フレア

 翌日から本格的な実験が始まった。かなり無茶な実験だという自覚はある。

 渋る父さんを説得し、実験に付き合ってもらうことにした。僕とマリー、ローズだけでするのは許可が下りなかったからだ。

 僕としてもありがたい。やはり父さんがいる方が心置きなく実験ができるからだ。

「本当にやるんだな、シオン」

 ほおを引きつらせながらも、父さんは僕の隣にたたずんでいた。僕は上半身裸だ。そうしないと危険だからね。

「もちろんだよ、父さん。こうなったらとことん付き合ってよね!」

「くっ! 我が息子のキラキラした顔を見ては断れん。いいだろう。どこまでも付き合ってやる! さあ、来い!」

 マリーといえば、遠くの方で素振りをしている。今日はこちらに加わる気はないようだ。最近、マリーは剣の稽古をしている時間が多い気がする。

 マリーは何も言わないけれど、ゴブリンに襲われた時のことが関係しているんだろうか。心配だけど、僕はいつも通りに振る舞った。魔法がないことで悩んでいた時、マリーも同じようにしてくれたからだ。

 もし、マリーが何か思い悩んでいたら、その時は手助けするつもりだ。黙々と剣を振るマリーの横顔を見て、僕はそう決意していた。

 僕はを前に、魔力を右手に集める。

 今日は集魔した魔力と火の反応実験をする予定だ。ただし条件を少しずつ変えて実験をする。集魔量の増減による変化、火の強さの違いによる変化、火ではなく高熱に対する反応など。色々な条件を変えて結果を記録する。地味な作業だが必要なことだ。

「行くよ! 父さん!」

「いつでもいいぞ!」

 僕は魔力を火に接触させる。途端に火が燃え移る。

「熱いいぃぃっ!」

「どっこいしょ!」

 父さんがおけに入った水をぶっかけてくれたおかげで、火は消えた。

「あ、熱い! 温度は変化なし! 煙は黒めの灰色。炎の色は青。火の量をもっと増やして!」

「よし、まきを増やすぞ……よーし、準備完了だ!」

 僕は手に魔力を集める。魔力を触れさせると火が燃え移った。

「熱いよおぉおぉぉっ!」

「はいよっ!」

 バシャッと水が降りかかると、またしても火は消えた。

「お、温度に変化なし。というかわかんない! 煙も炎も色も変化なし! 次は魔力量を減らしてからやってみる!」

「よし、来い!」

 魔力量を少なくして火に触れさせると、瞬時に燃え移ってくる。

 熱い! けれど火の勢いは弱いようだった。

「あっついぃっ!」

「どりゃああぃっ!」

 手慣れてきた父さんは、滑らかな所作で桶に入れた水を僕にかける。

 手に火傷を負うほどではない。一瞬だし。でも我ながら無茶な実験だ。よく許してくれたな、父さん。

「お、温度変化はわからない! 火の量は少なかった。魔力量によって、燃え移る火力は変わる! つ、次は──」

 数時間、実験を続けると、さすがに魔力を限界近くまで消費してしまった。

 僕は疲弊して、地面に座り込んでしまう。

「シオン、そろそろ休憩にしよう。ここで休んでいなさい。飲み物とぬぐいを持ってこよう」

「う、うん。ありがとう、父さん」

 呼吸を整えているとローズがやってきた。いつも通り、整った身なりをしている。

 手を振ってくるローズに手を振り返す。ローズは特に何を言うでもなく僕の隣に座ろうとしたけど、少し距離をとって座った。ちょっと傷つく。いや、辺り一面水だらけだからしょうがないけどさ。

