1535年冬 安慈の手足

 秋になると寺の管理する田んぼには黄金色の稲穂がたわわに実っていた。


 豊作であり、一反の田んぼから二十俵(戦国期は俵の大きさが三十キロで一俵となっていた)が収穫でき、現代換算で六百キロであり、これに肥料や雑草等の手入れをすればさらなる増収が期待できる。


 ちなみに参考に村長である座五郎の田んぼは十俵と少しであった為にいかにこの米の収穫量が優れているかがわかる。


「こりゃ驚いた。村の衆も和尚の田んぼの実りが凄いことに驚いていたぞ」


「これも安慈様の神通力によるもの。儂らは至って普通の農業をしたまで」


「それにしたって倍の収穫量を見りゃあ話を聞かねぇ訳にはいかんだろう」


 そこに安慈は村長に色々と聞く。


 まず村に鍛冶屋は居るか聞くと村鍛冶屋が居ると言われ、村の人数は働き手の男が五十人ほど、女はほぼ同数、子供の数は把握してないと言われた。


 鍛冶屋一家が男手が三名、弓が使える猟師が五名、牛飼いが二名···これが特殊職で、他はただの農民らしい。


「上々上々、村をこの前歩いてみた感じ、隠し田が無ければ今季は約三百表俵分くらいの収穫量だったのでは?」


「概ねそうだな」


「年貢が六割故に村に残るのは百九十俵近く···うーむ、米だけではやはり足らんな」


「雑穀を食っているが雑穀も一部税で取られるからな」


「上々、となるとやはり芋を植えるしか無かろうて。徳源」


 私が徳源を呼び、村長に寺の蔵を見せると収穫した芋を俵に詰めた物が置かれていた。


「見たことねぇ芋ばかりだな」


「神仏から賜った芋故な。例えばこの甘芋だが一畝で約六俵半の収穫量となる。村長は計算ができるか?」


「税を収めるのに必要だから軽くはな」


「十倍が一反だ。つまりこの芋を一反植えれば六十五俵分の芋が計算上取れる」


「おいおい、それはホラ(嘘)だろ。···ホラだよな?」


「ちなみに馬鈴薯は一畝で十俵だ。ただ馬鈴薯は数年連続で植えると必ず大不作になる特徴がある。だから違う芋や野菜を植える必要があるんだがな」


「そもそも美味いのか? その芋は?」


「甘芋は焼けば栗の様な甘さ、馬鈴薯は蒸して食べる物になるな。天竺の先では馬鈴薯を米の代わりに毎日食べる国もあるくらいだな」


「そりゃスゲェや。飢える奴が居なくなるな」


「最も芋ばかりでは飽きるからな。裏作としてこれを育てることを勧める」


「大豆か?」


「地力が僅かながら回復するから土地が痩せるのを遅らせる力がある。大豆を使えば色々な調味料や豆腐みたいな料理が作れるからな。美味い飯をたらふく食いたいだろ?」


「そりゃな」


「なら村人達を説得してくれ。一部の田を芋や野菜に植え替えるな」


「これで来年豊作なら俺は···いや村の衆は安慈様に従うよ。どんな事があろうともな」


「なら更に面白い物を先に渡そう」


 私は物置から小さな木の苗を幾つか渡した。


「これは?」


「檸檬(レモン)と鰐梨(アボカド)の苗だ。種から育てていたが、育ったのがこれだけでな。共に木になる果実だが、檸檬は酸っぱいが料理の味を良くしてくれる。鰐梨は食べるだけで体の血肉を作りし果実だ。何より病を祓う効能がある」


