1550年 ザビエルの日記より 1

 フランシスコ・ザビエルの日記より(日本語訳)


 西暦1550年6月、ジパング···いやジャパンに来てかれこれ1年近くが経過した。


 まず最初にたどり着いたサツマという国では土地が痩せている中でもシマズという領主と領民が結束して生活していた。


 砂糖の原料となるサトウキビの栽培や甘芋いうスイーツポテトを食べさせてもらったが、とても甘みが強く、衝撃を受けた。


 その芋は芋本体は勿論、ツタや葉っぱも食べることができるし、痩せた土地でもすごい勢いで成長するため、この芋を数年前にアンジという僧侶···こちらの神父の様な人が広めたのだとか。


 お陰でこの土地で飢える人は減り、そのアンジという人物はハカタやヤマグチという場所で生活をしているらしい。


 是非とも会ってみたいものだ。






 薩摩での布教活動は難しく、土着している宗教が私を仏教徒だと勘違いしている節があり、以後仏教用語の使用は控えることにしよう。


 サツマではアンジが砂を買ってくれるらしく、火山灰を掘り、それを袋に詰めて船に乗せていた。


 何でもこの火山灰が道作りに使われているらしく、ハカタやヤマグチ、シモノセキは立派に舗装された道が有るのだとか。


 舗装された道といえばローマ街道が思い起こされるが、流石にそれは無いだろう。


 シマズの領主から地元の宗教の兼ね合いから受け入れてはもらえなかったが、何名か新しい信者も生まれた。彼らを伴ってとりあえずはハカタという場所を目指してみるとしよう。


 シマズの領主から餞別として日本の衣服を頂けた。


 宣教師としては質素な衣類の方が良いと思ったのだが、この国では偉い人に会うときは綺麗な格好をした方が印象が良いらしい。


 北に向かうにはヒュウガとヒゴの道があるらしく、ヒゴの方はこの国の宗教勢力が領主をしている(阿蘇家等)らしく、ヒュウガから北を目指すことを進められた。


 忠告に従ってヒュウガから北を目指すことにしよう。









 ヒュウガの国でもアンジという僧の名前を聞いた。


 何でもアンジの言う事を聞いた村は洪水を免れ、聞かなかった村は洪水で大変な被害を被ったのだとか。


 この地ではキンカンなるレモンに似た果実を栽培していたが、とても甘くそれでいて皮を生姜湯に浸けて飲むと咳が止まり、風邪に効く薬として重宝されていた。


 アンジなる人物は植物学だけでなく医学にも通じているのかもしれない。


 それに治水の事もわかっているのかもしれないと東洋の賢者と是非話してみたい気持ちが高まった。






 更に北上するとブンゴなる国に着いた。


 そこではオオトモという領主がおり、街で祝い事がされていたので何事かと聞くとオオトモの領主の三人目の子供が産まれたお祝いらしい。


 領主オオトモはこの国では珍しく一夫一妻を貫いている人で愛妻家として領民から慕われているらしい。


 ただ領主になる時に父親を、領主になってから叔父を立て続けに殺しており、理由を聞くと領主オオトモを父親が殺そうとしていたので反撃し、叔父の方も似たような理由だと聞く。


 ただ父親の時代よりも領主オオトモの治世下の方が国が豊かになり、例年豊作が続いているらしい。


 アンジについて聞くと、この国でもアンジが滞在したことがあり、領主オオトモの母親と夫人の病気を治し、病弱だったオオトモを立派な領主にしたと領民は口を揃えて言う。


 他には水争いでいがみ合っていた村々に現れ、双方の村から水を沸かせたり、数年前戦で壊滅した村に現れて残された村に金と種籾を配ったり、疫病で死にかけていた村に現れて病気を瞬く間に治してしまったらしい。


 彼らの話を聞くにアンジは今はヨシウエ·オオウチという名前で隣の国の領主をしているらしい。


 皆この国でアンジ様の悪口を言う者は居ないし、アンジ様とこの国の領主オオトモは従兄弟の関係なのだとか。


 私も大学を出た知識人としてアンジを知りたいし、領主オオトモに会うことができないか頼むと、領主オオトモの家来が異国の人にそこまで言うならと特別に領主オオトモに会わせてもらった。





 領主オオトモはヨシシゲ·オオトモと言い、まだ19歳の若者であり、アンジも同じ年らしい。


 しかも彼がこの国にアンジとして訪れた時は10歳だったらしく、その年で人々を救う旅をしていたと聞くとイエスの様な人かもしれないと思うように至る。


 領主オオトモと色々話したが、オオトモはアンジを兄のように慕っており、サツマやヒュウガでのアンジの話を聞くと


「義植の性格だ。困ってる人が居たら手を差し伸べてしまうんだろう」


 と言っていた。


 ただ彼の事を詳しく聞くと仏教徒(異教徒)で、一度僧(神父の様な立場)になってから家の都合で世俗したという経緯があり、しかも別宗派の主(法王の様な人物)の姫と結婚しているのだとか。


 この国の宗教についてはヤジロウから聞いていたが、神が複数人居るし、しかも凄い身近で何にでも神が居るという教えがある。


 更にそこに仏教が流れて仏教と神道が混ざってしまっているらしい。


 キリスト教を布教する上で私は地域に合わせた適応主義のスタンスを貫いて居るが、もしこの国で布教する後任もこの適応主義をしないで強固なキリスト教の教えを無理に押し付ければ、凄まじい反発に遭う可能性があるだろう。


 それほどまでにこの国での宗教は根強い。


 ただ異教徒の中で、これほど名誉を重んじ、民衆にも学があるのは珍しく、ジャパニーズは集団的に行動するため、キリスト教徒と言う集団が出来れば瞬く間に広まる可能性も秘めている。









 領主オオトモは私に馬を与えてくれた。


 馬に乗ってハカタを目指し、ハカタに着いた頃には1年が過ぎようとしていた。


 領主オオトモからこの国にはテンノウと言う実権を持たないエンペラーとクボウ(公方)という王様の二重統治構造になっているらしいが、そのクボウが内乱をひきおこし、大きく力を失った為、国全体で争いが起こっているらしい。


 九州を周ったが争いが起こってなかったので平和な国だと思っていたが、それはアンジが九州の勢力を調整しているからだという。


 じゃぁアンジは何者なのかと聞いたら日本国王と言われた。


 海外、チャイナからはアンジがジャパンの王様ということになるらしい。


 で、アンジはエンペラーのテンノウの家臣として九州にエンペラーの家族を招待し、その人の為に宮殿を作り、クボウの一族を九州に呼んで九州での王様にすることで宰相の様な地位に就いているらしい。


 ただ実務を行っているのが彼なので海外からは国王という称号を与えられているのだとか。


 ヨーロッパの価値観で考えると凄まじくごちゃごちゃしているように思える。


 ハカタに到着した私達は久しぶりに白人と出会った。


 マラッカにて船員をしていた若者達で今はハカタで通訳や船大工、料理人等をしているらしい。


 久しぶりに西洋の料理を食べたいと思い、同胞の案内で料理屋に行くと···神の家があった。


 彼から詳しい話を聞くとヨシウエが西洋と言ったらこれだろとこの国の大工に頼んで教会の様な作りの料理屋が出来上がったらしい。


 流石にこれには白人の同胞達は苦笑いし、礼拝を行う場所と料理を出す場所の入口を分けて、対応したらしい。


 それでも異国でこのような立派なレンガ造りかつ真っ白な教会ができていることに私は嬉しい気持ちであった。


 それと同時にやはりアンジはキリスト教を知っているのではないかという疑問が湧いてきた。


 レストランの中に入ると厳格な場というより酒場に近く、元々船乗りの料理人が開いたということで貴族の様な食事は期待していなかったが、出された料理は見事であった。


 柔らかい白パン、パエリア、ワイン、タラの塩漬け(バカリャウ)のスープとこの地で食べられるとは思わなかった物を食べることができた。


 どれも高いのではと値段を聞いたが、それほど高くなく、安い理由を聞くとヨシウエ(アンジ)が町の衆に言って安く材料を仕入れさせてもらっているんだとか。


 民衆も異国の珍しい料理を食べられると人気なのだとか。


 そして町に居る同胞を集めて久しぶりに教会でミサを行い、聖書を読んだ。


 やはり教会というのはどの様な形であれ神秘的であり、我々キリスト教の精神的支柱であるのは言うまでもない。


 白人の同胞達にアンジの事を聞くと皆口を揃えて良い人、優しい人だと言った。


 曰く国の最高位に近い人であるにも関わらず民とも気さくに話し、民が困れば率先して駆けつけるような人であり、彼が領主になってから彼の領地は数倍の収穫量を誇るようになり、更に様々な作物を広めて飢えを無くした人物だと言う。


 更に商売にも詳しく、我々白人が求めている物を育て、販売してくれるので商人達からこのオオウチの領地にはこれから多くの同胞が訪れることになるだろうと言っていた。


 そんなアンジにどこに行けば会えるか聞くと、今はシモノセキの舘にいると思うと言われたのでそちらに向かうことにしたのだった。

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