(腰は超痛いけど)第二公子に正論パンチする

 沸騰した頭のまま、腰を浮かせようとして……。


「――うっ!?」


 すぐさま、ハイツはその動きを止めることとなった。

 それは何も、彼の自制心がそうさせたわけではない。


「………………」


 目の前に立つ獣人娘……。

 ギンという名のSランク冒険者が放つ殺気によって、そうさせられたのだ。


 別段、凄みのある顔をしているわけではない。

 強いて言えば、これは無表情ということになるだろう。

 ただ、その――目。

 ぱちりとして愛らしいはずの両目が……。

 紺碧の海を思わせる色合いの瞳が、何百倍にも巨大化して感じられる。

 そして、その眼差しは、自分の一挙一投足……。

 いや、皮に隠れているはずの筋繊維に至るまで、細かく監視しているのだ。

 彼女の目は、こう語っていた。


 ――それ以上、動けば。


 ――殺す。


 全身を無数の凶器で刺し貫かれたかのような衝撃に、体が動くことを拒否する。

 まさに――ヘビに睨まれたカエル。

 絶対的捕食者の前で、自分は無力な被捕食者に過ぎないのだ。


「ギン、そういうのは良くない」


 腰が痛いため、足組みで座ったまま微動だにしないヨウツーが、たしなめるようにそう言った。


「怯えている」


 聞きようによっては、蔑んでいるとも、挑発しているとも取れる言葉……。

 だが、これが単に事実を羅列しているだけであるのは、明らかだ。


「すみません、先生……」


 一瞬前まで見せていた胆力は、どこへ隠したのか……。

 元通り、ただの愛らしい少女へと戻ったギンが、そう言って着席する。

 ハイツには、もう彼女が恐るべき化け物にしか見えなかった。


「ぐえうっ……」


 そして、彼女が必要以上にお尻をスリスリと密着させようとした結果、腰に振動のきたヨウツーが情けない声を上げながら苦しんでいるようにしか見えなかった。


「はぁ……はやしをもひょしましょう」


 喉というよりは、腹の奥底から息を絞り出しているような……。

 滑舌のかの字もない声で、ヨウツーが語り出す。

 ……多分、「話を戻しましょう」と言いたかったのだろう。


「……貴様、この開拓が失敗すると断じたな? まずは、その理由を聞こうか」


 元通り、深々とソファに腰かけたハイツは、そう言って続きをうながした。

 確かに、目の前にいるSランク冒険者――ギンは、恐ろしい。

 そして、がんばって呼吸を整え、腰の痛みを押さえ込もうとしているおっさんは、見苦しい。

 だが、ハイツとて栄光あるザドント公国の第二公子だ。

 その上、容姿にせよ才覚にせよ……あらゆる面で、兄公子に勝っているという自負がある。


 どれだけ、戦闘力が高かろうが……。

 あるいは、腰が痛かろうが……。

 自分たちは対等な――いや、この開拓計画に関していえば、明らかに自分が上位者であると心得ていた。

 ……どうでもいいが、ちょいちょいおっさんの腰痛が思考に割り込んできて、うっとうしいことこの上ない。


「はぁー……ふぅ――……」


 うっとうしいおっさんは、どうにか痛みを抑え込むことに成功したようだ。


「単純に戦闘力が低すぎます」


 再び真面目な顔になったヨウツーが、端的な結論を述べる。


「開拓者として御身が徴収されたのは、まさに寄せ集めという言葉が相応しい人間ばかり……。

 ドルンに巣食う強力な魔物が相手では、ひとたまりもないことでしょう」


「そんなことは、百も承知だ。

 そのため、直属の騎士団百騎が開拓の護衛に就く」


 何だそんなことを問題にしていたのかと、ハイツもまた解決策を述べた。

 公主直属の騎士団は、精強だ。

 実際、北部ドルン平原から進出を試みてきた魔物も、幾度となく討ち果たしている。

 それを自分が率い、直衛として就くのだから、戦力的な問題は存在しないと思えた。


「考えが甘いですな」


 が、そんなハイツに告げられたのは、むべもない一言である。


「ギン。

 冒険者としての活動で、最もやりにくいのはどんな時か……殿下に教えて差し上げろ」


「分かりました」


「おうふっ」


 必要以上に尻を密着させているギンが力強くうなずいたせいで、また腰に衝撃の走ったヨウツーが悶絶した。

 そんな彼には構わず、獣人少女が率直な意見を述べる。


「ずばり、冒険者活動で最もやりづらいのは、守るべき――それも無力な護衛対象がいる時です」


「お、おう……ありがとうな」


 今度はさっきよりダメージが少なかったらしく、すぐにヨウツーは回復した。


「騎士というのは、臣民を守るべき存在だ。

 当然ながら、僕も含めて誰かを守りながら戦う訓練は受けている。

 それでも、足りないというのか?」


「騎士が通常行う護衛と、本件において必要とされる護衛力は、まったく次元の異なるものです。

 何しろ、護衛対象は幅広い仕事に従事し、新たな生活基盤を未開の地で築き上げねばならない。

 四六時中、強力なドルンの魔物に脅かされる中でだ。

 これを騎士たちの力だけで守り切るというのは、現実的ではありません。

 そもそも、補給の問題がある。

 騎士は食べ物を生まない」


 Cランク冒険者に過ぎない男が、スラスラと否定材料を並べてみせる。


「それでも、僕なら――」


「有能なハイツ・ザドント第二公子と、彼が率いる騎士たちならば、どうにかしてみせると?

