書きたいことを書き殴った

受験生でも遊んで良くないですか

私は高校三年生なんですが、この時期は、選択の時期と言っていいでしょう。


高校受験とは違い、自分のやりたいことや、将来を本格的に考える時期です。


そんな時期の真っ只中にいる私が今、どのようなことを考えているのか、についてここの書き残していこうと思います。

気づいたら忘れちゃいますからねw



ちょっと余談を挟みます。


この時期の高校生は本当に自分自身で選択しているんでしょうか。


おそらく半分くらいの人は、周囲の環境に流されるままに、今を享受しているのでは、と感じます。


そこには、先生が勉強しろって言ってるから、周りの生徒がみんなあの大学を目指してるから、親がそうしろって言うから、といった非常に多くの現実があると思います。


事実私の周りにはこのような人が多いです。


これは正に、周りに宣託を受けているといっていいでしょうね。


選択(宣託)しているのは自分自身か、あるいは周りなのか←これを言いたかっただけです。ア、ツマラナイデスネ、ハイスミマセン


しかし、特に理由もなく、何となく偏差値が高い大学を目標にする学生たちは、なぜか勉強を頑張ります。ほんと不思議なくらい勉強します。


これ、普通に考えて、おかしいと思いませんか?


遊び足りないこの時期に、自分の今までやってきたさまざまなものを一時中断してまで、周りに言われたことを頑張って行う。


勉強が大好きなんじゃないですかねえw


でも話を聞くと愚痴ばっかり( ・∇・)


客観的に見て、頭おかしいんじゃないんですかね、というのが私なりに感じたことです。


反論として、勉強していい大学に入れば、いい企業に就職できて、いい給料がもらえる。こんなことを理由に挙げる人がいますが、高校生のうちから、本当にこのような人生を送りたくて、狂ったように勉強するんですかねえ。


俺にはわからん。


あるいは、周りの同調圧力とでも言うんでしょうか。


確かに、周りと同じようなことをしていれば、ある程度自らの人生が保障されている気がしますし、自分だけ違うことをやっていると不安ですよね。(文字通り、周りに宣託されているとw)


かなり前振りが長かったですが、こちらの考え方に対する私の意見を、述べさせていただきます。


この、周りに合わせる選択を、私なりに意味付けしてみました。


これは、選択の先送りなのだと考えます。


いい大学に入ると、自らの選択肢が増えます(と周りに言われます)


そして、大学で自分のやりたいことを見つけて、それから、その道に進めばいい。


そこでいい大学入ったメリットが効いてくる。


ある程度であれば会社を選べるため、大学で見つけた、やりたいことができる会社に就職すればいい。



このように、良い大学に入ったメリットとして、就職の選択肢が増えることを利用して、自分の選択を先延ばしにできるよねといった考え方ができます。


しかし、本当にいい大学に入ることは選択肢を増やすことになるのか。


選択肢は無限にあります。


人生の選択肢は本当にたくさんあります。


一線を越えなければ、何をしてもいい。


ここで言う一線とは、犯罪だったり、他人に迷惑をかける行為です。


無限+いい大学に入ったことによって増えた選択肢=無限


うん。大して変わらん。


みてください。数値が示しています。


どの大学に入ろうと、選択肢は等しく無限です。


はいQ.E.D 証明完了。フッ


屁理屈は置いといて、今の時代、本当にたくさんの生き方があります。


その中で、必ずにも自分の好きな職業に就かなければならない、という理由もありません。


ましてや一流企業に就職する必要もです。


あくまで私の考え方として一例を出しますが、私は仕事と趣味をはっきり分けたいと考えています。


仕事はあくまでお金を稼ぐ手段として行うものであり、それ以外の時間を趣味に充てる。


なので将来の就職先は、給料はそこまで高くなくていいので、趣味をできる環境、具体的には、就業時間がそこまで長くなく、疲れない、といった職業に就きたいと考えています。


もちろん仕事で好きなことをやるのも、悪くはないのですが、多分一極集中型の私は、それをしてしまうと仕事一辺倒になってしまうと思うんですよね。


それは私の望む将来ではない。将来私は、仕事以外にも様々な経験をして、新しい趣味を見つけたいと考えています。


また、ブラック企業にも繋がりやすいです。


というのも、こんな話を聞いたことがあります。


ブラック企業がどのような経緯で出来るかと言いますと、ゲーム開発とかに多いんですが、職員が仕事大好きすぎて、めっちゃ働くんですね。で、会社が大きくなってその職員が今度は経営者側になった時に、それを下の人に強要してしまう、といった経緯だそう。


これはあくまで一例ですがね。


いい企業に就職する、が人生の全てではないと思うんですよね。


もちろんそれをすることでいいことは沢山ありますが、デメリットもあるかもしれない。


それが私にとっては上記したことだったわけ。


話を戻しますが、大学受験が迫っているこの時期に、あるいは、多くの大人が羨ましがるこの時期に、周りに流されて、自分では特に考えず、勉強の選択肢を取るのは、もったいないと思います。


もちろん受験勉強も大切ですが、新しい経験を積み、将来について考える、このような機会も大切だと思います。


たとえば、この時期に出会った人が将来結婚する人に、あるいは一生仲良くすることになる友達に、ちょっと興味あったものをやってみたら、それが一生楽しむことになる趣味に。


このような経験が、良い大学に入ることと同じくらい、いや、それよりも大切なものになることも多いと思います。


私の親は、大学を卒業していません。


ですが、自分の好きな職種に就職できていますし、今はそれすらも辞めて、全く別のことに楽しみを見出していたりします。


これは結果論ですが、別に大学入らなくても、結構人生楽しめているわけです。


受験勉強も大切ですが、自分なりに、考えて、好きなことをやっても良いと思います。


私は、この夏休み、一日10時間を基本として勉強していますが、ちょっと部活に行ってみたり、他のことに手を出したりしています。


これで行きたい大学に落ちても本望だと思っています。


第一志望に行けなかったとしても、その大学に行くために、やりたいことを全部我慢するより、自分の人生を、今も未来も楽しむための最善を選択している自負があります。


そしてここに追記しておきますが、私の人生における最大の目標は「人生楽しんだもん勝ち!」です。


どれだけ一般に賞賛されようとも、私が楽しくなければ、それは価値のないもの同然です。


なので、スポーツもゲームも、私の「やりたいプレースタイルで」勝つのが一番であり、ただ勝ちにこだわるやり方は基本的にしません。


このような考え方に則ると、合理的に考えて、高校三年生の時間を勉強だけに費やすのは、「楽しむ」と言う目標を達成するにあたって、愚策であると言わざるを得ません。


もちろん自分なりに考えて、今勉強することを選んでいるならば、それは素晴らしいことだと思います。


でも、周りの人に言われるがままに、自分のやりたことを我慢するのは違うと思います。



ちょっと文章としてまとまりが悪いですが、疲れたんで一旦筆をおきます。


次回は進路のことでぐだぐだいってる先生の対する反論、あるいは愚痴を書きたいなと考えております。


まあ実質今回の続きです。


では最後に、カクヨムで執筆している作者様に深く感謝を。


ありがとうございます。














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