第8話 お仕事に行こう③

 バベルとナイフルがくるみ割り人形に手間取っているその一方。

 人間のカガミと不死身のフジミは、人形に捕まっていた。


「うあ~~~~ん!! 助けて姉さ~~ん!!

「……カガミ。私は?」

「あ、ごめん。助けて兄さ~~ん!」

「よし」


 何も良くはない。

 二人は現在、人形達によって頑丈な網で地面に縫い付けられ、身動きができなくなっているのだ。しかも……、


『解体セヨ!』 人形達の中に金ピカの装飾をした、ひと目見ただけでリーダーと判る一体がそう叫ぶ。

『ラジャ!』 そう返事をするやいなや兵士の姿をした人形達は彼らの体にピッタリのサイズのノコギリを何処からともなく取り出した。

 二人はそのノコギリで解体されようとしていた。


 果たしてどうしてこの二人がこうなったかというと、最初に女性の叫び声が聞こえたことが発端だった。

 カガミが急いで声の聞こえた方――林へ走った。すると木々の根本の間に糸が張られてあったのだ。カガミはすっ転び、ただでさえ元から割れかけているメガネにさらにヒビが入った。


 それを追いかけたフジミもまた糸に足を取られ、結果兄弟仲良くすっ転び……。そのままくるみ割り人形に群がられ、抵抗する暇なく首にチクリと何かを注射された。恐らくは麻痺させる薬だろう、二人は四肢を動かすことが出来なくなった。

 そして今、仰向けに拘束され、体の上を人形が踏ん付けられている。


『最初ハ左耳ヲ切リ落セ!』

『ラジャ!』

「嫌ぁ~~~~!!!」

「……やるならまず私からにしておくれ」


 フジミがそう進言すると、リーダーは『ヨカロー』と頷き、兵士達はフジミを囲いだす。

 そして切り落とされていく、左耳。右耳。

 十本の指と、十本の足指。

 右の腕。左の腕。

 右の足。左の足。

 右の瞼。左の瞼。

 ギコギコ、ギコギコと。


 それを見てカガミの瞳から涙がこぼれた。

「ああ兄さん……可哀想に……」


 しかしフジミは無表情で返す。

「私に痛覚は無いよカガミ。それに不死身だし」


 そう、フジミは痛覚がない不死身だった。

 途端に涙が引っ込むカガミ。


「あっ、そういやそうだった。じゃあ平気だ」

「んーでも鼻とか舌は後にしてくれないか人形達よ。血が喉をふさいで呼吸ができなくなる。すると気絶してしまう」

「ギャーそれ以上怖いこと言わないで!」


 傍から見ればなんとも恐ろしい、血で染まった光景。しかしフジミには関係がなかった。

 しかしこのまま何度も切り刻まれて、再生して、切り刻まれてを繰り返し……、それに人形達が飽きたとき。そのときは次に弟が解体されるだろう。それはどうにか止めねばならない。フジミはそう強く思った。


「カガミ。変身する許可を」

「ええ、そんなの駄目! そうしたら兄さんしばらく人間じゃなくなっちゃうじゃない!」

「まあそうだけど、このままだとカガミも危ない」


 うう、と悩んだカガミが唸る。


 ――カガミは兄が好きだ。

 この世には、特別な力を持って生まれた者がいる。そしてその力で世界を壊そうとする者もいる。

 だが彼はそうはせず穏やかに日常を送っている。それは彼がこの世界を、そのありのままを愛しているからだ。

 そこがとても好きだった。

 だから兄がヘンテコな力が為に人の世界から切り離されたとき、カガミは迷わず追いかけた。

 姉からはそんな甘い理由でNEOに入るなんてとよく言われる。

 カガミは厳しい姉も好きだった。心配性の彼女なりに、弟を愛してくれているのだから。

 だから兄と姉を同時に支えられる今の職も、好きだった。


 でも好きという気持ちだけで仕事を続けるのは難しい。

 時折、試練のように辛い選択肢を取らざるを得ないタイミングが現れる。


 カガミはヒビが入った眼鏡ごしに兄を見た。灰色の髪と、灰色の瞳を。瞼が剥ぎ取られたのでちょっと赤みがあるけど。


「戻ってきてね」

「もちろん。私はカガミの兄さんだから」


 その言葉で頷き合った。


「フジミ。変身を許可する」

「ありがとう」


 フジミは感謝を述べると、舌を噛み千切った。

 人形達は困惑するようにノコギリを動かす手を止めた。それはそうだ、この男はさきほど「鼻と舌はあとでにして」と言ったばかりなのだから。

 フジミは舌をペッと口から出す。それから血溜まりができつつある口を大きく開けた。

 その中から、一匹のカラスが出てきた。

 頭は二つ、足は三つ、羽は四つもあった。


 カラスは兵士の目を二つのくちばしでつついた。


 カー、カー、カー。

『キャア』『キャア』『キャア』。


 赤黒く染まったフジミの口の中から、赤黒い羽を伸ばして現れた。何匹も、何匹も。

 いくつものいくつものくちばしが、人形の手を足をついばんでゆく。

 カー、カー、カー。

『キャア』『キャア』『キャア』。


 一体ずつ一体ずつ、丁寧に壊していった。


 ――なんだか、ゲームの敵キャラみたいだ。

 おんなじ台詞、おんなじ調子の断末魔を聞いて、カガミはそう思った。

 しかし、別の種類の台詞を喋る人形がいた。


『オ慈悲ヲ! オ慈悲ヲ!』


 金ぴかのくるみ割り人形がそう叫ぶ。

 しかしカラスに慈悲も躊躇もなく、他の人形と同様にした。


 すると、他の人形が一斉に動かなくなった。


 次にカラス達は、カガミの体に掛かった網をついばんで彼の体から退けてやった。

 それから……空へ飛び去った。

 一匹を残して。


 カー、カー、カー。


「ありがと兄さん……そばにいてくれて……。一匹だけでも嬉しいよ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る