スキル『成長加速』のせいで駆け出しから頂点パーティまで引きずりまわされています

雪兎

第1話 発現

「汝、オーリ・グロウ」


 一度も祈ったことのない教会で僕は神父に跪いていた。

 神の愛を求めて敬虔な信徒になったわけでも、身内に不幸があったわけでもない。

 十五歳の成人を迎えると教会で鑑定を受ける義務が生じるので、仕方なく足を運んだだけだ。

 人間はどういうわけか十五歳を迎えると『スキル』という特異な能力が発現する。

 山を砕くほどの怪力や海を割るほどの高次元魔法といった、一人で世界を壊してしまえる能力から、飛来物を受け流す矢除けや致命傷以外一瞬治ってしまう再生のような、加護とも呼ぶスキルがある。


 スキルが発現するのは千人にひとりの割合とされ、発現しない。強靭な肉体を持つ獣人や弓や魔法の扱いに長けたエルフのような亜人種には発現しないらしい。

 それゆえスキルは、ひ弱な人間が滅びないよう神が授けた恩寵であるという見解がなされている。

 事実、各種族に様々な面で劣る人間は種族間抗争でも滅びていないし、迷宮探索も最先端をいくという話だ。


 だからというか、十五歳を迎えると教会でスキル発現の有無を調べるための鑑定が義務付けられる。

 スキルがあろうものなら届け出が回され、養成のため本国送りとなるわけだ。


 スキルによっては一生食うに困らない待遇を受けられることもあってか、スキルの発現を夢見る奴も多い。

 農家の長男である僕は家業を継がなければならないので、というより農業が好きなので鑑定自体どうでも良かった。

 だって作物は愛情かけた分だけ育つし、喋らないし、鬱陶しくない。


 漏れそうになる欠伸を嚙み殺す。鑑定の儀式に潰される時間を早起きして埋めたせいだ。

 長ったらしい鑑定の詠唱もそろそろ終わりのようで、神父の爺さんの手が、ぱあっと輝き始める。

 あとは手が肩に触れ、光が消えたらお終いだ。

 儀式の流れは把握している。

 世間ではそこそこ重要なイベントなので、近所の兄ちゃん姉ちゃんがやると見に行くのだ。そして鑑定終了が成人の契機にもなるのでお祝いもセットになる。


「主よ、オーリ・グロウが御身の寵愛を賜わうならば、その名を示したまえ――鑑定!」


 そんなに叫んで大丈夫か。

 顔を赤くした神父が僕の肩に手を触れる、その時だ。

 消えるはずの光が強まり、僕は思わず顔を上げる。

 驚愕に固まる神父の目は右へ左へ動いている。神父にしか見えない何かが見えているのだろう。


「おお、やった、やったのか!」

「見て、あれうちの子よ! オーリよ!」

「兄ちゃんすげえ!」


 ざわめく観客の中で飛び切り騒ぐマイファミリー。やめてくれ。本当に。逃げ場もないし恥ずかしい。


 ――それにしても不思議だ。

 スキルの発言は鑑定後ではなく十五歳を迎えた時なのだ。つまり予兆というか、何らかの変化を感じていても良いはずなのだが、僕には微塵も変化がない。

 矢除けのような受動的加護スキルだからだろうか。

 ……矢除けだけは嫌だ。矢だけでなく魔法も逸らせるスキルなので、戦地で矢面に立たされたり、要人警護をさせられたり、早い話が遠距離防護の肉盾扱いだ。

 当然、剣で斬りかかられたら通るので、特攻されようものなら殺される。


「オーリよ。お前のスキルがわかったぞ」


 厳格な声音で神父が言うものだから生唾が喉を下る。

 観客も同様に息を吞んだのか、喧騒がぱたりと消えた。

 そして神父は神妙な面持ちで告げる。


「お前のスキルは『成長加速』だ」


「……成長加速?」


「曰く、お前の周囲、一定範囲内にいるスキル保持者を除く全ての生物の成長速度を高める能力だ。素晴らしいスキルではないか。さあ、主に感謝せよ」


 あまりにパッとしないスキルに僕も、観客も、騒ぎ立てていた家族でさえ反応に困っている。

 自身が成長できるならまだしも他人を成長させて何になるのか。

 ――待てよ。全ての生物が対象ならば作物も成長するのでは。

 もしそうなら素晴らしいスキルだ。成長が何を指すかわからないが、土壌にも有効なら休耕を設けずともガンガン育てられる。


 土地を休ませないだなんて、なんという悪魔的発想……! 試さずにはいられない。

 居ても立っても居られず俺は立ち上がる。

 一攫千金!? スキル『成長加速』で育てる農家ライフ! の開幕だ。


 そうして身を翻す瞬間、がっしり肩を掴まれる。


「主への感謝は?」


「感謝感謝!」


 礼を述べても神父は手を離してくれない。


「よろしい。では届け出と出立の準備だ」


「そんなすぐに出るの!? 一ヶ月、いや一週間待ってくれよ」


「ならん。さあ行くぞ」


 神父は怖いくらいに目をギラギラ光らせ、しまいには僕の首根っこを掴んでズルズル引きずる。枯れ木のような老体のどこにそんな力があるのか、抵抗が徒労にしかならない。

 頼みの綱である家族へ向けて救助を求めるが、満面の笑みで見送る構えだった。

 腰を痛めがちな親父の代わりに頑張ってたというのに、なんたる子不幸な親だ。僕なくしてどうやって生計を立てるつもりなのか。

 帰ってくるのがどれくらい先になるかはわからないが、せっかく育てた農地が荒廃していないことを祈ろう。


 ――ああ、嫌だなあ。

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