「びしょびしょですわね。魔法の実験ですの?」

 僕は実験の内容を話した。

 ローズは興味深そうに会話に耳を傾け、彼女にしては珍しく驚きを顔に出していた。

「魔力に火が!? 本当にそのようなことが?」

「うん。あとで見せるよ。父さんがいないとやっちゃダメだって言われるから」

「ガウェイン様に話したんですのね。その口ぶりですと許可をしていただいたんですの?」

きょくせつあったけどね。なんとか、協力してくれることになった」

「そうですの……ガウェイン様は理解がある方ですのね」

 ローズはなぜか複雑そうな顔をしていた。

 彼女の内心は読み取れなかったけど、どこかあんしているようにも見えた。心配してくれていたんだろうか。

 僕はふと、ゴブリンが家にやってきた時にローズが気遣ってくれたことを思い出した。

「ローズ。一昨日はありがとう」

「あら、何のことですの?」

「ゴブリンを倒した後、気遣ってくれたよね? 声をかけてくれて、なんていうかうれしかったよ」

「……シオンが感謝をする必要はありませんわ。むしろ感謝すべきはわたくしの方です。あなたがいてくれたからわたくしたちは助かったのですから」

 ローズの慈しみさえ感じる表情に、僕は強い安心感を抱いた。

 村人たちが抱いたであろう魔法への忌避感や、父さんが言っていた魔法の異常性を突きつけられて、僕の意志は少しだけ揺らいでいたから。もちろん魔法の研究をやめるつもりはない。けれど、周りから否定されるか肯定されるかによって、僕の心持ちはまったく違う。

 ローズの存在や言動が、僕や魔法の存在を肯定してくれているように感じて、僕の心はすっと軽くなった。父さんが協力してくれているっていうのもある。もちろん最初から味方をしてくれているマリーの存在も僕の心の支えになっている。

 とにかく、ローズはいい子だなって、そう思ったんだ。

「けれどあの力。あれは魔法の力で間違いないんですの?」

「うーん、実はまだ明確にはわかっていないんだ。魔力を持つ相手に反応が起きたっていうのは間違いないと思うんだけどさ。だから魔力を持つ者同士では使わない方がいいと思う。ローズも気をつけてね」

「わかりました。気をつけますわ。けれど魔力はすさまじいですわね……想像よりもはるかに様々な可能性を持っているのかもしれませんわ」

「そうだね。僕もそう思う。だからこそ楽しみでもあるんだけどさ」

 僕が笑うとローズも笑う。不思議と壁は感じない。マリーみたいに一緒にいた時間が長いわけじゃないけど、多分もう僕たちは友達なんだろうな。

 不意にローズが素振りをしているマリーに視線を向けた。

「珍しいですわね。いつもシオン、シオンと言って、そばにいますのに」

「そ、そんなに傍にいるわけじゃないよ」

「そうですの? わたくしから見れば、いつも二人一緒にいる印象ですわよ?」

 否定しようと思ったけど、確かにいつも一緒な気がする。むしろ離れていることが珍しいというか。もちろん常に一緒にいるわけじゃないけど、多くの時間をマリーと過ごしている気がする。

 はたから見ればべったりしてるって思われるのも無理はないかも。

「一昨日のことがあったせいかもしれませんわね」

「そうだね。多分、大丈夫だとは思うけど」

「あの子、結構頑固ですものね。自分で決めたら曲げないんですもの。その度にこっちが折れないといけないことも多くて大変ですわ」

「な、なんか姉が申し訳ない」

「ふふふ、気にしなくてもよろしくてよ。それもマリーの良いところですもの。確かに周りを巻き込むことも多いですが、どんな時でも助けてくれる、とても優しい子ですから」

「……うん。僕もそう思うよ。自分の姉ながらね」

「何かあった時は味方になってあげてください。きっとマリーもそうしてほしいでしょうし」

 ローズの何気ない一言に僕は大きくうなずき返した。

 マリーはずっと僕の味方でいてくれた。だからもしも何かあれば、僕が傍にいて味方になるべきだ。たった一人の姉なんだから。


   ●○●○


 それから一ヶ月が経過した。父さんがいない日は火属性魔法の研究は危険なのでやめて、魔力の鍛錬に時間を使うようにしている。時折、マリーとローズが手伝ってくれたけれど、マリーは以前ほど積極的ではなく、剣術の練習をしている時間が多かった。

