第24話

 次の日朱音は田中に呼ばれ海岸に向かっていた。海岸の入り口では自衛官による検問が張られ簡単には入れないようになっている。朱音は呼ばれて来たと検問中の自衛官に話しかけるようとすると

 「天王寺さんですね。話しは聞いています。どうぞお通り下さい。」

 何故だか分からないが顔と名前を覚えられているようだった。それを不思議に思っていたら

 「仲間がお世話になりました。貴方のおかげで無事に帰って来た仲間がいるのです。魚人との戦いで魔女の如く不思議な現象を起こして皆を守ってくれたそうですね。貴方がいなければ全滅していたでしょう。ありがとうございます。ワンちゃんもありがとう。」

 お礼を言われた。こう改めて言われると私が頑張って良かったと思えた。人を守る為とは言え多くの命を奪った。その事に対して罪悪感があったのだ。確かに魚人に対しては恨みがある。それは丸山のおじさんの事だ。魚人の中の誰かが殺したのだろう。だからと言ってその仲間であろう魚人を殺すのは正しい事なのか?魚人からすれば私が仲間を殺した敵になる。私の行いは魚人が行った事となんら変わりがないのでは?と、ずっとそう思っていた。しかしそれだけではなかった。私の行いで救われる命があった。私の行いは間違ってはいないのだと思えた。

 「こちらこそこありがとうございます。」

 私の真意は伝わらないだろう。それどころか何でお礼を言われたのか疑問に思うかも知れない。けど、それを言わずにいられなかった。

 そのまま海岸の中へと案内されて行く。

 「田中さん、来ましたよ。」

 海岸には田中を始め馬場や、重装備の自衛官がたくさん居た。その中に見知らぬ女性が海と言う場所で考えると違和感は無いが、その周りが迷彩柄だらけと考えると場違いな格好と言える人がいた。

 「やあ、君が朱音ちゃん?始めまして、私は高遠綾音。言語の研究者で、今は真言マントラの研究をしているの。」

 「始めまして。」

 普通の女性に見える。薄い桃色で丈の短いワンピースがよく似合う。長い髪を風になびかせ頭には麦わら帽子。夏のお嬢様といった感じだ。ただ何故かサンダルではなくハイヒールである。それでよくこんな所を歩けるのが不思議だ。それに比べて私は支給してもらった迷彩服を来ている。何かこう、女子力の差というものを感じずにはいられない。そんな事を考えていると、

 「早速で悪いけど、あなたの本を見せて貰える?」

 本とは始まりの書の事だろう。今日ここに持ってくるようにと田中から事前に聞いていた。

 「はい、どうぞ。」

 朱音は鞄から取り出し高遠に渡す。

 「本当ね。不思議だわ。何コレ?知らない文字なのに読める。これが真言マントラの文字なのね。」

 最初の印象から一気にフランクな話し方に変わってビックリした。そして高遠が本を開き見るが

 「聞いていた通り何も書いてないね。朱音ちゃん、何か書いてあるページを見せて。」

 そう言って本を渡してきた。朱音は言われるがままに本を開いて見せた。

 「やっぱり何も書いてないね。凄く興味深いわ。」

 そう言いながら本の表紙の文字を舐めるように見つめる。

 「私が見る事が出来る文字はこの始まりの書って所だけだけど、知らない文字なのに意味が分かる。これはどういう原理なのかしら?文字自体が私達の視覚や脳に影響を及ぼしのかしら?是非とも他の文字も知りたいわ。ねえ?後で書いてある文字と意味を書き写してくれない?」

 「あ、はい。いいですよ。」

 「なる早でお願いね。早く解読してみたいから。」

 「早く解読出来て誰でも使えるようになれば良いですね。」

 「何を言っているの?簡単に解読出来ないのが良いんじゃない?難解な文字になればなるほど興奮しない?」

 「え?」

 「馬場君の真言マントラも悪くはなかったけどね。けど種類が無いのがね。それにやっぱり音声よりも文字の方がやり甲斐があるのよね。その形1つ1つに意味があってそれを解読していく事への快感。たまらないわ!」

