FALL FROM GRACE

「離婚はしません」


 あのひとの驚いた顔ったらなかった。

 絶対に別れられると思っていたのね。


「キミだってもう僕に愛情なんてないだろう! 別れてくれ!」


 耳が遠くなったのかしら。

 焦りの色を見せるあのひとに、私はもう一度はっきりと言った。


「離婚は、し・ま・せ・ん」


 そんな答えが返ってくるなんて思ってなかったんでしょうね。

 怒りと焦りに満ちた視線を私に向けてきた。


「お、お前が何と言おうと離婚だ! 離婚してやる!」


 そのままドタドタと家を出ていったあのひと。


 こらえていた笑いが口から溢れ出る。

 あのひとは、まだ私が何も知らないと思っている。

 随分若いにご執心のようで。

 この一年で随分と情報を集められたわ。


 それにしても、何で男の人って馬鹿なのかしら。

 避妊しなければ、子どもが出来るのは当たり前でしょ?

 大丈夫な日なんかねぇんだよ。

 そろそろタイムリミット。もう産むしか選択肢がなくなるわ。

 さぁ、あのひとはどうするのかしら?


 今頃女とふたりで焦ってるかもね。

 離婚届の不受理届も済んでるし。

 こうなると、もう私を説得するしかないわ。


 さぁ、まずは慰謝料ね。こちらの言い値でいただかないと。

 女の正体も分かっている。もちろん女からもたっぷりといただくわ。

 このマンションもいただこうかな。共有財産と車も全部私のものね。

 あのひとに財産らしきものは残るのかしら?


 そうそう、あなたは知らないかもしれないけど、お義母様とお義父様とはすごく良い関係なの。私を本当の娘のように可愛がってくださるし、私も母の日や父の日、お誕生日のプレゼントは欠かさなかった。きっと女には土地持ちだって言ってるんでしょ? 浮気して離婚ということになれば、ご実家の家や土地、支援は当てにできなくなるわね。


 それに、あなたがご執心の女の親御さんだけど、公的な立場の方らしいわよ? 地元の顔役らしいわ。そんな親の娘が略奪婚……東京と違って地方だから、ただじゃ済まないわね。私にとってはラッキー。口止めするには……ね? うふふふ。


 あっと大事なこと忘れてた! 私たちが結婚するときの仲人、私が勤めていた会社の専務さん……今は社長さんだよ。興信所の費用とかも全部出してくださってるの。私とあなたの出会いのきっかけを思い出して。私が取引先の従業員だったことよ? あなたの勤務先、私が勤めていた会社だけで相当な売上と利益を上げていたはずだけど、多分それゼロになるわね。あなたの浮気と離婚が原因で。それと、仕事中に社用車でホテルへ行くのはやめた方がいいわよ? あなたがどんな処分を会社から下されるのか、楽しみね!


 さて、そろそろ私も本格的に動かないと。証拠は全部揃ってる。弁護士との調整も済んでいる。まずは内容証明を各所に送りつけなきゃね。あのひとたちは知らないんでしょうね。離婚は有責者側からはできないということを。


 え? 子どもに罪はない? 別に子どもには何もしないわよ。勝手に産めばいいわ。その言葉は、罪深いあのふたりに言って頂戴。まぁ、子どもにとっては、親ガチャ失敗というところね。


 底の見えない地獄へと落ちていくあなたと女。

 あなたの影が濃くなっていくほどに、私が輝いていく。

 もうすぐ夜明けだ。朝がやってくる。

 それは私の第二の人生の始まり。

 肉欲に溺れたふたりを踏み台に、私の輝ける未来が始まる!



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