だ。名前の通り光源としての用途を目的として作った。

 見た目はカンテラに似ているが、内部の構造がかなり違う。

 内部にはやや薄く延ばした長方形の鉄雷二枚を向かい合わせにして、少し距離を離して配置しており、マイカを何枚も貼り合わせた絶縁体が二枚の鉄雷の間に入っている。そのため今は相互作用をした際に起こる放電反応が起きていない。

 マイカの壁は上部の蓋に固着しており、蓋をすれば必然的に鉄雷の放電反応がなくなり、蓋を取れば相互作用が起こり、放電が始まるわけだ。

 鉄雷の下には間材を入れて電気が流れないようにしており、周囲はガラスで覆われているため内部が見えて、結構明るい。

 通常、電気を放電させると不安定で、灯りとしてはいささか扱いにくい。

 だが鉄雷同士での共鳴放電は比較的安定しているため、太い円柱状の電気が流れるようになる。アークライターやスタンガンのような感じで放電する、と言えばわかりやすいだろうか。ただし音はスタンガンほど大きくはないし、光源としては十分な効果があるはずだ。どれくらいもつのかはわからないけど。

 もう一つは『はつらいせき』だ。これは新型の火打石として考案したものだ。

 見た目はほぼ携帯型の火打石と一緒。ピンセットのような形をした金属の先端に、二センチほどの円形をしている鉄雷がはめられている。鉄雷は他金属に放電しないという特性があるため、それを利用したものだ。

 火花放電では着火させるのは簡単ではない。そのため、僕は鉄雷同士を近づけ、発生した電気で着火する装置を発案した。これがあれば魔法が使えなくとも、簡単に火をつけることが可能だ。

 火打石は壊れやすいけど、発雷石は衝撃を与えないため、しばらくはもつだろう。

 細工、裁縫関連は母さんがやってくれた。母さんはとても器用で、職人レベルの技術力を持っていたのでかなり頑張ってもらった。そのせいで、ずいぶん疲弊している様子だけど。

 この二つが、僕が提案した商品だった。

 光源と着火。この二つは生活する上で必須なのに、かなり不便に感じていた。もしこの商品があれば、かなり便利になる、と思ってのものだった。使ってみたけど、結構いい感じだと思う。みんなの反応も上々だったし。

 全員で商品を確認していたが、問題はなかったようでみんな喜びを顔に出していた。

「今度こそ、本当に終わりだ! みんなありがとよ、お疲れさん!」

 グラストさんが声を張り上げると、全員があんの表情を浮かべた。普段はしないが、家族全員で庭に座り込んだ。

 父さんも母さんも疲労から、立ち上がる気力もないらしい。

「しかし、ほんとすげぇよ、シオンは……こんなものを思いつくなんてな」

「ああ、たいしたものだ。私も鼻が高いぞ」

「シオンちゃんは本当に賢いわねぇ。お母さん、自慢しちゃいたいくらいよぉ」

 大人三人から率直に褒められて、悪い気はしないが、居心地が悪い。

 ふと、マリーの反応が気になった。また嫉妬してしまうのではと思ったのだ。

 しかしマリーはなぜか自慢げに鼻を鳴らしていた。なんでこんな反応になるのだろうか。女の子って本当にわからない。

「でも、売れるかどうかはわかりませんよ」

「売れるに決まってる。こんだけ便利なもんなんだからな。それに、もしも売れなくてもいいさ。俺はこれがすげぇ発明だと思ってるからな。みんな、本当にありがとう。本当に助かった。特にシオン。おまえのおかげで、ここまでできた。ありがとよ」

 グラストさんはまっすぐな感謝の言葉を述べ、僕たちに頭を下げた。

 本当に器が大きく、素直な人だ。まあ、自業自得の部分もあるけど、それはそれ。他人に対してこれほど率直に感謝ができる人は多くないと思う。

「いいんです。僕も楽しかったし、色々とためにもなりましたし」

「うんうん。そうよね! あたしも楽しかった」

「うふふ、お母さん、若いころを思い出しちゃったわぁ。みんなで何かを成し遂げるって、楽しいことだったのよねぇ」

「気にするなグラスト。その感謝の思いだけで十分だ」

 僕たちの言葉を受けて、グラストさんはゆっくりと顔を上げた。

 その瞬間、僕たちは四人同時にびくっと肩を震わせた。

「お、おまえらぁ、ほんどにいいやづらだなぁぁぁ、うっううっ、おれぁ、しあわぜもんだぁ。ありがどよぉ、ありがどよぉぉっ! うおおおっ!」

 号泣だった。もうそれは本当に見事に泣いていた。男泣きというやつだろうか。しかしすごい泣き方だ。それほど感動してくれたのは、こちらとしても嬉しいけど。引いてしまうくらい泣いているため、僕たちはどうしたものかと顔を見合わせた。

 しかし、なぜか笑いがこぼれてしまう。これはちょうしょうじゃない。ただ、心が温かくなり、笑いが生まれた。

 僕たちは笑い合い、グラストさんは泣き続けた。カオスな空間だったけど、なぜか幸せな空間でもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る