 一ヶ月間で判明したことはいくつかあった。

 一つ。集魔した魔力放出量によって燃え移る火の量は変わる。

 魔力が多ければ多いほど、手にとどまる火の強さが決まる。僕が抱いている魔法のイメージと、この部分は同じだった。魔力消費量に伴って、強力な魔法が使えるってことでいいだろう。

 二つ。色々な燃焼を試してみたけど、火以外でも反応した。高温であれば一応は着火するらしい。

 三つ。帯魔状態で触れても、普通に燃え移るだけ。これは当然だが、帯魔状態だと普通に人体に火が燃え移るような反応だった。火の色も赤いまま。つまり普通に燃えた。

 四つ。これは集魔に関係することでもあるけど、手袋のように身体の一部を覆っている状態で、集魔をしても、魔力は衣服を通して体外に放出される。

 そしてその状態で火に触れさせると、同様に火が燃え移り、手袋が燃える。

 以上の四つをまとめると魔力量によって火力を調整できるが、身体に燃え移るので実用性はなく、危険ということがわかった。そして魔力は、どうやら可燃性物質のような役割をしているということがわかった。

 ただこれは一つの性質でしかなく、それがすべてではないはずだ。魔力の反応によって、様々な変化があるし、他の現象に対しても実験をしようと考えてもいる。

 一ヶ月、色々と試したがこれ以上の成果は得られないと判断した。

 そして現在、僕たちは居間にいた。

 テーブルにつき、僕と父さん、マリーとローズは話し合いを始めていた。

 ローズが魔法研究に参加していたことはすでに父さんも知っているし、今後の参加の許可ももらっている。ただ、危ない実験をする場合はより気をつけるように言われている。よそ様の子供だし親としては当然の対応だろう。

 話し合いを始めるにあたり、父さんがまず口火を切った。

「シオン、この実験、なかなかに有意義だったと思うが、どうも先に進んでいる気がしない。魔法とは火などを生み出すものだと言っていたな。生み出すという段階が難しいことはわかる。そこで私たちは火を扱うという目的に絞っている。その上で発言するが、このままではそれも難しそうだ。ただ魔力に火が燃え移っているだけだからな。多少の調整はできるが、そこでとどまっては意味がない」

「そうだね。父さんの言う通りだと思う。初期段階としては、炎を手のひら、あるいは手自体に宿らせて、それを別の標的に向けて放出するか、飛ばしたいんだ。でもそこまではいきそうにない」