 公主陛下はそう考えられたようですが、私からすれば、自信過剰は程々にした方がいいですな。

 自分が井の中の蛙に過ぎないことは、さっきギンに睨まれた時点で痛感したことでしょう?」


「ぐぬ……」


 そうと言われてしまえば、反論する術もないハイツだ。

 すぐ腰を痛めるこのおっさんは……まあ、負ける気がしないが、ギンという少女に関しては、Sランク冒険者に相応しく、戦うまでもなく格の違いを感じさせられた。

 絶対的な実力差のある人間が、自分とその手勢では力不足だと断じたのだから、これはおそらく真実なのである。

 それを認められないのは……プライドゆえだ。


「簡単に認められないのは、自尊心のためですか?」


「……どうして、そう思う?」


 そのことを、簡単に言い当てられ、やや動揺しながらも尋ねた。


「簡単な推察です」


 腰は動かさないように注意しつつ、ヨーツウが肩をすくめる。


「失礼ながら、御身の素性は調べ上げています。

 容姿の端麗さは、見ての通り……。

 文武も両道。様々な分野で、目ざましい活躍を見せている。

 逆に言うならば、挫折知らずということ……。

 自他共に認める実力があり、しかも、失敗というものをしたことがない人間の考え方というものは、想像がつきます」


 そこで、ヨウツーの目が細められた。


「いや、挫折知らずというのは、違うか……。

 あなたは、跡目争いに敗れているのだから」


「……っ!?」


 それは、公国の人間ならば、誰もが知っていること……。

 だが、ハイツにとっては、逆鱗を剥がされるかのごとき事実である。

 ギリリと歯を噛み鳴らすハイツに、ヨウツーが続けた。


「あらゆる面で兄公子に勝るものを持ちつつも、長幼の序を重んじるご祖父の意向により、跡目争いには敗れた……。

 さぞかし、屈辱だったことでしょう。

 推測ですが、跡継ぎを指名されるまでの間、城内の人間もあなたこそ次代の公主であると考え、持ち上げていたのでは?」


 推測と言いつつも、随分と確信を抱いている物言いだ。

 そして、その推測は正しかった。


「………………」


 沈黙は、肯定の証。

 そう捉えたヨウツーが、話を続ける。


「そんなあなたにとって、起死回生の一手がこの開拓計画だ。

 過去にこの国が挑むも、失敗に終わってきたドルン平原開拓……。

 これが成功することによって得られる利益は、計り知れない。

 ことによっては、いや……これが狙いか。

 新国家を樹立し、あなたが君主として収まることも夢ではない」


 現在は、魔物が跋扈する危険地帯であるドルン平原だが……。

 火山地帯へ沿うように存在するこの平原は、極めて肥沃な土壌であり、開発の余地は極めて大きい。

 しかも、ドルンの更に北には北方諸国が存在しており、上手く入植することができれば、現在は腕利きの冒険者が近道として危険を覚悟で突き進むだけの土地が、交易の要衝に化ける可能性もあるのだ。


「大変に魅力的な計画です。

 実際、私もそう考えて馳せ参じましたから。

 が、足元が見えていません。

 自分と配下の実力を過大評価している上、せっかく集めた開拓者たちへの待遇も粗雑だ。

 あんな難民同様の生活をさせられて、危険な開拓地で生き抜くだけの力が付くと?

 まして、御身に対する忠誠心が根付くと?

 御身や騎士たちがいかに優秀であっても、開拓の中心はあくまで彼らであり、成功するか否かを左右するのも彼らであることを、忘れてはなりません」


 正論に継ぐ正論……。

 言葉でもって散々に殴られ、しかし、言い返すそうにも実力が足りないことは思い知らされた。


「なら、どうすればいいと言うんだ……?」


 精神的には息も絶え絶えとなりながら、どうにか尋ねる。

 すると、ヨウツーは自信満々になりながら、こう言ったのだ。


「全権を寄越せとは言いません。

 ですが、私を開拓団の長として、お側に置いて頂きたい」




--




 ※お待たせしました。下に書き直し版のリンク張っておきます。


https://kakuyomu.jp/works/16818093077667666449

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【ボツ版】万年Cランク冒険者のおっさんが引退し開拓地で酒場を営むことにした結果、ギルドの冒険者たちがこぞってついてきてしまった件 ~俺が師匠? 何のことです?~ 英 慈尊 @normalfreeter01

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