 「ええと、あのー……。」

 「あ、ごめんなさい。何の話だったかしら?」

 「この始まりの書についてです。」

 「そうだった、そうだった。その興味深いけど、私には白紙の残念な書ね。ちなみに書いてあるページには何て書いてあるの?」

 「最初のページには……あれ?」

 「どうしたの?」

 「名前や年齢、性別を問いかける文章があったんです。そこに書くスペースもなかったはずなのに……。」

 「どうなっているの?」

 「私の名前が真言マントラで書いてある。」

 「私には見えないのよね。ただの白いページでしかないな。」

 「うーん、何か関係ありそうだね。」

 「高遠さん、そろそろ実験の方を優先して下さい。」

 田中が高遠に話しかけた。

 「あー、そうだった、そうだった。やろっか、実験。」

 朱音には何の事だか分からない。

 「どういう事ですか?」

 その質問に田中が答える。

 「ああ、魚人との戦いとなると水中での戦闘もいずれ必要になる。それに備えておくべきだろうから、朱音ちゃんの真言マントラで何かできないかなと思ってね。」

 「朱音ちゃんの真言マントラは色々できるそうじゃない?試しに水中で陸と同じように活動したり海を割ったりできないかなって。」

 「私にもできる事とできない事もありますよ。だって本に書いてあったのは対象を指定して操作及び実行するってので何かを動かしたりとかしかできないと思います。なので水中で活動は無理でしょう。」

 「でもそれで言えば海を割るはデそうだね。だって海水を動かすのだから。1度やってみて。」

 「やってみてって……。そんな事できるのかな?」

 『海よ割れろ』

 何も起こらない。

 「何て言ってるか分からないのに意味は分かるから不思議だね。」

 高遠が感動している。そこに

 「海よ割れろじゃ具体性が欠けてるんじゃないか?」

 「じゃあどう言ったら良いのよ?」

 「例えば範囲を指定して、海底を露にしろ。とか?」

 「なるほどやってみる。」

 『眼前の海よその先10mその海底を露にし道を開け。』

 朱音が指を指しながら真言マントラを言った。頭の中のイメージはモーゼだ。すると、海が割れ波打ち際からの水を寄せ付けない空間ができ上がった。

 「できたあ!」

 「おお⁉️どうなっているんだ?」

 それを見た馬場がそこに近づき水の壁に触ってみる。

 「触る事もできる。間に何かがある訳でうわぁ!」

 そこまで言った所で急に壁が崩れ海水が押し寄せる。押し寄せる波に呑まれ馬場はビショビショになりながら戻ってきた。

 「効果時間が短いな。もっと長くならないと話しにならない。」

 「それだけ濡れながら言うと説得力あるわねぇ。気持ち悪いでしょ?脱げば?」

 「嫌だ。」

 「上だけでも。」

 「お前みたいな筋肉フェチを前に誰が脱ぐかよ。」

 「つれないなー。それに大丈夫。馬場君の筋肉的には私の理想のつきかただけど、暗黒面ダークサイドに墜ちた筋肉ってあんまりだから。」

 「暗黒面ダークサイドに落ちた筋肉?」

 「そう。馬場君の筋肉は暗黒面ダークサイドに墜ちているの。」

 どうしよう、この人の言う事の意味がまったく理解出来ない。

 「どういう事ですか?」

 「朱音、程々にしといた方が良いぞ。聞くと必ず後悔する。」

 そんな馬場の声を無視して高遠は話し出した。

 「馬場君の過去に関係するんだけどね。彼は魚人に復讐する為に鍛えているの。」

 「その過去ってサバイバル訓練の事ですか?」

 「あ、なんだ。知っているのね。」

 「はい、その話は真言マントラを使えるようになった経緯として聞きました。」

 「だったら話は早いわ。魚人に対しての復讐心で鍛えた体。それこそが暗黒面ダークサイドに墜ちたって事なのよ。」

 「はあ……?」

 「私も最初に見た時はその理想的な筋肉に胸が高鳴ったわ。けど、しばらくすると違和感を感じたの。」

 「違和感?」

 「そう、本当の筋肉は神々しい物なの。でも彼の筋肉からは神々しさを感じなかった。それどころか禍々しさを感じたわ。」

 「筋肉に?」

 「筋肉に。」

 筋肉が神々しいとか禍々しいとか全然理解できない。何を言っているんだろうか?

