妖物語~古風な書店と妖と~
赤月結衣
妖物語~古風な書店と妖と~
第一章
何も書かずにはいられない。そんな毎日だ。そんな毎日が続いている。世の中にはたくさんの本が出回っている。どれも執筆は素晴らしく、どの年齢にもふさわしい。なのに私ときたらどうだ。どれも不採用、不採用、不採用。もう、まっぴらだ。いろんな会社に応募した。どれも素晴らしい作品のはずだ。なのになんだ。どれも現実味が足りないだって。当たり前だろうが。私が書いているのはフィクションだ。現実味が帯びてたまるか。どうしたらこのような評価が出る。納得いかない。いかない。いかない。世の中は腐っている。誰も私の才能に気づいていない。こんな素晴らしい才能を持ちながら、誰も気づけやしない。周りはしっかり現実を見ているのか。否、見ていないのだろうな。こんな素晴らしい秀才が目の前にいながら気づきもしないのだから。昔からそうだ。誰も私を認めてくれない。誰も、誰も、誰も。誰か一人でも気づいてくれ。頼む。一人だけでいい。少しでも、「素晴らしい」の一言だけでも言ってくれ。寂しい。お願いだ。誰かひとりでも、私を掬ってくれ。独り身の私をどうか…
第二章
小さな古書店。私は学校帰りにふと足を止めた。本なんて読まない私だけれど、その時はなぜか、その古びた書店に足が向いた。なぜだろうか。その疑問を胸にしたまま、奥へ奥へと進む。誰も使っていないのであろう。壁辺りに他とは違う小さな本棚に一冊の古びた本が置いてあった。古い本なのかな。と手に取ってみたら、二年前に出版された一冊の小説だった。流行りに疎い私でも、それはすぐにわかった。テレビで話題になっていたからだ。どうやらその本は妖にまつわる話で、主人公は作者本人らしい。らしい、というのは、どうやら作者自身、妖が幼い頃から見えているみたいだからだ。私はそういうのには詳しくないけれど、妖というと人魚や河童とか。どちらにせよ、それは単なるいたずらだろう。人間に妖が見えるなんて、
「その本に触れちゃいかん!」
突然大きな稲妻が飛んできたようなけたたましい音が轟いた。そこには店員らしきおばあさんがいた。「その本に触れたものは必ず身に良くないものが起きる。悪い事は言わん。今からでも遅くないから、その本を置いて、お帰り。」おばあさんは切羽詰まったように、声色は優しいが、荒らげていた。「どうしてですか。なぜ触れてはいけないのですか。ただ小説にこれほど取り乱すなんて。おばあさん、これはいったい…」私が話し終える前に、おばあさんはさえぎった。「お嬢ちゃん。悪い事は言わない。君の人生はまだ長い。そんな馬鹿げた本のことを忘れて、まっとうな人生を送るんだ。その本に触れたことはとっとと忘れるんだ。良いね。」おばあさんと私の間に静寂が流れる。「…い、いや、いやです!何でですか。本に触れただけで、帰れってあんまりじゃないですか。わたしのしらないことばかり喋っては、帰れですって。何も知らない客にいきなりの罵倒。失礼ではありませんか。」「だからじゃ。何も知らないおぬしには、喋っても無駄じゃ。帰れ、帰れ。」「…作者が」私がボソッと口にした途端、おばあさんの肩がピクッと跳ねた。「この本の作者が妖だからですか。」「…」「噂程度ですけど、その噂は絶えず、今でもなお語り継がれている。おばあさんがこんなにも取り乱しているのは、作者があなたのお孫さんなのではないのですか。分かりますよ。私も同じですから、私は妖ではないけど、変なものが見える。周りはそれが見えなくて、私を化け物扱いする。それでもいいんです。信じろっていう方がおかしいんですから。どんなに罵倒されても、どんなに理不尽なこの世界に生まれてきても、それでもいいんです。