「そりゃすげぇ果実だな。話が本当ならだが」


「どちらも三年程で身をつける。植えて確かめてみなさい」


「じゃぁありがたく貰うぜ」


 村長の言葉に興味を惹かれた村人達が連日寺に訪れ、私の話を聴いていく。


 半信半疑であるが、米がよく穫れたのは事実なため次第に真剣に聞いてくれるようになった。










 冬のある日、私は薬を作っていた。


「今度は何を作っているんだ?」


「子宝の薬だ。不妊の物でもこれを飲めばたちまち子を授かる強力のな」


「子供ができなくて悩む女は多い故にそれは助かるであろうな」


「いや和尚、これは男も一緒に飲むものだ」


「男もか?」


「種を強く、濃くする力があるからな。子供がバンバン産まれるぞ」


 しかし、それを聞いて和尚は少し怪訝そうな顔をする。


「子供が産まれるのは良いが、捨て子も多くなりそうじゃな」


「あー、和尚、これはそんなに量が作れない。こうして作っているが一日十粒できれば良い方で、運が悪いと五粒もできない」


「そうか···して誰かに使うのか?」


「うーん、まだ取っておきたい。この薬を材料に更に加工すると強靭な肉体を作ることができるようになる。寝込むことの多い私には一刻も早く作りたいのだ」


「確かに安慈様は肉付きも悪く、青白いですからな」


「肉を食わせてもらいたいものなのだがな!」


「仏門に入っているのですからそれは遠慮願いたい」


「クク、冗談だ」


「冗談には聞こえませんがな」


 冬の間は錬金術で相変わらず紙を作ったり、色々な道具の設計図を描いたり、怪しい薬を作ったりして過ごしていった。








 冬籠りをしている間に少し情勢の整理をしようと思う。


 まず年代は1535年(天文四年)美濃で大洪水が起こったことと、松平家衰退の原因となる守山崩れが発生が大きな出来事で、小競り合いはあれど比較的平穏だった年と言える。


 大内氏は北九州に主力を派遣し、北九州の諸勢力を牽制し、朝廷工作を行い、大義名分を得ようと躍起になっていた。


 大内の転換点が1542年の尼子攻め···残り七年。


 そして大内の滅亡が1551年···残り十六年。


「さてさて家臣ゼロの今の状態からどれほど遊べるかな」








 錬金術により作った秘薬を食事の時に食べながら一年無事に過ごせた事を和尚と徳源に感謝した。


 徳源は新しい作物を育てるのが楽しく、逆に感謝された。


 で、和尚に食事に余裕が出たので私の手足となる者が欲しいとねだると、確かに色々な作物を試しているため人手を増やした方が良いと言われ、和尚がふらりと数日留守にすると、私よりも一回り大きな子供を二人連れてきた。


「安慈様が俗世に戻るとき、お供が居ないのは辛いでしょう。ただ身分がしっかりしている者は無理ですがな」


「なに、どんな身分でも人は人だ。知と徳を教えれば将となろうて···名前を聞いても良いか」


「宇治と言います」


「左貫だ」


「宇治と左貫か。よし、覚えた。宇治、左貫、まずは腹いっぱい飯を食え! 力を付けて色々覚えてもらうからな」


 八歳の宇治と左貫を私の手足とするべく、色々な改造を施すのであった。










「宇治、左貫、まずは食事の時にこれをこの秘薬を必ず食べるようにしてくれ」


「安慈様、これは何だ?」


「骨を頑強にし、身体に筋肉を付ける秘薬だ。成長剤とも言うがな」


「···無味無臭だ」


「飲み込んだだ」


「これを必ず食事の時に食べて欲しい。また別の秘薬ができたら食べてもらうぞ」


 安慈様はそう言い、事実数日後に別の薬を作られた。


「物覚えが良くなる薬だ」


「活力がみなぎる薬だ」


「切り傷によく効く軟膏だ」


「疫病の予防となる秘薬だ」


 とみるみる飲む薬が増えていき、今では小指の爪くらいの大きさの薬を十種類も安慈様より飲まされている。


 最初は効力に疑問があったが、季節が変わることには身体に変化が現れだした。


 今まで重いと思っていた物が軽く感じたり、和尚が教えてくれる文字を覚えることができたり、疲れを感じなくなったりと秘薬の効果がで始めていた。


 一番は安慈様で、出会った時は顔色が常に青白かったが、今では赤みがかった肌色となり、少しばかり肉も付いたようだ。


 それと秘薬だけでなく、体操や鍛錬をやらされる。


 朝起きて、安慈様と一緒に体操をし、寺のある山から麓の村まで走り、境内に戻ると手を地面に付けて、体を浮き上がらせたり(腕立て伏せ)、足を掴み、体を起き上がらせたり(腹筋)をする。


 そこから境内の掃除をし、食事をとり、勉学に励み、畑の手入れをする。


 日が暮れると安慈様が生生み出した蝋燭や油を使わない行灯で光源とし、日暮れから数刻は安慈様の書き出した書物の模写を行う。


 特に農書や料理書は多く配る必要があるからと毎日書き起こしている。


 お陰で文字を覚えることができ、書物の内容を頭に叩き込んだお陰で蔵の中にある作物の種や苗を見てどの様に育てれば良いかわかる。


 こうして一日が終わり、眠る。


「宇治、左貫! 今日も面白い物ができたぞ!」


 また一日が始まるのだった。

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