「火を通さない手袋をはめることができればあるいは……しかし、そんなものは存在しない」

 完全な防火手袋なんてこの世界にはないはずだ。そんなものがあれば、この世界の消火活動は楽だろうけど。

 僕と父さんがどうしたものかとうなっていると、マリーがおずおずと言い出した。

「ねえ、あれは? トラウトの光の玉。あれって魔力の玉だったんでしょ? だったらあれができれば手から離れた状態で火を移せるんじゃ」

「うん。それは僕も考えたんだけど、なかなかできなくて……」

「え? できるわよ?」

 マリーは軽く言うと、手のひらを上に向ける。するとすぐに手のひらから小さな光の玉が浮かび、そのまま上空へ浮かぶと徐々に消えた。

「……へ? ど、どどど、どうしてできるの!? というかいつの間に、集魔までできるようになったの!?」

「シオンにやり方を聞いて、自分でやってみたらできたの。でもシオンほど魔力放出量だっけ? それは多くないみたいだけど。ローズもできるわよね?」

「ええ。できますわよ」

 言うとローズもマリーと同じように魔力を体外へ放出した。れいな光の玉が浮かび上がると消える。マリーよりも少し光が大きかったように見えた。

 いつの間にか二人ともできていたらしい。これが天才というやつか。

 僕は魔力鍛錬に時間を費やしたのに、マリーは剣術の練習を、ローズは家業を手伝いながら、片手間で集魔どころか、魔力の体外放出までできるようになっていたのだ。

「まあできるようになったのは最近だけど」

「それにシオンもできるものと思っていたので、言いそびれていましたわ。申し訳ありません。次からはすぐに伝えるようにしますわ」

 言おうとしていたことを先に言われてしまった。これではなんで言ってくれなかったのか、と問いただすことなんてできない。まあ、責めるつもりはないけど。

「そ、そうしてくれると助かるよ。でも、二人ともそれどうやってるの?」

「普通に。手のひらから出そうとして出してるわよ? でも結構難しいのよね、これ」

「繊細な調整が必要ですわね。少しでも気を抜くと成功しませんわ」

 とか言いながら二人ともぷかぷかと複数の玉を浮かばせている。僕は一つもできないのに。

 無力感にさいなまれつつも、僕は前向きに考えることにした。人にもできるということが実証されたのだ。だったら僕にもできるはず。

 でも僕は一度も体外放出ができていない。二人は簡単にやっているけれど。

 手のひらから浮かぶ玉のサイズ、そして集魔の状態を観察する。大きさはピンポン玉くらい、僕に比べるとかなり薄い魔力の膜が張っているだけだ。魔力放出量の差があるのはわかる。でも、それにしてもかなり光が弱いような。

 ひらめいた! 僕は手のひらに魔力を集中させた。そして、意識を集中して魔力を放出させようと、意思を込める。次の瞬間、野球のボールくらいの光の玉が浮かび上がると、そのまま上空へのぼって消えた。

「あら、できたじゃない」

「私たちのものよりも少し大きかったですわね」

「できたのか? 私には見えないのが歯がゆいな……しかしどうやったんだ? 今までできなかったんだろう? それが突然できたのはなぜだ?」

「えーと、体外放出する魔力量の調整がおかしかったんだと思う。一度の総魔力放出量が百として、今の僕の集魔は八十くらいが限界。右手に集まった八十の魔力を、僕はそのまま体外に放出しようとしたんだ。でも放出するには、手のひらに魔力を残さないといけなかったんだ。放出にはエネルギーが必要だし、手のひらに残った魔力があるから放出することができるわけだからね」

 天井に付着した水分から水滴が落ちる状態を想像すればわかりやすいだろう。水分すべてが地面に落ちることはなく、幾分かの水分は天井に残る。それを強引にすべての水を落とそうとしても無理があったのだ。

 考えてみれば、集魔時に身体に何割かの魔力がどうしても残る理由にもつながる気がする。身体に帯びた魔力をすべて吐き出すことはできず、そして吐き出すには相応の魔力が必要になる。

 必然、放出には六十程度の魔力しか込められないということになる。かなり非効率的な気がするけど、今は気にしなくていいかな。

「早速外に行こう!」

「ああ、私も行こうじゃないか!」

「はぁ……もう、二人して楽しそうでうらやましいわ」

「まあまあ。わたくしたちも行きますわよ」

 やる気満々の僕と父さん、あきれたようにしながらもどこか楽しそうなマリーと、そんなマリーを連れてくるローズ。

 僕は三人を伴い外へと向かった。

 いつも通り焚き火を準備してくれる父さん。ローズとマリーは水みを手伝ってくれている。

 僕も上半身の服を脱ぎ、桶に水を入れた。

「よし、準備できたぞ、シオン!」

「じゃあ、行くよ!」

 手を焚き火に向けて、手のひらに集魔し、体外放出する。

 手から離れた魔力が火に触れると、青いほのおを放ち始める。その状態のまま上空へ浮かび、そして途中で消えた。

 青い炎は僕の手から完全に離れたのだ。

「お、おおおおおっ! で、できた!?」

「おおっ! 浮かんだぞ、シオン!」

 喜びから、笑顔になる僕と父さん。

 マリーは呆れたように笑いながら、ローズは素直に嬉しそうに拍手してくれた。

 ついにできた! これが魔法だ! え? しょぼい? いいんだよ! まだ試作段階なんだから!