いつか誰かが私のことを見つけ出してくれる。たとえそれが何年経とうとも。」「孫は、わしの孫は妖ではない。もし君の言っていることが本当ならば、孫もまた、君と同じように幼い頃から妖を見ている。」「え…」「ま、今はそれを隠し、名もない小説家として何とか稼いでいるらしいが、唯一人間の娯楽として売れたのがこの小説じゃ。人間は誰だって、目に見えないものは否定しようとする。存在しないものは伝説として語られ、幸をなしたものは神として祭られる。逆に不幸をなしたものは神の落ちぶれとして、地獄へと引きずられる。人間社会も同じじゃ。強いものは崇められ、弱いものは蔑まれる。孫も同じ、人間の弱者じゃ。落ちぶれじゃ。」「そんなことおっしゃらないでください。お孫さんがかわいそうです。それにお孫さんもそんな悪い人ではないと思います。あったことはないけど、私と同じ、妖が見えるのなら、きっと悪い人ではないはず。知ってます?妖って悪いものばかりではないのですよ。妖は元は人間。ですので、同じ種族でなくても、人間と同じように接していれば、きっと妖たちもわかってくれますよ。あ、噂をすればほら、そこにもいるじゃないですか。妖。小さくてかわいい妖狐が。」「お嬢ちゃん、見えるのかい。その狐が。」「妖狐がですか。はい。綺麗な赤い目ですよね。それに美しい毛並み。もふもふでかわいい!」私は時も忘れ、幼い妖狐を堪能した。おばあさんの表情が少し和らいだ気がした。「昔はあちこちにいたのだよ。妖なんて、存在するのが当たり前じゃった。人と妖は唯一無二の存在で、かけることはなかった。ただいつからか、人間は妖には何をしてもいいと思うようになった。声を荒げては、暴力をふるい、弱ってしまった妖は手当もせずに置き去りにし、別の妖を探しに行った。それからか、今では妖を見るきかいは減り、見えるものも少なくなった」「おばあさん、お孫さん、今どこにいるか知っていますか」「ここから先の小さな村の麓にいるけど、どうしてだい。」「会って話を聞いてきます。どうやったらまた妖と人が仲良くなれるのか。会って、自分で確かめたい。」「孫はそう簡単に人前に出るような子じゃないよ」「そうかもしれません。ですので、この子を連れていきます。」
おばあさんの言い訳を聞き耳持たずで言葉を交わした後、私は行くべき場所に足を向けた。目指すは、小さな村の麓、妖が見える作家に出会うことだ。
第三章
何分か歩くと、そこには小さな村が存在した。そこは、まるでタイムリープしたかのような田園風景が広がっていた。道行く人は、着物と草履をはいている。ここだけ唯一昔のよう。一通り声をかけたところ、おばあさんのお孫さんはここでも噂になっているらしい。どれも評判は悪く、本人も生きづらいだろう。親切に道を案内してくれた村人に礼を言い、彼が住む家を訪ねてみると、そこはりっぱな和風の家だ。正面玄関の裏手にある庭を見ていると、縁側と長い古びた廊下があった。窓が少し空いていたので、家の中を探索しようと、入ってみると、そこには広くて大きな居間が一つ。隣には寝床らしき部屋があり、あたりは本や原稿で埋め尽くされている。「ごめんください」家主がいなくても、私は一応声にした。するとそこに、「ニャー」という鳴き声がして、びっくりした私は、思わず腰を抜かした。「ヒッ」振り返ってみると、そこには一匹の黒い猫…とご主人だと思われる黒いぼさぼさの髪に、濃い青の着物を着た青年。噂の小説家だろうか。
第四章
『…』
『人ん家で何しているコソ泥』
『こ、コソ泥ではありません!』
私は何とか誤解を解こうと必死に、アピールした。
『だろうな。ここには金目当てのものはねー。腐って古びた本だけだ』
『どうしてそんなことおっしゃるのですか』
