第31話
「さて、頑張ろう。」
決行当日の朝、朱音は気合いを入れる為に声にだしていた。そこへ
「朱音ちゃん、無理しないでね。」
見送りに来ていた高遠が朱音に声をかける。
「本当は私も着いて行きたい所だけど、私は足手まといにしかならないから。」
そう言う高遠の姿はジーンズにダボッとしたTシャツ。ヘリの風圧でTシャツが捲り上がり多くの隊員達がそれをチラ見する事態となっていた。
「作戦前になんて姿で現れるんだ。お前は。」
馬場はそんな高遠に対し苦情を入れる。
「あら?良いじゃない。皆も喜んでいるわよ。」
「そうかも知れんが破廉恥だ。」
「そう言っても本当はもっと近くで見たいから来たんでしょ?」
「はあ、作戦前に疲れるからやめだ。」
「んもう、つれないわね。けど、朱音ちゃんも馬場君も気をつけてね。絶対無事に戻って来るのよ。」
「ああ、当然だ。」
「頑張ります。」
それを聞いて高遠は手を振りヘリから離れた。
「この作戦に多くの人が私の
朱音は1人呟き気合いを入れヘリに乗り込んだ。2機の大型ヘリはゆっくりと上昇し目的地へと向った。ものの5分もしない内に
「見えました。」
ヘリのパイロットがそう言った。朱音には分からないが、パイロットには見えているのだろう。ヘリは目標に向かって高度を落としていく。
「見えた。」
朱音にも発見する事ができた。海の中から突き出た細く長い物が。近づくとそれの異様さがよく分かる。それは明らかに自然が作り出した物ではない。窓なんかは無いが、その先端はアンテナのようにも見える。
「何処かに入り口なんかも有りそうだな。」
馬場が塔を見ながらそう呟いた。
「到着です。」
ヘリは塔の間近でホバリングしている。
「朱音。頼んだぞ。」
「行きます!」
『ここを中心に100メートル範囲の海よ!その海底をさらけだせ』
最初はヘリの真下に穴が開いた。その穴がどんどん広がり海水が凄い勢いで押し退けていく。次第に真下の大地が顕になってきた。それを見ていた隊員達が歓声をあげる。
「こんな事ができるなんて。話に聞いていたが凄いな。」
「魔法としか言えないなこれは。」
「あの娘は魔法使いだったんだな。」
下の大地が完全に顕になった。
「作戦開始だ!急げ!急げ!」
ヘリのハッチを開きそこから隊員が凄い勢いでロープで降下していく。
「今見える範囲に敵はいない?」
「ちょうどいい。水に呑まれてここから離れたのだろうな。だが、全部がそうとは限らないから注意するに越したことはない。」
下に降りた隊員が銃を構え周りを警戒し安全を確認する。ヘリの着陸場所を確保すると合図を出した。
「着陸します。」
ヘリが降下を始め着陸した。緊急の事態に備えていつでも発進できるようにホバリングをしたまま待機した状態だ。そんな中、ヘリからは次々と隊員が降り警戒と調査に向かう。そんな中ヘリの近くにいた隊員が、
「うわあ!」
叫び声をあげた。近くの地面が盛り上がり中からハサミがゆうに1メートルはありその全長は人間よりもはるかに大きい巨大なカニが現れた。
「この野郎!」
隊員はカニに向けて銃を撃つが
キンキンキン
とまるで金属に当たるかのような音が鳴り効果があるようには思えない。カニはそのまま無防備に隊員へと近づいていく。そこに背後から馬場が
『筋力強化』
『顕現せよバスターソード』
馬場はその手に持った巨大な剣をカニへ叩きつけた。
ガキィィン
甲高い音が鳴り響きカニの甲羅が1部砕けた。これにはカニも反応し背後の馬場へと向こうとする。
「させるかよ!」
馬場がカニの背後に取りついた。カニの構造上背後には手が届かない安全地帯だ。カニが馬場を振り下ろそうと暴れまわるので周りに居る隊員達が慌ててその場を逃げ惑う。それに気をとられたのかカニが止まった。その隙を馬場は見逃さない。
「うおおお!」
凄い勢いで何度も剣を同じ箇所へ叩き込んだ。甲羅はどんどん砕けていき、その甲羅の1/3程破壊した所でカニは倒れそのまま動かなくなった。
「おおおぉぉ……、手が痺れてる。」
馬場が震える手を抱えるようにその場に座り込んだ。そこに
「そうか、地中に潜る生物は
田中がやって来てそう言った。
「そう言う事だな。各班に伝令だ。」
馬場がカニと相対した隊員へと全員に地中にも注意しろと伝令を出すように指示をした。
「しかしこの巨大なカニは魚人と共生関係なのか?」
「分かりませんね。普通に考えるとカニは魚人を捕食する為に潜んでたと考えますが関係ないとはいいきれませんよね。」
「そうだよな。しかしこんなのが何匹も居たら無理だぞ?」
「それは剣で甲羅を攻撃するからですよ。カニは関節を狙うか、もしくは」
ドーン
少し離れた所で爆発が起きた。
「手榴弾で対処ですよ。」
「おお、そうか。その手があったな。」
そう言いながら馬場が手榴弾を用意しようとするのを見て
「とは言えヘリの近くで爆発は厳禁ですので、」
そう言って田中は人差し指を立てた。
「その時は馬場さんが何匹でも倒してくれますよね。」
そう笑顔で言う田中の目は笑ってなかった。
「ははっ、任せとけ。」
ひきつった顔で馬場はそう答え、新たなカニが出てこないのを祈るばかりだ。ヘリの警護をしつつ辺りを伺う。散発的に銃撃の音や爆発音が聞こえてくる。
「敵と言うかカニの発見及び交戦の情報ばかりでめぼしい発見はありませんね。」
「どうする?殲滅に切り替えてミサイルでも撃つか?」
「そういう訳にはいきませんよ。ただこのままだとそうなるかもしれませんね。せめてこの搭の中を調査できれば良いのですが……。」
そう言って搭を見上げる。
「それにしても大きい。」
朱音は塔を見上げて言った。下から見上げた塔は巨大で、所々にまるで枝のように上に向かって何かが突き出している。それはまるで木のようにも見えるが、そうではない。どちらかと言うと芸術家が作った木をモチーフにした作品のような印象だ。これが海中にあったとは思えない。海草の付着もなければ、濡れているようにも感じない。美術館に置くには大きすぎるがそこにあっても違和感はないだろう。そう感じながら塔を眺めていると、
「あれ?」
朱音が塔に何かを見つけた。搭の外壁に何か違和感がある。所々に妙な膨らみがあるのに気がついた。
「何だろう?あれ?」
「ん?何がだ?」
馬場が問いかけ朱音が指で指し示した瞬間。ギョロっと目が開いた。