 「そしてサバイバル訓練の話を聞いた時に合点が言ったの。彼の筋肉は暗黒面に墜ちたのだと。」

 「その普通の筋肉と暗黒面の筋肉は何が違うんですか?」

 「普通の筋肉は神々しくは無いよ?」

 「え?」

 「鍛えた筋肉が神々しいの。」

 「はあ、」

 「何故かと言うとね、神様が言ったのよ。汝、体を鍛えよ。と。だから鍛えに鍛えた筋肉には神様の祝福が宿るの。それで神々しくなるのよ。」

 「はあ?」

 そんな言葉あったかな?あったとしても筋肉が神々しくはならないだろう。

 「でもね、復讐に駆られて鍛えた筋肉は神様が祝福してくれないから神々しくならないの。それどころか、復讐の気持ちが筋肉に宿るから禍々しくなるの。」

 「そうなんですか。」

 駄目だ。ヤバめの宗教なのかもしれない。神様とか祝福とか言い出した。

 「そもそも暗黒面ダークサイドの筋肉なんてなかなか出逢わないから見分けるのは難しいのよ。」

 「はあ、そうなんですか。」

 「まあ、でもそうね。朱音ちゃんならいつかきっと見分ける事ができるようになるわ。私が保証する。」

 ヤバい。馬場さんの忠告をちゃんと聞いておけば良かった。何故か話しが私に飛び火している気がする。そんな朱音の想いを読んだのか馬場が

 「それより朱音よ、真言マントラの効果時間は長くできないのか?」

 問いかけてきた。

 「うーん、分かんない。さっきはここで戻ったら面白いと思ったら効果が切れたから。」

 「ちょ、おま、何気に酷いな。」

 その横で高遠が爆笑していて、田中は顔をそらし笑いを堪えていた。

 「あー、笑った。だったら朱音ちゃん…もう1度やってみて。」

 「はい、分かりました。」

 『眼前の海よその先10mその海底を露にし道を開け。』

 指定した所の海水が押し退けられたかのように広がり水の無い空間を造る。

 「じゃあ、馬場君、お願いね。」

 「いや、何がだよ!入れって事か?嫌に決まってるだろ!お願いねじゃねえよ。」

 「何を言ってるの?検証実験するなら条件は揃えないと駄目でしょ?」

 「必要ないね。これは朱音が維持をする為の検証だ。俺が入る必要はない。」

 「いいえ、必要よ。だってあなたは真言マントラによる海との境界を触っていたもの。」

 「それがどうした?」

 「朱音ちゃんはああ言ったけど、実際はあなたが触った事により解除となった可能性が否定できないわ。」

 「ぬ!」

 「境界を触って解除となるのなら運用に問題があるもの。」

 「くっ!確かにそうだ。」

 「という訳で馬場君お願いね。」

 「いや、それなら俺である必要はないだろ!」

 「そうね。馬場君である必要はないわね。」

 「そうだろ?別にお前がやってもいい訳だ。」

 「そう、そんなに私の濡れた姿を見たいの?」

 「え?いや、」

 「私の濡れてスケスケになった露な姿を見たいと言うのね?そう、良いわよ、このスケベ。」

 そう言うと高遠は真言マントラが発動した領域へと向かう。それを馬場が

 「すまん、どうせ濡れているんだ。俺がやる。」

 「そう?じゃあお願いね。」

 その高遠の物言いに理不尽な物を感じながらも馬場は真言マントラの領域に入り境界を触る。

 「朱音ちゃん!今よ!」

 「ちょっと待て!おま、ガボガボッボボ!」 

 馬場が抗議の言葉を言い終わる前に馬場は海水に呑まれてしまった。

 「あはははは!」

 高遠は指を指しお腹をて抱えて笑う。これには田中も我慢仕切れずに笑い出してしまった。濡れ鼠になりながら馬場は海からまるでテレビの中から出て来る幽霊のように這い上がってくる。

 「お前らなあ!」

 「あー、可笑しい。」

 そんな馬場の様子を眺めて高遠は楽しそうに笑った。

 「た か と ー。それにあ か ねー。お前らなあ!」

 「はい、そこまで!」

 高遠が叫んだ。

 「さてと、任意での解除は可能。と。」

 持って来ていたシートに書き込んだ。

 「馬場君はこれ以上近づくの禁止ね。記入したシートが濡れちゃうから。」

 「ぐ、……くそ!やめだやめ。どうせお前に何を言っても勝てやしない。」

 「そうね。良く分かってるじゃないの。」

 「ただもう、おふざけは無しな。」

 「良いわよ、了解。さて、それじゃあ馬場君。もう1回濡れて。」

 「何をさせる気だ。」

 「水中呼吸が可能かどうか。」

 「う、」

 「必要でしょう?」

 「しかしそれは……、」

 「そう、馬場君には無理か。仕方ない。私がしましょうか。」

 「何でそうなる。」

 「馬場君はしたくないのでしょう?」

 「まあ……。」

 「どうせ濡れちゃっている馬場君も嫌がる事だもんね。他の人には頼めないわ。だったら私がしなくちゃ。この実験の責任者だし。きっと濡れて透けちゃうわね。」

 「……。」

 高遠が馬場の耳元に近づき囁くように話しかける。

 「馬場君だけに教えてあげる。」

 「何をだ?」

 「私ね。ノーブラなの。」

 「!」

 馬場が急に周りを見渡した。

 「きっと私のポッチリ。透けて見えちゃうね。」

 「あー、くそっ!やるよ!俺がやるよ。それで良いだろ?」

 「えー、嫌なんでしょ?良いよ別に。私がするよ。その方が(見えて)嬉しいでしょ?」

 「そんな訳あるか!あんな事を言われてお前にやらせれる訳ないだろ!」

 「別に私はいいのよ(見られても)。ただ成功しなかった時に苦しいだけだし。あー、(見られた時の事を)想像しちゃうな。」

 「だから俺がやるって言っているだろうが。」

 「え?ヤル?ここで?」

 「ここ以外で何処でするんだよ?」

 「馬場君って大胆だね。でも私はいいよ。」

 「それじゃ朱音、頼む。」

 「え?そこで朱音ちゃん?」

 「……何を言っているんだ?」

 「え?えーと……馬場君、後で部屋に行っていい?」

 「何か知らんが断る!」

 「もう、つれないなー。」

 「えーと、真言マントラは何て言ったら良いですか?」

 「ああ、そうね。水中で呼吸を出来るようにだから……、やっぱりそのまま水の中でも呼吸を出来るようにしろ。って所じゃないかな?後、馬場君の名前も入れて。」

 「うーん、できる気がしないな。まあやってみますね。」

 『馬場さんを水の中でも呼吸をできるようにしろ』

 「……特に変わった感じはしないな。」

 「まあ試してみるしかないんじゃない?」

 「まあそうだな。やってみるか。」

 そう言うと馬場は勢い海へと飛び込んだ。

 「ガハッ、ガバッゴボッゲベゲホ。」

 どうやら水中での呼吸はでなかったようだ。馬場は涙を流しながらむせている。

 「あっはははは。」

 その様子を見て高遠が指を指して笑っている。

 「やっぱり無理だったねー。あー、可笑しっ。」

 「あー、くそっ。誰か何か飲み物をくれ。」

 馬場が海から上がって来ながらそう言うとシロが器用に水筒を咥えて馬場の元へと向かった。

 「シロ。お前は本当に賢いな。ありがとう。」

 馬場がシロから水筒を受取りながらそう言った。

 「あっ!シロ。その水筒、私のじゃ……。」

 朱音がそう言った時には遅かった。馬場は水筒から直接中身を一気に飲んでいた。それを見た朱音は

 「それさっき私も飲んだ……。」

 「ん?これ朱音のだったか、すまん、ほとんど飲んでしまったが、まだちょっとは残ってるぞ。」

 そう言って水筒を返してきた。

 「間接……」

 そう言いながら朱音の顔は赤くなる。馬場の濡れた姿、張り付いた服の下にある筋肉質な体がオトコらしさを強調している事が朱音の顔をより赤く染める。 

 「朱音ちゃんってウブねー。何だか懐かしく思っちゃう。」

 「お前のウブな頃って想像出来んな。」

 「あら、そう?私はいまでも純真よ?」

 「あー、ソウデスカ、ソウデスネ。」

 「何よ、その言い方。信じてないな?」

 「シンジテマスヨ。」

 「なら私の純真な所を夜にベッドで教えてあげる。」

 「そういう所がそう思えない所だよ。」

 「何よ、純真ってのはね、心に穢れがない、邪心がなく清らかなことを意味する事よ?」

 「ならお前は当てはまらないだろう。」

 「何でよ。あなたの捉え方が穢れているのよ。だって行為は生物の本能よ?それを穢れていると言うのはあなたが穢れているからよ。」

 「ぐっ!……はあ、お前に言葉で勝てる訳がないわな。」

 「そうね。諦めなさい。」

 そんなやり取りをしている中で朱音は馬場がクチをつけた水筒を自分も飲むかどうかまだ逡巡していたのだった。

 「そう言えば馬場君。」

 「何だ?」

 「馬場君は肉体強化と剣の顕現の2つの真言が使えるのよね?」

 「ああ、そうだが?そんな事はお前も知っている事だろうが。」

 「朱音ちゃんの真似をしてみてよ。」

 「朱音の真似?どういう事だ?」

 「朱音ちゃんが使う真言マントラを同じ真言マントラ使いのあなたが試して見るの。」

 「そうか!それはやってみる価値があるな。」

 「真言マントラを使えない人が真似しても無理だけど、真言マントラを使えるあなたなら使えるんじゃない?」

 「よし!試しにやってみるか。朱音!お前の使った真言マントラを教えてくれ。」

 「私の使った真言マントラ?んー、なら」

  『砂塵よ集まり槍と化せ』

 朱音の前に砂が集まり1本の槍を作る。

 「これでどう?」

 「よし!やってみる。」

 そう言って馬場は朱音の真言の発音を真似てみた。

 「ГМЖП∃⑨ヰ」

 「何て言っているかさっぱりね。同じ真言マントラ使いでも無理なのかしら?」

 「そうみたいだな。俺も真言マントラとして発音できた気がしない。」

 「となると、真言マントラを言葉として脳がキチンと理解していないと駄目って事なんでしょうね。」

 「ん?どういう事だ?」

 「英語で例えれば、馬場君は単語で使っているだけ。それに対して朱音ちゃんは日常会話レベルで英語を話せるんだと思う。」

 「朱音、お前は英会話ができるのか。」

 「え?出来ませんよ?」

 「例え話よ。真言マントラを会話できるレベルで使えるって事。」

 「言語に対する理解力ですね。」

 田中が付け加えた。

 「それならば何故朱音はそんなレベルで真言マントラを使えているんだ?」

 「それはやっぱりあの本でしょう。あの本と関係していると思うわ。」

 「そう言えば最初、世界詩編ワールドエピックとか始まりの真言マントラをインストールとか色々聞こえて頭の中に何かを入れられているような感覚で凄く頭が痛くなった事があります。」

 「きっとそれね。世界詩編ワールドエピックが何かは分からないけど、きっとその時に真言マントラが頭に入ったのね。それならばあの本を解明できれば誰でも真言マントラが使えるようになる?いや、きっと駄目ね。朱音ちゃん以外には本の内容が見えないもの。そういうセキュリティになっている可能性が高いわよね。となればやはり朱音ちゃんを通して解明していく方が確実か?いや、でも……」

 「おーい、高遠さん!」

 「え⁉️あら朱音ちゃん。どうしたの?」

 「いや、どうしたのじゃありませんよ。ずっと1人でぶつぶつ言ってましたよ?どうしたのはこっちのセリフですよ。」

 「あら、ごめんなさい。えーと、まだ検証したい事もあるからそろそろ続きを始めましょうか。」



 その日はそのまま効果範囲や時間の実験を行った。中でも不思議だったのが、

 『ステータスオープン』

 ステータス画面だ。真言マントラの事を知っていたので馬場は当然知っていると思っていた。そしてそれがシロには見えていなかった事から他の人からは見えないと思っていた。しかし、

 『ステータスオープン』

 能力値に変化がおきてないか見る為に開いて確認していると

 「何だそれは?」

 馬場が開いたステータス画面に驚いていた。

 「え⁉️見えてる?」

 「ああ?その四角い板なら見えてるが?」

 「ちょっと、見ないで下さいよ!」

 「何を言ってるの?」

 高遠が不思議そうに尋ねてきた。

 「え?お前には見えていないのか?」

 どうやら真言マントラを使える人間には見えるみたいだ。試しに馬場もやってみたら

 『ステータスオープン』

 「おお!出た出た!」

 「これは使えるんだ。他のは駄目なのになんで?」

名前 馬場遥斗

種族 人間 男

年齢 28

レベル 8

 「これが俺のステータスか。朱音、このレベルってどうなんだ?」

 「知らないわよ。私も自分のしか知らないんだから。」

 「ちなみにお前は幾つだ?」

 「え?私は……」

 ステータスを確認すると

 「あ、上がってる。4だ、4になってる。」

 「4。て事は前は3か?」

 「なら約5年で1上がると考えるべきなのか、それだとしたら俺は高い方となるが、よく分からないな。そもそもなにをすればレベルは上がるんだ?」

 「そんな事は私も知らないよ。」

 「そうだよな。ゲームなら敵を倒して経験値を貯めるんだが。」

 そこまで言った所で魚人の存在を思い出した。

 「お前のレベルが上がったのはもしかしたら魚人を倒したからか?」

 「確かに……可能性はあるね。でもゲームみたいに敵を倒して経験値が貯まるのなら何で最初は3だったのだろう?」

 「自然に貯まる経験値と敵を倒して貯まる経験値があるのか?んー、分からん!」

 「そうだね。」

 「ちなみに朱音。お前は何体の魚人を倒したか分かるか?」

 「分かんない。この前の戦いは無我夢中で倒してたから……。」

 「だよな。前の戦いの半数以上はお前が倒した筈だがあの戦いの最中で数えてられないよな。」

 「うん。」

 「しかし相当な数の筈だがお前のレベルは1つしか上がってない。前に見たのがいつかは知らないが、1つしか上がってないって事は魚人を倒してもレベルはなかなかに上がらないだろうって事だよな。」

 「あー、言われてみればそうだよね。」

 「自然に貯まるだけならば俺の8というのはおかしいだろな。」

 「ちなみに馬場さんは何歳?」

 「俺は28だ。」

 「5年で1上がるなら馬場さんのレベルは高過ぎだよね。」

 「他の人のステータスが見れたらな。」

 そこでステータスのウィンドウが見えない田中と遠藤が声を真似してみたがやはりウィンドウは開かなかった。

 「くそっ、他の奴らのステータスが分かれば良いのに。そうだ朱音。お前の真言マントラで他人のステータスを表示できないか?」

 「あ、なるほど。私が真言マントラでやればできるかも。自分のがステータスオープンだから、この場合はえーと、」

 『田中さんのステータスオープン』

 田中がキョロキョロしている。

 「自分じゃ見えませんが出てます?」

 「いや、駄目みたいです。出てません。」

 「そうですか。」

 田中はガックリと肩を落とした。どうやらそれなりに楽しみにしていたようだ。

 「何で駄目何だろうね?今度は試しに馬場君のをしてみたら?」

 「変わらないんじゃないですか?」

 「真言マントラを使える者同士ならどうかなって思って。」

 「なるほど、試してみる価値はありますね。」

 『馬場さんのステータスオープン』

 朱音の前に馬場のステータス画面が表示された。

 「出た!」

 「え⁉️」

 「何で俺のステータスがお前の前に出るんだ?」

 「朱音ちゃんの前に出ているの?私も見たいわ。」

 「くそ、なら俺だって。」

 「朱音の『ステータスオープン』」

 馬場の前にステータス画面が表示された。

 「あ、駄目!見ちゃダメー!」

 朱音は表示された画面を隠そうと必死だ。 

 「何で?」

 そんな朱音を前に馬場がとぼけた疑問符を投げ出した。

 「え?どうなっているの?見えないから分かんないだけど。」

 「ちょっと待て。」

 そう高遠に言ってから

 「朱音。落ちつけ。表示されたステータス画面を見てみろ。」

 「ふえ?」

 朱音が表示されているステータス画面を見てみると、そこに出ているのは馬場のステータス画面だ。

 「あれ?」

 「ちょっとお、そっちだけで話してないで教えてよ。」

 「このステータス画面、馬場さんのだ。」

 「朱音ちゃんのじゃなくて馬場君本人のが出たの?」

 「そうみたい。」

 「何でだ?朱音は俺のを表示出来るのに、俺は朱音のを表示できないなんてどういう訳だ?不公平じゃないか。」

 「そんな事ない!乙女の秘密は簡単には見せれないのだ!」

 「朱音ちゃんが表示を拒んだからかしら?」

 「なら俺も拒めば朱音が言っても表示されなくて、本人のが出るのか?」

 「あ!そうか!」

 「何よ。田中君。」

 田中の急な大声に高遠が不快感を表す。

 「何故か分かりましたよ。」

 「朱音が拒んだ以外に理由があるのか?」

 「真言マントラです。朱音ちゃんはキチンと真言マントラで馬場さんの名前を言えていますが、馬場さんの場合ステータスオープンだけが真言マントラなんです。朱音ちゃんの名前は言えていない。だから自分のステータス画面が出るんです。」