『あ?』
『あ、いえ。だって、その…』
私は何を言えばいいか、もごもごと口を動かしていると
『俺の作品しかねーからだよ』
『え』
『どの作品も素晴らしい。これで食っていけば、俺も生活ができる。楽に暮らせる。ただ現実はそう甘くない。自分の多くの作品を世に送り出し、いつか有名になれると思えば、その逆だ』
『そんなことないと思います!』
『は?』
『そんなことないと思います。まだその時が来ていないだけで、決してあきらめることはないと思います。いつか必ず奇跡が起こります。願いが叶います。だから、』
『お前、何言って…って、おまえそれ!』
『え?』
『あ、いや…』
(あぶねー。「妖狐がいる」なんて言っても、人間には見えないよな。いっても、馬鹿にされるだけだ。)
ジー
『な、なんだ』
『あ、いえ。なんか反応がおかしかったので、もしかしてこの妖狐が見えているのかなと…』
『んなわけねーだろ!誰が妖狐なん、て、って、え?』
『?』
『え、あ、え、お前見えるのかそいつが?』
『そいつ?』
『そいつだよ、そいつ!妖狐だよ!』
『あ、コンコンですか?はい見えます!』
『コンコン?』
『はい。狐だからコンコン』
『いや、お前それ妖。妖に勝手に名前つけるんじゃねー』
『なんでですか。可愛いじゃないですか。コンコン』
『どういう名付け方してんだ全く!いいから元居た場所に返してこい!』
『いやです!懐いてるんですよこの子!』
『んなわけあるか!いいから返してこい!返さなかったら、俺が力ずくでも返す。』
『いやだったら、いやですってば。あ、ちょっと引っ張らないで!』
『しつけー!お前が話さないからだろうが!』
『キューン』
『え?』
お互い顔も見合わせた。
『い、今鳴きました?』
『俺が鳴くわけねーだろ』
『いえ、そうではなく…』
『キューン』
『…』
『ま、まさかこいつが鳴いたわけじゃねーよな?めったに鳴かねーぜ。っていうかそもそも、仲間の間でしかこいつは鳴かん』
『そ、そうなんですか。いやでもそれしか…』
可愛い妖は二人を見て、
『キューン』
『な、鳴いた!鳴いた!聞きました?この子鳴きましたよ!私たちを仲間と思っているんですよ!』
『あー、もううるせー!騒ぐんじゃねー!』
『じゃ、改めてよろしくねコンコン!』
『キューン!』
『はー。おい、用事が終わったらとっとと帰れ!もう俺にあったし、どういった人物か分かっただろ。とっとと失せろ!』
『…あの、しばらくここにいていいですか?帰り方わかんなくて』
『は?一人できたんじゃねーのかよ』
『途中まではそうだったんですけど、村に着いてからは、案内してもらって…』
『村?ここに村なんてねーぞ。いるのは俺と、この家だけだ。買い物行くには歩きで一時間のところにある街だな。もちろん電車もバスもねーし、ここは山の麓。俺みたいな体力でなきゃ、おめーみたいな小娘が来れるわけねーな』
『あ!だからコソ泥って』
『山に住んでいるきたねーちび妖怪かと思ったんだよ。初めて見るが、この山ン中では何が起きてもおかしくねーからな』
『きたねーちび妖怪ですって~!』
『お、きたねーは余計だったか。悪いなちび』
『ちびじゃないですし、汚くもありません!』
『ま、何がどうあれ、お前は狐に化かされたんだな。』
『そんなわけないです!町にある小さな古書店のおばあさんが、『小さな村の麓に孫がいるって…』
『麓って調べてみろ。山のすその部分。山麓っていう意味だぞ。あと俺に、ばばあはいねー。とっくの昔に死んじまった。それに街に小さな古書店があるのは初耳だな。世界が発展している中で、そんな小さな古びた書店があるか?江戸時代じゃあるまいし』
『(え、江戸時代…)そ、そうだったんですか。じゃあ、私が会ったおばあさんはいったい…』
『その狐はどこで拾った?』
『おばあさんのとこですけど』
『おまえ、最初から狐に化かされていたんだな。古書店が実在していたとして、お前が平気で妖狐がいることをばあさんに伝え、驚かないわけねーからな』
『おばあさんにも見えていたかもしれないじゃないですか。そしたら、驚かないでしょ。』
『お前が見えている時点で、お前が言う「ばあさん」が多少驚いてもいいけどな』
(言われてみれば確かに。妖が見えているのが当たり前かのようにふるまっていたような…)
『ま、考えたって仕方ねー。とりあえず今日は止まっていけ。夜の道はあぶねーからな』
『いいんですか!案外女性にやさしいんですね』
『いや、お前が妖の餌になり、食った後、俺のにおいをたどり、後で俺も食われるのはごめんだからな』
『あはは…結局自分のためですか。って、だとしたら、この家も危ないじゃないですか。ここにいたら、一発バクですよ!』
『ここは安全だ。心配するな。よっぽどのことがない限り、妖は近づかねーよ。ほら、ここでは何の実もなってないだろ?妖は嗅覚がいいんだ。特にみかんなどといった柑橘類にはな』
『それ、ほんとですか?』
『さあな。けど、何も起きていないのはほんとだぜ。現に俺が生きているんだからな。』
『…わかりました。では、お言葉に甘えて泊めさせていただきます。ただしかし!』
『?』
『掃除させてください!』
第五章
『は?』
『居間に入ったとき、思ったんですよね。埃っぽいって。よく見ると、何年も手を付けていないんじゃないですか?』
『おまえ、何言って…?』
『だから、家事全般やらせてください!これは泊めてくれる代わりのお礼です。』
『いや、いらねー。』
『何が好きですか?やっぱ、あんみつみたいな甘いもの?甘いものを食べた後は、頭がすっきりしますよね。材料はすでに買ってありますので、作りますね。あ、ガスとか電気とかって通っています?』
『え、ああ。多分。って、ちげー!何勝手に始めようとしてるんだ。あと仕切んな。俺が家主だ!』
『いいじゃないですか。どうせ碌なものも食べていないでしょ。あ、お風呂も準備しますね』
『必要ねー。ったく、行っちまった』
…数分後…
『お待たせしました!お風呂の準備ができましたので、ご飯できるまでに入ってきてください。あ、しっかり湯船に浸かるんですよ』
『…はー、やれやれ』
カポーン
『…(なんで俺、こんなにも居心地がいいんだ?…はー、わからねー)』
ガラガラガラ
『あ、いいタイミングですね。夕飯できましたよ。和食が好きかなと思い、焼き魚とみそ汁作りました。あと、デザートはメインと合わないかもしれないけど、あなたの好きなあんみつです!』
『なんで俺があんみつ好きな設定なんだ』
『きらいでしたか?』
『いや、嫌いとは言ってないけど、好きでもな』
『では、問題ないですね。はい、手を合わせて、いただきます!』
『なんでお前も食べるんだ!あとお前は俺の母ちゃんか!』
『?』
『自覚なしかよ…』
こうして私と不思議な青年(小説家)との物語は始まったばかりである。
『キューン』
おっと、そうだ。危ない、危ない。忘れてはいけない。もう一人…いや、もう一匹。
こうして私と不思議な青年(小説家)と可愛い可愛い、チャーミングな狐、綺麗な赤い目をした妖狐の物語は始まったばかりである。
『…(モグモグ)妖狐の説明長くねーか?』
『気のせいでーす。』
妖物語~古風な書店と妖と~
End
妖物語~古風な書店と妖と~ 赤月結衣 @akatuki-yui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます