閑話
・はじめて
ナイフルがはじめて口にした食事は野菜スープだった。
当初カガミは収容所の厨房を借りて作ろうとしたが、シェフが『俺の方が美味く作れらぁ』とカガミの手から食材を奪い取りこしらえたのだった。
それがナイフルの生まれて初めての食事だ。
「どう?」
「あったかい」
「好き?」
「たぶんスキ」
「そのときは美味しいっていうんだよ」
「おいしー」
ナイフルは3杯もおかわりした。
シェフはそれを見てニコニコ笑った。
カガミも微笑んだ。
(最初に食べるのは僕の料理が良かったなぁ)などと思いながら。
しかし言わない。彼には社会性がある。
それこそが彼の欲望の防波堤だった。
・射撃
銃剣に変わったナイフルを手に持ち、カガミは的目掛けてトリガーを引く。
パンッ、と渇いた音が地下の射撃場に響く。
カガミは銃を下げて的を確認した。
撃つ前と何も変わりない。
「ヘタクソ」
「申し訳ない。メガネがひび割れてて、的が見えなかったんだ」
「いいわけするな」
「はい」
カガミはひび割れた丸メガネを掛けている。
しかしそろそろレンズを新調しようか迷っている。
・夢
カガミは悩んでいた。
担当するフリークスが拙い発音で口にする、精一杯の夢に。
「ナイフルのゆめ、ウェポンシフターのいちぞくをふっかつ! そのために、いっぱいこどもをつくる」
その夢を叶える為にはまず、女性とお付き合いないし結婚をしなければならない。
しかしナイフルは精神年齢が5歳程度だ。社会の知識も立場も無い。モテることはおろか一人で生きていくことさえ難しいだろう。
カガミはとりあえず、説得を試みる。
「えー……子供を沢山作ると金銭的に大変じゃない? それに、一人の女性に何人も生ませると体調的にも良くないだろうし」
「だいじょぶ。ウェポンシフターはながいきなので、ゆっくりゆっくり、いっぱいのはんりょをさがして、いっぱいのこどもつくってく」
「なるほど。
いやなるほどではないな」
「ウェポンシフターは手入れを欠かさなければ300年は生きると言われている」
「あ、姉さん」
カガミの姉であり、先輩監督官であるユガミだ。
「その寿命で世界中を旅して女をとっかえひっかえしていけば、確かにウェポンシフターという種族は復活するだろう」
「それなんか、ダメじゃない?」
「
「いやいやいや通らせちゃダメでしょ」
ナイフルはカガミと話すユガミをしばし見つめる。
ショートカットの黒い髪は艶やか、背が高く、足腰に筋肉がついていて、胸も大きく、冷たさを感じる三白眼と鼻筋が通った面もいい。そして何より血の匂いが濃い。
うん、いいかもしれない。ナイフルはそう思った。
だからナイフルは彼女にこう言った。
「おまえ、ナイフルとこどもをつくってくれないか」
そう言い終わった彼が次に見たものは、自分に飛んでくる拳だった。
――ナイフルは教訓を得た。
子供を作ってくれと直球で言うと、顔が腫れてしばらく目の前が見えなくなってしまうのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます