第23話

 「さて、見ての通り俺は近接戦闘しかできない。どうするよ?」

 「私は詠唱が必要だから近接戦闘はしたくないな。」

 「まあ考えてる時間はないし、近付いて来たのを俺が倒す。遠距離をお前がどうにかするって感じか。」

 「そうだね。じゃあ早速始めよう。」

 朱音は車によじ登り壁の向こうの様子を見た。タイを筆頭に魚人の群れがこっちに走ってその距離はすでに10メートルを切っていた。

 「ヤバイ!」

 『地面よ鋭く尖れ』

 魚人の前の地面に大きなトゲのような物が大量に生えてくる。魚人はそれに気付くが止まる事が出来ないでそのままトゲに突き刺さり派手に転んだ。

 『尖った地面よ伸びろ』

 トゲが槍のように伸びる。まるで地獄絵図のように魚人は無数のトゲに突き抜かれた。しかしそれによって倒したのは先頭を走っていたタイを含む5体だけだ。その後ろにはまだざっと見ただけで10体以上の魚人の姿がある。後続の魚人がトゲを飛び越えようとジャンプすると、

 ダンダン

 と自衛隊員が銃の射撃にて撃ち落とした。しかし全てを倒しきれてはいない。

 「うおおりゃ!」

 馬場が気合いと共に飛んで来た魚人の1体を着地前に横凪ぎに切り捨てる。こっちに残った魚人は3体。

 「こっちは俺に任せろ!朱音、お前は前に集中しろ!」

 書いて石よ無数の弾となりて魚人を撃ち抜け』

 迫り来る魚人に向けてまるでショットガンのように無数の石の弾が飛んでいく。魚人に避ける術は無く体中を穴だらけにして倒れた。

 「あ?アイツ!まだ動いている!」

 タイが体を貫いた無数の槍をその手で叩き折りこちらを睨みつけている。その怨嗟に満ちた顔は朱音を恐怖させるのに十分だ。

 「だいぶ怒り心頭のようだな。」

 タイが叩き折った槍を拾い投げてきた。槍は壁に命中しそのまま突き刺り視線は槍へと向けられる。

 「危なかった……。」

 朱音が呟き槍から視線をタイに戻すと

 「居ない⁉️」

 槍に意識が移った後すぐにタイは行動を開始していた。全身の筋肉を使い高く飛び上がり一気に上から距離を詰めていた。朱音がそれに気づいたのはすぐ近くにタイが着地した時だった。

 「⁉️」

 タイが素早く槍を朱音に向けて突きだす。絶対必中のタイミングだ。

 「させるかよ!」

 槍を握るその手に向けて巨大な剣が振り下ろされる。誰もがタイの行動に気づかなかった中、馬場だけがしっかりとタイの行動を把握していたのだ。剣が地面にめり込む音が響く中、タイの槍と共に突きだした両手が切断されていた。

 「×※」

 タイが何かを叫んでいる。そんな事はお構い無しに馬場は剣を持つ手に力をこめ、めり込んだ剣先を無理やり切り返しそのままタイに向けて斜め上に切り上げる。その一撃によってタイは腹から肩にかけて切断された。

 「これで最後か?」

 周りを見渡すと動いている魚人の姿は見当たらない。

 「やった。助かったんだ。」

 隊員達が安堵し歓声をあげる。

 「流石、馬場さんですね。ありがとうございます。」

 高田が馬場に話しかける。

 「何処かで会った事があったか?」

 「いえ、こっちが一方的に知っているだけです。馬場さんは有名ですから。」

 「そうなのか?」

 「はい。ストイックに体を鍛える姿に憧れを持つ隊員は多いですよ。」

 「ふむ!なかなか見所があるな!今度一緒にトレーニングしよう!」

 どうやら馬場は鍛える事に憧れを持たれている事に上機嫌になったようだ。そうしている内に

 「隊長!また新手です。更に新種がいます。見た事の無い奴です。あれも魚人なのか?。」

 見張りから高田に連絡が入った。

 「増援に新種だと⁉️いったいどれだけいるんだ?」

 高田は悪態をつきながらも仲間に伝える。程なくしてそれは姿を現した。

 「あれが新種⁉️いや、しかし今までのとは全然違うぞ?」

 その姿は今までの魚人とはかけ離れていた。体全体が外骨格に覆われ、パッと見ると巨大なエビのようにも見える。他の魚人と違い細く長い足が6本有り、逆反り状態で上半身を持ち上げている。頭には触角のような物に、飛び出した目。その出で立ちは日曜朝の特撮の怪人を彷彿とさせる。そして腕をカマキリのように構えているが、大きく広げるではなく、肩をすぼめて小さく構えていた。

 「あれはまさかシャコ?」

 田中がそう言ったその瞬間

 ガゴォーン

 「きゃあ!」

 壁の破片が朱音に向かって飛び散り当たる。何が起きたか分からないが朱音の前の壁が欠けていた。

 「何が起きた⁉️」

 馬場が叫んだ。分からない。壁の様子からすると何か大きな物で叩いたような。しかし、近くに魚人は居ない。それに何かを飛ばした様子は無かった。火器ではないようだが、飛び道具には違いない。

 「壁の後ろに隠れろ!」

 迫る魚人を相手に壁の前に出ていた馬場は叫び壁の後ろに隠れる。それに倣い他の隊員達も壁の後ろに隠れた。

 「シャコパンチによる衝撃波でしょう。」

 田中がそう言う。

 「シャコが貝を割るのにパンチをするのですが、その威力は衝撃波を生み出す程の威力があります。通常のサイズのシャコでそれが可能なので人間サイズのシャコが放つパンチの威力なら衝撃波を飛ばす事も出来るようですね。その衝撃波がこれだけ距離のあるこの場所にも届いているのでしょう。」