 僕が知っている魔法に比べればお粗末なものだ。だって火がただ浮いて消えるだけだから。でもこれを僕が考え、見つけ、生み出したということが重要なのだ。

 この世界には魔法がなかった。その魔法を僕が見つけたのだ。そして何よりも嬉しいこと。魔法が使えたということ。それが嬉しくてしょうがなく、僕は思わず涙を流した。

「ううっ、ま、魔法が使えた、魔法が……うへ、うへへへっ、へへっ」

「おお! いつもの気持ち悪い笑顔が出たぞ、マリー!」

「ふふふ。おめでとう、シオン」

「本当によかったですわね」

 三人が祝福してくれた。それは嬉しかったけど、僕にはまだやりたいことが残っていた。涙を拭うと、ポケットからあるものを取り出した。

「それは……携帯型のうちいしか?」

 そう、これは片手で使える火打石だ。小さなピンセットのような形をしており、先っぽには火打石が固定されている。かなり小さく、火花も小さい。大きめの火打石の方が火がつきやすいため、家ではそっちを使っている。

「ちょっと、見てて」

 僕は正面に手を差し出す。その手には火打石を握っている。そのまま魔力を集めて、体外放出する瞬間に火打石をたたいた。

 瞬間、生まれた火花が魔力の中ではじかれ、炎となって燃え上がった。その火の塊は僅かに空中に浮かび、消える。

「い、今のは!? シオン、今のはまさに魔法だったんじゃないか!?」

「す、すごいじゃない! そんな使い方があるなんて思わなかったわ!」

「火が……すごいですわ。これが魔法……!」

 僕はしたり顔になり、後頭部をいた。

 三人とも自分のことのように喜んでくれた。

 僕はずっと考えていた。火を起こして、それを魔力に移す。それではただ別の可燃物に火をつけているだけだ。魔法というにはお粗末ではあるという自覚はあった。だから次の段階を事前に考えていた。それも体外放出ができてからのことだと思っていたので、これほど早く実現できるとは思わなかったけど。

 とにかく、僕は実現できたのだ。試作魔法を応用段階にまで進められた。まだ改良の余地はある。だってまだ、ただ火の玉が浮かぶだけだ。僕が目指すイメージは、まっすぐ対象に向かう感じ。それが実現するまではまだまだ時間がかかりそうだ。

 でも、確かに僕は魔法を使った。三十年以上も思い焦がれていた魔法が使えたのだ。これが現実なのかという不安を抱くほどに、僕はふわふわした心境だった。

「えへ、うっへっへ、魔法使えた。やった。できた。僕、できた」

「嬉しさのあまり、シオンがいつも以上に気持ち悪い笑みを浮かべているわね。その上、言語能力が著しく落ちちゃってる……」

「いつもはりんとしていますのに……いえ、そうでもないですわね。よくよく考えれば、たまに表情が緩んでいましたから、いつも通りということかしら……?」

「よっぽど、嬉しかったんだろう。二人とも、今はそっとしておこう」

 三人の生暖かくもちょっと引いた視線を受けつつも、僕は幸福に満たされていた。

 ああ、ありがとう異世界。魔法を僕に与えてくれてありがとう。これからも頑張って、魔法学を開拓していくから。もっともっと魔法を使えるように頑張ろう。改めて、そう決意した。


   ●○●○


 それから一週間。事件から一ヶ月以上が経過した。

 ゴブリン襲来以降、村の人全員からお礼を言われたり、色々と心配されたりしている。中にはちょっと僕とは距離をとっている人もいるけど、僕がやったことを考えればそうなって当然だろう。