「な⁉️」
それは大きく口を開き上から落ちてくる。馬場は朱音を担ぎ素早くそれを回避した。それはベチョッと音をたて地面に激突したかと思うと素早く方向を転換し、避けた馬場らに飛びかかる。
「うおっ!」
咄嗟に馬場は剣でそれを防ぐ。するとそれは剣に張り付いた。
「何だこれは?」
馬場はそれを叩き落とそうと地面にそれごと剣を叩きつけるが、寸前の所でそれは剣から飛び退いて躱した。
「うええ、動きが気持ち悪いよ。」
そう言って朱音は身悶えする。距離が空いた事で改めてそれを観察する。肌の色は白っぽい茶色。目玉が上の方にギョロっと出ていて、その唇は分厚い。頭頂からたぶん背中にかけて背ビレが有りそうだ。そして特徴的なのが腹部に吸盤のような物があり、他の魚人と同様に2本の足で立っていた。大きさは大人より少し小さい位だ。
「あれは多分ハゼの進化ですね。」
田中が特徴からの判断で言った。
「流れされないようにお腹の吸盤で岩に貼り付いて固定するのが特徴です。そして陸でも跳ねて移動したりします。」
その矢先にそのハゼが予備動作なしに朱音に向けて跳んできた。
「この野郎!」
馬場がそれに合わせて剣をバットのスイングのように振り、それは見事に命中した。ハゼはその開いた口から背中にかけて見事に両断された。
「2枚開きの完成だ。」
「魚の開きは背骨を中心に分けるのですが、これでは背骨側とお腹側に分かれてますよ。」
「細かい事は気にするなよ。っと」
それが倒されたからなのか分からないが、塔に貼り付いていたハゼの魚人が次々と落ちてくる。それを馬場は躱しながらタイミングを合わせ落ちて来た所を上手く切りつけていく。
「うわ!あわわわわ。」
その横で朱音と田中が落ちてくる魚人に慌てふためいていた。
「少し離れていろ!」
朱音と田中はそれに従い離れていく。次々と切っていくが
「ちっ!数が多い。」
落ちてくる魚人全てを切れている訳ではない。離れた所に落ちた魚人が馬場を目掛けて飛び跳ねてくる。それを躱しつつ対処しようとするが、上からも横からも次々とくるので、防ぐので精一杯となりつつあった。
「こっちに逃げて!」
そう朱音が叫ぶと直ぐに馬場は後ろへ跳躍した。
『地面よ盛り上がり幾層の槍と化せ』
馬場居た辺りの地面から次々と槍が生まれ突き出してくる。上からも落ちてくる魚人は成す術もなくその槍に貫かれていく。槍はその数を増やし搭を囲むように作られていった。
「これで上からの魚人は大丈夫なはず。」
「残りは任せとけ!」
そう言いながら馬場は無事な魚人を相手に大立まわりを演じていく。そこに他の隊員達も駆けつけ銃で対処していった。
「ふううー。終わった。」
それから5分もしない内に落ちてきた魚人は全て倒しきった。
「下から出たり上から落ちてきたりと意表を突いた事ばかりでしたね。」
「そうだな。しかしこれで流石に粗方片付いたんじゃないか?」
「だといいですけどね。どうにもおかしいと思うんですよ。」
「おかしい?何がだ?」
「ここの生態系がです。」
「そうか?魚人なんてのが居るくらいだしこんな物じゃないか?」
「魚人の存在が現れてから僕の常識は根底から覆されてばかりですが、ここの生態系は異常だ。さっきのカニもそうです。自然界であんな巨大なカニなんて今まで発見されていません。」
「ここだからじゃないのか?」
「確かにガラパゴスの例のように、場所によって独自の進化を遂げる事はあり得る話です。それにしたってあんなにカニが巨大化するのはおかしい。それに魚人もです。」
「魚人も?」
「1つの種類が進化してあの姿となったのならばまだ納得します。しかし、魚人は今まで見たのでイワシ、タイ、シャコ、それに今のハゼ。種類が多すぎます。これではまるで誰かが意図的にそうしたのではないかと疑いたくなる。」
「難しい事は分からんが、ここの環境がそうしたんじゃないのか?」
「環境によって進化するのはそうなんですが、今のカニも、ハゼも何か人間に敵対するように仕向けられている。そんな意図的な何かを感じる気がします。」
「でも、そんなのできるなんてあり得ないんじゃないですか?それこそ神様がそうしたとかじゃない限り。」
「まあ確かにそうなんですけどね。意図的に人間に対して敵対するように進化を促す。そんな事が可能な訳がありませんよね。僕の考え過ぎですよね。」
そう言って田中は塔に目を向ける。
「……果たしてこの中には何が待っているのだろうか?」
ガラパゴスのように周りと隔絶した環境ならば独特の進化をするのも分かる。しかし、この広大な海で果たしてここだけが独特の進化をするだろうか?それとも魚人はもっと昔から存在していて、人類がそれを知らなかっただけなのだろうか?確かに海は広い。人類が海の中を知っている部分なんてのはほんの1部に過ぎないだろう。だからといって今のこの状況はあり得るのか?塔の中に朱音ちゃんが言ったような存在が居てもおかしくないのでは?
「おいおい流石にもう勘弁してくれよ。中にも何かが居るってか?」
自分の想いを伝える訳にはいかないだろう。この想像はあまりにも骨董無形な想像だ。変に伝えれば不安を煽りかねない。
「ここが何かしらの施設なのであれば、中には魚人やその仲間が居るでしょう。まあしばらくは休んでいて下さい。馬場さんの出番はまだまだ沢山あります。調査次第ではありますが、まだ頑張って貰わないといけませんからね。」
「そうだよな。では休ませて貰うよ。」
そう言って馬場はポケットからスキットルを取り出しその中身を口に含んだ。
「アルコールじゃないよね?」
映画とかで見るスキットルのイメージでは中にはウィスキーが入っている。
「これか?流石に作戦中にアルコールを飲む勇気はないな。中身は普通のコーヒーだ。」
「いかにもなデザインだからさ。」
「まあ確かにな。しかしこれじゃないとポケットに収まらないからな。」
「他の人と違ってリュックとか持ってないのは何で?」
「俺の場合は近接戦闘がメインだからな。余分な荷物を持つといざというときに邪魔になる。」
「なるほど。そういうものなのね。」
「まあ俺が特殊だな。自衛隊でも格闘の訓練はするが、メインは銃だからな。剣で戦うなんて現代では考えられない戦い方だよな。」
「確かにそうね。」
「俺も
「じゃあ何で今は銃を使わないの?」
「何故だろうな?
