遺言
春雷
第1話
この手紙を読んでいるということは、僕はもうこの世にいないということだと思う。
この手紙を、僕はコンビニのトイレで書いている。僕はコンビニでトイレを借りる時は、大体二分の一の確率でチロルチョコを買うようにしている。つまり、買う時もあれば、買わない時もあるということだ。ちなみに、今回は買わないつもりだ。一般的には、コンビニでトイレを借りた場合、ガムなどを購入することが礼儀というか、正しいことだとされているのだろうけれど、僕は、特にこれといって信念があるというわけでもないのだが、まあ、要するに、何となく、何も買わずに出ていくこともある。
この手紙を君が読んでいる時には、僕はきっと死んでいる。死んでないのにこの手紙を読んでいるという状況はありえない。そんなことはあってはならない。もし、君が僕が生きているにも関わらず、この手紙を読んでしまったとしたら、今すぐ読むのをやめてくれ。僕はこの手紙を、自分の死後の世界に届けたいのだ。
僕の死因は、何だったのかな。何となく、溺死だと思う。僕には、溺死がよく似合うなあと、常々思っていたから。
それはそれとして、僕は普通にコンビニに行った時にも、トイレを借りる時がある。そういった場合は、買い物を目的としてコンビニに行ったのにも関わらず、何も買わない。トイレを借りたいという目的でコンビニに行き、実際トイレを借りた場合は、半々の確率でチロルチョコを買うが、買い物を目的としてコンビニに行き、トイレを借りた時には、何も買わない。それが僕の信念でもないけど、何というか、まあそういう類のそれである。
話を戻すけど、この手紙を読んでいるということは、僕は溺死したのだと思う。君が見ている前で溺死したのか、君の知らないところで溺死したのかは、わからないけれど、とにかくどこかで、誰かの前で、溺死したのだと思う。
あるいは、僕は誰にも見られていないところで溺死したのかもしれない。コンビニのトイレで、トイレを借りる目的で入ったコンビニのトイレで、チロルチョコを買う可能性をまだ残している場合の、その状態の僕が入っている、そういうケースのコンビニのトイレの便座で、どういう状況かは知らないが、いや、これがチロルチョコを半々の確率で買う時の僕であるということはわかっているのだけれど、それ以外の状況は推測しようがないので、まあ置いとくのだが、僕に何らかの異常事態が起こって(それが異常かどうかを判断するのは結局のところ、僕自身の主観でしかない)、便器に顔を突っ込んで、溺死してしまったという場合には、誰にも見られず溺死したということになる。
そういった場合、つまりは便器で溺死した場合、僕はチロルチョコを買うことはできない。だから君がこの手紙を読んでいるということは、僕はチロルチョコを買えなかったということになる。買わなかったのではなく、買えなかったのだ。
でも、もし君がこの手紙を読んでいないということは、僕は溺死していないということになって、僕はトイレを借りる目的で入ったコンビニで、チロルチョコを買ったり買わなかったりするし、買い物目的で入ったコンビニで、トイレに入ったり入らなかったりするし、同じく買い物目的で入ったコンビニでトイレを借りた場合には、何も買わずにコンビニを出て行くということだと思う。
その一方で、もし僕が生きているのにも関わらず、この手紙をここまで読み進めてしまったら、僕は当然溺死していないし、トイレを借りる目的で入ったコンビニで、チロルチョコを買うこともあれば買わないこともあるということだし、買い物目的で入ったコンビニで、トイレに入る場合もあれば入らない場合もあるということだし、同じく買い物目的で入ったコンビニでトイレを借りた時には、何も買わずにコンビニを出て行くという可能性があるということだと思う。でもこれから先、溺死する可能性はあるし、それが人前か否か、チロルチョコを買う可能性がある状況での僕なのか、それ以外の、つまりは何かを買おうとして(何を買おうとしたのかは、その時の僕による)入ったコンビニのトイレに入ってしまったという可能性を含むその他の可能性ということだけれど、まあとにかく色々な可能性が考えられる、ということだと思う。
もし、君が僕の生存中にこの手紙を読んだのなら、僕に感想を教えてほしい。君は僕が溺死すると思っているのか否か、それだけでも教えてほしい。少なくとも僕の祖母は、そう思っていたから。
祖母はよく言っていたよ、私の孫は、トイレを借りる目的で入ったコンビニで、つまりチロルチョコを買う可能性の残された状態の僕が入ったコンビニのトイレで、人知れず溺死するのじゃ、ってね。生け花教室で、周囲の人間にそう言っていたよ。
君も何かの教室で、言ってほしいな。僕は溺死するって。
君はどの可能性が高いと思っている?
遺言 春雷 @syunrai3333
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます