第5話 崩壊のバベル①
【毎朝】
「おはよーございやす!」
「惜しいね。やすじゃなくてますだね」
「おはよーございめす!」
「めすになっちゃったね」
朝っぱらからガキの声がうるさい。
何がメスだ、お前オスじゃねぇか。そう怒鳴りたいがまだ眠気が残ってる。
このまま二度寝するか、と俺は布団を被り瞼を閉じた。
「よし、ナイフル。お寝坊さんを起こしてきて」
うげ。
そう思うと同時に、ドタバタと走る足音が聞近づいてきて……、NEOに充てがわれた寝室の扉が開く。
「おおいバベル! おきろおきろ」
「ぐえっ」
ベッドの上に突撃された。
よく考えてみろ。ナイフルは精神こそ子供だが、その体格は――大人のそれだ。
のしかかってきた体重が、俺の体全体に鋭い痛みをもたらす。
「ボケが……とっとと退け……」
「バベルは頑丈だろ! おきろーーーー!」
「……クソガキ、こんにゃろ!」
俺は勢いよく布団をめくり、そのままナイフルを包んだ。
ぐるぐると簀巻きにして、床に放り投げる。
「キャーーハハハ!」
「このまま寝ていいぞー」
「えーやだー!」
「そうかそうか」
ゴロゴロと部屋の外まで転がした。
「キャハハハハハ!」
「こらーーー!!!」
カガミが怒る。
NEOの収容所に無理矢理入れられてからの朝は、だいたいこんな感じだ。
***
【はじめの頃】
俺はここに来て初めのころ、バカみてぇに暴れまわっていた。だがそうすると目付きの鋭い女と図体のデカい男が現れて、
「フジミ、やれ」
「うん」
パンッ
「あぎゃッ」
俺を張り手一発で黙らせていく。いやマジでなんか気力が無くなるんだわ。これがヤツの力か?
だが五回も続けてると、別の手段が用意される。
「やあ、僕は人間のカガミ! 今日から君の監督官だ。よろしくバベル」
「……どーも」
カガミと名乗った男は何故かひび割れたメガネを掛けていた。
黒い制服の下の、もやしのような細い体。常に笑みを保った顔。いきなり手を触られてブンブンと上下に揺らされて握手されたこと。どれも信用ならない。
そして、しらたきみてぇな髪の野郎。
「それで、こっちは君を捕らえたフリークス」
「ウェポンシフターのナイフルだ。よろしく」
「…………」
「お仕事でやったことだから許してあげてね」
俺こいつら嫌い。
「あ、君もお仕事頑張ってね」
ほんと嫌い。
とはいえ慣れというのはやってくる。
毎日の基礎練習という名の筋トレやランニング、ナイフルとの射撃訓練。
家にいるときは寝るか散歩かしか選択肢が無かったが、今はだいぶ……あんま言いたくないが……充実している。
***
【射撃訓練】
射撃場にて。
「このバカしらたきと射撃訓練だぁ? 必要ねぇだろ。一人で俺を撃てたんだから」
「すねるなバベル」
「拗ねてませーん」
「ナイフルだけだとすぐつかれちゃうから、ほかのひとといっしょがいいのだ」
「じゃあ俺じゃなくてもいいだろ」
「カガミー! こいつめんどくさいー!」
「バベル、お小遣い増やすよ」
「よっしゃ行くぞ」
「全くもう……。ナイフル、変身を許可する」
カガミのその声が終わると同時に武器に変身したナイフルを、俺は手に取り構える。
「バベル、射撃を許可する」
バン
20メートル先の的に穴が開く。
バン。
30メートル先の的に穴が開く。
バン。
50メートル先の的に穴が開く。
「わぁ、すごいじゃん!」
カガミが手をたたいて喜ぶ。
「おう。狙撃をするのは実家でよくやらされてたからな」
「え。ど、どんなの撃ってたの」
「畑を荒らす鹿とか猿とか」
ところでなんか急に生き物を撃ちたくなったな。
俺はバカガミに銃口を向けた。
「うわ、バカ!」
トリガーを引く。
……あれ、弾が出ない。
「……はぁ~、ナイフルいい子だねぇ~」
『バベル、めんめだぞ!』
カガミが安心して一息つく。
どうやらナイフルは、撃つかどうかを己で決めることができるようだ。
「ケッ」
俺は銃剣から手を離して落とす。
地面に落ちる前に、ナイフルは人の姿に変身した。
「ナイフルをまきこむな。あばれたいならじぶんであばれろ」
「……そりゃ確かに」
「いやいやいや確かにじゃないでしょやめてやめて……」
俺は握り拳をクソ眼鏡に向けた。
「姉さーーーーん!!!」
「フジミ、やれ」
「うん」
またあの女と男がやってきて張り手を食らった。
***
【兄弟】
「つかあいつら誰?」
カガミにあの二人について聞いてみた。
「僕の兄さんと姉さんだよ」
「え、家族ぐるみでNEO入ってんの?」
「兄さんがフリークスでね。今までは僕らとゆっくり暮らしていたんだけど、メハ暦1000年の悲劇があってからすごく考えたみたいで。国際連合と話し合って、NEOを創設することになったんだ」
「……はぁ?」
「その際に姉さんが一緒がいいって言い出して、そこから監督官制度が始まったの。すごいでしょ?」
軽く質問したらなんか唐突に家族自慢が始まり……、俺の脳みそはクソ長い文句を処理するのに数秒掛かった。
ええと、ええと、つまり?
「……んー、えー、つーことは? お前らが俺の不幸の元凶? ってことか?」
「ははは、怒らないでよ。キチンとお給料は払われてるんだから。君の家にさ」
「本人に寄越せよ」
「すぐ使っちゃうでしょどうせ。それにお金渡したフリークスが何するか分かんないし」
「知るか。……あ、てかお前お小遣いくれるって言ってただろ。今寄越せ」
「僕を殴ろうとしたから駄目!」
***
【妹】
「兄ちゃん、三ヵ月経ったけどどう? 新しい職場」
「職場じゃねーだろどう考えても。刑務所だろこれ」
「ふふふ」
妹のノヂーシャがやってきた。
これからも定期的に会いに来ると言う。面会かよ。
「でも前に捕まったときはすごい怒ってたじゃない? 十年前ぐらいにさ。あれと比べるとどう?」
「あれはムショじゃなくて留置所。親父の金ですぐ出れたけどよ、ここはそうじゃねぇだろ」
「ベル家のご当主様になったカイン兄さんの推奨だもんねー」
「……いっつも思ってたけどよー、バベル・ベルって俺の名前、なんかダサくねえ?」
「そんなことないよ。覚えやすいじゃん? 悪評も高々。だからここに来ることになったわけだし」
悪評ねぇ。
俺がやってきたことと言えば、金持ちの家に生まれたってだけで調子乗って妹にちょっかいかけてきたボケを殴ったこと。
それと兄弟をいじってきたクソ共に軽く報復……、シュールストレミングっつー開けるととんでもない悪臭が放たれる缶詰をそいつのパーティで開けたこと。
ああ、あと毎晩家から抜け出て町を散歩してるのは悪いことに入るか?
「それと、あたしのアイス食べたこと」
「ああ、それも確かに悪いな。すまんすまん」
「でもまあ良かった。兄ちゃんが馴染んでいるみたいで」
「馴染んでるぅ?」
「他の場所じゃ、何処へ行っても駄目だったじゃない。でもそこは三ヵ月も続いている。いい傾向」
ふふ、とノヂーシャが笑った。
三つ編みの赤毛を揺らしながら。
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