第9話 お仕事に行こう④

「うおお〜……なんじゃこりゃ」


 カラスがうるさいのが気になったからやってくると、俺の目に奇妙な光景が入った。

 地面に寝ているカガミと、粉々になった人形と、殺人事件でも起きたみてぇな量の血だ。

 とりあえず銃剣ナイフルでカガミをちょんちょんとつついてみる。


「やめてよ〜……」


 起きてた。


「てか起こして〜……」

「仕方ねぇな。よいしょ」「よいしょ!」


 人型に戻ったナイフルと二人でカガミの体を持ち上げた。だがしかし、


「あわ〜……ダメだ〜……」


 ガクガク震える足のおかげでカガミはしょげた顔をしながら座り込んだ。


「見ろよナイフル、生まれたての子鹿ってのはこういうこと言うんだ」

「へぇ〜」

「ふざけないで……」


 なんか青い顔してて笑える。

 俺が貧血で倒れたのかと尋ねると、カガミはぐったりしながら左右に首を振った。

 この周りに散らばった血液はコイツのかと思ったがフジミのものらしい。お前の兄さんは何処よと言うと、バカメガネは近くに立っているカラスを指さした。何で?


「兄さんはーー……生き物に……変身……できるんだけどーー……そうすると……しばらく……人の姿……戻れないん、だよねー……」

 ゼーハーゼーハーしながら喋るの、面白い。

「んで? これからどうするんだ? 人形共はこれっきりだと思うか?」

「んー……あれはー……たぶんー……」

「カガミおみずのむ?」

「ありがと……」


 ナイフルが近くに落ちていた犬用バッグから小さなペットボトルを取り出し、カガミに渡した。


「……それ汚くね?」

「……今朝取り替えたから大丈夫。ペットボトルは使い回しだけど」

「汚ねぇって」


 俺の忠告にもかかわらずカガミはゴクンと喉を鳴らし水を飲んだ。うげぇ。


「えーと説明するね。僕らがモンスターと呼んでいる存在には大きく分けて2種類あるんだ。

 自然発生的に生まれたモノ、ナチュラル。

 誰かが人工的に作ったモノ、クリーチャー。

 バベル、君は前者。人形達は後者だろうな。

 ナチュラルとクリーチャーの違いは何かというと、ナチュラルはマナ、或いは精神エネルギー、或いは魔力を彼ら自身で生成することができる」


「名前固定しろよ」


「モンスターの種族も多様なら呼び方の流派も多様なの!

 まあ、君流に魔力にしとこうか。対してクリーチャーはそれができない。一度作成者から注がれた力を、与えられた行動指針プログラムで使い切るまで止まることはない。例えるなら、魔法でできたロボットだ。断末魔はみんなおんなじだったでしょ?」


「ああ確かに」


 「それで、今回の人形達。多分目に入った人間を手当たり次第に襲うようなプログラムだと思う。町の人々を避難させたのは正解だったね。

 それと、人形は軍勢でやってきていたけれど、小さいとはいえ群のモンスターを作り出すのは作る側としては大変なことらしい。今までも手下を携えたモンスターはいたけれど、その手下は数が多いとはいえなかった。せいぜい10、20がいいとこだ。今回もそんなとこかな。

 加えて、NEOに今まであんなモンスターは確認されていない。つまり新種ということだ。もしかしたら今回の襲撃は新種の試運転とかかも……?」


 ふ~ん、と俺は手を後ろに組みながら聞いていた。ある程度カガミの説明が終わると、俺は口を開く。


「そんで……だから何なんだ? どうすりゃいいんだ俺達」

「核となるリーダーはフジミ兄さんが倒したから大丈夫だと思うよ」

「それ最初に言えよバカッッ!」俺はカガミをポカンと殴った。

「あイテっ」

「おいナイフル帰るぞ」


 呆れつつ振り返ると、ナイフルはトランシーバーを耳に当て何事か話していた。

「あんねー、フジミがカラスになったんだってー」

 何してんだと聞くと、『ほうこくしている』と返された。


「誰に?」

「ユガミ」


 ***


 カー、カー、カー。

 グリーンタウンの上空を飛ぶカラスの群れが鳴いた。

 それはかつてフジミと名付けられた人間だったが、今は単なるカラスの群れだ。変わったことがあるとすれば、そのクチバシに枝が挟まれている。

 彼等はカラスの本能に従って、この町の木々に巣を作ろうとしているのだ。


 その最中、彼等は隣で飛ぶドローンを見た。


『それらは傷つけてはならない』。バラバラに分かれた魂がそう告げた。だからカラス達は何もしなかった。


 ワンワン、ワンワン。


 次にカラス達は地上を見た。既視感のある白い犬が吠えながら走っているのを見た。

 『その犬の名はウロタエルだ。彼はトモダチだ』。成程。カラス達は何もしなかった。

 しかし、妙なものを見た。ウロタエルの目先に何かがいる。影のような黒い人型が。


 あれは知らない。あれはなんだ。魂には記憶がない。そうだ。ここに人はいないはず。NEO が町民を避難させた。ではあれは誰だ?

 ウロタエルがあれを追っているように見える。


 ウロタエルはその実体に近付いて牙を突き立てた。


と思いきや、一瞬にしてそれは煙の様に消えてしまった。


 ウロタエルはその名の通り、狼狽える。

 それがいた周りをくるくる回って、地面の匂いをスンスン嗅いでいる。


「フジミ」


 ふと、何処からか声が聞こえた。


「帰っておいで、兄さん」


 兄さんと呼ばれて気付いた。これはユガミの声だ。

 思い出した。フジミは事前に彼女に内臓を渡していたのだ。無くても一応生きていける内臓、脾臓ひぞうを。

 ユガミは今その脾臓に声を掛けている。

 だけれどカラスは思う。巣を作らねば、と。


「お願いだ、兄さん」


 おや珍しい。ユガミは命令をすることは度々あっても、ほとんどワガママを言わないのに。

 そんな風に言われては、兄として聞いてあげなくてはならない。


 カラスの群れは一気に地に落ちる。真っ直ぐに、真っ直ぐに。

 見えたのは舗装されたコンクリートの道。

 当たれば即死は免れない。


 構わない。

 何故なら私は生神の一つ。無限の生を持つ者、その中のちょっとしたイレギュラー。

 それに死は友人。恐れることは無い。



 パチンと、血溜まりが幾多も出来た。

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