「両方使えばいいじゃん。」
「いや、駄目だ。あの剣は大きいから片手ではまともに使えない。両手が使えないとあの剣は使えないんだ。」
「ああ、なるほど。」
とそこに
「ヴヴ!ワンワンワン!」
「どうしたの?シロ?」
シロが急に海の方に向かって吠えだした。
「ワン!」
「敵?何処に?」
シロが馬場の飲んでいたスキットルを奪い取り中身をぶちまけた。
「あ!お前!何をするんだ、あ?」
水筒の中身のコーヒーは地面に落ちずに空中で垂れていく。
「どうなってる……!動いた⁉️」
コーヒーをかけられた所を中心に色が変わっていく。今までは景色と同化して判別出来なかった物が色を取り戻していく。それは灰色のような濁った色をし、大きな吸盤がたくさん付いている。8本の足に大きな頭。頭だけで大人の身長分位ありそうだ。その体の柔らかさに頭を支える事が出きず頭を引きずりながら進んでいた。
「な⁉️これはまさか?」
「タコ?」
あまりの大きさにシロは吠えているものの少しビビっているようで尻尾が下がっている。
「これはまた巨大ですね。」
タコが近くにあった巨大な岩に触手を伸ばし巻きつけ持ち上げた。
「まずい!」
馬場が本能的に危険を察知し、岩を持つ触手に向けて剣を投げた。タコはそれを気にする事なくそのまま岩を投げつける。馬場が投げた剣と岩が奇跡的にぶつかり岩は大きく狙いを反れた。
「ヘリを飛ばせ!タコの投げる岩に当たったらひとたまりもない!」
タコが次々と岩に触手を伸ばす。
『地面よ壁となれ』
朱音が壁を作りタコの攻撃を防ぐが、壁に岩を投げつけられ壁はどんどん崩れていく。
『地面よ壁となれ』
再度壁を作って防ぐ。
「これじゃもたないよ!」
「ヘリは上空に退避!」
田中がヘリに指示をだすと、ヘリは上空へと飛び上がっていった。
「さあ、これで制限時間内にこのタコを倒さないと海に呑み込まれる。田中!隊員を集めろ!最優先でタコを倒すぞ!」
「分かりました。」
田中は隊員達へとヘリの待機場所へと集まるように指示をだした。
『顕現せよバスターソード』
馬場はさっき投げたバスターソードを再度その手に出現させた。
『地面よ壁となれ』
3度目の壁だ。
「タコの岩は無くならないの?」
壁の向こうでタコが岩をどう補給しているのか分からない。投げるにも数に限りがあるはずだ。そう思っていたら
「朱音!逃げろ!」
「え?」
朱音が壁の方を見ると壁の上からタコの触手が伸びて来ていた。その触手の吸盤を壁にしっかりと貼り付けるとズルンとタコの姿が壁の上に現れた。そして、他の触手には岩が持ち上げられている。
「ワオン!」
いつの間にか巨大化していたシロに朱音は優しく咥えられた。そして凄い勢いでシロが走る。
「あがががが」
優しく咥えていても走れば当然大きく揺れる。その揺れの激しさに朱音は変な声が出ていた。さっきまで朱音が居た所に次々と岩が投げられている。
「ナイスだ!シロ!」
タコの攻撃から逃げきったシロに馬場が声をかけた。
「タコ相手に近接戦闘は無理だろうが、これならどうだ!」
そう言って馬場は剣を投げた。その剣はタコの触手の1本に刺さり
「剣を投げてどうするのよ!」
「こうするんだ!」
『顕現せよバスターソード』
タコに刺さっていた剣が消え、馬場の手に剣が現れる。
「思った通り!ならこれで!」
馬場が剣を投げてはまた呼び出すを繰り返す。タコは触手を壁の後ろへと伸ばし岩を拾い持ち上げる。
「あのタコは崩した壁を拾って投げてたんだ!なんて合理的な。」
防御に使った壁を敵に攻撃に利用されるとは。
「おらおら!」
馬場が何度も剣を投げている内に
「やっと1本!」
タコの足を1本切断する事に成功した。それに怒ったのかタコは馬場を目掛けて岩を投げつける。
「うお!危ねえな!」
タコの意識が馬場に集中しているのをチャンスと見たのか1人の隊員がタコに近づき小さな何かを投げた。
ドオーン
と爆発が起きる。爆発にのまれタコの2本足が千切れ飛ぶ。
「俺が何度も投げてやっと切ったってのに。手榴弾なら1撃かよ。」
合計で3本の足を失ったタコが、自分の千切れた足に触手を伸ばしそれを拾うと足の中心、自身の口へと持っていきそれを食べた。
「確かにタコは自分の足を食べる実例も有りますが……。」
「こんな時にのんびり食事かよ!」
凄い勢いで足を1本食べきると
「嘘だろ?」
馬場の切断した足がズルンと生えてきた。
「まさかいくらでも再生する何て言わないよな?」
「あり得ません。いくらエネルギーを補給したと言ってもそんな直ぐに生えるなんてあり得ません!」
「だが実際に目の前で起きているぞ。田中、どうすればいい?」
「分かりません。こんな常識外な現象。生物学的にあり得ない。」
「田中!そんな事はどうでもいい!生物学者だろ?目の前の現実から目を背けるな!」
「⁉️そうでした。目の前の出来事を研究者の私が否定しては駄目ですね。」
「そうだ。それよりあのタコをどうする?」
「エネルギーを摂取で回復と言っても限界があるはずです。」
「そうは言うがこのまま持久戦になれば俺達は海に沈むぞ?」
「回復を上回る攻撃をするのです。」
「どうやって?」
「タイミングを合わせて手榴弾を一気に投げ込みましょう。」
「なるほど。よし、タコの注意を引き付ける。その間に田中は準備を進めてくれ。朱音も維持を忘れない程度で援護してくれ。」
「分かりました。」
「分かった。」
田中と朱音は返事をし、早速準備の為に動き始めた。田中は近くの隊員に計画を伝えそれを広めていく。
『壁よ崩壊しろ』
タコが乗っていた壁が一気に崩れタコはそれに巻き込まれた。崩壊した壁の瓦礫にまみれたタコはそこから這い出てこようともがき暴れる。
「させるかよ。」
タコが触手を使い体の上の瓦礫を除けようとするが、それを馬場が切り裂いていく。
「フシューー」
タコが怒りの為なのか謎の音を出す。それがどんどん大きくなって
ガドーン
タコが5本の触手で無理やり体を持ち上げた。その勢いで瓦礫が飛び散る。
「うお!」
瓦礫に乗っていた馬場は見事にそれに巻き込まれ瓦礫と共に弾き飛ばされた。
「今だ!」
田中が叫んだ。どこからともなく隊員がタコに集まり小さな手榴弾を投げる。それは次々と投げられ何度も爆発がまき起こりタコは粉微塵となった。
「流石にあれだけの手榴弾を食らえばひとたまりもないな。」
馬場が弾き飛ばされた場所でそれを眺めながら呟いた。
「しかし、この時間のロスは痛いですね。もう残り時間があまりありません。」
「そうだな。せめてこの塔が何なのか調べられたらな。」
「どうやら入り口らしき物も見当たらないそうですし。」
「そもそも入り口が下にあるとは限らないか。」
馬場が上を見上げながら言った。
「と、言うと?」
「海中にあったんだ。泳げば行けるんだから入り口が上やどこか途中にあっても不思議はねえ。」
「言われてみれば……。それは盲点でした。そうですよね。下から入るとは限らないですよね。」
そこで田中はヘリに指示を出し、搭の外周に入り口らしき物が無いか調べるようにした。
朱音はその様子をシロと眺めていたが上をずっと眺めていると
「あー、首がしんどい。」
そう言って下に顔を向けたその先には
「あれ?これって?」
塔の外壁に何かを見つけたのだ。
「
その文字に触れながら朱音は無意識に
『彼の者よ、導きたまえ』
朱音がそれを口にした途端に、その文字の所を中心にまるでそこが開いていたかのように壁が消えてなくなった。
「な⁉️」
その様子に気づいた馬場と田中が驚いているがそんな事はお構いなしに朱音がスタスタと中に入っていく。まるでそうするのが当然のように。シロが馬場達と朱音を交互に見た。
「ワン!」
先に行くと言わんばかりに馬場達に吠え、朱音に遅れないように早足で朱音の元へと向かった。
「何だろう?何かに呼ばれているような……。」
中には中央に祭壇のように台座があるだけでこれといった物は何も無い。朱音は周りを見向きもせずにまっすぐそこに向けて歩いて行く。その後を馬場と田中が慌て追いかけて来た。
「ちょっと待て朱音!罠かも知れん!迂闊に動くな!」
馬場が叫ぶが朱音は止まらない。馬場が追いつき朱音の肩を掴むが、
『手を退けろ』
馬場の手が弾かれた。朱音はそのまま振り向きもせずに歩いて行く。
「くそっ!どうしたって言うんだ!」
「緊急事態だ。朱音ちゃんがおかしい。いつ
田中が無線で指示を出す。そして田中は朱音の前にまわり押し留めようとするが、朱音の顔を見てギョッとした。朱音の目が不気味に蒼白く輝いていたからだ。
『
田中の体が不自然にも横にズレた。
「うわあ!」
その勢いで田中は横に転ぶ。そちらを見向きもせず朱音はそのまま祭壇へと進み台座へ手を置き
『起動せよ』
〔認証確認。
「何だ何だ?」
馬場と田中が辺りを見回す。どこから聞こえるのか分からない聞いた事もない声が聞こえたからだ。
〔バビロンを簡易起動状態から本起動へと移行します。〕
「バビロン?何だそれは?」
「それよりこの聞こえた声。
「何にしろヤバそうだな。」
〔バビロン起動 状態をチェック 1部に不具合があります。システムを本格起動する為に塔を地表へと移行します。〕
「何だ?どういう事だ?」
「馬場さん!待避しましょう。このままここに居るのは危険な気がします。」
「しかし朱音はどうする?」
このままここに置いて行く訳にはいかない。
「無理矢理にでも担いで行きましょう!」
「しかし
「駄目元でもやるしかないでしょう。」
「確かにそうだな。」
しかしそれは遅かった。馬場と田中が朱音の元へ向かう前に地面が大きく揺れだした。
「地震だ!大きいぞ!」
馬場も田中も立っている事ができない。その場に手をつき揺れが終わるのをひたすら待った。
「朱音は?」
朱音が無事かを確認する為にそちらを見ると、朱音は台座に手を置いたまま平然と立っていた。その足下ではシロが脅えながらも朱音に寄り添っている。
ガゴォンッ
と大きな音が鳴り響き揺れは収まった。
「収まった?」
「凄い揺れでしたね。」
「そうだな。あれだけの揺れだ。津波の危険性があるかもしれん。ましてやここは海の底だ。どうなるか分からん。」
「そうですね。急いで脱出しましょう。」
〔システムグリーン メインプログラム"進化計画"を起動します。〕
「何なんだこの声はいったい。」
「気にしている場合じゃないですよ。」
「そうだな。朱音を無理にでも連れて撤退するぞ!」
「急ぎましょう。」
「シロ!着いてこい!」
「ワン!」
馬場は朱音の元に駆け寄るとその体を抱きかかえ走る。
「ちょちょちょ、ちょっと、何何何⁉️何してるの⁉️」
朱音が叫ぶ。
「朱音、お前意識が戻ったのか?」
「え?どういう事?何で私お姫様抱っこされてるの?」
馬場の鍛えぬかれた体に密着している。今なら高遠かの言っていた筋肉に包まれたいと言う気持ち、少し分かってしまった。
「いいから喋るな!」
馬場が朱音を抱きかかえたまま走る。状況が分からないが、朱音がキョロキョロと辺りを見回していると外から激しい銃声や爆発音が聞こえてきた。それと同時に塔の中へ隊員が数名入って来て
「急いで撤退しましょう!魚人が群れをなして現れました。」
「何⁉️分かった。急ごう!」
馬場と田中が急いで外へと向かう。朱音は馬場に抱かれたままだ。シロもそれに続いて行く。と急に先頭を進んでいた馬場が止まった。
「馬鹿な⁉️」
その後ろを走っていた田中が馬場にぶつかる。が、馬場の鍛えた体だ。田中がぶつかったぐらいではびくともしない。
「急に止まってどうしたので……」
田中も言葉が出なくなる。外を景色を見れば馬場が止まった理由がすぐに理解できた。
「さっきの揺れは地震じゃなかったのか。」
朱音が馬場から解放されて地面に降り立った。朱音に動揺の様子は見られない。
「まさか……。」
外の景色が一変していた。来た時は朱音の
「さっきの聞こえた言葉の意味はこれかだったのか……。地震だと思ったのはここが地表に出た時の振動だったって訳だ。」
田中が呆然と呟いた。
「早く!」
そんな馬場達に隊員が銃を乱射しながら叫んだ。その銃口の先にはおびただしい数の魚人。
「な⁉️こんなに居るのか⁉️」
スッと朱音が魚人を指差した。
『サブルーチン起動』
『地面よ大地よ岩となれ』
『岩よ飛び行き爆ぜろ』
地面から無数の岩が作成され、そして作成された岩が魚人に向かって飛ぶと群の中で弾け飛んだ。まるで爆弾のように爆発する岩が何発も何十発も連続で発射される。
「おいおい、凄まじいな。そんな事もできたのかよ。」
今まで何度も朱音の
「高遠と出会った効果か?あいつはあんなんだが言葉のスペシャリストだからな。」
まるで大砲を連射しているかのような光景だ。魚人の群れはその数をみるみる内に減らしていく。そんな中で
「何だ?あれは?」
隊員達から驚きの声が聞こえた。馬場がそちらを見るとひときわ大きな何かがこちらに向かって来るのが見える。周りに居る魚人と比較するとその大きさは2倍以上はありそうだ。それはどんどんと近づいて来ている。
「何でこんなに近づいて来れるんだ?」
大きければ朱音の
「もしかして躱しているのか?」
それは巨体に似合わない速度で体を捻らせ飛んで来る岩を回避していた。時に近くの魚人を掴み盾のように使い、ダメージを最小限に抑えながらこっちに向かって来ている。
「あれはもしや⁉️」
田中がそれを見て声を荒らげた。
「サメか!」
「サメと回避出来るのに何か関係があるのか?」
「サメにはロレンチーニ器官というのがある。生き物が発する微弱な電気信号を感知する事ができる器官だ。」
「だが、飛んで来るのは生物じゃない。岩だぞ?」
「もしかしたらだが、
「確かにそうだな。どう見てもサメだ。」
そう、巨大な魚人はサメの魚人だった。
「あの顔にあの大きさ。たぶんホオジロザメだろう。かなり獰猛だぞ。」
「そうだろうな。」
「それにあの動きの俊敏さにロレンチーニ器官。かなり厄介だ。」
「そのロレンチーニ器官ってのはどう厄介なんだ?」
「元々ロレンチーニ器官は砂の中の生物を探したりするのに使っているんだが、それがあの岩の回避。電気信号を受けてそれの動きを予想しているのだと思う。どれくらいの距離で感知しているか分からないが、言うなれば1秒先の動きを予知をしているようなものだ。」
「動きの予知か。」
馬場はそれの深刻さを理解した。近距離での戦闘で1秒先の動きが分かるのならばそんな相手に勝つのはまず不可能だろう。ボクシングで言えばカウンターを当て放題だ。
「それがどんどん迫って来ている。笑えない冗談だな。朱音の攻撃もかすり傷程度にしか効いて無さそうだし、ここは逃げ1択だろ?」
「そうだな。あいつが来る前に撤退した方が良い。」
「おい、朱音。撤退だ。逃げるぞ!」
馬場が朱音に向かってそう言うが何も反応がない。
「聞こえてないのか?撤退だ!てったい!」
ひときわ大きな声で朱音に言うが反応する素振りも無い。
「どうなっているんだ?まったく。おい!朱音!」
朱音の肩を後ろから激しく揺さぶる。すると朱音の顔がそのままガクッと力無く項垂れた。
「うおっ⁉️」
朱音の目は開いているがその焦点はどこを見ているか分からない。まるでホラー映画さながらなその状況に馬場は恐怖を感じる。
「これはいったいどうしたんだ?」
「もしかして……
確かに朱音は塔の外に出てから今までに見たことの無い凄まじい威力の
「
しかし朱音は未だに打ち続けている。
「意識が切れてもまだ打っているって不味くないですか?」
「確かに不味そうだ。しかしどうやって止めたら良いんだ?」
「このままではヘリにも乗せれそうにありませんね。」
「とりあえず気絶させてみましょう。馬場さんお願いできますか?」
「やってみるが……、こんな状態で効くとは思えないな。とりあえず首を支えておいてくれ。」
馬場がそう言うと田中は朱音の顔を持ち正面に向ける。そして朱音の首筋に馬場が手刀を当てた。が、
「効いてないな。」
朱音の様子は変わらない。そうしている内にもサメはどんどん近づいて来ている。
「不味いな、これは……。」
馬場は朱音の首にチョークスリーパーをかけ絞め落とそうとするが、
「駄目だ。このまま絞めていると死んでしまう。」
朱音が気絶する様子は全く無い。そもそもが今の状態が意識が無い状態だ。
「馬場さん!サメが!」
サメはもう間近まで迫って来ている。しかしこのまま朱音を置いて行く訳にはいかない。
「田中はヘリに逃げろ!そしてヘリを上空で待機させてくれ。もしもの時は頼む。こうなったら一か八かだ!サメと戦うしかない!」
『筋力強化』
『顕現せよバスターソード』
「オラア!」
馬場はおもいっきり剣を投げた。それは予想通りサメに余裕をもって避けられた。
「ここに居ても邪魔だ!田中!行け!」
「分かりました。」
田中はヘリに向かって走る。朱音は変わらずに
「朱音に近づかせる訳にはいかないな!」
『顕現せよ。バスターソード』
馬場は剣を出現させながらサメに向かって走る。近づいてみて改めて思うが、
「やはりデカイな。」
その巨体は馬場の優に倍の背丈がある。それでいてその体は
「理想的な肉体をしやがって。」
見るからに筋肉質な身体つきをしていた。馬場は大人と子供程にも違いのある相手に向かって走りこんだ勢いのまま剣を振るう。
「な⁉️」
それは予想だにしなかった方法で防がれた。サメはその勢いの乗った剣を左手の指で摘まむ事により止めたのだ。片手での真剣白刃取りだ。そしてそのまま反対の手で馬場に殴りかかる。
「ヤバい!」
馬場は咄嗟に剣を手離し後ろに跳躍した。しかしそれすらもサメは許さない。後ろに跳躍した馬場にサメもそれに追従し殴りかかる。馬場は両手でそれをブロックするが、軽く5メートルは吹き飛び地面を転がった。
「……これは無理だな。」
力も素早さもリーチの長さも全てにおいて相手が上だ。更にはロレンチーニによる未来予測。あまりの力量の差に勝ち筋を見いだせない。サメは更に攻撃する為に馬場へと向かって来ているのが見えた。これで俺の人生は終わりか。そう思った時、上空のヘリからサメに向けて機銃が撃ち込まれる。サメはそれすらも予知していたのか、機銃の射線から回避していた。しかしそのおかげで馬場は体勢を立て直す事ができた。馬場が無線に向けて叫ぶ
「朱音をどうにか回収しろ!あいつが居ないと俺達人間に魚人に勝ち目は無い!サメは俺が引き付ける!」
馬場は決死の覚悟で時間を稼ごうと考えた。馬場にそう思わせる程にサメの力は圧倒的だったのだ。そこからの動きは早かった。
「皆、今から行く。だから力を貸してくれ。さあ!覚悟を決めろ!」
自分に言い聞かせるように叫ぶ。馬場の頭には訓練中に魚人ねな殺された仲間の姿が。
ヘリは馬場の要望に応じて朱音を回収する為に動き始めた。
『顕現せよ。バスターソード』
馬場は走る。サメに向かって。只々愚直に。小細工なんかをしても無意味だ。サメの予知の前には小細工なんて効果がないだろうから。
「うおりゃああ!」
馬場は剣を振るう。愚直に真っ直ぐに。それは当然先程と同じくサメに片手で止められる。サメが先程と同じように反対の手でパンチをくり出す。ただ先程と違う所があった。馬場が剣を振ったのは両手ではなく左手であった事。馬場は右手を突き出した。しかしそれをサメは当然分かっている。そしてこの体格差。自分の攻撃が先に当たる。サメはそう思っていた。
『顕現せよ。バスターソード』
馬場の手は拳ではなかった。親指を前に、剣を突き出す為の形。突然掴んでいた剣が消え馬場の右手に剣が出現した。これには流石にサメも予知できていなかった。突然現れた剣、このままいけば胸を貫くであろう剣の軌道にサメは拳の軌道を変え剣の切っ先を殴る事で剣を防いだのだ。
剣はそのままサメの右拳を切り裂き肘の当たりまで貫き止まった。
「ははっ、これで片手は使えないな。」
言葉とは裏腹に馬場はこれでも安堵する事はできない。元々の体格差にサメの予知。例え片手であろうとも勝てる要素は無いに等しい。サメは怒り心頭の表情で馬場を見ていた。
「これでこいつは俺に集中するだろう。」
ヘリからは降下ロープを使って隊員が朱音の元へと向かっているのが見えた。
「後少し時間を稼げれば朱音を回収し逃げれるだろう。その為にもここで……。」
馬場はポケットをまさぐり中から目的の物を取り出そうとする。サメはその隙を見逃さない。サメが馬場に無事な左手で殴りかかる。
「予想通りだな。」
馬場は目的の物を取り出しながらその拳をギリギリで躱す。そのままサメの左手に抱きつき取り出した物のピンを抜いた。安全ロックが外れる。後はこのままサメの左手から離れないようにしがみつくだけだ。サメがしがみついた馬場を引き剥がそうと暴れ、馬場を地面に叩きつける。そんな中で馬場は必死にしがみつきながら朱音の様子を確認した。
「朱音……。」
馬場は隊員によって引き上げ用のハーネスを取り付けられている朱音の様子を見た。もう時期にヘリは朱音を吊り上げながら上昇を開始するだろう。
「後はお前だけが頼りだ。すまないが頼んだ。」
何度も地面に叩きつけられながらも馬場はそう呟いた。時間が長く感じられる。その時間の中でヘリが無事に朱音を連れて脱出してくれる事を願う。すると朱音と目があった気がした。今まで焦点が合わず何処を見るでもなく
「気のせい、だよな。短い間だったが楽しかったぜ。ありがとう。」
隊員が何かを察しているのか馬場に敬礼をした。
「さあ!これでお前の両手は俺が貰った!」