 ガゴォーン

 ガゴォーン

 連続で衝撃波が放たれる。

 「速すぎてはっきり見えないが、確かに手が動いているな。」

 「あんなのを何回もやられたら壁がもたないよ。」

 朱音の前の壁がどんどん破壊されていく。

 「ずっと私の所じゃない⁉️」

 「どうも奴の狙いはお前のようだな。」

 朱音が隠れるのに必死になっていると他の魚人がどんどん迫って来ている。それを銃で応戦するが、下手に壁から出てしまうとシャコの衝撃波の餌食になってしまうので正確に狙いをつけれないでいた。

 『地面よ盛り上がり壁となれ』

 壊された壁の補強も兼ねて朱音は壁を作り直した。

 「あいつのパンチを止める手段はないのか?」

 「疲れるのを待つしかないですかね?」

 「他の魚人がもうそこまで来ています!」

 そう言った矢先に壁の上に魚人が現れた。

 「チッ!もう来やがった!」

 馬場がその魚人を相手にする為に急ぎ駆けつけようとするが、しかし魚人が槍を構え朱音に向かって飛び降りた。

 「間に合わない!」

 朱音は何とか回避しようと身を捻るが魚人の方が早い。

 「アオーン!」

 咆哮が響き白い何かが朱音の横を凄い速さで通り抜けた。あまりの速さに色しか分からなかったが、朱音の目の前でトラックに跳ねられたかのように魚人が吹き飛んだ。そしてその巨大な影は朱音にモフッと身を寄せた。

 「何?」

 「クウン。」

 その白い巨大な物がこちらを見ている。どかか愛嬌のある見覚えのある顔。巨大になっているが

 「もしかしてシロ⁉️」

 その巨体は朱音よりも大きくまるで軽バンのようだ。

 「来てくれたのね。」

 朱音はその大きな顔を抱きしめる。シロは嬉しいのだろう、尻尾をブンブンと激しく振っている。そこに

 ガゴォーン

 またしても壁が破壊された。魚人が壁を越えて迫り来る。それを馬場と隊員達がなんとか応戦していた。その間にもどんどん壁が破壊されていく。

 「くそっ!やりたい放題だな。」

 こちらからシャコを狙うにもシャコの攻撃の方が速い。銃で狙うにも狙いをつけている間に衝撃波でやられるだろう。

 「どうにかしないと、このままじゃジリ貧だ。」

 「ワン!」

 「シロが何とかする?危ないよ。この壁を壊したいるのはアイツの攻撃なんだよ。」

 「ワン!」

 「大丈夫じゃないよ。」

 「ワン!」

 『我は旋風なり』

 「え⁉️真言マントラ⁉️」

 その言葉はシロの口から紡がれた。朱音の前からシロの姿がかき消え、風圧だけが残され朱音は風に煽られた。

 「キャッ!」

 その白い風は馬場の前をすり抜け魚人の群れを蹴散らしながらシャコを目指す。それに気づいたシャコがシロを迎撃する為に衝撃波を放つ。しかしシロは事前に進路を変えて回避する。シャコがシロに当てる為に連続で無差別に衝撃波を放つがシロはそれらを悉く回避した。あまりにも無差別で放った為に魚人も何体もそれに巻き込まれ倒れていた。

 「グオオオォ」

 白い風が咆哮をあげる。その風は渦を巻きシャコは渦の中で引きちぎられバラバラになっていった。

 「アオーーン」

 シロが雄叫びをあげる。その姿はとても雄々しく見た者は恐怖を感じずにはいられないだろう。それを見た他の魚人達は我先にと逃げ始めた。

 「馬場!これを!」

 田中が馬場に何かを渡した。それを見た馬場は田中の言わんとする事を即座に理解した。馬場が逃げる魚人を追いかけ手を伸ばすがそれを察知した魚人は必死に逃げる。馬場は魚人の背中にタッチするのが精一杯だった。戻って来た馬場に

 「どうだった?」

 「たぶん成功したとは思うが。」

 「後は反応を見てからだな。」

 「そうだな。」

 「まあ、とにかく何とかなったみたいで良かった。」

 馬場が懐から缶コーヒーを出して開け、それを1口飲んだ。

 「何でそんな物持っているの?」

 「ん?ああ、前に飲もうと買って入れていたのをさっき思い出した。」

 「疲れた、私も飲み物欲しい。」

 「飲みかけだがいるか?」

 「え?」

 間接キス……この年齢で気にするのはおかしい気もするよね。

 「あー、頂戴。」

 朱音は顔を少し赤らめながら手をのばした。

 「え、すまん。返事が遅いから全部飲んじまった。」

 朱音の手は行き場を失った。

 「せっかく覚悟決めたのに!」

 「覚悟?ああ、お前間接キスとか気にする感じか?」

 「うう、もう知らない!」

 朱音は図星をつかれそっぽを向いた。

 「あー、分かった分かった。後で奢ってやるから。」

 「本当?」

 朱音が目を輝かせ馬場の方を見た。

 「ああ、飲み物位いくらでも構わんさ。」

 「やったー。」

 「飲み物位で喜ぶとはえらく安上がりだな。」

 「えー、そうかな?」

 「まあ、お前がそれで良いなら良いんじゃねえか。」

 「んー、まあ良いか。」

 遠目に逃げる敵を見ながらそれ以上は追いはしなかった。それよりも疲労が強くその気力もなかったからだ。

 「でもこれで、この地域に魚人が現れるのは確定ですね。」 

 「だな。これだけの数が居たんだ。この辺りを拠点に防衛するのは必須だろうな。」

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