6 Ἅρπυια《ハルピュイア》
―――遺跡調査隊メンバーは語る。
『旧世界崩壊後、この星は自然が旧都市を浸食したんです。だから野生動物も増えて大変なんです! キャンプは食料が足りなくなると現地調達するんで時々狩りに行きます。中には大きく育った個体もいるんですよ! 食べたらおいしいのかな? あっ! 最近は大きな鳥を見ましたよ?』
◇ ◇ ◇
一夜明け、今日はキャンプ最終日。青い空、白い雲、絶好の探検日和だ。
隊員のみんなは昨日のウルドを見て士気が高まっている。一攫千金を夢見て張り切って探索に出掛けて行った。
いいなぁ。きっと楽しいんだろうな……。古書とかも発掘されないかな??
しかし、ウルドのラボは大丈夫だろうか? 彼女は発見を恐れていたが、見つかってしまうのでは? でも、あのラボの奥に居たアンドロイドもE.オビウム社製なんだろうな……未完成素体が状態よく残っているなんて、ある所にはあるんだなぁ。
俺達
青空の元、二人でジャガイモの皮むきをしている。
「レン……怪我の調子はどうだ?」
「ああ、ぼちぼちだ。そっちは?」
「おかげさまで……」
何か物足りないシュウの足首には湿布が貼られ、包帯でぐるぐる巻きになっていた。ジャガイモの皮をむく音だけが虚しく響く。
「殴って悪かった……それに告発しないでくれて、ありがとう」
「今回は理由が理由だからな……月の連中と手を切ってくれれば許す。……それに、俺もお前たちに寄り添えなくて悪かった……親友なのに気づけなくてゴメン」
「レンが謝る事じゃない。俺達を怒ってくれてありがとう。危うく
心なしか二人ともジャガイモの皮を剥く音が軽快になった。
わだかまりが解けた感じがした。大丈夫、俺達また親友に戻れる。
「あれ? そういえば、いつも被ってるキャップは?」
彼に物足りなさを感じたのは、ニットキャップを被っていなかったからだ。お気に入りで、ほぼ毎日身に付けていたのに……
「ああ、今日1日貸してくれと脅……頼まれた。お宅のウルドに……」
シュウは苦い顔をしながら天を仰ぐと『うおっ……』と小さく
俺も顔を上げると、二人の前にアンドロイドの皮を被ったウルドが仁王立ちしていた。無表情なのが怖さを感じる。
今日の彼女は俺に頼み込まれたパーカーを渋々着て、昨日貰った靴を履いている。髪型も昨日教えて貰ったお団子に尻尾が生えた様なスタイルだ。更にシュウのニットキャップまで被っている。
「ご主人様、調理班の班長より依頼が入りました。狩りをして来いと仰せです」
「狩り? 怪我しているのに? 今から?」
射撃の腕を買われて狩りを手伝う事は良くあるけど……急だな。調理班の班長は優しい。怪我を心配してこんな仕事を分けてくれるくらいだ。そんな人が狩りに行ってこいだなんて……。
ウルドは無表情のまま返答する。
「ハイ、今、早急にデス」
うっ……。圧を感じる。大人しく従おう……きっとシュウもこんな感じでキャップを貸せと言われたのだろうか。申し訳ない。
「分かった……行くよ。 シュウ、ジャガイモは任せた」
「おう、いっぱいとって来いよ~」
そう言って見送られながら、俺達は準備をしに自分たちのテントに戻った。ウルドは仕舞ってあった銃らしきものを猛禽のようにひっつかむと、今度は俺の手を引いて走り出した。
ちょいちょいちょい!俺、まだ荷物持ってないけど!……俺も慌て愛用の武器を掴み、ウルドに引きずられるように走る。
「待ってくれよ! 狩りの銃を借りてこないと……」
「ごめんなさい。狩りは嘘なの」
「嘘ぉ!?」
「シュウ達と取引した奴が追手を放ったの。空を見て」
空には一羽、悠々と翼を広げって飛ぶ、大きな鳥の影が見えた。逆光でよく見えないが、シルエットに違和感を感じる。ってかデカ過ぎんか? あの鳥。
「追手って……あの鳥の事か?」
「そうよ。発信機が壊れているから、このキャップを目印に放たれたんでしょう。キャンプから離れて人気が少ない所で迎えましょう」
だからシュウからキャップを借りたのか! でも……
「所詮鳥だろ? 放っておけばいいじゃないか。キャップだって隠せばいい。なぜわざわざ戦いに?」
「ただの鳥じゃないの。それに戦いに行くんじゃないわ。向こうの駒を減らしに行くの。ヨツンに深いかかわりを持つ
言ってることがさっぱりだが……ヨツンと言われると俺は弱い。
「分かった、行こう。ただし戦力としては役に立たないぞ?」
「いいのよ。レンは見てくれるだけでいい。後は私がやるわ♪」
自然に浸食された旧世界の遺跡、舗装された道にもひびが入り間から草が生えている。この遺跡は今回の調査対象ではないので人の気配が無い。
開けた場所まで来るとウルドは足を止めた。
「さて、ここら辺でいいかしらね?」
そう言いながら彼女は持ってきた銃らしきものを取り出し、そこから配線を伸ばし自身のチョーカーにつないだ。するとチョーカーと銃が静かに光る。
「何してるんだ?」
「充電してるの、じゃないと撃てないからね」
銃……電気……え?
「えぇ? おい! まさか……その銃……」
「レールガンよ? どうしたの」
レールガン……旧世界の末期に登場して旧世界と共に消えて行った人工遺産だ。
火薬の代わりに電磁の力で音速の弾を放つとか……文献で読んだだけだが、実物が拝めるとは! しかも普及しなかった小型……というか、
「さぁ、おいでなすったわよ」
追跡者は鷹の様な翼を大きく羽ばたかせながら、正面にある鉄柱の頂上に舞い降りた。
ミルクティー色の肩で切りそろえられた髪の毛に黄色い瞳、にたりと笑う赤い口……年端の頃は俺と変わらない女と目が合った。その女の下半身には白い羽毛が生え、鳥のような脚をしておりつま先は黄色く黒く大きな鉤爪で鉄柱を掴んでいる。上半身は人間だが、肩から先ににはブラウンの羽が生え翼となっている。首に付けている機械的な首輪が異質だった。その姿は天使というより……
「……化け物」
「ハルピュイア。月裏研究所で作られた
キマイラ……これが月の怪物。
情報が渋滞していて理解が追い付かない。ただ分るのは月裏はとんでもない物を作っていると言う事だ。ハルピュイアは鈴が転がる様な声で笑い、話しかけてきた。
「ふぅん……ちゃんと生きていたじゃない。ユミルのパーツは回収出来たんでしょうね?」
何!? 会話できるのか??
本の中でしか描かれていないような生物と対峙するなんて……俺はこのハルピュイアを通して月裏の狂気を知る事となるのであった。
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