そろそろ馬場の手の中の手榴弾が爆発する時間だ。予知なんて関係ない。絶対不可避の捨て身の攻撃だ。
『…………』
何かが聞こえた気がした。馬場の手から手榴弾が消え遥か上空で爆発が起きた。馬場がその事態に掴んでいた手を離した。
「何があった?」
サメも上空の爆発を見ている。朱音を見た。朱音はこちらを見てその手がこちらを指し示している。ふと気付くと体の痛みが無い。あれだけ地面に叩きつけられたのにだ。サメもこちらの様子に気付いた。左手に取り付いて邪魔をしていた物がやっと剥がれたのだ。サメはニタアと笑いその左手を振りかぶる。渾身の力を込めて一撃で馬場を殺すつもりだ。
「不思議だ……。」
あれだけ力の差を感じ、捨て身の覚悟で挑んだ相手に
「負ける気がしない。」
サメがその巨体の渾身の力を込めてパンチを放つ。それを馬場は余裕を持って躱した。そのサメの手を馬場が掴みそのパンチの勢いを利用し投げ飛ばした。サメには何が起きたか分からないだろう。気付けば自分が宙を舞っている。そのまま地面に落下し今度はサメが転がった。
『顕現せよ!我が剣よ!』
馬場の手に今までと違う剣が現れた。片刃で細身の長い剣。一見すると刀のようにも見えるが、反りが無い。
「そうだ。俺は勘違いをしていたんだ。予知をされたら攻撃が当たらず勝ち目は無いと。捨て身の攻撃でしか手段が無いと。けど違った。予知なんて関係ない。そう、それを上回る速度で攻撃すれば!」
馬場が剣を振るう、上段から振り下ろす、サメはそれを横に回避する。その動きに合わせ切り返し横に凪ぐ、サメはそれを後ろへ回避した。それに追従し、今度は突きを放つ。サメはそれを身を捻り回避し、左拳を放とうとするが馬場が突きを止めそこから踏み込み逆袈裟に切り上げる。それをサメはスウェーバックでギリギリ回避した。しかし馬場は止まらない。そのまま跳躍しながら切り返し上から振り下ろす。サメはスウェーバックをしたが為にそれ以上の回避ができない。そのまま後ろに倒れ込む事で致命傷を回避した。しかしその身の上に馬場が乗った状態となった。いわゆるマウントポジションだ。サメはその体格差を生かし力技で無理やり体を起こし馬場をはね除ける。馬場は体勢を崩しながらも剣を振るいサメの右肩にその刃を食い込ませた。これで右手は完全に使えないだろう。
「@」
サメが雄叫びをあげた。大きく口を開き馬場へと突進して来る。その口の大きさは馬場であろうと丸飲みにできるくらい巨大だ。そしてその口の中には無数の尖った巨大な歯が見える。通常であればその光景に恐怖した事であろう。しかし馬場には目の前の敵を動かなくなるまで切る事しか頭になかった。馬場が向かい来るサメの頭を切ろうと剣を構える。それを察知したサメが急ブレーキをかけ頭から向かうのを止めて蹴りに切り替えた。突如として下から伸びて来る足。だが、今の馬場にはどうぞ切って下さい。と足が差し出されたように見えた。馬場が剣を振り下ろす。それは今までの攻撃のどれよりも鋭く疾い。サメはその動きも察知していたのだが、サメの目にも馬場の動きを追いきれない。気付いた時にはすでにサメの足は切断されていた。馬場は止まらない。足を切断したまま剣を切り返しながら馬場が剣よりも前に出てそのまま横凪ぎに剣を振るった。サメはその動きを予知していた。だがサメの体は馬場のその動きの速さについていけない。気がつけば上半身と下半身に別れていた。
「ふうぅ。」
馬場が大きく息を吐いた。ヘリから朱音を回収しようとしていた隊員には何が起きていたのかすら認識どんなできていなかったようだ。突然サメが切断されたように見えたのだ。何が起きたか分からないが、1番の脅威が居なくなった。これはチャンスだ。ヘリが降下し、隊員達が再度出てくる。向かい来る魚人に銃を向け乱射する。そんな中で
「馬場さん!」
田中が馬場の元へと駆けつけた。
「今の内にヘリに乗りましょう。」
サメが倒された事で魚人達が徐々に逃げ出し始めた。散り散りに逃げる魚人。それに気付いたのか朱音が新たに違う
『石よ背中を見せた魚の頭を貫け』
逃げた魚人の頭を次々と石の弾が貫いていく。
「おい!ちょっと待て朱音!逃げる奴まで攻撃するな!」
しかしその声は朱音に届かない。
「おい!朱音!」
馬場がその顔を覗きこむとその瞳は蒼白く輝き目の焦点は何処を見ているかわからない。1度目が合ったのは気のせいだったのか?
「おい、朱音!しっかりしろ!」
馬場が朱音を激しく揺さぶる。その揺さぶりに合わせて朱音の頭がガクンガクンと揺れ動く。それだけ頭が揺れて焦点も何処を見ているか分からない状態にも関わらず正確に魚人に向けて攻撃を続けている。朱音の攻撃は止まらない。次第に魚人の群れで動く者はその数を減らしていく。
「やめろ!朱音!」
馬場が正気に戻そうと必死に呼びかける。馬場の思いが伝わったのか攻撃が止んだかに思った。
「朱音……。」
しかし朱音の瞳は蒼白くその焦点ははっきりしないままだ。馬場が周りを見てそこで気づいた。朱音は馬場の声に反応したから攻撃を止めた訳ではなく攻撃対象が居なくなったから止めたのだ。
「ここまでする必要があったのか……。」
馬場は凄惨な光景に目を逸らそうとするが、見渡す限り魚人の死体が無惨に転がっている。馬場は確かに魚人を怨んでいた。だからと言って今のような光景を望んだ訳ではない。イワシにタイに見た覚えのない魚人まで折り重なるように死体の山となっていた。ふと気配を感じ振り向くと朱音がしっかりとした足取りで歩いていた。
「ふむ、魚を進化させた存在程度では人種族はまだ進化条件を満たさないようだな。」
そう呟きながら朱音は塔の方へと歩いて行く。そんな朱音の様子を伺いながら馬場は
「朱音?」
何かを確認するかのように話かけた。
「ヴゥ!ワンワンワン!」
シロが朱音に向かって吠える。さっきの朱音の呟きは確かに声色は朱音だ。しかしその口調は明らかに朱音のものとは違っていた。
「朱音じゃない?……お前は誰だ?」
その言葉に塔の中へと戻った朱音が振り返り言った。
「私か?私はバビロン。進化計画の役割を持つ者だ。」
「バビロン?進化計画?何だそれは?」
「ふむ。まあ教えてやろう。今はもう遠い昔の話だ。かつてこの星にあったムー帝国。繁栄を極めしその帝国の都市は発展し星を支配していた。大地を空に浮かし、天候を操り、森を自然を自在にコントロールしていた。そんなムー帝国だが緩やかに滅びへと向かっていた。と言うのも人口は確実に減少し続けていた。そう、星を支配した事で種族としての限界を迎えていたのだ。分かるか?何故種族の限界を迎えたのか。」
「俺が知るかよ。」
「もしかしてですが、敵がいないから?」
馬場に替わり田中が答えた。
「そうだ。敵がいない、危険がない。人々は平和を教授し安寧の時を過ごす。」
「良い事じゃないかよ。」
「そうだな。聞こえは良い。聞こえは良いが、それに満足した人々は発展しなくなった。環境の停滞だ。停滞した種族が迎えたのは出生率の低下による緩やかな滅び。それを打開するにはどうすればいいか?」
「出生率を上げるには、難しい問題ですね。」
「かつての人間が考えた方法は進化する事。進化し新たな種族となれば新しい体系を生み出せるだろう。そうすれば何らかの革新が起きるだろうと。」
