一章
出会い①
全ての妖が悪者だと思えないのに、どうして彼らは全てを消し去ろうとしているのだろう。
私は思っていても言い出せないことをひたすらに考える。この村では妖葬班は絶対。そもそも妖葬班に逆らう者などいないけれど、きっと私のような人も中にはいるのではないか。そうは言っても話す相手などほとんどいなかった。
私は普段から村の外れにある神社、
そんな私はおよそふた月後に十七を迎える。今日も一人で、日課である掃き掃除をこなしていた。自宅の裏側辺りに溜まった枯葉を集めていると、突然目の前を何かがぴゅんっと通り過ぎるのが見えた。一瞬のことで瞬きを数度繰り返してしまう。
「…?」
私は近くにあるおそらく“それ”の足跡を見つけると、森の奥へと目を向けた。
毎日同じ過程を過ごしているのに、珍しいこともあるもんだ。
日々、何事もなく過ぎ去って欲しいと願い続けていたけれど、この“何か”に胸を掴まれて、無視してはいけないと思ってしまった。
(少しくらい、許されるよね…?)
竹箒をその場に置くと、私は足跡の続く方へと足を運ぶ。
小さな足跡は、動物のようだ。
しかし、この辺りで動物など滅多と見ることは出来ない。いるのは家畜動物くらいで、理由はわからなかったが犬や猫も数は少なく触れる機会もあまりなかった。
少し入って見当たらなかったら戻ろう。私は草木を掻き分けながら森の中へと入り、足跡の犯人を探す。
サクサクと草を踏む音、パキッと小枝を踏む音。耳を澄ませばとても静かな空気感で嫌いじゃないと思った。
ここら辺は表と違い、妖葬班は来ない。正確には来れない、はずだ。近くに裏道はあるものの、神社と自宅を繋ぐ経路のようなもので、一般の人が使うことはほとんどないからだ。そもそも、そこに人がいたら例え妖葬班でも不審者扱いになってしまうような…気がする。神社周辺に妖の出没情報など聞いたこともないし、きっと安全地帯なのではと思っていた。
安全ってそんな、妖は全部が悪者じゃないはずなのに…。
だけど、基本誰も…何も存在しない場所なら、出会った瞬間“それ”が何なのかわかるのではないか。
私は辺りを見渡しながら「さっきのはどなた…? いるなら…出てきてくれると、嬉しいのだけれど…」
と話しかけたところで意味はないとわかっていながらも声を出した。
もし運よく出て来てくれたらどうしよう。触れてみたいという気持ちもあるけれど、動物は迂闊に触ってはいけないと聞いたことがあった。なんでも匂いというのは動物にとって大切で、人間の手が触れるとその匂いがこびりついてしまい、違う匂いを纏ってしまえば仲間の元へ戻れなくなる。動物はそうやって仲間を見分けているのだそうだ。だから、一目見られればそれでいい。
「……いないのかな」
私は奥へ奥へと進みながら呟く。森の中に人が一人しかいないのに、何故か恐怖心はない。人と出会うことが、余っ程怖かったから。
散策を続けている時、ある感触を覚えた。ふわっとしているような、変な感じ。
「何……?」
そう呟いた時、足元が突然崩れた。
「きゃっ!」
小さく悲鳴を上げると、すぐに尻餅を着いた。そこまで落ちなかったようだ。しかし滑った勢いでぎゅっと圧力がかかったのか草履の鼻緒がちぎれてしまう。右足の親指と人差し指に痛みを感じ見てみれば血が滲んでいた。
「……外に出た罰…なのかな」
足袋を脱ぐと幹部の近くを指でさする。見てみたいと思った存在は探しても見つからないし、小さな段差で躓いて、なんだか無駄な時間を過ごした気がして溜息をついた。
でも、なんだったんだろうあの変な感触は…。
(……気の所為、だよね)
考えても仕方がないと言い聞かせ、私は立ち上がろうと試みた。
その時―――。
私の目の前に、目を奪われる程美しく、凛々しい。私が探していたであろう動物が現れた。
「……きつ…ね………?」
私は学んだことを思い出す。キリッとした瞳、大きくピンと立った耳、大きくフワッとした尻尾。キラキラと輝く金色の毛並み。それは紛れもなく狐のように感じた。
日差しも木々の間を抜ける僅かな光しかないのに、目の前にいる狐は神々しく見えて動物相手に身構えてしまう。
「……あ、あなた……は………」
そう呟いたとき狐は私へと近づいて、そっと鼻緒擦れを起こした足に鼻を寄せた。
「だ、だめ…!」
すんでのところで避けると、首を振った。
美しい狐は表情は変えずとも、「どうして?」と言っているような雰囲気を感じて「仲間のところ、帰れなくなってしまうでしょう…?」
狐の頭くらいの高さ、視線に合わせて答える。
狐は何も言わずにじっと私を見つめ続けた。不思議な瞳だった。毛並みと同じ金色に、緑、桃が反射する。
しばらく静かに見つめ合うと、狐は踵を返し、走り去って行った。
(………綺麗な、瞳だった)
そう思いがらも、私も流石に帰らなくてはと立ち上がる。
見たいと思ったであろう狐には会えた。怪我をしてしまったけれど、このくらいならすぐに治るし気にすることもない。
私は森を抜け家に戻ると、すぐさま患部を水で洗い流した。
「何やってるんだ?」
そこへ仕事帰りの昂枝がやって来た。私より長く茶色い髪の毛を束ね、浅葱色の袴を身にまとった神職姿はきっと、村の女の子達から人気が高いだろう。境内は村人がいるのでなかなか行くことはないが、仕事をしている昂枝を見てみたいとも思う。
「ちょっと怪我をしてしまって…でもかすり傷だから」
「そうか…。早く治るといいな」
昂枝は心配そうに私を見つめると、「ん?」と疑問の声を上げる。
「どうしたの…?」
「いや、すまん……。どこも怪我してないように見えたから」
「……?」
私はぐっと足に近づけ凝視すると、目を疑った。
さっきまであった傷口が跡形もなく消えているではないか。
「え…何故…」私は親指と人差し指の間を触る。痛みも、ざらっとするはずの傷口の感触も、何も感じない。だけど、草履の鼻緒は見事に切れて修理が必要な状態であるのは間違いないし、足袋も赤く染っているままだ。
「話が見えないんだが……?」
「え…えっと、…足を引っ掛けてしまってね? その衝撃で鼻緒が切れてしまって、指の間にも力がかかってしまったから……それで…なんだけど……」
昂枝は目を細めながら「うーん」と考える。「まぁ…お前が嘘つく性格とは思えないしな。そもそもここは妖も存在する村だし、そのくらいちょっとやそっとあってもおかしくないんじゃないか?」
絶対にそうだ、と一人納得したように頷く。
「そんなもの…なのかしら…?」
「そんなもんだろ。ていうかよかったじゃねぇか。草履履く度痛がる必要が無くなったんだぞ」
そう言われてみて「………確かに、それは……一理あるかも」
綺麗になった足を拭き、草履を履き直す。
「………あっ、……どうしましょう。夕飯の支度まだなの」
「ははっ突然だな。じゃあ、たまにはみんなで作るか」
昂枝は笑いながら私の頭をぽんぽんと撫でる。
私達はまずご飯の準備だ、と不思議な出来事を考えるのは後回しにして、急いで炊事場へと向かった。
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