第9話

 夜。病室の辺りを回ろうとしていると、何やら慌ただしかった。


「あっ……」


 昭雄の姿を見た看護師の一人が絶句した。悪い予感がした。


 予想通りだった。一時は持ち直したようだが、容態が悪化し浩二は死んでしまったらしい。


「えっと、何か手伝うことありますか?」

「いやいや、そんな」


 昭雄の友達であることを知っているのか、看護師は即座に断った。


 元々宿直の仕事には含まれないのかもしれないが、気を使われているような印象もある。


 突然の友人の死に触れ、ぼーっと頭の芯が痺れたような感じのまま、昭雄は定時の巡回を済ませ宿直室に帰った。


 隣の霊安室……に人の気配はなかった。看護師とか医者とか……親族などはいないのだろうか?

 

 昭雄がこの病院に務めるようになってから初めてのことでもあり、だんどりのようなものがよくわからない。


 とりあえず霊安室に仏がある(居る?)場合、しばらくして葬儀屋さんに引き渡すことになっているのは知っているのだが、自分も立ち会うべきなのだろうか。


 一応その場にはいたほうがいいだろう。


 そういえば、出入りの葬儀屋は決まっていて霊安室の鍵は持っている、とは聞いていたが……


 ガッタン、と何かが大きく揺れる音がした。この部屋ではない。


 最初は気に留めていなかったのだが、ガタッガタッとあんまり続くのでつい舌打ちして当てもなく立ち上がる。


 立ち上がってやっと気づいた。音は隣、霊安室から聞こえてくる。


 今まで勤務中に音が聞こえてきたことはなかった。よりによって今。浩二の身体が隣にある今。


 いや、状況を考えたらまあ、人がいるのはおかしなことではないのだ。


 兎も角、見に行かないわけにはいかないだろう。


 前まで行ってみると、はっきり音が室内から聞こえてきた。


 床までなんらかの振動が伝わっているらしく、戸に閂を掛けている南京錠もカタカタ音を鳴らしている。


 ……南京錠?


 カギがかかっているのはいくらなんでもおかしい。状況からして。


 ガタッ! ゴツッ! ゴツッ! 徐々に音は大きくなってくる。


 まだ浩二はここに運ばれてないのか? 


 いや、それとも既に葬儀屋が持っていったのか?


 いや、いやいやいや。その前に音だ。


 頭が混乱してくる。胸の動悸が激しくなる。何か異常なことが起きているのは間違いなかった。


 こういう時は……ナースセンターには二十四時間人が詰めているだろう。とりあえず誰かに確認を……。



 ゴツッ! ゴンッ! ガタガタガタッ!



 音は何かイラついているような乱調子を奏でる。


『ひらんわあ。ぶっ叩くなり切るなりするんやろなあ』


 不意に定一の声が頭の中でリフレインする。


 病院内の誰かに伝えるのを躊躇うには充分なインパクトを持っていた。


 勿論院長にもらった番号に連絡するという選択肢も消し飛んでいた。

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