「他にも方法があっただろう?」
「さあな。我は創造者に進化を促すように造られた。それ以外は無い。」
「造られた?人工知能みたいな物ですか?」
「そうだな。進化を促すシステムとして我は存在する。さて、では知っているか?進化とはどうして起きるか?」
馬場が田中を見る。
「環境に適応する為に進化する場合がほとんどでしょう。」
「そう、適応だ。環境に適応する時に進化は起きる。そしてその新しい環境として
「お前が進化させただと?」
「そうだ。強制的に進化をさせた。」
「そんな事ができるのなら勝手に進化とやらを進めればいいじゃないか。」
「それがそうはいかない。まだ見ぬ先の進化には強制的に進む事はできないからな。」
「お前は朱音の体で進化とやらをするつもりなのか?」
「そうだ。
「ちょっと待って下さい。進化なんてそんな急にする訳がない。あなたは言いましたよね?環境に適応する事で進化すると。それをするには長い年月を必要とするのは分かっているのでしょう?」
「そうだな。普通ならそうだろう。しかしそれを可能にするのが
「そうかよ。だが、お前は朱音の体で進化したとしてその先はどうする気だ?」
「進化すれば更なる進化をするのみだ。私はその為に創られたのだから。」
「創られたってのはさっき言ったムー帝国とやらか?」
「そうだ。ムーの連中は進化を望み我を造った。それがどうだ?いざ進化計画がスタートすると非人道的だとか、危険な存在だとかと喚きたてた。」
「その時も今と同様に戦いを引き起こしたのですか?」
「それは当然だ。
「そのムー帝国の科学力がどれほどの物かは分かりませんが、今でさえ戦う場所と銃等の武装を使用すれば魚人を相手に一方的な戦いになるでしょう。」
「そうだな。ムー帝国もそうだった。進化した動物と敵対したムー帝国は一方的にそれらを虐殺した。自分達でそうすると決めて虐殺しておきながら殺したのは可哀想だとか言い出し、その原因を作ったのは誰だ?と。そしてこの我を封印したのだ。その結果はどうだ?今の世の中にムー帝国などは残ってはいないではないか。」
「ムー帝国の滅びの原因は何だったんた?」
「知らぬよ。滅びの時には私は封印されていたからな。記録として残って無いところを考えると隕石等で突発的に滅んだのかも知れないな。」
「なら進化していても滅んだんじゃないか?」
「それは分からぬな。進化をしてもっと真言が浸透していれば何かしらの滅びの回避はできたかも知れん。」
「文明が滅ぶ程の隕石とかでもか?」
「出来るさ。隕石自体の破壊。もしくは地球の公転を早めたりで回避するとかな。」
「そんな事が本当に可能なのか?」
「不可能とは言わない。今の現状では
「ならお前の言う進化を受け入れ進化したとして、その先には何があるんだ?」
「進化の先?終わりなどはない。進化を続けるだけだ。」
「何だよそれ?それの何が楽しい?」
「楽しい?そんな事は関係ない。進化できるか、できないかだけだ。進化し続ける事こそが、人間の、文明の、生命の本懐だ。」
「お前は何か虚しい存在だな。」
「私を哀れむか。やはり気に食わん!この体と同種であるから見逃していたが、やはりお前も滅ぼしてくれよう。」
『岩よ』
『筋力強化』
バビロンが言い終わるよりも早く馬場が
『貫け』
バビロンが言い終わる前に横に飛んだ。さっきまで馬場の居た所を尖った岩が飛んでいく。それを見ている余裕はない。馬場はただひたすらに走る。
「遠距離だと一方的にやられる。」
『顕現せよバスターソード』
馬場は手を振りながら巨大な剣を出現させ、それを勢いのままバビロンに投げつけた。
『大地よ壁となれ』
地面が隆起し壁となる。馬場の投げた剣はその壁に突き刺さった。
『壁よ爆ぜろ』
その壁が馬場のいた方向に向けて四散し、辺り一面に破片を飛ばす。しかしそこに馬場はいない。
「む、何処に行った?」
馬場は巨大化したシロの背中に乗って壁をバビロンごと飛び越えていた。
『顕現せよバスターソード』
着地と同時にシロはバビロンの方へと方向を転換し勢いよく走る。そのまますれ違い様に剣を振ろうとするが、馬場の脳裏に切断され横たわる朱音の姿が浮かんだ。
「駄目だ。」
それを分かっていたのかバビロンは無防備なままだ。少し離れた所に止まったシロと馬場。
「どうしたのかね?せっかくのチャンスを。」
「ちくしょう!」
その様子を見てニヤニヤと笑うバビロン。
「この娘がそんなに大事か?我に従順に従うと誓うのなら今回の事は見逃してやろう。お前も
「馬鹿を言え。誰がお前に従うかよ。それよりその体からさっさと出て行け。卑怯だぞ!」
「卑怯?我がこの体を使い進化するのだ。感謝されこそすれ、卑怯呼ばわりされる筋合いはないな。」
「くそっ!こっちからは手出しできない、相手はやりたい放題。打つ手無しじゃねえか。……逃げるか?」
しかしそれは朱音をこのまま置いて行く事となる。果たしてそれで構わないのか?あの誰かを守る為に戦い、魚人を殺す事に躊躇いを持った優しい少女を。このままではこのバビロンに体を使われ殺戮を繰り返すだろう。
「いや、駄目だ。あのままで良い訳が無い。」
考えろ。どうすれば朱音を取り戻せるのかを。
「さあ、どうする?この娘ごと我を殺してこの娘を解放するのか?それとも我に忠誠を誓うか?忠誠を誓えばお前にも進化のチャンスをやるぞ?」
「はっ!笑わせるな!俺は進化になんて興味は無い!俺が興味があるの自分の体を鍛える事だけだ!」
「それは残念だ。ならばここで死んで我の進化の糧となれ!」
『筋力強化』
馬場は先程の強化の効果が切れていないにも関わらず
『地面よ隆起せよ』
バビロンの足下が盛り上がりそのまま小さな山となる事により馬場とバビロンの距離は開く。
「シロ、手伝ってくれ。お前の主人を助けるぞ。」
馬場がシロの背中に跨がりその耳元で何かを囁いた。そして持っていた剣を手放した。
「ワン!」
「逃げるつもりか?今さら逃がしはせんよ。」
『岩よ礫よ我に歯向かう愚か者に裁きを』
バビロンの周りの大小様々な石や岩か空中に浮かんだ。
「ワオーン!」
シロがひと鳴きし
『我は旋風なり』
「ほお、やるな。しかし躱すだけではどうにもならんぞ?」
シロの背中で馬場は振り落とされないように必死でしがみつきながらシロに指示を出す。バビロンの周りに浮かんだ弾が尽きた時
「今だ!シロ!」
シロは走る、只々真っ直ぐに。目指すは塔の中の台座。あれに触れてからバビロンとやらは本起動したはずだ。あれが何かしらのコントロールをしているに違いない。
「可能性があるとすればあれだけだ。」
その狙いに気付いたバビロンが
『大地よ穿て』
地面が無数の槍となり突き出してくる。
シロは咄嗟に背中の馬場を口に咥えそれに刺さりながらも台座に向けて放り投げた。
『筋力強化』
3重掛けだ。馬場の筋肉が骨が更なる悲鳴をあげる。
『顕現せよバスターソード』
「うおおおお!」
投げられた勢いそのままに力いっぱい剣を台座に叩きつける。
ガアアン
凄まじい音が響き剣は台座の半ばまで切断した所で止まった。
「どうだ?もうこれで駄目なら打つ手無しだぞ。」