 父さんは領民たちに詳しく説明していないと思う。説明しようがないし、真実を話しても、混乱させるだけだし。だけど口外しないように、という話だけはしているらしい。

 領民の人たちは優しいが、全員が全員、黙っているかは疑問だ。今のところ問題はないけど。

 それと母さんに関して。嬉しいことに母さんの怪我は問題なく完治した。そのため今日から家事を始めることになっていた。まだ、病み上がりだから少しずつではあるけれど。

 そして朝食を終えた家族四人は、居間に集まっていた。

 魔法のことや、ゴブリンのことを母さんにはまだ話していなかったのだ。傷に障るし、静養してもらおうと思ってのことだった。経過はよく、傷跡もほとんど残っていないらしい。

 以前と変わりなく元気な様子で、僕たちは心の底から安堵していた。

「それで、どんな話なのかしら?」

 柔らかく笑う母さんを前にして、僕は事情をすべて話した。途中で父さんとマリーが補足を入れてくれたりもした。父さんに話した内容とほぼ一緒だ。

 僕が話し終えると、母さんは言った。

「あらあらそうなの。よくわからないけれど、シオンちゃんの好きにしていいわよぉ」

 簡単にそう言われて、僕は面食らった。でもすぐに思い返す。いつも優しくて見守ってくれている母さんだから、すぐに得心がいった。

 柔和な笑みを浮かべている母さん。すべてを受け止めてくれたおおらかさに、僕は感謝した。こんなに寛大な親はそうはいない。この家族に生まれたことを心の底から感謝した。

「でも、これからは何かあったらお母さんやお父さんに言ってねぇ。きっと力になれるし、なれなくても話すだけでわかることもあるのよ」

「うん、今度からはそうするよ。父さんとも約束してるから」

「ふふ、じゃあいいわ。頑張ってね」

 僕は戸惑いつつも母さんのニコニコ顔を眺めた。父さんもそうだけど、僕の両親は寛大すぎる。でもだからこそ、僕は自由でいられるんだ。

 強い感謝と敬愛をもって、僕は笑みを浮かべる。そして決意を新たにした。これで憂いはない。これからはもっと魔法の研究にいそしもう。

 さあ、頑張るぞ!


   ●○●○


 しばらくして。

 家の修理も完全に終え、色々と落ち着いた時期を見計らい、また剣術の稽古が始まった。

 マリーとローズを中心に剣術の稽古をしているけど、僕は周辺を走り回るだけ。

 魔法の研究がしたいけれど、父さんに身体を鍛えることも大事だと言われ、鍛錬を続けることになったのだ。まあ、魔法を使えても、身体が動かないと後々困りそうではある。何があるかわからないし、魔物がまた来るかもしれない。だったら鍛えることにも意味があるだろう、と無理やり自分を納得させた。

 今、マリーとローズは試合をしている。どうやら互いに実力がきっこうしているようだった。

 マリーは身体能力でほんろうしつつ攻撃を繰り出す速度重視のタイプで、ローズは動きを最小限にしつつ攻撃をさばき、タイミングを見て攻撃をするタイプ。

 子供なので非力なのは当然。だからこそ一撃で相手を倒すというやり方はできないのだろう。もちろん、二人の素質を考慮して、父さんがそれぞれの戦闘スタイルを勧めたんだろうけど。

 しっかり見て対処するローズに対して、マリーは本能的とも言えるほどに動き回る。フェイントを混ぜた攻撃の連続にローズは対処できない。

 けんせんが十を超えた時、ローズの腕にマリーの木剣が当たった。

 ローズの手から木剣が落ちる。同時にローズは腕を押さえつつ、膝を折る。

「くっ! ま、負けましたわ……」

 マリーとローズは激しく息を切らしていた。限界まで戦ったということだろう。

「よし! 今日の稽古はこれまでだ!」

 父さんの声と共に、稽古は終わった。

 ローズは負けたことを気にした風もなく立ち上がり、木剣やらを片付けている。

 二人の試合を何度も見ているけど、ややマリーが優勢という感じだろうか。ローズは視野が広く、マリーの攻撃に対処することもできるけれど、それも長くは続かないという感じだ。

