第14話

 怒られた。それはもうたっぷりと。仕方のない事だ。行くなと言われた海に行き、更にはあんな物まで見つけて来たのだから。

 「あなたって子は!海に行ったなんて信じられない。」

 「まあまあ雅子さん。朱音ちゃんが海に行ったおかげであんなのが居るって分かったんだし、朱音ちゃんも無事なんだから。」

 「だからってね。危ないと言われたのに海岸に行ったなんて、何を考えているの?」

 ここは漁協の1室。朱音はあの後自宅に戻り、シロにご飯をあげてから魚人の存在を知らせる為に1人で漁協を訪れていた。漁協で海岸に知らない生き物の死体があると知らせると直ぐに車で確認に行く事となった。魚人を見た安達さんは驚き、直ぐに警察と仲間に連絡した。その為、海岸にはたくさんの漁協関係者が集まる事態となっていた。漁協関係者は一様に

 「こんなのが海の中に居たのか……。」

 と驚きを隠せない。

 「お前が見た影ってコイツか?」

 「大きさ的には同じ位だと思う。たぶんコイツじゃないかな?」

 「そうなのか。しかしこれだけ居るんだ。これで全部って事は無いよな?」

 「そうだろうな。たぶんまだ海にはコイツの仲間が居るんだろうな。」

 「そうだよな。」

 漁師達は海の方を眺めゾッとする。どれだけ居るのかは分からないが、海の中に魚人が生息している。しかもこの辺りは行方不明者が出たばかりだ。

 「なあ、行方不明になった奴と丸山さん。コイツらに殺られたのかな?」

 「分かんねえけど、たぶんそうじゃないかな?」

 特に丸山さんは沖で船の上で殺されている。どうやって船の上にあがって来たのかは不明だ。もしかしたら網に絡まっていたのかもしれない。それとも想像もつかない方法で船にあがったのかもしれない。

 「俺、漁師やめようかな……。」

 そう考えるのももっともだ。殺人鬼が出る所で仕事をする。考えただけで恐ろしい。漁師達がそう話していると警察がやってきて規制をかけだした。死体は警察に任せ、事情聴取の為に警察官の1人と安達さんとで漁協に戻る事となったのだ。すると漁協では母が待ち構えていたのだ。誰かが連絡して呼んでいたのだろう。

 「ごめんなさい。丸山のおじさん海が好きだったから、花を海に流そうと思って。」

 予め考えていた嘘だ。海に行ったと言うのにそれらしい動悸が必要だった。

 「丸山のおじさんだって海に行くなってあなたに注意したんでしょう?」

 「うん。」

 「それをあなたは……。」

 「ごめんなさい。」

 「朱音ちゃんもこう言ってるんだし、ここはちょっと抑えてくれないか?」

 「もう!分かったわよ。過ぎた事を言っても仕方ないしね。でもね!もう、しないでよ?」

 母はキツメに、しかし涙声でそう言った。

 「うん、ごめんなさい。」

 怒られる事は覚悟していたとは言え涙目で叱られるのはそれで辛いものがある。

 「それにしてもアレはいったい何なんだろうな。」

 安達さんが携帯で撮った写真を見ながら言った。

 「そうですね。それはこれから詳しく調査する事になるでしょう。あんなのが現れたなんて他に無いでしょうし、間違いなく新種になるんでしょうね。」

 こう言ったのは一緒に漁協に戻った警察官。

 「それが人を襲った可能性が高いのが問題ですが。まあ、それは今は置いておいて……。」

 警察官がお茶を口にした。

「それで、えーと朱音さんが発見した時の状況を教えて欲しいんですけど。」

 「あ、はい。丸山のおじさんに花を贈ろうと海に流す為に海岸に行ったたんです。するともうあの状況でした。」

 「その何て言ったらいいかな。まあとりあえず魚人としましょうか。魚人が倒れていた、と。」

 「はい。始めは何か分からなくて、人が倒れているのかと思ったので、近づいて見たら……。」

 「うーん、魚人の正体もだけど、何で倒れていたかは分からないかな?遺体の損傷の感じからいって何かと争った感じに見えるんだよね。そうなると魚人をああした存在がまだ何処かに居るって事になる。」

 すいません。ここに居ますとは言えない。

 「海が危険な事には変わりはないって事だよな。」

 安達さんがため息混じりにそう言った。

 「いや、あの魚人は明らかに海の生物だと思うけど、それを倒したのは違う生物かも知れないんですよ。槍らしい物が落ちていたけど、あの傷は明らかに槍による傷口じゃない。どうやって付けられた傷なのか想像もつかないよ。」

 「確かにな、ぽっかり穴が空いてたりしたもんな。」

 「そうなんですよ。いったい何をすればあんな事が可能なのか?」

 「そんな事をした存在がまだ海にいるって事だよな?」

 「そうですね。それが海の生物なのか、はたまた陸の生物なのか、想像もつきませんけども。」

 「陸の生物って事は無いだろ?」

 「分かりませんよ?」

 「そんな危険な生物が陸にいたらすぐ分かるんじゃないのか?」

 「どうやったか分からないからこそ、あり得ます。」

 「何で?」

 「例えば人間。」

 「人間?」

 「何かしらの道具を使ってやった。とすればあり得ます。」

 その言葉に朱音はドキッとした。

 「まあ確かにあり得る、のか?」

 「あり得ると思いますよ。けど、こんな正体不明の生物に正体不明の攻撃。それを行った人物が居たとしてもその人に利点が有るとは思えませんけどね。」

 「まあ確かにそうか。」

 「それこそ子供向けの特撮とかみたいに正体を隠した正義のヒーローみたいな事でも無い限りそんな事はしませんよね。」

 朱音はその言葉に内心ドキドキだ。自分はヒーローではないが真言マントラの事は隠したい。2人の会話が完全な的外れではない事が朱音を落ち着かない気分にさせていた。

 「わははは、それはないわな。それだとあの魚人は悪の組織の改造人間って事になるな。」

 「そ、そうだよー。あり得ないよ。」

 朱音は安達の冗談にあえて賛同した。しかし、改造人間か。確かに誰かが造ったとかならば今まで見つかる事が無かった事にも納得できる。

 「ですよね。まあ今の所は海の中の生物同士の争いの線が濃厚ですかね。」

 「そうだろうな。縄張り争いみたいな事でもあるのかも知れなんな。」

 「まあ何にせよ地域の方には外出を控えて貰った方が良いでしょうね。」

 「こんな事になるともう漁はできないよな。どうしたものか……。」

 「そうですね。魚人に対して何か対策を立てない事には海は危険なので近づかないように。としか言い様がないですね。」

 「困ったな。これじゃ漁協関係者は仕事にならないな。」

 「しかし、魚人の危険性がどれだけあるのか分からないので、海には近寄らない方が良いでしょう。」

 「だよな。早く国が何とかしてくれるのを期待するしかないか。」

 そう言って安達はコーヒーを啜った。

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