 「あ!そうか。そういう事か。」

 「なるほどね。それは盲点だったわ。確かにそうよね。そうなるわ。」 

 「くそー、不公平だ。」

 「乙女の秘密は守られたのだ。」

 「さっきから乙女の秘密とか言ってるけど、見られたくないものも表示されているの?」

 朱音は高遠にだけ聞こえるように耳打ちした。

 「なるほどね。けどそれは今後もし他の人が使えるようになった時に試されたら嫌だからはっきりと言っておいた方が良いよ。」

 「うー、分かりました。馬場さん!」

 「何だ?」

 「私のステータス画面にはスリーサイズとか体重が表示されているので見たら駄目です!」

 「お、おお、そうか。そうなのか。分かった。表示しようとして悪かったな。」

 「分かってくれたなら良いです。けど、今後もし使えるようになっても、見たら駄目ですよ!」

 そう言って人差し指を立てて見せる。その仕草に愛嬌を感じ何とも言えない気分になったのは秘密だ。

 「しかし、どういう条件でレベルが上がるのでしょうか?」

 田中も気になるようだ。

 「そもそもレベルが上がるとどうなるの?」

 「え?」

 「そう言えばそうだ。どうなるんだ?」

 「私に聞かれても分かんないよ。」

 「いや、お前は1回上がってるだろ?」

 「確かに上がってるけど、何か変わったとか分かんないよ。元の数字なんて覚えてないし。」

 「ふむ、それもそうか。」

 「なら書き留めて起きましょう。ちなみにそれってどんな項目があるの?」

 それが見えない高遠が聞いてきた。

 「ええと体力、精神力、筋力、敏捷、幸運とかですね。」

 「上腕二頭筋とか腹筋はないの?」

 「へ?いや、ありませんよ。」

 「それだ!」

 「いきなり何よ?うるさいわね。」

 「俺のレベルが高くて朱音が低い理由。それは筋肉だ。」

 「何よそれ?」

 「朱音はたいして鍛えてないだろ?」

 「え?うん。特に鍛えてはないね。」

 「それと違って俺は鍛えている。その違いがレベルとなって現れているんだ。」

 言われてみれば納得できる理由だ。

 「なるほどねー、馬場君にしてはなかなか鋭い意見だね。」

 「朱音!鍛えるぞ!鍛えてレベルアップだ!」

 「えー⁉️嫌だなー。」

 「まずは腹筋と上腕二頭筋だな。」

 「それぞれの筋肉の数値もあれば良いのにね。」

 「それは良いな。それがあれば他の奴と比べればどこの筋肉を鍛えるべきか分かるのにな。」

 「そうよ。それがあれば誰のどこが魅力的か数値化して分かるって事でしょ?」

 「って、いやお前は何を言ってるんだ?」

 「もちろん筋肉の魅力についてよ。」

 「馬鹿だろ?筋肉はパワーだ。純粋に力であって、魅力なんて関係ない!」

 「何を言ってるのよ。その力が魅力なのよ。そしてそれを象徴するのが肉体美なのよ!貴方も筋骨隆々な姿を見たら凄いって思うでしょう。それこそが筋肉の魅力よ!」

 「ぐっ、確かにそれは否定できない。」

 「そうでしょう。鍛えに鍛え筋肉を苛め続けて完成する肉体美。それを私の体で癒してあげたい。」

 うっとりとした表情で語る高遠。そんな2人の会話を聞きながら朱音は若干引いていた。

 「何を言ってるんだか。」

 「何を言うか、朱音。筋肉は良いぞ。なんと言っても努力すればした分だけ必ず身になる。筋肉は自分を裏切らない。」

 「そうよ。筋肉は見た目も良いし、何を言っても漲るパワーの感触。筋肉に包まれながら眠れたらどれだけ幸せか。朱音ちゃんも体験すれば分かるわよ。」

 「違う。筋肉は自分で身につけてこそだ。自分の身に宿るパワーを感じるのが良いんだ。昨日持ち上がらなかったダンベルが今日こそ持ち上がる。持ち上がらなければ明日こそはと筋肉をつける。これを繰り返してついに持ち上がった時の感動!素晴らしいぞ。朱音も是非やろう。」

 「駄目よ。朱音ちゃん。女の子は柔らかくなければ駄目。硬い筋肉に包まれるには柔らかい体でなければ。柔らかい体で癒してあげるの。」

 「朱音は鍛えるよな?」

 「鍛えちゃ駄目よ。」

 「あー!もう!ウルサイ!私は鍛える気はないし、そんな趣味も無い!」

 「「そんな馬鹿な!」」

 馬場と高遠が同時に叫んだ。

 「っていうか何で2人とも私が筋肉に興味があると思ったのよ。私にはそんな気は無いからね。」

 「うー、お前となら朝のベンチプレスを迎えるのも良いと思ったんだが。」

 「何よ?その朝のベンチプレスって?」

 「何だ知らないのか?それは当然徹夜で体を鍛えぬき、日の出と共にベンチプレスを持ち上げるという神聖な行為だが?」

 「聞いた事も無い。」

 「そんなまさか⁉️大晦日から年明けの初日の出にあわせて行うのは日本恒例の伝統行事だぞ。」

 「そんな風習は日本には無い。」

 「え?ごめん、私は凄い興味あるんだけど?」

 高遠が食いついた。

 「是非私も参加したい!」

 「何?お前もついに鍛える気になったか?」

 「いや、私は見る専門で。だって集まって体を鍛えるんでしょう?迸る汗に筋肉。それを眺めながら迎える新年。何て素敵なんでしょう。」

 馬場がゲンナリした顔で

 「そんな不審な動機の参加者はいらん。」

 「違うわよ。不審な動機じゃない。腐った心と書いて腐心な動機よ。」

 「あ、それは自分で認めるんだ。」

 「余計に質が悪いわ!」

 3人が騒いでいると

 カチャッ

 という音がしたと思うと馬場が咄嗟に2人を庇った。

 「いい加減に検証を進めません?」

 そこには銃を片手に恐ろしい表情の田中が立っていた。

 「ああ、すまん、すまん。ほらさっさと始めよう。」

 馬場が朱音と高遠の肩を押しながらに言った。

 「そうね。早く始めましょう!」

 高遠がそれに冷や汗をかきながら同意する。

 「ああなった田中はヤバイ。大人しく言う事を聞いた方がいい。」

 そう朱音に呟いて馬場はさっさと立ち去るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る