 ローズが汗を拭いつつこちらへやってくる。

「お疲れさま、ローズ」

「ええ、お疲れさまですわ。ずっと走ってた割に、あまり息切れしていませんわね」

「だいぶ慣れたからね。さすがにこうも走り続けてたら体力もつくよ」

「それもそうですわね」

 なんとはなしに言った言葉だったけど、ローズは考え込むような仕草を見せる。

「どうしたの?」

「わたくし自身のことですが、あまり成長が見られないと思いまして」

「そんなことないと思うけど……」

 マリーに負けたことを気にしているのだろうか。見た目では気にしたそぶりはなかったのに。

 ローズはあまり感情を表に出さないからな。冷たいわけじゃなくて、つらさとかを見せないというか。

「本当は魔法を組み込めないか考えてもいるんですのよ。けれど魔法を使う時、片手を使う必要がありますから、剣を片手で扱えなければなりません。それでは満足に剣を扱えませんの」

「その考えは正しいぞ、ローズ」

 父さんが感心したように言う。

「子供のような非力な人間には片手で剣を扱うのは難しい。もちろん軽量のレイピアやナイフを扱うという方法もあるが、それは今の段階ですべきではない。長剣を扱うのは基本中の基本だからな。肉体的に成長し、技術を得た上での選択肢としては悪くはないがな」

「そうですわね……残念ですが、わたくしには魔法を戦いに活かすのは難しそうですわ。今のところは、ですが」

 僕みたいに魔法を使うだけだと割り切れば話は別だけど、前線で戦う剣士のローズには魔法を扱うことは難しいみたいだ。今後、魔法の研究が進めば事情も変わるかもしれないけど。

「では、そろそろわたくしは帰りますわ」

「ああ。気をつけて帰りなさい」

「またね、ローズ」

 ローズを見送ると、ふと僕はマリーの姿を探した。まだマリーは中庭に残り、素振りを続けていた。ここ数週間、毎日のことだ。マリーは稽古が終わってもずっと一人で黙々と鍛錬を続けている。

 ゴブリンが家にやってきて以来、マリーは変わってしまった。普段は普通だけど、剣術に対して、かなり執着するようになったのだ。

「マリー、今日はそれくらいにしておきなさい」

「まだ大丈夫。ご飯までには戻るから。いっぱい稽古した方が強くなるってお父様も言っていたでしょ?」

「それは言ったが、それにも限度が……」

 父さんがいさめるくらいに、マリーは根を詰めすぎているような気がした。今回に限っては父さんに同感だった。

「姉さん、父さんがこう言ってるんだし、そろそろ」

 僕が言うと、マリーは手を止めた。わかってくれたのかと思ったけれど、マリーは僕をにらんだ。

 そんな顔を見るのは初めてで、僕は面食らってしまった。いつも一緒で、仲の良かった相手からの怒りが自分に向けられているという事実に。僕はひどく動揺し、心臓が早鐘を打ち始めた。

「わかったわよ。シオンが言うなら……そうするわ」

 だが睨んだのは一瞬だけで、すぐにうつむいて、マリーは家に入っていった。

 その反応に僕は何も言えなかった。ただ動揺し、その場に立ち尽くした。するとポンと頭に何かが触れた。

「気にするな。マリーは少し気が立っているだけだ」

「…………うん」

 色々とあったし、怖い目にもあった。あんなことに遭遇したら、今までと同じではいられないだろう。

 ゴブリン襲撃後、父さんも母さんも普通にしているが、内心では色々と思うことがあるはず。

 僕にもあれ以来、魔物から自分や家族を守るために、魔法を使おうという考えが生まれた。

 マリーは魔物と直接たいした上に、自分をかばって母さんが怪我をしたのだ。何も思わないわけないだろう。

 もしかしたら嫌われてしまったんだろうか。そう思うと、僕は怖くてしょうがなかった。それほどに僕の中でマリーの存在が大きくなっていたからだ。

 僕は父さんと共に家に戻った。気まずさを残したまま、その日は終わりを告げた。


   ●○●○


 火属性魔法──試作段階ではあるけれど──、僕はこの魔法を『フレア』と名付けた。現段階では正式な魔法ではないので、試作フレアと暫定的に呼ぶことにする。

 試作フレアは火と反応した魔力が上空へ向かう。そのため攻撃手段としてはまったく活用できないし、何かしらの利便性もない。これをまっすぐ飛ばすことが第一目標だ。火力は小さいが、鬼火程度にはなるだろう。