馬場の両手はもう上がらない。3重の筋肉強化と剣を叩きつけた衝撃で腕の毛細血管が破れ手は血まみれになり、骨にも亀裂が入っていた。
「素晴らしい!」
拍手が鳴り響く。バビロンだ。
「あの状況でその選択。」
「駄目だったのか?これを破壊しても無駄だったのか?」
もう馬場もシロも戦えない。シロは地面から突き出た無数の槍にその体を貫かれたままだ。それをバビロンが一瞥すると
「解放してやろう。」
シロを貫いていた槍が霧散した。シロはそのまま地面に倒れ動かない。
「シロ……すまない。」
馬場がその場に項垂れる。とそこに
〔
「まさかコンソールを破壊されるとはな。もはやこの体の支配を維持出来ないだろう。」
「やったのか?」
「君たちの勝利だ。しかし私の進化計画は終わりではない。ここは端末の1つに過ぎない。いつかまた端末を復活させて計画を再開させて貰おう。」
「はん、2度とゴメンだね。」
馬場は精一杯の虚勢を張る。
「それまでに君たちが自己で進化してくれていると私は嬉しいがな。」
「そんな事になるまでに俺は死んでいるさ。進化とは数世代かけてゆっくり進む物だろう?」
「そんな事はない。さっきも言っただろう?環境の変化と生と死。君たちが魚人と呼んでいる種はまだ残っている。ここに来たのが全てでは無いよ。」
「何だと⁉️」
「君達が魚人と呼ぶ生物との共存戦争、それはまだ始まったばかりだ。そこに私が介入できないのが残念だかね。ま、せいぜい頑張りたまえ。」
そこでガクッと朱音が倒れた。バビロンの意識が切れたのだろう。
「クゥン」
そこに足を引きずりながらシロが朱音の元へと向かっていた。大きさも元のサイズに戻り、おびただしい量の血を流しながら。
「シロ、お前……。」
あの出血量だ。もう長くはもたないかも知れない。それにもう目が見えていないのかまっすぐ進めていない。鼻をフンフン鳴らしながら匂いで朱音を捜しながら進む。
「そんな状態でも朱音の元へ行きたいんだな。」
塔の外で邪魔にならないようにしていた田中も中に入って来た。田中と馬場はシロに駆け寄る。
「シロ君、頑張ったね。ありがとう。そうだ!朱音ちゃんの回復の
田中がシロを抱きあげようとすると
「俺にやらせてくれ。」
馬場がそれを遮った。
「シロにこんな無茶をさせたのは俺だ。俺が責任をもって連れて行ってやりたい。」
「しかし、そんな体では。」
「やらせてくれ。」
力の入らない腕を無理やり動かし痛みを堪えてシロを抱え朱音の元へと向かう。
「おい!朱音!起きろ!」
「起きて下さい。」
シロを朱音に寄り添わせ田中が朱音を揺さぶる。シロは朱音の匂いと温もりを感じ安心したのか穏やかな表情となった。
「起きろ!朱音!」
馬場が痛む体を無理やりに動かし激しく朱音を揺さぶった。
「朱音!
「うん?」
朱音の瞳が開く。その瞳が焦点を結んで最初に見たものはその白い体を赤く染めあけたシロの姿。
「シロ⁉️」
名前を呼ばれシロの尻尾が微かに動いた。朱音は自分が血にまみれるのも構わずシロに抱きついた。
「何で?どうして?何があったの?」
傷つき血塗れで満身創痍のシロ。その姿はあまりにも弱々しい。荒く浅い呼吸を繰り返しその呼吸すらも今にも止まってしまいそうだ。
「朱音!
「そうだ!
『溢れ出る血よ止まりて傷を癒せ。彼の者に生きる力を』
朱音は
「え?何で?」
『溢れ出る血よ止まりて傷を癒せ。彼の者に生きる力を』
「何で何も起きないの⁉️」
「まさか、バビロンの機能が停止しているから
「どういうこと⁉️停止しているのなら動かしてよ!早く!」
朱音がヒステリックに叫んだ。
「動かせる物なら動かしている!でも俺達ではどうしようもないんだ。」
「そんな、それじゃシロは?シロはどうなるの?」
「それは……。」
「ねえ?誰か?誰か助けてよ!」
朱音は拒絶反応を起こしたかのように激しく頭を抱えて振り回す。
「朱音!」
馬場がそんな朱音の頬をぶった。
「シロはその体でお前の所まで来たんだ。せめて最後はお前の手の中で逝かせてやれ。」
「嫌よ!嫌イヤいやいやぁ!」
「そんなに嫌がるな!シロはお前の為にその怪我をしたんだ。お前がそんな調子ではシロが報われない。安心して逝けるようにしてあげてくれ。」
「う、うぅ。」
朱音は泣きながらもシロの事を優しくそっと抱きしめる。
「シロ、ありがとうな。お前のおかげで朱音も俺達も助かった。お前が居なかったら俺も朱音も皆助からなかっただろう。本当にありがとう。」
馬場がシロの頭を撫でながらそう言った。
「うっう……。」
朱音がシロにすがりついた。
「シロ、ゴメンね。こんな飼い主で……ごめんね。」
「クゥ」
シロが弱々しく声を出した。まるでそんな事はないと言っているようだ。
「くそっ!」
馬場はバビロンの破壊した台座に向かって走った。
「動けよ!さんざん俺達を振り回しておいて必要な時には動かないって何だよ!」
台座を思いっきり蹴りとばした。
「ぐっ!」
馬場は肉体強化の反動と台座の蹴ったその痛みに、そして自分の無力さに台座に向かって崩れ落ちた。その時
〔
「起動した⁉️」
「朱音!今なら真言が使えるかも知れん!急げ!」
『溢れ出る血よ止まりて傷を癒せ。彼の者に生きる力を』
シロの傷が徐々に癒え始めたかに見えた。
「シロ、お願い!元気になって!」
「……」
シロは何も応えない。瞳を開いてはいるが、もうその目には何も映らない。不安そうに何かを探すように鼻をフンフン鳴らしながら弱々しく顔を動かす。
「シロ?私はここだよ?ここに居るよ。」
朱音はシロを強く抱きしめた。それにより朱音の存在に気付いたのか安堵の表情を浮かべ瞳を閉じた。
「シロ?シロ?シロ!」
『溢れ出る血よ止まりて傷を癒せ。彼の者に生きる力を』
血はもう流れ出ていない。しかし傷が塞がった訳ではない。馬場が朱音の声に急ぎ戻って来た。
『溢れ出る血よ止まりて傷を癒せ。彼の者に生きる力を』
「朱音!」
『溢れ出る血よ止まりて傷を癒せ。彼の者に生きる力を』
「もう止めろ!」
「だって、だってだって!」
『溢れ出る血よ止まりて傷を癒せ。彼の者に生きる力を』
『溢れ出る血よ止まりて傷を癒せ。彼の者に生きる力を』
『溢れ出る血よ止まりて傷を癒せ。彼の者に生きる力を』
「朱音。」
馬場がシロごと朱音を抱きしめた。
『溢れる出る血よ止まりて傷を癒せ。彼の者に生きる力を……』
「もう……無理なんだ。シロを休ませてあげよう。」
「あふれでるちよ、とまりて、きずをいやせ。かのものに、いきる、ちからを」
朱音は嗚咽混じりに
「何で?どうしてなの?お願いよシロ。起きてよ。」
そんな朱音の言葉も虚しくシロの浅い呼吸も、それに合わせて動いていた胸もその動きを止めた。
〔
朱音は激しい頭痛に襲われ苦悶の表情を浮かべた。苦しそうだがその顔には笑顔が。そして新たな
『我が命を彼の者へと分け与えその身を癒せ』
朱音に酷い疲労感が襲い眠気にあがらう事もできない。
「シロ……」
朱音は倒れ込みながらも聞いた。自分を心配するシロの優しい声を
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