 そのためにはさらに魔力への意思を込める必要がある。つまり『右手から魔力をまっすぐ放出する』という命令である。帯魔状態から集魔状態へ移行し、六割程度を体外放出する、という流れになる。

 気づいたんだけど、魔力に何かしらの意思を伝達、つまり命令をすると、移動させることができる魔力量が減っているようだ。実感はないけど、命令ごとにある程度は魔力を消費しているのかもしれない。

 そこで実験をした。限界量の魔力をできるだけ間近に向かい体外放出した状態と、離れた場所に向かい体外放出した状態で魔力量は同じなのかどうか。

 結果は、後者の方が僅かに魔力量が少ないようだった。目測だけど間違いない。つまり火力が弱くなっていた。離れれば離れるほど火が小さくなる、ということだ。

 現在、一日に発動できる帯魔状態は三十回が限界。つまり、三十回までならば試作フレアを発動できるということでもある。一応、魔法として扱える段階にはきているわけだ。

 まっすぐ飛ぶ火の塊。これだけで結構、脅威なのではないだろうか。もし、またゴブリンやら魔物がやってきたら使えるかもしれない。

 ちなみに色々な物に使ってみた。岩のような硬い物には、当然ながらたいした影響はなかった。しかし木のような可燃物には効果があり、離れたところにあるものを燃やすことが可能だった。ただ、僕が思い描いている火属性の魔法のように、触れた瞬間爆発したり、相手に刺さったりはしない。

 ただ触れて燃える程度だ。それでもかなり有効な攻撃手段ではある。相手に燃え盛る松明たいまつを近づけるようなものだからだ。それを三十回も使える。

 しかし僕のもっぱらの仕事は決まっていた。

「シオン、火をつけてくれるか?」

 父さんに頼まれて、薪に火をつけた。

 そろそろ気温が低くなってきて暖炉が必要になっている。手作業で火をつけるのは時間がかかるし、手間だ。そのため毎回、僕が火をつけるようになったのだ。僕は携帯用の火打石を叩き、試作フレアを生み出し、薪に火をつけた。

「ありがとう、助かったぞ。青い炎は少し違和感があるが」

「うん、なんか地味だけど」

「何を言ってるんだ。こんなこと普通はできない。魔法を使えるのはシオンだけだ。すごいことだと父さんは思うぞ」

 褒められているのか、フォローされているのか微妙なラインだと思う。でも、役に立たないよりはいい。ちょっと想像していたのとは違うけど、まあ悪くはないさ。

 しかし次はどうするかと、また行き詰まってしまった。

 火属性の魔法を使うには点火源が必要だ。魔力は気体の可燃物で、酸素供給はされるから問題はない。しかし点火源の火打石は必須だ。これがなくては魔力に火をつけられない。

 それをどうにかして、何もない状態のままで魔法を使えればいいんだけど。本当はつえのような触媒を使って魔法を使用するというのが理想だ。火打石を常に持っているのは少し不格好だし。

 もう十分魔法を使えているという実感はあるけれど、僕の目的はもっと先だ。なんというか大魔法的なものを使えるようになりたい。

 可能か不可能かはわからないけど、あくまで夢は持ち続けていたいんだ。

 とにかく、どうにかして素手の状態で魔法を使えるようにしたいところだ。とはいえ、まったくその方法が浮かばない。フレアに関しては、これ以上の進展はないかもしれない。

 行き詰まったら別のアプローチをする。それが僕のやり方だ。とにかくフレアの研究はここでいったん、保留とする。次の研究に移ることにしよう。

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